海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #36 謀反者の共同戦線(1)

 

あれから一週間が経ちました。打ち上げられた駆逐イ級の事件は、日向さんが処理されました。漁船を襲った駆逐イ級を海軍が迎撃、その際、処理しきれなかったものが打ち上げられた。それがこの国の……人類側による対応です。当然深海側からの抗議がある。そう考えていましたが、それは一切なく、不気味な沈黙が流れていました。

日向さんはあの日以来、考え込むことが多くなりました。窓の外を見つめ、ジッと何かを考え込む日向さんを見ていると、机の上に置いてる野分の携帯が鳴りました。ディスプレイに「不知火姉さん」と表示され、日向さんに退席する声をかけると、日向さんは片手を挙げて答えてくれました。どうやら、周りが見えなくなるほどは没頭していない様です。

 

「もしもし、野分です」

 

通話ボタンを押し、電話に出ると、不知火姉さんの声が聞こえてきました。周りが騒がしいところなのか時折雑音も聞こえてきます。

 

「野分、急にごめんなさい。今大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です。何かありました?」

 

「昨日、白露から陽炎に連絡があったそうよ。江風がいなくなったと」

 

「……詳しく教えて貰えますか?」

 

野分は電話をもったままデスクに戻ると、上に置かれた書類とキーボードを雑に退け、ノートを開きました。

 

「順を追って話すわ。陽炎に電話が来たのは昨日の明け方。一週間経っても江風が帰ってこないと、彼女の妹から連絡があって、そのまますぐに陽炎に電話したみたい」

 

「一週間前ですか」

 

野分が復唱し、メモをとっていると、それに気が付いた日向さんがこちらに来てノートを覗き込みました。日向さんは「そのまま続けろ」と野分に言うと、野分は黙って頷きました。

 

「えぇ、彼女、最近は夜遊びしてたみたいだから心配してたのだけど、帰ってこないのは初めてらしいわ」

 

不知火姉さんが冷静な口調で言いました。仲のあまりよくない陽炎姉さんのところに連絡をしたということは、白露さんも切羽詰まっていたのでしょう

 

「わかりました。こちらで調べてみます。他に何か情報はありますか?」

 

「ちょっと待って、陽炎、他に何か知らないかって」

 

最後の方、声が遠くなったことを見ると、陽炎姉さんが近くにいるのでしょう。不知火姉さんの声に合わせて雑音が聞こえてくるということは陽炎姉さんが騒いでいる。ということでしょうね。

 

「知らない、だそうよ」

 

よく耳を澄ませると、陽炎姉さんが妹の教育が何とかと騒いでいました。

 

「わかりました。わかり次第早急に連絡します」

 

野分が電話を切ると、日向さんは「最近夜遊びをしている」という文章を注視していました。しばらくノートを見つめていると、難しい顔をして自分の席に戻って行きました。

 

「日向さん、野分はこの調査に行ってきます」

 

「待て」

 

日向さんはこちらを振り返りませんでしたが、その声は力強いものでした。野分は必要なものを詰めた鞄を持ったまま、日向さんの指示を待ちました。これが足柄さんだったら、制止を無視して飛び出して行きそうですが、野分にはそれができませんでした。

 

「……仕方ない……か」

 

日向さんはそう呟くと、ゆっくりと立ち上がりました。

 

「野分、陸奥のところに行くぞ。江風が夜出歩いていた付近の監視カメラの映像を確認する。移動中にデータベースから江風がどの辺りにいたか割り出せ。」

 

「了解しました」

 

大慌てでタブレットを鞄に詰め込み、日向さんと共に駐車場へと向かいました。

 

ーーーー

 

 

「知っているとは思うけど、私、今は捜査する部署じゃないのよ」

 

陸奥さんを尋ねると、陸奥さんは申し訳なさそうにこちらの要請を拒否しました。

 

「そこをなんとかお願いします」

 

いつもならなんだかんだ条件を要求して手伝ってくれる陸奥さんが始めから非協力的な態度をとったことに不信感を覚えましたが、野分はそれには触れませんでした。

 

「少しやりすぎちゃったみたい」

 

陸奥さんは眉をしかめながらそう言いました。日向さんは黙ってそれを聞いています。

 

「これで最後にしますから……」

 

「何度目の最後かしら?」

 

陸奥さんは意地悪にそう言いました。それに関しては野分は何も言えません。

 

「陸奥よ……私は、江風がどこにいるかではなく、最近何をしていたか……それが知りたいんだ」

 

日向さんが沈黙を破り、そう言いました。その言葉を受けた陸奥さんは顔をしかめました。

 

「……あなただってこれ以上の介入は良しとしない。遠回しにこれ以上の詮索はするなと言われているでしょう?」

 

陸奥さんの言葉の意味がわからない野分は、日向さんの顔を見ました。日向さんは、野分の顔を見ると深いため息をつきました。

 

