海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #27 虚像(1)

「町の調査……ですか……?」

 

朝、特に記事することがないと悩んでいると、青葉さんから声をかけられました。

 

「はい!なんでも、女性恐怖症の男性が増えているというので、特ダネの予感がします!」

 

青葉さんが嬉しそうに話し始めました。

 

「なんでも、その町では最近不可解な事故が頻繁に起きているようです。その被害者は全て男性で、事故後は大なり小なり女性に対して恐怖を覚えているそうなのです」

 

「……野分が聞き込みしても答えてくれなさそうですね」

 

「そこはちゃんと策を考えていますよ」

 

そう言うと青葉さんは白い紙袋を差し出しました。中を覗くと、綺麗に畳まれた青い服が見えました。それを手に取ると、それが婦警の制服であることがわかりました。

 

「……これは流石にまずいんじゃ……」

 

野分がそう言うと、青葉さんは自信気に胸を張りました。

 

「今回は足柄さんも手伝ってくれるそうです。なので、多少のヤンチャは目をつぶってくれるそうですよ」

 

「足柄さんが?ということは警察と同時に調査しろということですか?」

 

「陸奥さんからのタレコミです!事故と処理してしまったから、陸奥さん達は公に動けないそうです」

 

「それでこの格好って……矛盾していませんか?」

 

「野分さんと足柄さんには、新しく赴任してきたお巡りさんとして振舞ってもらいます」

 

青葉さんにしては珍しく用意周到な計画に違和感を覚えましたが、陸奥さん経由ということですぐに納得してしまいました。

 

「わかりました……それで、これからどうすればいいですか?」

 

「足柄さんがここに迎えに来る手筈になっています。まぁ、青葉も昨日連絡を受けたので、足柄さんも今日言い渡されていると思いますが……しばらくは連絡待ちですね」

 

青葉さんはそう言うと、自分の携帯を取り出し、文面をうち始めました。多分陸奥さんへの連絡でしょう。

 

「青葉、のわっち、おはよ〜」

 

まだパジャマ姿の衣笠さんが3階から降りてきました。青葉さんの事務所は一階が車が二台止められるガレージ、二階が事務所、3階が青葉さんと衣笠さんの自宅になっています。

 

「おはようございます。何か入れましょうか?」

 

野分がそう言って席を立とうとすると、衣笠さんは手を振ってそれを断りました

 

「うぅん。大丈夫。二人は相変わらず早いねぇ」

 

給湯室から、少し濃い珈琲の匂いが漂ってきました。

 

「ガサも十分早いと思いますよ。昨日寝たの明け方でしょう?」

 

「そうだけど、まだ記事が書き上がってないのよ。昨日終わらせようと思ったのだけど、眠気で頭が回らなくてね」

 

まだ鎮守府にいた時は、青葉さんが取材して自分で記事にしていましたが、今では、青葉さんが外で取材をして、それを元に衣笠さんが記事を作るようになっていました。そこに野分が加わったので、衣笠さんの負担は増えてしまいました。

 

「二人はこれから取材?」

 

衣笠さんが濃い珈琲を片手に野分の横に座りました。

 

「いえ、今回は別々です。青葉は別の取材がありまして……」

 

「そうなんだ」

 

衣笠さんはそう言うと、野分の膝の上に置かれた制服に気がつきました。

 

「えぇと……のわっちはそういうお店の取材にいくの?」

 

少し引いている表情の衣笠さんがそう言いました。

 

「違いますよ。陸奥さんからのお願いで足柄さんと捜査することになったんですよ」

 

「陸奥さんと足柄さん?いつからここは探偵事務所になったのかしら……」

 

少し不満気な衣笠さんに青葉さんが苦笑いをしながら答えました。

 

「ガサがいい顔しないのはわかっていたんですけど……陸奥さんからの頼みとなると断れなくて……」

 

珍しく歯切れの悪い言い方をする青葉さんを珍しく思っていると、衣笠さんは不満そうに青葉さんを見ました。

 

「だからって、夜のお店みたいな所に取材をさせるなんて何を考えているのかしら」

 

「だから、そういうお店には行かないです!」

 

