海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #45 きっかけと油断(8)

 

「もう大人しくなさいよ」

 

伊勢さんはそう言うと、刀を抜きました。

 

「川内さんまで江風をいらないというのかい……」

 

「えぇ、私たちには必要ないわ」

 

「なんだよ……なんだよ……」

 

「年貢の納め時だよ。江風、あんたはやっちゃいけないことをやったんだ」

 

江風さんはそう言われると、ゆっくりと構えました。長門さんの拘束を二度も抜け出し、足柄さんに殴られてボロボロはずなのに、まだ戦おうとしていました。

 

「たいしたもんだね。大丈夫、すぐ楽にしてあげるから」

 

伊勢さんが抜き身を何度か握り直すと、川内さんが伊勢さんの前に出ました。

 

「私にやらせてもらえないかな。江風がこっちに来たのは私のせいでもあるから」

 

「出来るの?力のないあなたに?」

 

「伊勢が言ったんじゃないか。出来る出来ないじゃなくて、やるかやらないかだって。私が駄目だったら伊勢に任せるよ」

 

川内さんにそう言われ、伊勢さんは小さくため息をつくと刀を野分達に向けました。でもあの時とは違う。そう感じられました。

 

「野分ならわかるよね。それが私には通じないってことぐらい」

 

伊勢さんは刀で野分の腰にある9ミリを差しました。

 

「だからと言って、伊勢さん達の好きにさせるわけにはいきません」

 

「私達も好き勝手やろうとは思っていないよ。これが終わったら川内も江風もあんた達に任せるよ」

 

「なら伊勢さんも大人しくして貰えませんか?」

 

「それは無理……」

 

伊勢さんが何を言ったのかは聞き取れませんでした。何故なら、野分の横から殴られた川内さんが飛んできたからです。倒れる、そう思い目を瞑った瞬間、誰かに支えられました。

 

「大丈夫?二人とも?」

 

ゆっくり目を開けると、先程まで野分の肩に抱かれていた足柄さんが野分と川内さんを抱えていました。

 

「助かったよ、足柄」

 

川内さんはそう言うと殴られた顔を拭って立ち上がりました。しかし、足柄さんが川内さんの肩を掴みました。

 

「貧弱なあなたじゃ無理よ」

 

「邪魔しないで、これは私達の問題なの」

 

「邪魔するわ。それ以前にこれは私達の事件なの」

 

川内さんを力任せに野分に押し付けた足柄さんは肩を回しながら江風さんと対峙しました。

 

「邪魔をしないでと言ったはずよ」

 

伊勢さんが足柄さんに歩み寄りましたが、長門さんが立ちはだかりました。

 

「お前が邪魔をするなと言う様に、私達にも邪魔をしないで欲しいものだな」

 

「急に強気になったわね」

 

「子供じゃないから喧嘩両成敗なんて面白くないの。きっちりケリをつけたいだけよ」

 

足柄さんはそう言うと、江風さんを挑発する様に見ました。江風さんも睨む様に足柄さんを見ると、ゆっくりと構えました。一秒も経たないうちに二人が一気に距離を詰めると、至近距離の殴り合いが始まりました。

 

「いやぁ……これは敵わなかったかな……」

 

しばらく二人の殴り合いを黙って見ていると、野分に両肩を掴まれている川内さんは力無くそう言いました。

 

「興ざめね」

 

伊勢さんはそう言うと、野分達に背中を向けました。

 

「伊勢さん!」

 

野分が慌てて伊勢さんに手を伸ばそうとすると、川内さんが野分を引き寄せました。その瞬間、野分の目の前に現れたのは緑色のプロペラ機が真っ二つになりました。

 

「日向め……」

 

いつの間にか刀を振り下ろしていた伊勢さんが忌々しそうに呟くと、そのまま歩き出してしまいました。

 

「川内さん!離して!」

 

「無理だよ。野分じゃ伊勢を止められない」

 

川内さんはそう言うと、上の服を捲りました。そこから見えた腹部には痛々しい痣の痕が二つ、両方とも縦長で棒状の何かで殴られた痕でした。

 

「どうして……」

 

「後で全部話すから……今はあの子を助けてあげて欲しい」

 

川内さんはそう言うと、目から涙を零しました。

 

ーーーー

 

結果は火を見るよりも明らかでした。ボロボロになった江風さんが足柄さんに敵うわけもなく、気合と根性の二つだけで立っていた様な江風さんが糸の切れた操り人形の様に倒れて決着がつきました。

 

「元駆逐艦だと侮っていたが大したものね。野分が戦力を集めたのも納得だわ」

 

オフィスに着き、野分が足柄さんの手当てをしていると、足柄さんは照れくさそうにそう言いました。確かに自分だけじゃダメなのかって不満げに野分のことを見ていましたね。

 

「本来なら、足柄一人でも充分すぎたんだよ」

 

自分のデスクで黙って何か考え事をしていた川内さんが口を開きました。

 

