青葉と別れる時、私は彼女に車の手配を頼んだ。盗聴器が仕掛けられていたとなれば、GPSや車載カメラといった物が本来の目的で用いられているとは考えづらい。私達が自由に動くことを快く思わない人が、そこに青葉が加わったとなれば、さぞ不快な思いをすることだろう。何かしらの妨害工作をしてくる可能性もある。なので私は青葉に誰の手も入っていない車を用意して欲しいと伝え、青葉が車を用意したのだけれども…
「あなた…意外と派手な趣味してるのね…」
青葉が用意したのはGDB最終型インプレッサ、鷹目インプと呼ばれる車だった。あら…日向も少し動揺してる。珍しい。
「何を言います!この子は崩落事故から記者の命を守った凄い車なんですよ!それにラリーでも証明された高い走破性能もあります!どんなとこにも取材に行けるんですよ!」
「もしかして…あなたの車?」
「はい!本当は初代の形が欲しかったのですが…衣笠がこの子がカッコいいって譲らなかったのですが…」
「その話は後で聞こう」
日向が堪り兼ねて青葉の話を制止する。
「この車は大丈夫なのか?」
「何を言いますか!ちゃんと整備もしてあるし絶好調ですよ!どこだって行けます!」
日向とのわっちが呆れ返った表情をする。
「青葉さん…ドライブしに行くんじゃないんですよ…」
「冗談ですよ。青葉も点検はしましたし、先ほど明石さんにも見てもらいました。Nシステム以外で私達を監視することはできないはずです」
やっぱりこの子、意外としっかりしてる。衣笠と二人でフリーランスでやっているだけのことはある。
「そうか…用意しろ。出動だ。」
日向の号令に、のわっちと青葉の顔が緊張に包まれた。二人とも解体後の初めての実戦現場だし、仕方のない。日向と思わず目が合う。安心しなさい。お姉さんがしっかりフォローしますとも。
車の趣味の割には安全運転な青葉の運転で港湾地区の倉庫街に到着する。既に警察の包囲が完了しており、監禁場所である倉庫を全方位から監視できるように人員が配置されている。私達はそこから少し離れた場所で現場指揮を行う彼女と落ち合った。
「久しぶりね、日向捜査官」
「一週間前に会っているだろう…いや、仕事では久しいな。陸奥警視」
元長門型戦艦二番艦、陸奥。私は姉の長門とは軍にいた時、仕事や酒席でよく話していたが、陸奥とは殆ど会わなくなっていたが、日向はそうでもないらしい。
「これが例の野分だ」
「元陽炎型駆逐艦の野分です。よろしくお願いします…例のって何ですか?」
「姉から聞いてるわ。抜けてるところが多い、姉だけどよろしくお願いね」
そう言うと陸奥は深々と頭を下げた。しかし口元が笑っている
「陸奥さんまで…だから長門さんとはそんなんじゃないです…こんな時にからかわないでください」
「あら、そうなの…そういうことにしといてあげるわ。……それで少しは緊張は解れたかしら?」
お姉さんの仕事を奪われてしまったわ。のわっちの上司としては少し悔しい。
「足柄と野分は突入に向けて内部にいる脅威を考慮し作戦を再構築しろ。青葉、何を言ってもついて行くって言うのはわかっている。二人の話を聞いて、突出した行動は慎むように」
「ちょ、ちょっと?!青葉まで中に入れる気なの?」
陸奥が思わず意見する。しかし私も同じ意見だ。
「流石に民間人を巻き込むのは反対だわ。万が一にも何かあったら…」
私の言葉を遮って、青葉が口を挟む。
「青葉は大丈夫です。それにこういった経験は皆無なので日向さんと足柄さんの指示には絶対従います。だからお願いします。衣笠の救出に私も同行させてください」
「だけど…危険だわ。青葉じゃなくて私が。この責任は取れない。だから許可できない」
陸奥が先程とは違い、真剣な表情で日向に訴える。流石は長門の妹の元戦艦。迫力が違う。
「その話をお前とするために私はここにいる。足柄、三十分後に突入出来る様に用意しておけ」
そう言うと日向は陸奥を連れ、人気無い路地に姿を消した。
「日向さん…いったい何を考えているんですか…」
のわっちが思わず声に漏らす。
「わからないわ。けれども今は日向を信じるしか無い。それに日向も頑固だからねぇ…私たちじゃ彼女を考えはそうそう変えられないわ。多分陸奥もね」
