「足柄さん、一つ聞いてもいいですか?」
移動中の車内で、運転する足柄さんに声をかけると、足柄さんの眉がピクリと動きました。
「先に言うけど、私がこの話を聞いたのは今朝の話で、それまでは何も聞いてないわよ?」
野分が聞きたかったことを先読みしたのか、同じ事を疑問に思っていたのか、野分の求める答えが返ってきました。
「足柄さんはどう思います?急に野分と足柄さんが共同で調査をしろということに」
「旧七係の事を考えると、日向が裏で糸を引いている気がするわ。確かに彼女なら陸奥と青葉を動かせる」
「やはり、そう思いますか……」
「でも不思議なのは、何故、日向が直接指示を出さないのかということね」
「野分もそれは疑問に思いました。けど日向さんなら、曖昧だけど的確な指示を出すと思いますが、今回は曖昧過ぎて、とても日向さんが動いているとは思えないんですよ」
「日向じゃない、別の誰かが裏で動いてるってこと?」
「野分にはそこまでわかりません。青葉さんなら何か知っている気がしますが……」
「同感ね。陸奥と青葉は今回の事を全て把握している気がするわ……」
足柄さんは溜息をつくと、野分の方を見ました。
「まぁ、なんにせよ、与えられた指令をこなしましょう。久しぶりにのわっちとペアを組めて嬉しいわ」
「野分も足柄さんと組めて嬉しいです。頼りにしています」
暫く拠点となる駐在所に到着し、それまで勤務していた警官と挨拶を済ませると、警官は嬉しそうに野分達に声をかけました。
「急に二週間の休暇を言い渡されて困惑していましたが、代理で特殊部隊勤務の艦娘さん二人を派遣してくれるとは思ってもいませんでした。これで心置きなく家族旅行に行けますよ」
恰幅のいい一人がそう言うと、細身のもう一人も嬉しそうに話し始めました。
「自分も心置きなく、これにいけますよ!」
そう言うと、細身の警官は釣竿を扱う動作をしました。
「お二方の働きは聞いております。なんでも、セルフブラック交番と呼ばれているとかなんとか……」
足柄さんがそう言うと、二人は苦笑いをして答えました。
「ここ最近不可解な事故が多くて、それを防ぐために巡回を増やしているのですが……どうもこれといった成果が上がらなくてですね」
「不可解な事故ですか?」
足柄さんが何も知らない様な素振りで言うと、恰幅のいい警官がファイルを手に取りました。
「これがここ数ヶ月で起きた事故の詳細です。全てじゃなく、私達なりに変だと思ったものだけまとめてあります」
「拝見しても?」
野分がそう言うと、二人は顔を見合わせました。
「お二人は本庁からの来られているのですよね?」
「はい、そうなりますが……」
野分の不注意な一言で怪しまれたかと思っていると、二人の警官は珍しそうに野分達を見ました。
「いや、失礼しました。以前、ここに本庁からの来られた捜査員が少し強引な方でしたので……我々も少し身構えていたのですが、丁寧な方で安心しました」
「自分も特殊部隊勤務の方が来られると聞いて、絶対駐在所勤務なんて納得してないと思っていましたが……」
二人の言葉にホッと胸をなで下ろすと、足柄さんが答えました。
「いえいえ、私も訓練、訓練、また訓練で本当に市民を守るための仕事なのかと疑問に思い始めていたので……こうやって現場に立てる事を嬉しく思います」
「珍しいですね。本庁勤務の方はエリート意識が高くて、我々とは別物だと思っていましたが……」
「それ以上言うと、悪口になりますよ」
細身の警官が、恰幅のいい警官の言葉を遮ると、二人は笑い始めました。
「とりあえず、お二人がすぐにでも仕事ができる様に、巡回ルートや、この町の資料はまとめてあります。もしわからないことがあれば連絡を頂ければお答えできると思います」
細身の警官が机の上に置かれたファイルを二冊指差しました。
「お心遣い感謝します。二週間と短い休暇ですが、楽しんできてください」
足柄さんがそう言うと、二人は敬礼をして、駐在所を出て行きました。
二人が出ていった後、用意されていた資料を読んでいると、荷解きをしていた足柄さんが野分の肩を叩きました。
「どうしました?」
「ちょっと来てくれるかしら……?」
足柄さんに促され、二階の居住スペースに行くと、段ボールが積まれていました。
「これがどうかしました?」
「のわっちは自分の荷物送ったの?」
「いえ……まさか……」
近場にあった段ボールの一つ開けると、そこには自宅にあるはずの衣類や新しい布団が入っていました。
「これは……どういうことですか?」
「私に聞かれてもわからないわ……」
もう一つの段ボールを開けると、インスタントのご飯やカップ麺と封筒が入っていました。封を切り、中にある便箋を取り出すと野分は言葉を失いました。
「青葉さんからお願いされて、野分に必要そうな物を送りました。他に必要な物があったら連絡ください。泊まりこみで大変だと思うけど、頑張ってね。舞風より……」
足柄さんが後ろから覗き込んで文面を音読すると、手に持っていた便箋を野分に手渡しました。
「足柄さんは羽黒さんからなんですね……それに陸奥さんから言われてる」
「なんというか……この用意周到な感じはすごく怪しいわね……」
「確証はないけど、日向さんが二週間で解決しろと言っているような気がしますね」
足柄さんと二人、諦めたように溜息をつくと、暫く無言で向かい合っていました。
ある程度の資料を読み込み、夜の巡回に行こうと足柄さんが言うので一緒に行くことになりました。
「駐在所、空けてきて大丈夫でしょうか……」
野分がそう言うと、足柄さんが通りの奥の方を指差しました。
「あっちの方に交番があるみたいなの。私達の駐在所はこの町の外れにあるから、滅多に人は来ないし、多分大丈夫でしょう」
足柄さんはそう言うと、本来曲がるべきところを直進しようとしました。
「足柄さん、そっちはルートじゃないですよ」
野分がそう声をかけると、足柄さんは手招きをしました。
「どうしたんですか?」
「シッ」
足柄さんが野分の口を慌てて塞ぐと、視線で向こうを見ろと合図を送ってきました。
足柄さんが指示した方を見ると、見覚えのある長髪の黒髪が見覚えのある黒髪のツーサイドアップを尾行していました。
「筑摩さんと……川内さん?」
小声で言うと、足柄さんは無言で頷きました。
足柄さんは何も言わずに、二人の後を追いかけました。野分も一緒に、着いて行くと、二人は住宅街に入る道を曲がって行きました。見つからない様に尾行し、しばらく住宅街をウロウロしていると、筑摩さんが辺りをキョロキョロしていました。
「どうやら見失わなったみたいね……」
足柄さんと見つからない様に筑摩さんを見ていると、筑摩さんはそのまま歩き出しました。
「どうします?二手に分かれて川内さんを探しますか?」
「そうね。私が筑摩を追うわ」
「じゃあ私が筑摩を追おうか?」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと、そこに川内さんがいました。
「もう、みんなして私を尾行してなんなのさ!」
川内さんは不機嫌そうに腕を組んで、私達を睨んでいました。