海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #37 謀反者の共同戦線(2)

 

日向さんが指示した若い金髪の男性に注視しながら、他にも気になる点はないか。それに気をつけながら画面を注視する作業を終え、野分と陸奥さんは金髪の男性が現れ、江風さんが来ていたという繁華街に来ていました。

 

「眠い……疲れた……」

 

疲れた顔を隠すために厚化粧をした陸奥さんがそう呟きながら、ハンドルにうなだれていました。先程日向さんが言われた、金髪の男性が車を停める駐車場に車を停め男性が現れるの待っている野分と陸奥さんとは別に、一緒に映像を見ていた男性陣が繁華街を巡回しています。

 

「姉さん達、疲れてますよね。巡回の方は任せてください!」

 

男性陣は気を効かせたふりをして、体を動かせる方の仕事をとりました。ただ映像を見ているだけの仕事から、今度は待ち人を待つだけの仕事。身体的にはなんともないですが精神的には疲れる仕事です。野分が大きな欠伸を漏らすと、陸奥さんは野分を見ていました。

 

「ねぇ、交代で監視しない?」

 

「野分が休憩の時に対象が来たら嫌だからお断りします」

 

「そう……」

 

陸奥さんはハンドルに顎を乗せ、虚ろな目で外を眺めていました。そう言う野分も、完全に脱力し、シートベルトが無ければそのままずり落ちそうな体勢でしたが……

しばらくそんな状態でボォーっと外を眺めていると、遠くの方からけたたましい音が聞こえて来ました。車のものとは違うものでした。ハッと我に帰り、姿勢を正すと、駐車場に一台のバイクが入って来ました。目的の人物じゃ無かった……そう考えながら再び脱力していると、バイクに乗っていた人物はヘルメットも外さずこちらに近寄って来ました。陸奥さんもそれに気がつき、姿勢を変えずに外からは見えない位置で懐のホルスターに手を伸ばしました。野分も、見えない様に警棒を掴むと、いつでもドアを開けられる様にしました。

コンコン……ヘルメットを被った不審者は運転席側の窓を叩きました。陸奥さんは警戒を解かずに、窓を開けました。

 

「何か用?」

 

陸奥さんは冷たくそう言うと、ヘルメットの不審者はビシッと敬礼をしました。その様子を警戒を解かずに見ていると、不審者はこちらを指差しながら仰け反りました。小さく笑い声が聞こえて来ます。落ち着いた不審者がヘルメットを取ると、それは摩耶さんでした。

 

「よっ!驚いただろ?」

 

摩耶さんは愉快そうにそう言いました。陸奥さんは警戒を解くと、再びハンドルに顎を乗せました。ものすごく不機嫌そうです。

 

「なんの用?」

 

「助太刀に来た!」

 

摩耶さんはサムズアップをすると、開いた窓から手を伸ばし、内側からドアを開けました。

 

「私が見といてやるよ。陸奥と野分は休んでくれ」

 

「誰の差し金?」

 

「隊長」

 

「私は何も指示してないわよ」

 

「海軍の捜査局からどーとかで、お前行ってこいって言われたんだよ」

 

摩耶さんは陸奥さんの腕を引っ張りました。

 

「心配すんなって。今日は本部待機で体力は有り余ってるから」

 

「そうじゃないの。動きたくないの」

 

「おばさんめ」

 

「誰がおばさんよ!」

 

陸奥さんは摩耶さんを睨むと、渋々総武座席に移りました。入れ替わりに摩耶さんが入ると、野分の方を見て屈託の無い笑みを浮かべました。

 

「野分も久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」

 

「元気です。はい」

 

「そうは見えないな」

 

摩耶さんはそう言うと、後部座席を振り返りました。

 

「陸奥、横になるなら助手席側に……」

 

摩耶さんが途中で言い止めたのを見て、後ろ振り返ると、陸奥さんは既に運転席側を頭にして、横になって寝ていました。

 

「まぁいいか……野分、倒して寝てていいぞ」

 

「……摩耶さんは、確保対象知っていますか?」

 

「さっき写真で見せられた。大丈夫、こう見えて白バイ隊の中じゃ一番動体視力良いんだぜ?」

 

摩耶さんは自信たっぷりに答えました。いつもだったら野分も頑張るのですが、陸奥さんの寝息のせいで睡魔から一方的に攻撃されている野分は轟沈寸前でした。

 

「そうですか……」

 

この後の記憶が野分にはありませんでした。

 

ーーーー

 

野分は自宅のソファでくつろいでいました。舞風がベランダから洗濯物を取り込んでいます。手伝おうと、体を起こそうとしますが、金縛りにあった様に体が動きませんでした。

 

「野分も手伝えよ!」

 

舞風がそう言いました。普段とは全く違う口調でしたが、違和感を感じませんでした。野分はそのままソファに座っていると、目の前にあるテレビが突如砂嵐の画面を表示しました。

 

「野分!野分!」

 

