海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #35 降りない軍艦旗(2)

私は愛車を運転しながら悩んでいた。

シルビアは渇いた音を響かせながら、海軍基地へ鼻先を向けている。

 

「伊勢……何をする気だ……」

 

野分に接触した、自分の姉の真意がわからなかった。彼女は、野分に私に虐められているのかと聞いた。私は、伊勢に、今の仕事も、誰といるのか……この際はっきり言おう。終戦してからは彼女と口をきいていない。今日、伊勢を見たのは終戦後、姉妹喧嘩をして以来久しいとも言える。私には、彼女の真意がわからなかった。そして、その事を……伊勢がしている事……事実はわからない、彼女が口にした正義を自分の部下に伝えるべきか悩んでいた。

 

「何を企んでいる……」

 

私は無性にイラつき愛車のハンドルを叩いた。その振動でシルビアは少し揺らいだ。

どうしたものか……もし伊勢が違法行為を行っているのであれば今の捜査権、伊勢の嫌う権力を行使し、彼女の暴走を止めることができる。しかし、伊勢には力がない。彼女は無頼者である。だから怖かった。自滅的行動、昔のこの国の言葉を借りるなら、神風になるのではないか。そんな危惧を覚えていた。

私は考えた。野分の力を借りれば、彼女を無力化出来る。野分なら、彼女を止めるだけの力、上を納得させるだけの証拠を集めるだろう。その力を行使して、私は彼女を止めることが出来る。私はそこまで考えると、目頭が熱くなるのを感じた。

いけない……私は、緑色の看板に表紙されたパーキングエリアで熱くなりすぎた頭を冷やそうと……私は愛車を走らせた。

ーーーー

 

「それで……お前は何も言わずに、私に護衛艦を一隻借せというのか?」

 

海軍基地についた私は長門を呼び出し、彼女に頭を下げていた。彼女の顔は見えないが、きっと呆れ果てているだろう。軍人ではない、ただの捜査員が無茶苦茶な事を言っているのだ。無理はない。

 

「たった数時間……それも、四一式に耐えられる装甲を持った艦を貸して欲しい……現在使われている護衛艦にはその装甲はないだろう?」

 

私が顔をあげそう言うと、長門は驚いた顔をし……そして、再び呆れた顔をした。

 

「この国が、過剰な戦闘力を持てないことはお前も知っているだろうに。現在、我が海軍でお前が望む様な艦船はない。帳簿上はな……」

 

長門が腕を組むと、私を睨んだ。私はその顔を見ると、その後に発するべき言葉を思いつかずにいた。

 

「ひとつだけ……ひとつだけ確認したことがある。この要請は捜査局としての仕事か?」

 

長門は真面目な表情で私に問いかけた。私は彼女を誤魔化すことができない。揶揄うことはできるが、彼女は全てを知っている。大和型に次ぐ火力を手に入れていた彼女は、あの時、あの場に護衛としていたのだから……

私は悩んだが、それは長門にとってはとても短い時間であっただろう。私の考えは、シルビアの中で決まっていた。

 

「私、個人としてのお願いだ」

 

私がそう言うと、長門は私を呆れた表情で見ていた。

今回は協力を得られそうにないな……そう考えていると、長門が口を開いた。

 

「そうか……ならお前に……いや、お前らに頼みたいことがあってな」

 

長門はそう言うと、机の上に置かれたクリアファイルを私に放り投げた。私はそれをただ受け取るだけだった。

 

「その中に、私が所属する部隊と政府での間で謎の取引が行われている……という報告書がある。だが、私達では解決できそうにない。それをお前らに依頼したいのだが……」

 

長門はそう言うと、足を組み直す動作をした。組み替えた時に、膝が机に当たり、ファイルの中にある書類が振動で外に飛び出した。私はそれを見て、自分の目を疑った。一番上の表紙の下には何も書かれていない。白紙であった。私がそれを見ていると、長門は空中を見ながら言葉を続けた。

 

「まぁ、その部隊にやましい点はない事は私もよく知っているのだが、もし万が一何かあってはいけない……と思ってな。捜査を依頼したいと……」

 

見え見えの芝居に、私は長門に感謝の気持ちを覚えずにはいられなかった。

 

「わかった……引き受けよう」

 

「助かる。因みに……私は……その、あれだ。艦隊との殴り合いなら任せて欲しい」

 

長門は頰を掻きながらそう言った。

 

「私がお前を監視しなくてはいけなくなるな……」

 

私がそう言うと、長門は鼻で笑った。

 

「そうするのなら、私もお前を監視しなくてはな……」

 