「あの煙には力を取り戻すだけじゃなくて、異常なまでに気分を高揚させる効果もあるんだ」

 

「長門さんも言ってました。本当なら痛みで曲げられないはずなのに……って」

 

「それでいくら致命打を与えても立ち上がってきたのね」

 

足柄さんは納得した様に頷きました。その時、内線電話が鳴り響きました。野分が取る前に川内さんが取ると、何回か相槌をうって受話器を置きました。

 

「大淀から江風が起きたって。野分、お願いできる?」

 

「言われなくてもそのつもりです。足柄さん、川内さんをお願いします。川内さん、氷はこのアイスボックスの中に入っていて、救急箱はこれです。お願いします」

 

「「わかった」」

 

二人が頷くのを見ると、机の上に置かれたノートを持ってオフィスを後にしました。

 

ーーーー

 

「おはようございます。お加減はどうですか?」

 

拘束服に身を包んだ江風さんを見ると、江風さんの顔はやつれていました。

 

「野分かい……なぁ、教えてくれよ。江風はどうすればいいんだい?」

 

「それは野分が聞きたいことを聞いてからお答えします」

 

野分は江風の対面に座ると、ノートを開きました。江風さんは力無くそれを見つめています。

 

「それで、どうしてあの薬を?」

 

野分がそう尋ねると、江風さんは何も答えてくれませんでした。

 

「ダンマリですか……野分が聞いても答えてくれないのなら誰ならいいんですか?足柄さんですか?日向さん?それとも川内さん?」

 

川内さんと言った時、江風さんは少しだけ目を動かしました。

 

「この後、川内さんの取り調べも行います。あなたが何も話さないというのであれば、この後の川内さんから聞くことにします」

 

「待ってくれ」

 

野分が席を立ち上がり、部屋を出ようとすると江風さんは小さな声でそう言いました。

 

「川内さんは何も悪くないんだ……あの人は……」

 

「大丈夫ですか?喋れますか?」

 

辛そうに話す江風さんに歩み寄ると、江風さんは首を横に振りました。

 

「あの人は……伊勢を止めようと……」

 

蚊の鳴くような声で話す江風さんを見て、話さないのではなくて話せないことがわかりました。かすれ声で話す江風さんを痛々しく思いました。

 

「何か、飲むものを持ってきます。少し待っていてください」

 

ーーーー

 

何か飲むものを探しに、給湯室まで向かう途中、七係のオフィスを通ると中から誰かが泣いている声が聞こえました。

 

「落ち着きなさい!」

 

足柄さんの慌てた声が聞こえてきました。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

野分が中を覗くと、川内さんが足柄さんにしがみつく様にして泣いていました。

 

「野分……江風は何か言った?」

 

「いえ、まだ何も……何か飲むものをと思いまして」

 

「私も行くわ。あの子にも伝えたいことがあるから」

 

川内さんはそう言うと足柄さんから離れました。先程まで足柄さんに何を話していたのかが気になりますが、これ以上江風さんを待たせるわけにはいきません。

 

ーーーー

 

川内さんと監視役の足柄さんと共に取り調べ室に戻ると、江風さんは驚いた様に目を見開きました。野分は江風さんの足を椅子の足に固定すると、拘束服の上半身の部分を脱がしました。机の上に置かれたペットボトルの水を一気飲みすると、江風さんは川内さんの方を向き直りました。

 

「どうして川内さんがここにいるんだい?伊勢と一緒のはずじゃ……」

 

「伊勢とはだいぶ前に離れたの。順を追って話すよ」

 

川内さんはそう言うと、先程まで野分が座っていた江風さんの対面に座りました。足柄さんがその後ろに立つと、川内さんは野分の方を見て頷きました。

 

「伊勢が終戦後も海の上で戦っていたのは知ってるよね?それも、いけない薬物の力を頼って」

 

「あぁ、知ってる。川内さんもそれに付き合っていたのも」

 

野分は足柄さんと目を見合わせてしまいました。そんな事は日向さんからも聞いていないし、初耳でした。驚いた様子の野分に川内さんは視線で黙って聞けという合図を送ってきました。黙って頷くと川内さんは話を続けました。

 

「付き合っていたんじゃなくて、監視をしていたんだ。偶然、街中で伊勢が売人に手をあげているのを見てね」

 

「じゃあ伊勢があの葉っぱを買えないっていうのはそういう理由だったのかい?」

 

「そうだね。だから私が代わりに仕入れに行ってた。けど、伊勢も煙草を覚えてから使う量が減ってね」

 

伊勢さんが会う度煙草を吸っていたのはそういう理由だったのですか。納得しっぱなしでノートを取っていなかった野分は慌てて持っていたノートを開き、先程までの話をまとめました。

 

「じゃあ川内さんは最初から戦ってなんかいなかった?」

 

「そうだね。私は付き添いでついて行ってただけ」

 

「じゃあ江風は……」

 

「伊勢が言ってたよ。勘違いしてる上に話が通じない上に、弱いって」

 