「野分、お前が知った事実と私達が知っている事実は違うんだ」

 

「ちょっと……」

 

日向さんが何かを言いかけようとすると、陸奥さんが日向さんの腕を掴みました。陸奥さんの顔は困惑したものでした。

 

「野分、この前の事件、何故警察は私達に丸投げしたかわかるか?」

 

「……深海棲艦や艦娘が絡む事件は請け負いたくないから……ではないのですか?」

 

「半分正解だ」

 

「日向ッ!」

 

陸奥さんが叫びました。冷静な陸奥さんが声を荒げたことに野分は驚いてしまいました。しかし、日向さんはそれを気にする素振りを見せませんでした。

 

「あなた達、今度は無いわよ!自分の信じる正義を貫きたいなら、今は大人しくしてなさい!」

 

陸奥さんの言葉に、日向さんは反応しました。

 

「陸奥。お前が捜査の現場から外されたのは私のせいだとわかっている。お前が非公式なやり方でこちらに情報を流してくれる事にも感謝している。お前には恩がある」

 

「だったらたまには私の言うことを……」

 

「だが、恩義があるから見て見ぬ振りをするのは私には出来ない。それが昔の仲間に関することなら尚更だ」

 

日向さんは静かにそう言いました。しかし、その言葉はとても力強いものでした。

 

「野分、お前には話しておかなくてはならない事が一つある。それは、本来なら復帰した日に話すべき事なのだが話していなかったことだ……私達の捜査権は上からの指示がない限り行使はできない」

 

「どういうことですか?」

 

「あなた達は言われたことだけやっていればいいっていうことよ」

 

陸奥さんは額を抑えながらそう言いました。

 

「今の私もそう。余計な事が出来ない様にと……捜査する現場から外されたわ。何かあると、すぐあなた達と好き勝手やるからってね」

 

「話を戻そう。その捜査権は好き勝手に取り上げられる。前回の事件がそうだ。途中から全く違った方向に捜査が進み、事実とは異なったカバーストーリーが世の事実として伝えられた」

 

日向さんは腕を組み直すと、背もたれに体重をのせました。

 

「じゃあ……野分達は都合のいいことだけ調べてろってことですか?」

 

「まぁ……そうなるな」

 

「そんなのって……!

 

「落ち着きなさい」

 

野分が怒りで興奮するのを、陸奥さんは冷静にたしなめました。

 

「陸奥、もう一度言う。私は江風が今、どこで、何をしているのかが知りたいのでは無い。元艦娘が非行に走っているのを聞いたから注意がしたいんだ。これは元艦娘を監視する私達の仕事の一つで、誰かの都合が悪いことを捜査するわけじゃないんだ。元艦娘の中には社会を知らないものも多い。万が一があってはいけないと考えるているからの行動なんだ」

 

「……そんな屁理屈が、通ると思っているの?」

 

「屁理屈をそれらしく話すのはお前の得意分野じゃないか」

 

陸奥さんは大きくため息をつくと、席から立ち上がりました。

 

「昔の仲間にあたってみるわ。非行少女の取り締まりをしてほしいってね」

 

「恩にきる」

 

「終わったら鳳翔さんのとこ」

 

「……わかった」

 

陸奥さんはそう言うと、わざとらしく肩をすくめました。しかし、その背中は活気に溢れていました。

 

ーーーー

 

「陸奥さんとまた仕事が出来るとは思ってませんでしたよ」

 

若い男性、以前捜査で一緒になった方が重ねた段ボール箱を抱えて野分達のオフィスに入ってきました。

 

「仕事じゃないわ。私は溜まりに溜まった休みを満喫しているの」

 

私服姿の陸奥さんがそう言うと、重なった上の段ボール箱を受け取りました。

 

「残りはおやっさんが持ってきてくれるそうです。とりあえず今ある分を持ってきました」

 

「よくこの短い時間でこれだけ集めたな……」

 

日向さんが感嘆の声をあげると、若い男性は親指を立てました。

 

「お久しぶりです!任せてください!足には自信ありますから!」

 

「そっ、そうか……」

 

男性のテンションについていけてない日向さんを見て、陸奥さんはため息をつきました。

 

「今からこれだけの量のつまらない映像を見るのよ。今からそんなテンションじゃ後半ツライわよ」

 

陸奥さんはそう言って中から適当に一枚のディスクを取り出すと持参したパソコンにいれました。野分もそれに続き、日向さんも若い男性もディスクを取り出しました。

 

「あら……あらあら……あらあらあら」

 

陸奥さんが映像を見ながら、嬉しそうな声をあげました。陸奥さんの画面を覗き込むと、若い男女が抱き合っていました。

 

「陸奥さん……?」

 

「いいじゃない。こういう楽しみを見出さないとやってられないわ」

 