長門は悪い笑みを私にこぼした。

 

ーーーー

 

野分が待つオフィスに着くと、野分は机に突っ伏して寝ていた。その横に、5ミリほどの書類の束が見えた。時計を見ると、私が指定した時間よりも一時間ほど早いことがわかった。そばに置いてあった野分の携帯を手に取ると、三十分後にアラームがかけてあるのがわかった。

 

「すまない……今回は私の私情だ」

 

私は野分に謝ると、野分の携帯の電池を抜いた。これでこの携帯は機能しない。

私が会議から帰ってきた時に、私の机に置いてあった書類の様に、私は長門から受け取った表紙以外白紙の資料を野分の机に置いた。ちゃんとメモも残して。

 

「よろしく頼む」

 

野分の頭を撫でたが、起きる気配は全くなかった。本当は仮眠室で寝て欲しいのだが……

私はそう考えていた。足柄の椅子にかけてあった膝掛けを見つけた私は、それを野分の肩にかける、オフィスを後にした。

 

ーーーー

 

私と長門は、先程の野分と伊勢が話し込んでいた海岸に来ていた。先程きた時とは違い、人の気配のしないこの海岸は不気味なほど静かであった。私は海水の中に足を突っ込んだ。冷たいが、懐かしく、心地よく感じられた。

 

「あれは……」

 

長門が一歩下がった位置から、遠くの海を見つめていた。私がそちらを見ると、人影の様な者が立ちすくんでいた。

 

「……行くぞ」

 

私は長門にそう声をかけると、艤装を展開した、とても懐かしい感触であった。全身の血が滾り、自分の血液が機械である艤装に流れ込む様な……そんな感触を得ていた。

 

「電探に反応なし。この辺りに人はいない」

 

艤装を展開した長門が私にそう言った。私達の姿を見るものはいない様だ。長門の言葉に頷き、私達はその人影へ向かって全速力で向かった。

 

ーーーー

 

先に結論から言おう。その人影は伊勢ではなかった。

野分の報告書を道交法を無視して、運転しながら読んでいた私には想像が出来ていた。だが、長門は眉間に皺を寄せていた。

 

「江風……なぜここにいる?」

 

夜明けが近い海に佇んでいた人影に、長門は声をかけた。声をかけられた江風は焦点の合わない目で私たちを見た。

 

「長門さんに日向さんかい……」

 

江風はそう言うと、フラフラと私達に近寄ってきた。その不気味な江風に私も長門も思わず警戒を強めた。それを見た江風は、驚きの表情を隠さなかった。

 

「なんでぇ……仲間じゃなかったのかい……」

 

江風はそう言うと、隠し持っていた仕込み刀を引き抜いたら。どうやら彼女は正常な判断力を失っているらしい。私は長門に何もするなという合図を送ると、腰に下げた刀を引き抜いたら。

 

「もしかして……川内さんをやったのは貴様らなのかい?」

 

江風の目が座った。しかし、それは正常なものではない。明白な殺意をこちらに向けていた。

 

「どういうことだ?」

 

私がそう尋ねると、江風は悲しそうな表情を浮かべた。

 

「江風はずっと待っていんだ。川内さんがまた現れるのを、戦い始めることを!」

 

江風はそう叫ぶと、刀を振り上げた。その時、私を突風が襲った。自然現象でおきる風ではなく、何かが近くをとてつもないスピードで横切ったものによる人為的なものだった。その風によって起きた波からバランスを保つ為に足元に集中した私は、何が起こったのかわからなかった。

 

「川内はまだ私達の正義を捨ててないよ」

 

聞き覚えのある、そして昔何度も隣で聞いた声が聞こえてきた。

 

「貴様……」

 

私が声の主、伊勢にそう言うと、伊勢はゆっくりと振り向いた。その肩には気を失った江風が担がれていた。

 

「また会ったね」

 

伊勢も焦点の合わない目で私を見ていた。だが、伊勢は江風と違い、正常な意識を持っていた。

 

「艦娘の力を失った貴様が、何故ここにいる?」

 

私がそう叫ぶと伊勢は先程よりも邪悪な笑みをこちらに向けた。

 

「日向に奪われた力を取り戻したの。この姿に生まれたことを感謝しないとね」

 

「どういうことだ?!」

 

後ろにいた長門が艤装の砲口を伊勢に向けながらそう言った。私は何も言えなかったが、伊勢は饒舌に答えた。

 

「私は日向に艦娘の力を奪われた……けど、それを取り戻す方法があったの」

 

私は目の前の現実を認めたくはなかった。伊勢は確かに私が無力化した。しかし、彼女は目の前で、無力化したはずの力を行使していた。頭が理解出来なかった。

 

