「もしもし、野分です。不知火姉さんは今、お時間大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫。何かあった?」
「実はお願いがありまして……捜査局のオフィスまでお願いできませんか?」
「えっ……?」
電話越しに不知火姉さんの間抜けな声が聞こえてきました。野分は何かまずい事でも言ったかと思い、説明しようとすると慌てた様子の不知火姉さんが慌てた口調で話し始めました。
「不知火に何か落ち度でもあったと言うのですか⁈」
「あの……そういう……」
不知火姉さんが盛大な勘違いをしているのはことに気がつき、訂正しようと思いましたが、軍の人間を私用で呼び出すのはまずいと思い、ここは不知火姉さんの勘違いを利用することにしました。
「はい。電話越しだとあれなので……長門さんも一緒にお願いできますか?」
「長門も⁈……わかりました。話をしなくてはいけないので二時間ぐらいかかるわ。正確な時間がわかり次第連絡します」
ひどく落ち込んでいる様子の不知火姉さんに申し訳なく感じましたが、後で謝ればいいと考え、野分は終話ボタンを押しました。
不知火姉さんに電話をする前に、明石に連絡し、鳳翔さんのお店の物と同じ引き戸を用意してもらっているので二時間ぐらいかかるのは好都合でした。問題は野分がこれから二時間どうやって時間を潰すかです。日向さんと足柄さんが現場で捜査をしているのに、野分だけボーッとしているわけにはいきません。
「とりあえず、嘘ついた二人にお詫びの品でも買って行きましょうか」
野分は近くにあったデパートの食品売り場へと向かいました
ーーーー
明石さんの科学捜査室に不知火姉さんと長門さんがついたのは、予定よりも早い時間でした。不機嫌な長門さんと少し怯えた様子の不知火姉さんがそこにはいました
「まさか、野分に冤罪で捕まる日が来ようとは……」。
「いいか、不知火。やってないことは自信を持って、はっきりとやっていないと言うんだぞ」
「お呼び立てして、すいません。実は捜査にご協力頂きたいと思いまして……」
いつ本当の理由を言おうか悩んでいると、長門さんは野分の顔を見て優しく言いました。
「いや、構わない。それで、私たちに一体なんの容疑がかかっているのだ?」
「強いて言うなら強盗……ですかね」
二人は驚いた様子で顔を見合わせました。不知火姉さんはやっていないと首を横に振りました。
「それでですね……そこの引き戸を開けて見てほしいのですが……」
明石さんに用意してもらった引き戸のセットを指差すと、不知火姉さんは野分を睨みました。
「不知火はやっていません。本当です」
「わかっていますよ。長門さんじゃないこともわかってます。ただ、軍属のお二人を私用で呼び出すのはどうかと思いまして……」
野分がそう言うと、二人は心底安心したような表情になると、長門さんが疲れた表情で野分を見ました
「それならそうと言ってくれ……こっちは上官に怒られて大変だったんだ……」
「その申し訳ありません……」
二人の苦労を知ってしまった野分は二人の顔を見ることが出来ず、買ってきたお菓子の詰め合わせで顔を隠しながらそれを二人に差し出しました。
「これまでも呼ばれたら適当な理由をつけて抜けて来てますから、必要以上の気遣いは不要です。姉として野分が気を使ってくれたことは嬉しいのですが、妹に嫌疑をかけられた不知火の気持ちのもなってください」
「あの、本当にごめんなさい……」
顔を隠していた袋を取り上げられると、不知火姉さんが普段の冷静な表情を取り戻していました。
「それで、これを開ければいいのだな」
長門さんは野分が見てない間に扉のセットの前まで移動していました。長門さんが扉に手をかけた次の瞬間、バキッという凄まじい音を立ててドアがレールから外れました。
「鍵がかかっているじゃないか」
信じがたい光景に野分も不知火姉さんも、セットを用意した明石さんも呆然としていました。一番早く我を取り戻した明石さんが扉やレールを確認すると、困ったような表情を浮かべました。
「これはダメですね……予備で用意していたものと交換するので少し待ってください」
明石さんの言葉で我に戻った野分に、長門さんは動揺した様子で野分と明石さんの顔を見比べました。
「今のじゃいけなかったか?」
「足柄さんもびっくりな筋肉ダルマだったんですね」
「野分、言い過ぎです。せめてゴリラぐらいにしておきなさい」
「それは私にも足柄にも失礼だ、不知火」
「まぁ、艦娘ジャッキとか言いながら装甲車を持ち上げてるものね」
不知火姉さんが最初からわかっていたという様子で立ち上がりました。明石さんが直しているセットを見ると、野分の方を見ました。
「鳳翔さんのところのやつに似ていますね」
「同じものです。次は不知火姉さんにお願いします」
「同じ陽炎型じゃないですか。野分がやっても同じだと思いますが?」
「それがですね……最近こうなってしまいまして……」