いつの間にか横に座っていた舞風が野分の身体をゆすりました。野分は、ただ座ってテレビに映る砂嵐を眺めていました。

突如、太ももに激痛が走り、野分は現実へと戻されました。

 

「やっと起きたか」

 

まだヒリヒリする太ももを見ると、摩耶さんの手が置いてありました。

 

「お寝坊さんね。来たわよ」

 

後ろから陸奥さんが入ってこようとする白くてうるさい車を指差しました。

 

「すいません……それと摩耶さん」

 

「なんだ?」

 

「舞風に変な言葉、教えないでくださいね」

 

「はぁ?!」

 

摩耶さんは野分を不思議そうに見ていましたが、野分はそれを無視しました。まだ眠たいです。

 

ーーーー

 

こみ上げる欠伸を噛み殺して、摩耶さんと陸奥さんの後ろについていくと、その足はどんどん繁華街のいかがわしいお店の並ぶところまで来ていました。一番後ろを歩いていた野分の肩を誰かが叩きました。驚いて振り返ると、柄の悪そうな男性がニヤついた表情で野分たちを見ていました。

 

「お姉さんたち、こんなところで何してんの?よかったら良い儲け話があるんだけど、聞くだけ聞いていかない?」

 

陸奥さんが振り向くと、凄く綺麗な笑みを作って男性と向き合いました。

 

「私たち、忙しいの。わかる?」

 

「そう言わずにさ。話だけも聞いてってよ」

 

男性は食い下がろうとはしませんでした。

 

「話を聞く時間もないの。私たち、あの人に用があるの」

 

陸奥さんはそう言って尾行していた男性を指差しました。摩耶さんがもの凄く不愉快そうな顔をしています。

 

「なんだよ、ヤク中か。だったらこっちでも……」

 

「こっちでも用意できるの?本当に」

 

男性の後ろから若い男性と中年の男性が現れました。陸奥さんの昔の同僚さんでした。

 

「ちょっと話聞いてもいいかな?」

 

中年の男性がしっかりと腕を掴むと、そのまま強引に連れ去りました。

 

「……不愉快なんだが」

 

摩耶さんは不機嫌を隠そうとはしませんでした。陸奥さんは摩耶さんの肩に手を乗せました

 

「捜査中なんて不愉快なばかり起こるものよ。事件が解決した時、そのストレスが一気に発散されるの」

 

「……年の功ってやつか?」

 

「あなたへのストレスは解決しても消えそうにないわね!」

 

摩耶さんは陸奥さんをからかう事でストレスを発散しているのでしょうか。摩耶さんは満足したのか、慌てて男性を追うと男性は立ち止まって辺りを眺めていました。

 

「私たちも少しぐらいお酒入れて開放的になった方がよかったかしら?」

 

陸奥さんがそう言うと、摩耶さんは対象から視線を外さず答えました。

 

「陸奥が開放的になったら、方向性が変わらないか?」

 

「どういう意味よ」

 

「陸奥と野分は役者には向いてないって意味さ」

 

摩耶さんは自信に満ちた表情をすると、真面目な顔をして、男性の方へと歩いて行きました。陸奥さんが制止しようと肩を掴みましたが、摩耶さんはそれを振りほどき「まぁ見てろって」と言わんばかりに片手を挙げました。

 

ーーーー

 

 

「よぉ。あんたが密売人?」

 

摩耶さんが男性に声をかけました。その声はよく耳を耳を澄まさないと聞こえないぐらい小声でしたが、それが聞こえる範囲まで近づいた野分達には辛うじて聞こえることができました。様子を伺うと、声をかけられた対象は摩耶さんに対して警戒を強めました。

 

「そんな警戒をすんなよ。私は昔の仲間からあんたの話を聞いたんだ」

 

摩耶さんがそう言うと、対象も警戒を解いたようです。

 

「あのガキの仲間かい。あんたも、力を取り戻したいのか?」

 

「そうなるかな。何せ、私は無理矢理退役させられた身だからな」

 

摩耶さんはそう言うと、何かしらの合図を男性に送りました。男性はそれを受けて、納得したように摩耶さんの話を切り出しました。

 

「それで、あんたは金か?その身体か?元艦娘の需要ってのは高いんだよ。俺たちからしてみれば、身体の方が嬉しいんだが」

 

「馬鹿言うなよ。麗しき艦隊乙女の身体をそんな小っぽけな金で買えると思わないでくれ」

 

摩耶さんが笑い飛ばすと、体を伸ばすフリをして、こちらにもう少し待てと言う合図を送りました。

 

「そいで、どうすればいいんだ?昔の仲間にはあんたを探せと言われただけで、その後の話は聞いてないんだよ」

 

「あんたはついてるよ。普段は持ってないが、今はブツがある。初回だから特別サービスしてやるよ」

 

「そう言って、後からぼったくんだろ?わかってんだよ。まぁ、金はあるからよ」

 

摩耶さんはそう言うと、財布からお金を手渡しました。遠目に見てるだけですが、かなりの額に見えます。

 

