海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI#38 きっかけと油断(1)

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

私がオフィスに顔を出すと、既に来ていたのわっちがパソコンとにらめっこをしていた。ものすごく真剣な表情で見ていたので、後ろから覗いてみると、通販サイトを開いていた。それもおしゃれな通販サイトではなく、ミリタリーな感じのサイトだった。

 

「どうしたの……そんな悩んで?」

 

私が声をかけると、のわっちはモニターから目を離し、私の方を見た。

 

「いえ、使ってたこの鞄なんですけど……」

 

そういうとのわっちは外出するときに持ち歩いているショルダーバッグを私に見せてくれた。長いこと使っているせいか所々に擦り傷が出来ている。私はそれを受け取り、何気無しに中をのぞいた。中もあらゆるところが擦り切れてボロボロになっている。

 

「随分使い込んだわね……」

 

私がそう言うと、野分は頷いた。

 

「そうなんですよ。中に拳銃をホルスターごと入れたりするんで……」

 

「それで丈夫なの探してたのね」

 

私がモニターを見ると、どこかで見たことがある商品の画像が並んでいた。その一つをクリックして理由がわかった。

 

「これ、私が警察時代に仕事で使っていたブランドのものじゃない」

 

私はそう言って少し悲しくなった。私と同い年ぐらいに見える女の子がブランドと言ったらおしゃれで高級なものを言うのではないかと……

 

「はい、陸奥さんから聞きまして……なんでも中にホルスターを固定できるらしくて、暴発する心配もないって。野分は他にもメモとかタブレットとかも入れるんで仕切りが多い方がいいなと思いまして……」

 

のわっちは私の考えなんて気にせずそう答えた。少し考えて見ると、野分が洒落っ気を出しているところを見たことがない。いつも艦娘時代に来ていた制服に似たデザインの服を着ているし、持っている鞄も実用性に優れたものを持ち歩いている。荷物が多い時はPX品のリュックを背負って来ている。

 

「もっとおしゃれなのにしないの?」

 

私はそう言ったが、致命的なことに気がついた。私もそんな小洒落た物を持っていない。

 

「おしゃれですか……野分はこれがカッコいいと思っているのですが……」

 

野分はそう言ってしょんぼりとした。いけない、何かフォローしないと……

 

「だったら、仕事用と普段用と二つ買えばいいじゃないか。仕事以外で拳銃を持ち歩くわけじゃあるまい」

 

急に後ろから声をかけられてびっくりした。のわっちも驚いて振り返っている。いつの間にか後ろに立っていた日向がモニターを覗き込んでいた。

 

「ちなみにそれの黒いやつなら使ってないやつがあるぞ」

 

日向はそう言うと、部屋の端に置かれた共用ロッカーから小さめの段ボール箱を取り出した。のわっちの机に置き、梱包を解くと中から画面に映し出されているものと同じ鞄が現れた。

 

「使うならやる」

 

日向がそう言うと、のわっちは目を輝かせながら日向を見た。

 

「どうして持ってるのよ……」

 

私がそう言うと、日向は頭を掻いた。

 

「いや、使おうと思って買ったのだが……手元に届く前に他の物を見つけてしまってな」

 

日向はそう言うと、普段よく見る鞄を指差した。ぱっと見は普通の鞄だった。

 

「本当に野分が貰ってもいいんですか?お金払いますよ!」

 

嬉しそうな野分が日向に言う。まるでブランド物のバッグを貰った女子高生みたい……いや、のわっちからみれば、それもブランド物か……

 

「別に構わない。お金もいらん。むしろ貰ってくれて助かった」

 

日向はそう言うと、自分のデスクの下から一回り大きい段ボール箱を取り出し、それをしまった。

 

「なによ、それ」

 

「アサルトバックパック」

 

「本当にあなた達は……」

 

「足柄はおしゃれだからな」

 

私がおしゃれ……それは間違っている。私が持つ物、身に付ける物は妙高姉さんに買わされたものだ。もし、妙高姉さんがいなかったら自分もこうなっていたのだろうか……

 

「いや、これもかっこいいですよ!ほら!」

 

のわっちが嬉しそうに貰った鞄を斜めがけしている。そんなのわっちを微笑ましく日向が見守っていた。

 

「ほら、これが中にいれるホルスターだ」

 

日向は何処からともなくホルスターとマグポーチを取り出してのわっちに渡した。のわっちはそれを受け取ると嬉しそうに鞄を机に置き、取り付けようとしていた。日向が横に立ち、そっちにつけたら取り出す時に邪魔だとかなんとかと言っている。

 

「そうだ。忘れてた」

 

日向が唐突に何かを思い出した。表情からわざとではなく、本当に忘れていたようだった。

 

「足柄、私達とって重大な事件がおきた。野分、お前にとっても大事なことだ」

 

日向の言葉に思わず息を飲む。先程まで浮かれていたのわっても真面目な表情で日向を見ていた。

 

「すぐ出かける用意をしてくれ。用意が出来次第出動だ」

 

日向は真剣な眼差しをしていた。

 

ーーーー

 

「まさか、泥棒捜査とはねぇ……気が抜けちゃったわ……」

 

警戒線が敷かれた居酒屋・鳳翔。その前に車をつけた時は嫌な汗をかいたけど、鳳翔さんがせっせと捜査員にお茶を渡している姿を見て安心した……と言うより完全に気が抜けた。

 

「鳳翔さん、大丈夫ですか?」

 

のわっちが鳳翔さんに声をかける。日向は会釈だけするとさっさと中に入ってしまった。

 