私はそう答えると、のわっちも諦めた様で自分自身を説得していた。その話を聞いていた青葉が私の前に立つと真剣な表情で頭を下げた。
「足柄さん、改めてお願いします。青葉も連れて行ってください」
「心配しないで。私たちのボスがそう言っているのですもの。私に拒否権はないわ。のわっち、青葉、突入経路を確認するわ。」
私は二人を引き連れ、指揮車両へと乗り込んだ。
陸奥の部下の人から現状を聞き、頭の中で突入から衣笠の救出、脱出までの流れをイメージする。衣笠が監禁されている部屋は倉庫内二階の事務所部分。裏の勝手口から30m程度廊下を行った左の部屋でそれまでに右に二部屋、左に一部屋ある。確認出来た敵は17名。武装は9ミリ短機関銃と9ミリ拳銃。壁を抜くほどの威力は無いと考えると、見えないところから撃たれる心配はない。それに対して、私達は45口径のクリスヴェクターを持ってきている。陸奥に迷惑をかけている手前、全員生かして捕まえたい。もしのわっちか青葉に危険が迫れば仕方なしと考えるが、基本的には無力化することを考えて行動する。青葉に衣笠と先に脱出をさせると考えると、事務所までの道のりを制圧しなければ、脱出の際に撃たれる危険性がある。のわっちも青葉も衣笠も元艦娘であることを考えれば、一般人を保護、救出するよりは断然楽ではあるが、出来れば怖い思いはさせたく無い。のわっちを二人の護衛につけることを考えれば私と日向だけで制圧、救出を行わくてはならない。
「今回は少しばかり骨が折れそうねぇ…」
思わずそんな言葉をもらすと何かを察したのわっちが申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに…」
「そういうことじゃないわ…」
のわっちを不安にさせてしまった事に対して罪悪感を抱き、先程の自分の言葉の言い訳を考える。
「謝罪と言い訳は作戦終了後に聞こう。今は青葉と衣笠を守ることだけを考えろ」
話を終えた日向と陸奥が車内に乗り込んできた。
「足柄、報告しろ」
私がこれまで考えた作戦、それと問題点を報告する。大方の部分が日向の考えと一致しており、人数と時間が問題であることについての意見を求める。
「それなら心配しないで」
それまで沈黙していた陸奥が口を開く。
「私が後ろの制圧をするわ。あなたと日向は衣笠の救出を第一に考えて行動して頂戴」
「そういうことだ。足柄はポイントマンをやれ」
「警察に動かれたらまずいんじゃ…」
「訳は後で話す。十分後に突入するぞ。用意しろ」
寡黙なボスに少し不満を抱いたが、これ以上考えても私にはいい案が浮かびそうになく、彼女を信じて行動するしかないと自分に言い聞かせ装備の点検を始めた。
勝手口の扉をブリーチングし、中に突入する。しかし、そこに広がっていたのはあらゆる所についた弾痕と武装した男達が倒れている光景だった。周囲を警戒しつつ前進する私と日向の後ろで陸奥が倒れた男の様子を見る。
「肋骨を骨折、おそろく内臓もいってるわね…」
その言葉を受け、青葉がしてやったり顔で呟く。
「衣笠を…艦娘を舐めてかかるからこういう目にあうんですよ」
「まだ制圧したわけではありません。気を抜かないでください」
のわっちの緊張した声が後ろから聞こえる。
「日向…17人って言ってたわよね…」
「あぁ…そのはずだ」
「こいつで13人、壊滅状態よ」
「最後の一人を確認するまでは気をぬくな。制圧の基本は殲滅だ」
「了解…ここ部屋よ、タイミングは任せるわ」
「カウント3でいくぞ…3…2…1…ブリーチンッ!」
日向の号令で一気に部屋に突入する。しかし、そこには残りの4人の男が転がり、その中でパソコンをいじる衣笠がキョトンとした顔があった。
「ガサ、大丈夫ですか?何かされてませんか…いや、問題は起こしてませんか?」
青葉が冷静に衣笠に声をかける。衣笠の方は何が起こったのかまだ理解していないようだ。
「えっと…みなさんこんにちは?」
「大丈夫……そうね……日向、どうするの?」
「野分、二人を連れて外へ」
日向の指示を受けて、のわっちは再び警戒しつつ、来た道を戻ていった。
「それで、私達はどうするの?」
「ここで得られる情報を全て集める。その後は陸奥、お前に任せる」
「わかったわ。外の部隊に突入は十五分後と連絡しておくわ」
「すまない、恩にきる」
