明らかに怒っている川内さんを駐在所まで連れて行くと、川内さんは不満げに口を開きました。
「それで、お巡りさんが私に何の用なのさ?」
川内さんの怒りは収まりそうにありませんでした。
「いや、あなたを尾行する筑摩を見つけたから怪しいな思って……」
足柄さんが申し訳なさそうに弁解をしました。すると、川内さんは目を細めて足柄さんを見ました。
「そんなこと言って……最近の事故は私のせいだと思ってるんじゃないの?野分まで連れてきて……だいたい、何で二人が警官の格好してるのさ?足柄は知らないけど、野分は記者でしょうに」
「……どうして野分が記者をしていることを?」
野分が記者をやっている事は一部の人しか知らないはずでした。ペンネームも別の名前でやっています
「那珂の記事をよく読むからね。那珂の記事書いてる際野さんって、野分のことでしょう?」
自分でも安直だと思ったペンネームでしたが、どうやらバレバレだった様です。
「それで……あなたは何をしてたの?」
足柄さんが恐る恐る尋ねると、川内さんはふてくされた様に外方をむきました。
「コンビニに買い物に行こうと思っただけ。そしたら筑摩に尾行されて、あなた達にも尾行されたからそれを撒こうとしただけよ。信じられないなら神通に聞いて」
「それはすいませんでした……」
野分が素直に謝ると、川内さんがジッと野分の方を見ました。
「それで、二人はなんでそんな格好でこんな所にいるわけ?」
話すべきか話さぬべきか、足柄さんの方を見ると足柄さんも迷った様子でした。それを見た川内さんは溜息をつくと、徐ろに席から立ち上がりました。
「話せない事情があるならいいよ……でも一緒に戦った仲間なのに疑われるのは心外だな」
「あなたはここ最近起きている事故について何か知っているの?」
足柄さんがそう聞くと、川内さんは首を横に振りました。
「詳しい事は知らないわ。ただ、私もなんであんな何もないところで事故が起きるんだろうって不思議に思ってるけど」
「そう、付き合わせて悪かったわね」
「疑いが晴れたならそれでいいわ……二人はしばらくここにいるの?」
川内さんがそう言うと、足柄さんは頷きました。
「えぇ、今日から二週間はここに勤務してるわよ」
「じゃあ時々来てもいい?私、夜行性だから夜になるけど」
川内さんの言うことを聞いて、嫌な予感がしました。
「……もしかして、一緒に行動するってことですか?」
野分がそう言うと、川内さんは不満そうにこちらを見て来ました。
「なに?嫌なの?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「大丈夫、大丈夫。邪魔はしないから。じゃあまた来るね」
川内さんはそう言うと、手を振りながら駐在所を出て行きました。
「……ややこしいことになったわね……」
足柄さんが小声でそう言うと、野分もなんだか身体が重たくなった様に感じました。
ーーーーーー
翌日、昨日の日誌を書いていると、神通さんが来られました。
「野分ちゃん、久しぶりね……」
神通の目下にはクマが出来ていました。
「お久しぶりです!えぇと……川内さんから何か言われましたか?」
野分がそう言うと、神通さんは深々と頭を下げました。
「昨日は姉さんがご迷惑をおかけしたそうで……」
「そんな……頭を上げてください。悪いのは野分達なんですから」
「いえいえ、夜中にこんな離れた所を徘徊してたら怪しまれて当然よね」
「えっ?!どういうことですか?」
神通さんの一言に、驚きを隠せませんでした。川内さんはコンビニに買い物に来たはずなのに……
「姉さん、どうも深夜に徘徊癖があるみたいで……止めるように言っているんですけど聞いてくれなくて……」
「そうなんですか……それで、昨日は……」
「えぇ、コンビニに飲み物買って来るって言ったまま二時間も三時間も帰って来なくて……帰ってきてから
ここ最近事故が多いから巻き込まれでもしたらどうするのって言ったんですけど、野分ちゃん達がいるから大丈夫ってはぐらかされて……」
「それで寝不足なんですね……」
神通さんは苦笑いを浮かべました。
「野分ちゃんには那珂ちゃんもお世話になってるから……もし何か手伝えることがあったら言ってね」
「神通さんも知ってましたか……」
「これ差し入れね。お仕事頑張ってね」
そう言って手渡された袋の中を見ると、プロテインの入った栄養食品が入っていました。
ーーーーーー
神通さんが帰られてしばらくすると、巡回に出ていた足柄さんが慌てた様子で帰ってきました。
「のわっち!急いで用意して!事故が起きたわよ!」
「了解しました!」
鞄に事故が発生した時のマニュアルを入れ、その他必要な物を詰め込み、足柄さんが回してくれた車に乗り込みました。
「よりにもよって二日目に起きるとは思ってませんでしたね」
シートベルトを締めながらそう言うと、足柄さんは勢いよくアクセルを踏み込みました。
「偶然だといいんだけどね。昨日の川内と筑摩が気になるわ」
「……先程、神通さんが来られました……」
足柄さんに先程の神通さんとのやり取りを報告すると、足柄さんは眉間に皺をよせました。
「詳しい事は後で考えましょう……今は情報を集める事に専念しましょう
「わかりました。でしたら、野分は現場の周辺で情報を集めます。現場は足柄さんに任せても?」
「わかったわ。気をつけてね」
現場の近くで車を降ろしてもらい、マニュアルや必要な物を足柄さんに渡し、野分は周辺への聞き込みに向かいました。一瞬、足柄さんが事故対応出来るのか不安になりましたが、そこは本職なのだから問題ないだろうと思い、近くの人が集まりそうな商店街へと足を向けました。