「趣味がいいとは言えないな」

 

「そういうあなたも顔が緩んでいるわよ」

 

どうやら、戦艦の皆さんは人の色恋は大好物の様でした。

 

ーーーー

 

 

それから何時間が経ったでしょうか。缶スプレーで落書きする若者、路上で熱い抱擁を交わす男女、道端で嘔吐する人、そんな映像を延々と見ていた野分は完全に気が滅入っていました。若い男性は「この子かわいい!」とか「この子はないな……」などと言っています。日向さんは黙って見ていますが、その表情が緩んだり締まったりとしています。陸奥さんは「このヘタレ……情けないわね」などと言っています。どうやらこういう楽しみを見出さなくてはいけないようです。

 

「すまん、遅くなった」

 

中年の男性が台車に段ボールを満載させやってきました。

 

「……嬢ちゃん、目が死んでるぜ?」

 

ただ黙って見つめていましたが、心配をさせてしまいました。野分は大丈夫です。そう言おうと思いましたが、喉が動きませんでした。

 

「ほら、差し入れ」

 

中年の男性は一つの段ボール箱から缶珈琲と軽食、栄養ドリンクを取り出して野分の机に置いてくれました。

 

「まだいっぱいあるから好きに取ってくれ」

 

よかった。あの箱にはディスクが入っていない。安堵していると、日向さんが小さく呟きました。

 

「今ここで別の楽しみを見つけたら戻れんな……」

 

聞きたくありませんでした。

 

ーーーー

 

 

軽い休憩を取った後、再び作業を再開しました。日向さんと陸奥さんはこの珈琲美味しい、この栄養剤はジュースっぽいなどと普段言わないことで盛り上がっていましたが、今では黙ってモニターと向き合っています。

 

「なんでこういう時に足柄はいないんだ。そうだ、帰ってくるまでに仕事を溜め込んであいつに押し付けよう」

 

時折、日向さんが変なことを口走っていますが、野分は聞いていません。

 

「いたわ!」

 

陸奥さんが唐突に叫びました。しかし、野分以外の人は、モニターから目を離しませんでした。

 

「その手には引っかかりませんよ。陸奥さん、飽きてくるとそうやって好みの男見つけて見せつけようとするんだから」

 

「全くだ。美人なんだからはやくいい男見つけて結婚すりゃいいのに」

 

「違うわよ!江風がいたのよ!美人なのは違わないけど!」

 

その声に、男性陣と野分は慌てて陸奥さんのモニターを覗き込みました。陸奥さんが少し巻き戻すと、江風さんが画面の奥に向かって歩いていました。

 

「日向さん!」

 

野分がそう叫ぶと、日向さんは片手で待てという合図をこちらに送りました。何かを真面目に見ていました。

 

「ちょっと来てくれ」

 

日向さんは手招きをすると、全員に自分のモニターを見せました。そこには若い金髪の男性が写っていました

 

「何、こういうのが好みなの?」

 

趣味が悪い……と言いたげな陸奥さんが日向さんを見ました。

 

「再生するぞ」

 

日向さんはそれを無視して、再生ボタンを押すと、金髪の男性は若い女性とのすれ違いざまに何かを渡していました。

 

「……これって……」

 

若い男性が獲物を見つけた猫の様な目で画面を見ていました。

 

「こいつが写っているのはいくつかあるが、渡してるのが映っているのはこれだけだ。木曜日の人が多い時間帯にこいつはいつもいるらしい」

 

日向さんは手元にあったメモを見せました。それには、日付と時刻が書かれていて、日付をカレンダーで確認するとそれが木曜日に集中していました。

 

「密売人ね。それと何か関係が?」

 

陸奥さんはそう言うと、日向さんはあまり積まれていない(多分、野分が見た三分の一ぐらい)ディスクの山の上に手をおきました。

 

「私の感だが、この男はただの密売人じゃない。若いのに何千万もする高級車を乗り回している。そして、明らかに普通じゃない団体と会話している部分も映っていた」

 

「じゃあ、今からそいつをしょっぴきましょう!」

 

「待て!」

 

若い男性が飛び出していこうとするのを、日向さんが止めました。

 

「逆に利用しようというのですね」

 

中年の男性が答えました。日向さんはそれに頷きました。

 

「だがまだ早い。この男と江風が接触したかどうかが知りたい。それと…この男がどの様な行動パターンなのかもだ。私が見たやつでは毎回バラバラの行動パターンでな」

 

「……なんではやく言わないの…」

 

隣にいる陸奥さんの手が震えていました。他の二人の目からも生気が無くなりました。

 

「もしかして……見直さないといけないやつですか?」

 

野分がそう言うと、日向さんは頰を掻きました。

 

「まぁ……そうなるな……」

 

きっとこの時の野分の目も、二人と同じく生気が無くなっていたでしょう。


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