「いいのよ、その代わり約束は忘れな…」
陸奥の言葉を銃声が遮った。私は、咄嗟のことに反応が一瞬遅れたが、二人はすぐに銃を構え、廊下に出た。少し遅れて私も二人に続くが、そこには先程出て行った三人が重なって倒れていた。怒りで一瞬我を忘れたが、陸奥は冷静に射手の右上腕を撃ち抜き、日向はそれを拘束した。
「全員無事かッ?!」
日向の声に三人は反応し、一番上にいた青葉が立ち上がった。
「はい、全員大丈夫です。弾は当たってません」
その手には、先程日向から手渡されたライトが握られていた。
先程の銃声で事は大事となった。警察は即座に突入をかけ、容疑者全員を確保、現場を押さえはじめた。幸いにも陸奥が気を利かせ、私と日向は現場に残りこっそりと情報を抜き取ることができた。私は外に出て、指揮車両で休む、のわっち達と合流した。のわっちは涙を流して私に謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。野分がもっとしっかりしていれば…」
あの時、先頭を歩いていたのはのわっちらしく、一番後ろにいた青葉が前の二人を押し倒して事無きを得たらしい。
「いいえ、私も油断していたわ。ごめんなさい」
私たちのやりとりを聞いて、衣笠はのわっちを介抱するため、二人で席を外し、青葉と申し訳なさそうに口を挟んだ。
「今回の事で野分さんをあまり責めてあげないでください。青葉達もいけないんですし…日向さんにもこうなる事は事前に伝えてありましたから」
日向がこうなることを知っていた…?
「…どういうことかしら?ことと次第によっては私も黙っていられないわよ」
私は青葉を問い詰める。
「このライトの話をした時のことを覚えていますか?」
青葉はそう言うとポケットからハンドライトを取り出した。私は黙って頷くと青葉は話を続けた。
「あの時、青葉は日向さんに恐らく中では衣笠が一人で制圧して情報を集めているであろうことを伝えてあったのです。しかし、武器を持たない衣笠が全員を完全に無力化しているかどうかはわからないと伝えてました。そして護身用としてこのライトを頂いたのです」
なんてこと…また日向はこの事を知っていて私たちに話さなかったのね…それは後で本人に聞きましょう。
「話はわかったわ…しかし何故ライトなの?護身用ならナイフとか警棒とかじゃないの?」
すると青葉は自信満々に答えた。
「足柄さん、写真撮られる時にカメラのフラッシュが眩しくて目を瞑ったことはありませんか?それと同じ事です」
「そんな単純な事だったの…」
「でもそのおかげで助かったんですよ。このライトはこれからずっと肌身離さず持ってます。青葉にとって命を守ってくれたお守りみたいなものです」
「随分と色気ないお守りね」
「でももう御利益はありましたから。それと今回得られた情報はそちらにもお渡しします」
「あら、記事にするまで秘密主義のあなたが珍しいわね」
「今回は色々と助けていただきましたから。それに青葉達の情報ももう一人の秘密主義の人には意味ないかもしれません」
「それもそうかもね…」
私は深い溜息をつくと、ペットボトルの水を飲み干した。
それから私達が仕事でオフィスを出る事はなかった。本来であれば例の海運会社の社長さんも私達が確保する予定であったが、警察が実行犯を逮捕したことにより、後の仕事は陸奥に全て取られ、私達の手柄は元艦娘の衣笠を救出したということだけになった。私は溜まりに溜まった報告書と提出書類の作成に追われながら、日向のことを考えていた。陸奥が事件の完了と詳細を報告しに私達のオフィスに来たのは、先の作戦から五日後のことだった。
「こんにちは。日向は?」
あの時は黒づくめの戦闘服を着ていたが、この日は警察の制服を着ててぱっと見はそういうお店のホステスさんにしか見えなかった。
「こんにちは。日向はいま会議で席を外しているわ。しばらく帰ってこないわ。この後急ぎの要件があるなら伝えておくわよ」
「そうなの…いなかったらあなたに渡しておいてくれって言われたから渡しておくわね」
そう言い、分厚い封筒を受け取った。もしこれを日向が処理してくないとなると、私がこれを読むことになることに不安を覚えたが、とりあえず日向のデスクにメモと一緒に置いておく。