野分は袖をまくって弛んだ二の腕を見せました。足柄さんは勿論のこと、日向さんのモノよりは細いですが、確実に以前よりも弛んでいます。訓練で拳銃や機関銃は撃ちますが、砲を撃っていた時に比べたらだいぶ弛んでいる気がします。
「これは野分も訓練が必要だな」
「ひゃい!」
長門さんに唐突に二の腕を触られ変な声が出てしまいました。
「長門、不知火の目の黒いうちは野分に手を出させませんよ」
「そういうつもりで触ったわけじゃない!……それにしても……四水戦がこんなに弛んでいていいものか……」
「以後気をつけます……」
変な声が出てしまい顏が熱いです。
「終わりましたよ。不知火さん、どうぞ」
明石さんが流れを切ってくれてホッとしています。不知火姉さんが取っ手を掴むと、扉がミシッと音を立てました。しかし、開く気配はありません。
「意外と開かないもんですね……では……」
不知火姉さんは腰を落とし、腰を捻ると一気に腕を振りぬきました。先程の長門さんの時ほどの音ではありませんが、扉はバキッと音を立てると金属同士が擦れる音を立てながら開きました。
「これでいいですか?」
不知火姉さんが満足げにそう言いました。明石さんと扉を確認すると、それは鳳翔さんのお店と同じように変形していました。
「えぇ、知りたいことが知れました。ありがとうございます」
「力になれてなによりです。ところで野分、姉として今のあなたの怠惰を許すことはできません」
不知火姉さんがの言葉に、嫌な予感がしました。長門さんの影に隠れていて忘れていましたが、不知火姉さんも中々の武闘派です。普段は物静かで優しい姉ですが……
「その……野分の落ち度です……」
「これからは不知火と一緒に鍛えましょう。陽炎型の艦娘として、日向や足柄に遅れをとってはいけませんからね」
「艦種が違うのですが……」
野分がそう言うと不知火姉さんの鋭い眼光が野分を貫きました。
「ヒッ!……」
「言い訳は聞きたくありません。また連絡します。お菓子、ご馳走様でした」
「あの長門さん‼︎」
長門さんに助けを求めようと声をかけると、長門さんは嬉しそうに野分を見ていました。
「大丈夫、私も付き合おう。なんだったら陸奥も突き合わせよう。実は最近実戦部隊に配属になったらしいんだ。みんなでやればきっと昔の栄光を取り戻せるさ!」
駄目でした。あぁ、陸奥さんと言えば……
「足柄さんからの伝言です。陸奥さんが欲求不満で困っている……と」
「どういう意味だ?」
「詳しくは陸奥さんから聞いてください……」
「長門、そろそろ時間です。帰りますよ」
腑に落ちていない長門さんを不知火姉さんが引っ張って行きました。
知りたいことは知れた。けれど、その代償は大きいようです。
ーーーー
日向さんと足柄さんが戻ってくるまでの間、野分は江風さんのことを考えていました。
「今はまだ捌けない……」
「難しい顔して何言ってんの?」
「ハイッ!」
後ろから川内さんに声をかけられ、また変な声を出してしまいました。考え事に耽っているうちに川内さんが起きてくる時間になっていたようです。
「そんな驚かなくても……それで、何かあったの?」
「鳳翔さんのお店に強盗が入ったんです」
「へぇ……それで、なんで私たちが操作してんの?」
野分は川内さんの当たり前の疑問に答えることを躊躇してしまいました。
「陸奥さんたっての依頼……ですね」
「へぇ……犯人は捕まえたの?」
「まだです」
川内さんは野分の顔をよく見ると、少し考え込みました。
「もしかして、犯人は艦娘の子の可能性があるのかい?」
「はい……まだ日向さんには言っていませんが、おそらく元駆逐艦かと……」
川内さんは明石さんがまとめてくれた先程の実験結果の書類を読むと、顔をしかめました。
「同じ陽炎型なんだから野分がやればよかったのに」
「野分は……そんな力無いですから」
川内さんがじっくりと野分の二の腕を見ています。ものすごく恥ずかしいです。
「ふぅん……でも、この結果じゃあんま当てにならなそうだね。長門は論外として、不知火も鍛えてるでしょ。下手な軽巡の子より馬力出てるかもよ?」
「どういうことですか?」
「私たちは解体されて大幅に力を失ったでしょ?それで、野分はサボってたから更に力を失ったじゃない?」
「面目ないです……」
「いいのいいの。足柄みたいな筋肉ダルマになるのが女の幸せだとは思ってないから」
「悪かったわね!筋肉ダルマで!」
入り口から大きな声が聞こえて着ました。どうやら二人とも戻られたようです。
「陰口は感心しないぞ」
日向さんが真面目な顔で言いました。でも目が笑っています。
「陰口じゃなくて、推測だよ。足柄、今だったら日向に……あっ、日向はダメだ」
「私じゃなんでダメなんだ……」
日向さんが不満そうな顔をすると、川内さんはそれを無視して言葉を続けました。
「そうだ、日向、扶桑か山城に連絡してよ。今夜空いてるって。百聞は一見に如かずだよ。足柄、ウォーミングアップしといてね」
「一体何をする気よ……」
足柄さんが呆れた様子で川内さんを見ていましたが、日向さんは既に携帯を耳に当てていました。