「あいつ……裏切る気じゃないでしょうね……」

 

陸奥さんがそう呟きましたが、野分には応えることが出来ませんでした。

 

「おい……多いって」

 

「いいから早くしまえよ。私からの手付金だよ」

 

摩耶さんは強引に手渡すと、男性に煽るように何かを要求しました。男性はそれを慌てて鞄にしまうと、同時に大きな袋を手渡しました。

 

「あんたが欲しがってたもんだよ。使い方はわかるか?」

 

「知らねぇ。教えろ」

 

先程から摩耶さんの態度が大きいとは思っていましたが、今は確信を持って大きいと言えます。

 

「普通のタバコと同じだよ。煙にして吸い込むんだ。紙巻でもなんでもいい」

 

「そんな簡単なのかい。わかった。ありがたく貰うよ、じゃあな」

 

摩耶さんはそう言って片手を挙げて立ち去って行きました。しかし、その手はこちらに「行け」という合図を送っていました。陸奥さんが飛び出すより早く、陸奥さんの同僚の男性達が彼を取り押さえていました。一応、摩耶さんも捕まっています。

 

「ちょっと詳しくそれについて教えて欲しいな!」

 

若い男性が必死の形相で暴れる男性を拘束しているのに対して、摩耶さんを捕まえた中年男性は暇そうにそれを眺めていました。陸奥さんと野分は、周辺を警戒し、この騒ぎを見て不審な動きをする者がいないか注視しましたが、空振りに終わりました。

 

ーーーー

 

 

オフィスに戻ると、日向さんが諦めきった顔でデスクに座っていました。先程確保した男性から聞き出したことは、随時こちらに報告すると言われた野分は、一人でオフィスに帰ってきました。

 

「……江風は駄目だった」

 

日向さんは帰ってきた野分にそう言うと、深いため息をつきました。野分はそれに納得できず食い下がると、日向さんは諦めた様子でした。

 

「江風がそうしたいというんだ。私たちに、今の彼女を捕まえることは出来ない」

 

「でも、彼女は薬物の使用した疑惑があります!」

 

「お前らが押収した物品は、今現在、この国で薬物としては認められていない」

 

日向さんが冷たくそう言うと、席を立ち上がりました、そして徐ろに服を脱ぎ始めました。

 

「野分、お前にも経験があるはずだ。人という存在であれば、既に死んでいたはずだが、自分は生き残ったと思うことが。私の身体を見ろ」

 

日向さんにそう言われ、野分は顔を赤めながら日向さんの身体を見ると、傷跡などない、とても綺麗なものでした。

 

「私の身体には何発もの砲弾や爆弾が落とされた。だが、そんなことは無かったかのように私の身体は綺麗だ。それは野分、お前も足柄もそうだろう」

 

野分は黙って、日向さんの身体を見ていました。

 

「いいか、人類と私達は違うんだ。例え解体され、力を失ってもそれは変わらないか。だが、私達には心がある。人類から異端だと思われても、人の心があるはずだ。だが彼の決めた法則では、私達は兵器でしかない」

 

日向さんは服を着直すと、窓の方を向きました。

 

「これは私達と、人類、そして謀反を起こす者との三つ巴の戦いだ」

 

「どういうことですか……?」

 

「人類は私達を仲間とは認めていない。私達は仲間のためにそれを覆さなけばならない。そこまでは経験があるだろう?」

 

「はい。今の野分達は兵器でも道具でもありません」

 

「それに加え、人類に不満を持ち力を持った者から、人類を守らなければなならない。私達は二つの勢力を相手に戦わなくていけないんだ」

 

日向さんは大きく息を吸い込みました。

 

「だから野分、お前が得た力が必要なんだ。情報戦で優位に立つことができるお前の力。絶対的武力としての足柄。お前ら二人が私に力を貸してくれればこれらと戦えると」

 

日向さんがそう言うのを聞いて、野分は以前から感じていた疑問を日向さんに聞くことが出来ました。

 

「日向さん。あなたは何を考えているのですか?日向さんのゴールは何ですか?」

 

日向さんは少し考えるた素振りを見せると、こちらに向き直りました。

 

「艦娘が人類として認められて、人類同士の武力的な小競り合いを無くすことだ」

 

日向さんは不安げながらも、その目には確固たる自信のようなものが感じられました。

 

「わかりました。野分もその為に尽力を尽くします」

 

日向さんの覚悟の前に、野分はそう言うことしか出来ませんでした。もっとよく考えて、反論をすべきだと思いましたが、その時司令の顔が脳裏をよぎりました。あの人は、何を望んで政治家になり、何を望んでこの捜査局を立ち上げたのか。それは目の前にいる日向さんを見て何となくわかった気がします。鎮守府にいた時も今も変わらない。もし人類に兵器だと言われるのであれば、野分は平和という自分自身のエゴの為、再び戦う覚悟を決める必要があるそうです。

 


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