「裏切り者は役に立ってる?」

 

伊勢が私に朧げな目で問いかけた。その瞳に私は恐怖を覚えた。

 

「裏切り者だと?」

 

強がりに似た、返答を私はした。考えることを放棄している私の頭に、伊勢の言うことは理解出来ない。

 

「いるでしょ?夜しか動けない草が」

 

「……川内のことか」

 

「そう。彼女は私を止める為に裏切った。その期待に応えてあげないとね」

 

伊勢はそう言うと、空いている手で刀の柄を掴んだ。私はそれまで抜いいていたことを忘れていた刀の存在を思い出した。

 

「今じゃなくていいけどね」

 

私の心理を読み取った伊勢は何が面白いのかわからないが、面白そうに笑うと、こちらに背中を向けた。

 

「おい、撃つなら撃つぞ?」

 

長門がどうしていいのかわからず、私に指示を仰いだ。私はそれを手で合図を送り制止した。伊勢は背を向けたまま話し始めた。

 

「私にとって、日向がわからず屋の姉だと思っているように、私も日向をわからず屋の妹だと思っているわ」

 

伊勢の言葉に、思わずに手に力が入る。久々に展開した艤装は私の意思を反映するかのように伊勢に砲口を向けている。長門もそうだ。しかし、伊勢はそんなことを気にするそぶりが無かった。

 

「でもこれでわかったでしょう?私達と同じような意思を……正義を持った子はいるってこと。どんなに不遇な扱いを受けても、それを乗り越えてまた歩き始めようとする子がいることを」

 

伊勢の口調は力強かった。私は思わず、それに気負けしてしまった。

 

「今回のことはどちらにも非がない。金輪際、イ級の屍が打ち上がることはないわ。だからこれで終わりにして。あなた達が遵守する条約には触れない様にするから……」

 

伊勢はそう言うと、現れた時と同じ様に、波飛沫を立て水平線へと消えて言った。

私達はそれをただ見ていただけだった。

伊勢が消えた水平線に太陽が昇り始めていた。

 

ーーーー

 

その日の夜、私は鳳翔さんのお店のカウンターで一人で飲んでいた。

その日はやるべきことも無かった私はオフィスに戻らず、お店の開店と同時に入った。

鳳翔さんは何も言わず、ただ心配そうに私を見ながら注文を受けてくれた。

 

「ここにいましたか……」

 

そんな私の心境は御構い無しの野分が怒った表情で入ってきた。私は既にボトルを一本空けていた。

 

「野分か。どうした?」

 

私は酔いに任せ、野分に声をかけた。野分はそんな私を見ると、先程の怒りを忘れ、心配そうにこちらを見てきた。

 

「いえ……日向さんから受けたものは結局何もありませんでした。それで、イ級の方は……」

 

「なにも無かった。あいつらは誤って事故起こして、その命を絶っていた……というのが結論だ」

 

寝不足と酔いで回らない頭で考えた理由は滅茶苦茶なものだった。それと同時に使いたく無かった頭を使った事で酔いが一気に回った気がする。

 

「そうですか……鳳翔さん、鮭の粕煮定食をお願いします」

 

野分が注文を済ませると、何かを思い出した様な顔をした。

 

「鳳翔さん、日向さんと初めて会った時の事って覚えていますか?」

 

野分よ……急に何を言い出したのだ?

 

「えぇ、覚えてますよ。伊勢さんと鎮守府のお店に来たんだけどね……」

 

鳳翔さんも思い出し笑いを受けべている。待て……嫌な記憶の引き出しが疼くぞ。

 

「伊勢さんが、日替わり定食を頼まれたんですけどね、日向さんはずっとメニューの鯖の龍田揚げ定食を見ててね……私が日替わりと鯖の竜田揚げを持っていくと、日向さん、すっごく嬉しそうにそれを見ててね……あの時はまだ今みたいに仲良く無かったからね」

 

「なんだ、それだけですか……」

 

野分はがっかりした様子だった。私からしてみれば充分恥ずかしい思い出だ。

 

「そうだ、野分ちゃん。あなたの上司が飲みすぎなのよ。私が言っても聞いてくれなさそうだから、あなたから言ってもらえる?」

 

「そうですか……ほら、日向さん。ちゃんとご飯も食べて」

 

野分はそう言ってまだ手をつけていない肴と箸を私に持たせようとした。

 

駄目だ。今は何も考えたくない。だが、その我儘は、美味しいご飯を作る女将と、食い意地が張った優等生が許してくれそうに無かった。


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