扶桑さんと山城さんは川内の指名したパブに時間通りに来られました。
「どうせなら鳳翔さんのお店がよかったわ……」
扶桑さんがボヤきます。野分だって鳳翔さんのお店でご飯が食べたかったです。
「鳳翔さんのところはしばらく使えないの」
川内さんが答えると、立ち飲み用の丸テーブルに山城さんを案内しました。山城さんは一人だけ違う席に案内されたことにムッとしたような表情を見せました。
「足柄、山城の前に動いて」
「だから何する気よ」
足柄さんは渋々移動すると、川内さんは手際よくその周りの椅子を少し離しました。
「私には用がないから、足柄と二人で小洒落て飲めってこと?」
「小洒落て……はないかな」
川内さんは二人に歩み寄ると、お互いの右手を取りました。急に手を掴まれたことに二人は一瞬たじろぎました。川内さんが二人の手を組ませ、それを両手で覆いました。足柄さんは納得したような顔をしていますが、山城さんはピンと来ていないようでした。
「腕相撲でもするの?私、元戦艦よ?」
「いいから、いいから。二人とも準備はいい?」
「いいわよ」
足柄さんは真面目な表情で山城さんを見ました。山城さんは小さな溜め息をつくと、姿勢を直し足柄さんに向き合いました。
「じゃあいくよー……ファイッ!」
川内さんが手を離すと、山城さんが一瞬で足柄さんの手の甲を机に付けました。あまりの呆気なさに皆さん目を丸くしています。
「いたぁ〜い……山城ったらひど〜い。もっと優しくしてよぉ〜」
足柄さんが甘ったるい声で抗議します。物凄くイラっとします。直後、おもむろに席を立った日向さんが足柄さんの後ろに立つと思いっきり頭を叩きました。
「痛い!何すんのよ!」
抗議の声をあげた足柄さんを日向さんはそれはそれは冷ややかに見ていました。
「足柄、気色悪い声を出したら減給だからな」
日向さんはそれだけ言うと元の席に戻られました。
「不幸だわ……」
山城さんがボヤきます。
「ちょっと、どういう意味よ⁈いいわ、コテンパンにしてあげるから!」
足柄さんはやる気に満ちた表情で机に肘をつきました。左手はしっかりと机の淵を掴んでいます。
「重巡相手に舐められて……あんなの聞かせられて……タダじゃおかないから」
山城さんも足柄さんに答えるように手を組みました。二人とも目が真剣です。
「じゃあ行くよ……ファイッ!」
川内さんが両手を離すと同時に、足柄さんは身体を一気に倒しこみました。それに対して、山城さんは少し持っていかれそうになりましたが、手は動いていません。
「ねぇ、これで本気?」
山城さんが挑発するように足柄さんに言いました。足柄さんがチラッと山城さんを見ると、山城さんは蔑むような目で足柄さんを見ました。
「体重だけで勝とうなんて、舐められたものね」
山城さんはそう言うと少しずつ力を入れているのか、足柄さんの手を倒していきます。倒れ込んだ足柄さんが少しずつ起き上がっって行くのを見ていると、その表情には余裕がありました。山城さんがそれに気がつき、面白くなさそうな顔をしています。
「いいわ、やったげる」
足柄さんはどこかで聞いたことのあるセリフを言うと腰を落とし、腰を捻りました。不知火姉さんがドアを開けた時に少し似ています。少しずつですが、山城さんの手が戻されています。驚いた表情の山城さんとは対照的に、好戦的な目付きになった足柄さんが山城さんの顔を見て笑っています。山城さんも、腰を落とすと、机の端を握り直し、体重をかけて足柄さんの手を押し戻そうとしています。しばらく均衡が続くと、ミシッという嫌な音が聞こえて来ました。その音を聞いて、日向さんと扶桑さんが慌てて二人を後ろから羽交い締めにしました。
「そこまでだ!それ以上は机が保たない!」
日向さんに羽交い締めにされた足柄さんは悔しそうに山城さんを見ています。山城さんも決着が付けられないことが不服そうな顔をしていました。
「山城も落ち着いて!ほら!これ美味しいわよ!」
扶桑さんが山城さんの口にポテトを放りこみました。中々強引なやり方だと思いましたが、山城さんは素直にそれを食べると泣きそうな目で扶桑さんに抱きつきました。
「すいません、姉様。重巡相手にこんな醜態を……」