「じゃあ江風は最初から必要とされてなかったってことかい……」

 

「そうなるね」

 

川内さんが冷たくそう言い放つと、江風さんは机に突っ伏して泣き始めました。足柄さんが困惑した表情で目の前の光景を見ています。

 

「誰かに必要とされる為に戦う必要なんてない。というより、もう戦う必要なんてないんだよ。伊勢が江風を邪険に扱ったのも、早くやめて欲しいと思ったからじゃないかな。それにあの時、伊勢は江風のことを殺す気だったんだよ」

 

川内さんがそう言うと、江風さんは涙に濡れた目を大きく見開いて川内さんを見ました。

 

「あの薬物には高い中毒性と強い副作用がある。江風も相当な量を摂取したからもう戻れないだろうって。廃人になる前に……自分のようになる前にって伊勢は言ってたね」

 

「でも川内さんがそれを止めたじゃないですか」

 

野分は我慢が出来ず、思わず口を挟んでしまいました。その場にいた全員が野分の方を見ました。

 

「結果的には足柄がね。私は江風が弱いとは思っていない。これからでも更生できる。だから伊勢を止めたんだ。でも私じゃあの時の江風に敵わなかったし、足柄さんがいなかったら江風は伊勢に殺されていたと思う」

 

川内さんはそう言うと、江風さんの方を真面目な表情で見ました。

 

「江風。あんたが鳳翔さんのとこや間宮さんのとこに押し入ったのは、伊勢や自分以外にもあの薬物を使って戦おうとしている子がいると思ったからだね?」

 

川内さんの言葉に江風さんは黙って頷きました。

 

「だからって、どうしてあの二人の所なの?」

 

「多くの元艦娘の人が集まるから……もし決起を起こすのであれば人が多い方がいいですからね」

 

「野分、もういいよ。あとは自分で話すよ」

 

江風さんはそう言うと、川内さんに向き直りました。

 

「野分の言った通り。個人の家まではわからないから、もしかしたら人が集まる場所にならあるかもしれない。そう思ったんだ。だから最初に鳳翔さんのお店に行ったんだ。けど、何も無かった。だから金だけ奪った。その次は間宮さんのところ。ここは前に伊勢が行ったことがあるって言うからもしかしたらあると思った。けどどうして野分はあの場所がわかったんだい?」

 

「伊勢さんが教えてくれました」

 

「「「伊勢が?」」」

 

三人が驚いた様に野分を見ました。野分は頷くと話を続けました。

 

「犯人が元駆逐艦の人だということは早い段階で感づきました。その時にどうしても江風さんのことが引っ掛かっていたんです。そして伊勢さんに会ってそれは確信に近いものに変わりました」

 

「なんでぇ、教えてくれたと言うより、野分の勘ってことかい」

 

「勘といえばそうなります。けれど、多すぎる情報を伊勢さんが整理してくれたんです。伊勢さんは野分達に自分の血で印をつけた電話帳を渡しました。それで場所を絞れました」

 

「じゃあ伊勢は最初から江風をはめるつもりで……」

 

「でも不思議ね。最初から江風を殺す気だったのなら、野分に情報を教えずに自分一人でやったはずじゃ……」

 

足柄さんは腕を組み直すと川内さんの方を見ました。川内さんもわからないと行った表情をしました。

 

「もしかしたら、伊勢さんは野分達が江風さんを止められる。その後のことも任せられると思ったのじゃないですか?」

 

伊勢さんの隠れ家に行った時のことを思い出し、野分はそう思いました。

 

「結局、江風はハメられたってことかい……」

 

「あなたいい加減にしなさいよ?」

 

江風さんの恨み節を聞いた足柄さんは机に歩み寄ると、そのまま机を叩きました。その音に、江風さんだけじゃなく、川内さんもビクッと肩を震わせました。

 

「のわっちは最初からあなたのことを心配してたのよ?今回の件で、日向も怪我を負った。あなたの為にみんながどれだけ苦労したと思っているの?」

 

「野分達だけじゃありません。白露型の皆さんも心配しています。白露さんが陽炎姉さんに泣きを入れたぐらいです」

 

野分がそう言うと、江風さんは驚いた様な表情をすると再び泣き始めてしまいました。

 

「江風のことは任せてくれないかな?」

 

川内さんは全てが終わったという安堵の表情で野分を見ていました。でも野分にとってまだ終わりじゃありません。

 

「川内さん、伊勢さんに切られた艦載機……瑞雲に心当たりはありますか?」

 

野分がそう言うと、川内さんの表情が引き締まりました。

 

「私が知っていることと、野分の予想は一致してると思うよ」

 

「そうですか……わかりました」

 

「ねぇ、野分、足柄」

 

「なんでしょう?」

 

「今度はあの二人を一人にしないであげてほしい。私にはそれが出来なかった」

 

川内さんが言っていることが今の野分には理解が出来ません。けれどわからなくても予想することはできます。

 

「野分は仲間の為なら、昔の仲間だった人に銃口を向けることを躊躇いません」


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