「それといま大丈夫かしら?良ければランチでもどう?あなたとはあまり話したことないから仲良くなりたいのよ。どうせ日向にこき使われてるんだろうから、私が労いをこめて奢ってあげるわ」
陸奥の誘いはとても魅力的なものだった。だが私の目の前には文字が羅列されたモニターがある。誰もいない日向のデスクに目を向けると、会議という名目で今回の件でおじ様たちに虐められている日向の顔が思い浮かぶ。そんな時、胸に抱えきれない程のバインダーを抱えたのわっちが帰ってきた。のわっちは陸奥に挨拶をし、散乱しきった自分のデスクに持ってきたバインダーを置くと、少し困った顔をしながら書類とにらめっこをはじめた。
「そうね。行きましょうか。その代わり二人分奢りよ。」
陸奥は少し考える素振りを見せると、少し困った顔をしていた。
「残念ながら二人分は厳しいのよ…すこしあなたも出してよ、先輩さん」
やっぱりこのお姉さんには敵わないわね…私はのわっちの手を強引に引いて少し豪華なランチに出かけた。
今回の事件の報告書を提出し、日向と野分がそちらの処理してくれたおかげで、私の溜まっていた仕事も全て吐き出すことができた。事件解決とのわっちの歓迎会を兼ねて酒席を企画したが、のわっちの妹の発表会と日程が被ってしまい後日延期となってしまった。その日は私と日向の二人で鳳翔さんのお店に行き、苦労を労いあったのだった。
「ねぇ、日向。一つ聞いてもいいかしら?」
少し真面目なトーンで私は尋ねた。
「今回の事件、何故自分たちには教えてくれなかったか…だろ?」
日向は顔色一つ変えず淡々と答えた。
「そのことよ。私自身も腹が立ったけど、それよりも新人ののわっちに黙っていたことの方が許せないわ」
鳳翔さんが気を利かせて奥の方に姿を消した。さすがはお艦と呼ばれた人。さり気無い配慮が嬉しい。
「今回の事件、内容は大したことなかった…と言ったら語弊があるが、青葉と衣笠程の実力者が誘拐犯程度に遅れを取るとは考えづらかった。それに、以前から軍との癒着を噂されていた大物ではなく、聞いたことも無い人物だったことから、衣笠の無事と動きは予想できたことだ」
「予想を話さなかったのは車で聞いたわ。けれども、少しは話してくれてもよかったんじゃない?」
「じゃあ聞くが…」
日向の顔が少し厳しいものとなった。
「銃声が聞こえた時、何故お前は動けなかった?」
痛いところを突かれる。
「それは…油断していた所で銃声がして、三人が倒れているのを見たら頭に血が上って冷静な判断が出来なくて…」
「足柄、それがお前の悪いところだ。咄嗟のことに対処する時、感情的に物事を判断する癖がある」
私は言葉を失う。悔しいけど何も言えない。
「もし仮に私の推測の話をすれば、お前は突入から気が緩んだ状態になっていたかもしれない。仮に話だからそうだと決めつけている訳ではないし、そう思っているわけじゃない。それともう一つ、お前は今回の事件、野分をフォローすること、少しでも楽をさせようと考えて行動していただろう」
「そうね…でもそれは…」
日向が私の言葉を遮る。
「確かに新人で初日にこの事件が起こった事は、野分にとっては二人は負担が大きい。当然負担を減らしてやろうという気持ちもわかる。だが私達が優先すべきは事件の解決だ。守るべきは被害者だ。それを野分もわかっている。それに対して、お前の今回の野分中心の動き方は、野分に信頼をおけず、自分が動いた方が信頼できると言っている様なものだ」
思わず、目頭を抑える。こんな所で泣くわけにはいかない。
「信頼してやれ。新人とは言え、私達が出来ると思って引き抜いたのだから」
私の背中をさする手がある。鳳翔さんはいないから、隣に座る一人しかいない。私自身の不甲斐なさが痛感した。
「それに…足柄にと野分には、私がいなくても今回の事件ぐらい簡単に解決できるぐらい成長して欲しいと思っている。あの戦争で戦った仲間を人の手から守る抑止力として…」
「うん…うん…わかったわ」
私にはそれしか言えない。それ以外の言葉を出そうすればきっと涙が止まらなくなる。
「……せっかく私が許可したんだ。今日はとことん飲め。鳳翔さんおかわりを」
私は寡黙だけど誰よりも仲間を思いの上司と優しい女将と共に朝を迎えるのであった。