「山城、心配するな。相手はゴリラだったんだ。気にすることはない」
日向さんがそう言うと、足柄さんが日向さんの腕の中で暴れ始めました。
「ちょっと!どういう意味よ!日向も扶桑みたいに私を慰めなさいよ!」
「気色悪い声を出したら減給と言ったはずだが…?」
日向さんの一言に足柄さんの動きがピタリと止まりました。日向さんなりの慰め方には野分も脱帽です。
「私が恥かいたんだから……今度は日向がやりなさいよ!」
山城さんが日向さんを睨むとそう言いました。日向さんは溜め息をつくと拘束していた足柄さんを離し、その向かいに移動しました。
「怪我はしたくないから、手加減してほしいものだな」
日向さんは川内さんがいつの間にか持って来た新しい机に肘をつきました。お店への迷惑とか考えないのだろうか……そんなことを考えていると、机の上にあったお酒のボトルが半分近く空いていることに気がつきました。扶桑さんも野分もそれには口を付けていないので、この短時間で日向さん一人で飲んだことになります。
「そうね。普段、お世話になってるからお返ししなきゃね」
足柄さんの目が座り、腕を回すと日向さんの手を取りました。
「じゃあいくよー…ふぁい」
面倒になり始めた川内さんがやる気なく合図をすると、足柄さんは一気に日向さんの腕を倒しこもうとしました。しかし、45度ぐらい倒すと一回止まりました。日向さんが必死の顔で耐えています。日向さんのこんな顔、初めて見た気がします。
「へぇ……そんな顔するのね。普段のクールな顔からは想像できないわね」
「だから……手加減をしろと……言っただろうが」
日向さんが切れ切れに言葉を出すのに対し、足柄さんは余裕そうです。
「十分手加減してるわよ」
「そう……か……」
日向さんがふと笑うと、足柄さんがそれを押し込もうと、身体を揺らしました。しかし、日向さんはその体重が一瞬抜けるタイミングに合わせ、踏み込むと一気に足柄さんの手を倒しこみました。足柄さんはギリギリのところで堪えると、日向さんは渋い顔をしました。
「ここまでか……」
「そうね、もう終わりよ」
足柄さんはそこからゆっくりと日向さんの手を倒しこみました。最後の方は日向さんも諦めた様です。
「痛い……」
足柄さんから手を離した日向さんは手首を摩っています。足柄さんは大きく息を吐き出しましたが、その顔はどこか釈然としていませんでした。
「それで……だから何なの?」
足柄さんが川内さんの方を見ると、川内さんは飽きた様子で答えました。
「んー、艦種関係なく、努力すれば重巡だって戦艦に勝てるよーって言いたかっただけ」
「その為に呼ばれたのね」
扶桑さんは納得した様に答えました。
「いや、それだけじゃない。足柄みたいに必要以上に鍛えている者が軍にいるか聞きたいんだ。海軍全体を見渡しやすい立場にいるお前の方が詳しいだろう?」
日向さんは倒れこむ様に座ると、扶桑さんに尋ねました。
「必要以上に……どこまでをそう判断するかは難しいけど、やっぱり長門かしら?他の子はそんなに鍛えてないわ」
「そうか……」
日向さんは短く答えると、足柄さんのグラスにお酒を注ぎました。野分がフィッシュアンドチップスを頬張っていると、川内さんが野分の目の前にあったお皿を足柄さんの方に動かしてしまいました。それを目で追っていると、川内さんは野分の横に座り、野分のお腹を掴みました。
「那珂が見たら怒るだろうな……こんなプニプニしちゃって……」
「言われてみると……野分ちゃん、少し太ったわね」
扶桑さんがとんでもないことを言いました。日向さんも足柄さんも笑いを堪えて変な顔になっています。
「私は鍛えろとは言わないけど……これはまずいんじゃないかなぁ……」
川内さんがスカートの上に微妙に乗っているお肉を触ってきます。手つきがやらしいです。
「………ぅぅぅうぅううぅ」
野分には何も言えません。恥ずかしいし悔しいし変な感情です。
「今回は野分に走り回ってもらおうか」
「いいわね。のわっちは最近ずっと日向の補佐してたから偶には私と一緒に外に行きましょうか」
「うぅぅううぅ」
どうやら明日からは肉体仕事になりそうです。