海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #34 降りない軍艦旗(1)

 

その連絡が来た時、七係のオフィスには野分しかいませんでした。

 

「なんてタイミングの悪い……」

 

野分は受け取った資料が表示されたパソコンの画面と、壁に掛けられた予定表を交互に見比べました。足柄さんと川内さんは別の捜査で二週間は帰って来ませんし、日向さんは先程、定例報告会に出席するの為不在でした。何かあれば野分の判断で動いていい。そう日向さんには言われていますが、実際に直面するとどうするべきか悩んでしまいます。

 

「大したこと……ですよね」

 

野分は、海上警備隊から送られてきた資料を見ながら、そう呟きました。そこには、ここ最近、駆逐イ級の死体が海岸に打ち上げられており、それが自然死では無く何者かに斬殺されたものである。そう書いてありました

他の資料には、打ち上げられたイ級の死体の写真や日時、状況など事細かに書かれていました。野分はどうすべきか、散々悩んだ末、とりあえず打ち上げられた海岸へと向かうことにしました。資料の印刷をかけ、印刷機が十数枚の資料を吐き出している間に身支度を整え、全員の共用箱の中にある車の鍵を手に取ると、印刷機が全ての紙を吐き出した合図を野分に送ってきました。それらをクリップでまとめ、野分がこの捜査に出かけていること書いた付箋を上に貼り、日向さんのデスクに置きました。

 

「何かあれば連絡がくるでしょう……」

 

野分はやることをやったと確認をし、オフィスを後にしました。

 

ーーーー

 

 

イ級が打ち上げられたという海岸は、若者が観光がてら来るような場所でした。まだ時間は早かったですが、ちらほらと海を眺める観光客がいました。野分は浜辺に構える、お酒も販売する喫茶店に入ると、身分を明かし聞き込みをしました。

 

「すいません。この辺りで深海棲艦が上がったと聞いたのですが……」

 

野分がそう言うと、お店の店主は顔を歪めました。

 

「そうなんだよ。朝来たら、君の悪いクジラみたいなやつが真っ二つで転がっててよ。警察に通報したら、そのまま海岸は閉鎖、その日は俺たちも追い出されたんだよ」

 

店主はそう言うと、厨房に貼ってあったカレンダーを指差しました。そこには赤いバツがいくつか書いてありました。

 

「今月だけで四回。その度に追い出されて。そのうち二日は土曜日なもんだから、売上なくて困っちゃうよ」

 

「そうですか……ちなみに怪しい人なんて見ました?」

 

「怪しいも何も、ここに来る観光客はアベックが多くてみんなソワソワしてるよ。まぁ、最近は変な噂もあるけどね」

 

「変な噂?」

 

「なんでも、遠くの方で海の上に立ってる幽霊が見えるんだとさ。全く馬鹿げてるよ」

 

店主の言葉を聞いて、海上警備隊や警察がこの仕事を渡してきたのかがわかりました。

 

「海の上に幽霊ですか……」

 

「前に話した背広を着たお巡りは思いっきり顔をしかめていたよ。馬鹿なことを言うなって感じで」

 

それは、そうじゃなくて、面倒ごとになったと思ったからでしょうね。メモを取りながら、そんなことを考えていると、店主は野分をジッと見ていました。

 

「あの……何か?」

 

視線に気付き、一通りメモし終えた野分がそう言うと、店主は頭をペチペチと叩き始めました。

 

「いや、俺の話をそんな真面目に聞いたのはあんたが初めてでな。そんな真面目なお姉ちゃん見てて思い出したんだが、ここ何日か、男勝りな不思議な女の子がここらをウロついてるのを見かける……って噂もあるぜ」

 

店主は頰を掻きながらそう言いました。野分は内心は驚きましたが、表情に出さず呆れたように言いました。

 

「それ、お巡りさんに言って貰わないと……言わない事が罪になる時もありますよ」

 

「何を言ってやがる。別に人が死んだわけじゃない」

 

「そうですか……ありがとうございました」

 

野分は店主にお礼を言い、ちょうど喉が渇いたのでメロンジュースを頼み、そのお店を後にしました。

 

ーーーー

 

 

海が見渡せるベンチに座り、先程買ったメロンジュースを飲んでいると、太陽が後もう少しで海に触れそうなところまで降りてきていました。

右側に置いた鞄から取り出したタブレットで資料を開き、先程のノートと合わせて、整理をしてみましたが、どうもピンと来ない。男勝りな艦娘、長門さんは軍人だし、天龍さんは先生だし……昔の仲間のことを思い出すと、男勝りな人が多いことに気が滅入りました。

 

(帰って、データベースに照合をかけよう)

 

結論を先送りにした野分は、ボォーっと夕陽を眺めていると、いきなり右横に誰かが座ってきました。

 

「どうしたの?日向に虐められた?」

 

突然の出来事に、持っていたメロンジュースを零しそうになりましたが、なんとかカップの淵で逆流を食い止める事に成功しました。ホッとして声の方を見ると、そこには自分の上司によく似た懐かしい顔がありました。

 

「伊勢さん……」

 

「久しぶり、元気そうで何より」

 

伊勢さんはそう言うと、両方の手でポケットを自分のポケットを漁り、右手で野分に飴をくれました。

 

「困った時や疲れた時はハッカ飴がいいよ」

 

伊勢さんはそう言うと再び右のポケットから飴を取り出し、それを剥き始めました。

野分はお礼を言うと、飴を口に入れました。メロンジュースの甘さとハッカのメンソールが混じり合って、なんとも言えない味になりましたが、悪くはなく、少し癖になりそうでした。

 

「大変だねぇ、一人で。日向は何もしてくれないの?」

 