ーーーーーー
「すいません。先程発生した事故について何かご存知ないですか?」
夕飯の買い物客で賑わう商店街で買い物袋を片手に歩く女性に声をかけると、驚かれた様子でこちらを見ていました。
「婦警さん?いつもは男性の警官に声をかけられるのに……」
「はい、彼らがここ最近休みも取らずに毎日働いていたのでのわ……私達が彼らを休ませる為に赴任してきました」
思わず自分の名前を言いそうになった事を不信に思われましたが、陸奥さんが用意してくれた本物(だと信じたい)の制服のおかげで信じてもらえました。
「ごめんなさい。何も知らないわ。けど、最近ここら辺に来たなら、女神様の噂は知っているの?」
「女神様……ですか?」
女性の口から出た妙な言葉に眉をひそめると、女性は困ったような顔をしました。
「そんな睨まないでよ……最近、ここら辺は再開発が始まって大学が出来て若い子が増えたのよ」
「すいません……随分物騒な女神様だと思いまして……」
野分は謝り、ポケットに入っていたメモ帳を取り出すと、女性の表情は和らぎました。
「そうじゃないわ。若い子が増えた事で、女性を狙う犯罪が増えて物騒になったの。そこに女神様が現れて天罰を下すようになった……っていう噂があるの」
メモを取りながら、何処と無く気味悪さを感じていると、女性は話を続けました。
「なんでも、事故にあった男性の殆どは女性関係でトラブルを抱えていたみたいなの。それでそんな噂がたったんじゃないかしら?」
「女神様ですか……罰を与えるのではなくて、私達に報告してほしいですね……」
「前のお巡りさんもそんなこと言ってたわね……それに加えて、もう一つ噂があるのよ」
「なんですか?」
野分がそう聞くと、女性は真面目な顔をしていました。
「いえね、その女神様は深夜に街を徘徊してるそうなのよ。私は噂に感化された若い子が自らやっていると思っているんだけどね」
昨夜の川内さんと筑摩さんが頭の中に出てきましたが、まだ断定できるほどの材料はありませんでした。
「若い子が深夜に徘徊していることはよく思わないし……それに事件に巻き込まれたりしたら心配だわ」
「わかりました……私達も巡回を強化しようと思います……お時間を取らせてすいませんでした」
「いえいえ、こちらこそ噂話程度でごめんなさい。婦警さんも頑張ってね」
その女性と別れ、もう少し情報を集めようと思い、あたりを見回していると後ろから肩をたたかれました。咄嗟の出来事に警戒しながら振り向くと、筑摩さんが驚いた様子でこちらを見ていました。
「筑摩……さん……?」
「やっぱり……野分ちゃんね?」
ついさっき思い浮かべた人物が目の前に立っている事に驚きを隠せなかったですが、筑摩さんは急に肩を叩かれたに驚いたと勘違いしてくれました。昨日の夜の事は筑摩さんは知らないはず。そう思い、落ち着いて対応しようと心がけました。
「脅かさないでください……」
「それはごめんなさい。でも野分ちゃん、そんな格好で何してるの?」
「昨日からこちらに赴任してきました。短い間ですけど……」
どういう切り口で話を持ち出そうか、それを考えていると会話がぎこちなくなってしまいます。
「もう、後ろから肩を叩かれただけで動揺しててお巡りさんなんて務まるのかしら?」
野分の対応に筑摩さんは笑みをこぼしました。
「すいません。まだ慣れなくて……筑摩さんは、先ほど起きた事故について何か知りませんか?」
「そういえばさっきパトカーとすれ違ったわね……また事故かしら?」
「はい。その聞き込みです」
野分がそう言うと、筑摩さんは申し訳なさそうに首を横に振りました。
「ごめんなさい。何も知らないわ……」
「そうですか……筑摩さんは終わってからずっとここら辺で?」
「えぇ、ずっと姉さんと二人でこの街にいるわよ」
「そうですか……では女神様が徘徊しているという噂はご存知ですか?」
野分がそう言うと、筑摩さんが一瞬ですが眉を動かしました。すぐに普段の顔に戻りましたが、同様している様にも見えました。
「聞いた事はある……というか……」
「何か知っていることがあれば是非」
少し強めの口調で言うと、少し迷った素振りを見せた筑摩さんでしたが、話し始めてくれました。
「関係ないと思うのだけどね……その噂を聞き始めたぐらいからかな……川内ちゃんを夜中に見かけるの」
「川内さんですか……?」
「えぇ……」
筑摩さんは頰に手を当て、困った様子で話し始めました。
「夜遅くに姉さんがアイスが食べたいと駄々を捏ねるから買いに行くことがあるのだけど……その度に川内ちゃんを見かけるの」
「……利根さん、自分じゃ出かけないんですか……?」
「前に深夜に買い物に行かせたら、男の人に絡まれたらしくてね……それ以来、深夜に出かけるのを許してないのよ」
「お母さん……いえ、話が逸れました。川内さんは何かしていましたか?」
「付いて行こうと思うと撒かれちゃってってね……でもただブラブラしてるだけって感じなのよ」
「そうですか……わかりました」
筑摩さんが話してくれた事をメモ張にまとめ、それをポケットにしまうと、筑摩さんは嬉しそうにこちらを見ていました。
「野分ちゃんがここに来てくれて少し安心したわ」
「足柄さんも一緒にこっちに来てますよ。何か聞いたら、駐在所にいるので遊びに来てください」
「交番は遊びに行くところじゃないでしょ。お仕事頑張ってね」
筑摩さんはそう言うと、手を振りながら歩いて行きました。
「女神様……ですか……」
筑摩さんの後ろ姿を見ながらそう呟くと、人が少なくなった商店街を後にしました。