「あら、野分ちゃん。来てくれたの。私は大丈夫だけど、しばらく営業は厳しいわねぇ……」

 

鳳翔さんが頰に手を当て困っている様子で言った。しばらくのわっとと鳳翔さんのやり取りを聞いていると、中からただ並ならぬ雰囲気を纏った日向と陸奥が出てきた。元戦艦二人が纏う殺気に場が静まり返る。

 

「絶対に許さないわ」

 

「奇遇だな。私もこんな馬鹿な真似をした奴を締め上げたいよ」

 

「何があったのよ……」

 

私がそう声をかけると、二人は手招きをして中に入るように促した。言われた通り店内に入ると、中はひっちゃかめっちゃかに荒らされていた。それに加え、強烈なアルコールの匂いがした。厨房を除くと、全ての棚が空き、中身がひっくり返っていた。

 

「何が目的で……」

 

「お金みたいです。なんでも手提げ金庫が無くなっていたらしいです」

 

後ろからついて来ていたのわっちが答える。しかし、その瞬間に身の毛のよだつ様な殺気を感じた。

 

「犯人が奪ったものは金だけじゃない。奥を見てみろ」

 

日向が普段よりも低いトーンで言った。何も言えずに奥を見ると、そこには割れた空き瓶が散乱していた。中身が床に溢れており、アルコールの匂いはここから発していた。

 

「凄まじい匂いね……」

 

「よく嗅いでおきなさい。私達に飲んでもらえなかった彼らの遺産を」

 

陸奥がわけのわからないことを言っている。何を……

 

「森伊蔵、村尾……晴耕雨読……」

 

目に止まったラベルを見る。どれも高価……いや、希少なものばかりだった。

 

「それらは私がこっそりここに隠しておいたものだ」

 

「私の置いておいたワインもこのザマよ」

 

二人が怒っている原因がわかった。

 

「あの……その……」

 

のわっちが私の裾を引っ張って何かを訴えていた。二人に怯えている様にも見えるがそれ以上に顔が青くなっている。

 

「もしかして、気持ち悪くなった?」

 

のわっちは黙って頷いた。それもそうだ。様々なアルコールが混じり合った匂いにあまり強くないのわっちが耐えられるはずがない。

のわっちの手を引き、外にいる鳳翔さんに預けると、のわっちはぐったりした様子で座り込んだ。

 

「それで、犯人が……」

 

私が近くの捜査員に尋ねようとすると、出てきた日向は怒りを隠そうとせずに答えた。

 

「犯人は物の価値がわからない大馬鹿ものだ」

 

「そうねぇ……頂いたお酒を駄目にしちゃったのは私も心苦しいわ……」

 

鳳翔さんが困り顔で呟いた。いつもお世話になっている鳳翔さんの助けになりたいと思ってはいるが、どうもあの二人の熱量にはついていけない。私もここで飲めないことには腹はたつが、あの二人ほどではない。何か別のことに腹を立てている様な気がした。

 

「残っていた靴跡はどこにでも売っている物でした。指紋は残っていませんね」

 

鑑識の男性が二人を無視して私の声をかけた。どうやら話しても無駄だと、怯えた顔色で呆れた様な声色をしていた。

 

「このあたりの監視カメラには不審な人影は写っていないのかしら?」

 

「陸奥さんがもう手配してあります。今日中にはなんとかなるかと……」

 

「陸奥が?現場捜査とは関係ない部署でしょ?」

 

「捜査班にビシバシ指示飛ばしてますよ。あまりにも的確なんで私たちも形無しですわ」

 

男性はため息を漏らすと、グロッキーなのわっちを見た。

 

「大丈夫ですか?特捜が出てくると聞いた時はどうなるかと思いましたが……」

 

「私も疑問に思ったわ。けれど、鳳翔さんのお店だから呼ばれた……あとはうちの上司の個人的な恨みだと思っているけど?」

 

「自分はてっきり、艦娘が関与しているのかと思いましたよ」

 

私はその言葉を聞いて一瞬思考が止まった。のわっちも私達の話を聞いていたのだろうか、青白いが真面目な顔をしながらこちらに向かってきた。

 

「あの、靴跡は何人分でしたか?」

 

「一人分ですね。それが何か?」

 

「あそこまで盛大に荒らしたのに金庫しか持って行ってないんのは腑に落ちないわね」

 

「持っていくものが無くて、仕方なく金庫を持っていった?」

 

のわっちは開け放されたドアから中を見ていた。

 

「あの出入り口の引き戸、鍵がかかっている状態からこじ開けるのに普通ならどれぐらいの時間がかかるの?」

 

「だいたい十分から十五分ぐらいじゃないですかね。ただ、鍵は力任せに開けられたのでしょう、折れてましたけど」

 

私は話を聞くと、扉をよく観察した。鉄のフレームで出来た扉はよく見ると変形している。経年劣化とも言えなくはないが、動かして見ると以前よりも動きが渋い。

 

「強引にこじ開けた……って感じね」

 

「少し試したいことがあります。野分は一度オフィスに戻ります」

 

「軍に連絡するなら、長門に妹が欲求不満で暴れ回ってるって伝えておいてくれる?」

 

「わかりました。ではまた後で」

 

のわっちは一礼すると駅の方へと歩き出した。その背中を見送ると、いつの間にか日向が後ろに立っていた。

 

「あいつも成長しているな」

 

「そうね……それで、怒りは収まったのかしら?」

 

「何を言う。私はいつだって冷静だ」

 

「はぁ……そうですか……」

 

今日何度目かわからないため息が出た。


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