伊勢さんは気さくに話しかけてきました。野分は再び夕陽を見ると、伊勢さんは心配そうに野分を見ていました。

 

「いえ、日向さんが一人で頑張っていて、何もしてないのは野分の方ですね」

 

野分は先程のオフィスでの自分の行動と思っていた事を思い出しました。あの時、野分はすぐに行動できなかった。すぐに日向さんの指示を求めてしまった。今もこうやってダラダラとしている。そんな自分が情けなくなりました。

 

「日向は口下手だからねぇ……でも、今までコミュニケーションに困っていた日向があなたを選んだんだから、もっと自信持ちなさいよ」

 

「日向さんにも同じこと言われました……でも今はやることをやるだけです」

 

話題を変えようと、話を終わらせると、伊勢さんもそれに気がついて、話題を振ってくれました。

 

「そういえば、川内はどうしてるの?」

 

「川内さんはお昼は爆睡していて、夜にすごく活発的になるそうです。時々やり残した仕事が翌日出来上がったりしていてすごく助かっています。日向さんから仕事の話を聞くんですか?」

 

「ほら、日向は口下手だからね。無理矢理聴きだしてる……って言った方が正しいかなぁ……」

 

「そうだったんですか。意外ですね」

 

あの日向さんが、伊勢さんの口撃に両手を挙げている姿を想像してしまい、口元が緩んでしまいました。

 

「じゃあもう一つ、意外なこと教えてあげる。日向が鎮守府に配属になった時ね、再開を祝して夜ご飯を鳳翔さんのとこに食べに行ったの。そしたら、日向ったら鳳翔さんが……」

 

「貴様こんなところで何をしている?」

 

伊勢さんの話を、肩で息をしている日向さんが遮りました。その顔は怒っているようで戸惑っているようにも見えました。

 

「なんだ日向……いいところだったのに残念」

 

「私の……野分に何を話そうとしていた?」

 

「ちょっとした昔話よ……私の野分ぃ?!」

 

伊勢さんは驚きました。野分は伊勢さん以上に驚きました。ちょっと何言ってるかわかりません。

 

「そうだ……私の野分だ……」

 

日向さんは渋い顔をしていましたが真っ赤に茹であがっていました。あぁ、夕陽が赤いからそう見えたのかもしれません。

 

「へぇ……そういう関係だったの……いや、姉としては……」

 

伊勢さんがそう言うと、日向さんは伊勢さんを睨みつけました。

 

「はいはい。邪魔者は消えますよ」

 

伊勢さんは立ち上がると、日向さんにニヒルな笑みを向けました。野分はその表情に背筋が冷たくなるのを感じました。

 

「じゃあね、日向。せいぜい頑張って……」

 

すれ違いざまに、伊勢さんが日向さんの耳元で何かを呟きましたが、野分には聞こえませんでした。どうせろくでもない事でしょう……

伊勢さんが遠くに行くのを黙って見ていた日向さんは、疲れたように野分の横に座りました。

 

「野分はまだ野分のものです……」

 

何も言わない、日向さんにそう言いました。顔が熱を帯び始めたのを感じています。

 

「そんなことはわかっている……あいつには気をつけろ。仕事の話はするな」

 

先程の伊勢さんとの会話を思い出し、きっと野分にはあまり知られたくない事を伊勢さんは知っている。それに昔の仲間で上司の身内とはいえ、捜査員が情報を簡単に流してはいけない。そう考えていました。

 

「仕事の話はしていません。伊勢さんに日向さんに虐められているのかって聞かれたので……そうじゃないと」

 

「伊勢がそんな事を言ったのか?」

 

日向さんは驚いた様子でした。野分は黙って首を縦に振ると、大きなため息を付き空を見上げました。

 

「それで、どこまでわかったんだ?」

 

日向さんは見上げたままそう尋ねてきました。

 

「新しく得られた情報は、この辺りでは海に浮く幽霊が出るらしくて、最近は男勝りな不思議な女の子も目撃されているそうです」

 

「前の情報は予測が出来たが、後の情報は意外だな。そういえばあいつも男勝りだ。きっとあいつに違いない」

 

日向さんはどうやら考える事を放棄しているようです。

 

「それで、これからどうしますか?野分は一度戻ってデータベースに検索を掛けようと思いますが……」

 

「そうだな……とりあえず、駐車場に向かおう。ここじゃ落ち着かん」

 

日向さんは少しずつ増え始めた男女を見ながらそう言いました。

 

「野分は野分のです!」

 

野分がそう叫ぶと、日向さんは溜め息をつきました。

 

「忘れろ……他のところで言いふらすなよ……」

 

ーーーー

 

 

駐車場には、野分が停めた車の横に古い車が停められていました。

 

「そういえば、なんでわざわざ来たんですか?連絡をくれれば野分が動いたのに」

 

「あの資料を読んだ時、嫌な予感がしてな……野分、服のサイズはいくつだ?」

 

日向さんはその古い車の中に滑り込むと、後付けされたカーナビを操作し始めました。

 

「えっ……?」

 

唐突にそんなことを聞かれ、先程の会話を思い出していると、日向さんは呆れたようにこちらを見ていました。

 

「もういい。明石の所に二体ほど打ち上げられたイ級の残骸が置いてある。データベースとの照合、明石からの報告を明日の朝五時までにあげろ。私はこれからやることを済ませてお前を迎えに行く。早めに終われば仮眠を取っておけ」

 

日向さんはそう言うと扉を閉めエンジンをかけました。渇いた音が聞こえると、勢いよく駐車場から出て行きました。

 

「よくわからないけど……やっぱり大事ですよね」

 

野分もオフィスに戻るべく、車の中に滑り込みました。


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