野分が慌てて訂正をすると、衣笠さんは悪戯な表情で笑いました。

 

「冗談よ。私も前にお世話になっているから、むしろ私も手伝いたいぐらいよ」

 

衣笠さんはそう言うと、珈琲に口をつけました。それから少し考え込むと、不思議そうな表情をして青葉さんに話しかけました。

 

「でも、陸奥さんって、今は特殊部隊の方にいるわよね?捜査権なんてあるのかしら?」

 

衣笠さんの言葉に、青葉さんの顔に一瞬同様の色が見えました。そして野分の方をチラッと見ると、申し訳なさそうな顔をしました。

 

「言われてみればそうですね……いや、でも、昨日確かに陸奥さん自身から連絡があったので……多分大丈夫かと……」

 

最後の方は声が小さくなっていました。衣笠さんは呆れたように溜息をつきました。

 

「人の心配してないで、青葉も少し休みなさいよ。そんなことに気付かないなんて青葉らしくないわよ」

 

「失念してました……でも、本当に陸奥さんからの依頼なのでそこは安心してください」

 

言われてみれば、青葉さんが朝の事務所でデスクに突っ伏して寝ているのは見ますが、それ以外で休んでいるところを見たことがありませんでした。

 

「青葉さんもあまり無茶はしないでくださいね。出来ることは野分がかわりますから」

 

「今でも十分助かっていますよ。野分さんと青葉の取材力に、一時期ガサが嘆いていましたから」

 

「そうなんですか?」

 

衣笠さんの方を見ると、渋い顔をしながら青葉さんを見ていました。

 

「それは今も変わらないわよ。一人でも凄い情報量持って帰ってきてたのに、今じゃその二倍以上の情報持って帰ってくるんだから。私の方にのわっちを回してほしいぐらいよ」

 

 

ーーーーーー

 

しばらくの談笑の後、衣笠さんは自分のデスクを作り始め、青葉さんと野分は出掛ける用意をしていると、来客を告げるチャイムがなりました。

 

「はい、今いきます」

 

野分が大きめの声で返事をし、急いで玄関に向かおうとする途中、青葉さんが不思議そうに玄関を見ていました。

 

「郵便の時間にしては早いですね……」

 

野分が玄関を開けると、そこには足柄さんがいました。

 

「のわっち!久しぶり!」

 

足柄さんはそう言うと、いきなり野分に抱きついてきました。

 

「あれ、足柄さんでしたか」

 

後ろから青葉さんも来たようですが、足柄さんにガッチリ拘束され身動きが取れません。

 

「青葉も久しぶりね。元気にしてた?」

 

「はい、それなりに……というか、足柄さん、少し大きくなりましたか……?」

 

青葉さんのその言葉に、野分を拘束する足柄さんの両腕がきつくなりました。

 

「いきなり失礼ね……体重は前より増えたけど、体脂肪率は前より低いわよ」

 

「足柄さん……痛い……」

 

かろうじて動かせる手で足柄さんを叩くと、足柄さんは拘束を解いてくれました。

 

「あら…ごめんなさい。というか、のわっち痩せた?大丈夫?ちゃんと食べてる?青葉にこき使われてない?」

 

ようやく少し離れて足柄さんを見ると、青葉さんが言っていた意味がわかりました。

 

「足柄さん……引き締まった……というか……なんというか……」

 

野分が言葉を探していると、衣笠さんが呆れたようにこちらにやってきました。

 

「いつまで玄関で騒いでいるのよ……足柄さんも」

 

 

ーーーーーー

 

足柄さんを中に案内し、衣笠さんが煎れた濃い目の珈琲に口をつけると、インスタント特有の雑味と苦味が口の中を支配しました。

 

「私はもう少し濃くてもいいわよ」

 

足柄さんがそう言うと、衣笠さんが嬉しそうな顔をしました。

 

「そう言ってくれるのは足柄さんだけよ。青葉ものわっちも私が淹れると一口目は絶対渋い顔をするんだから。いまだって薄めに淹れたのに二人ともこんな顔して」

 

「それはガサと足柄さんの味覚がおかしいんですよ……」

 

青葉さんが渋い顔で答えました。きっと野分もこんな顔をしているのでしょう。

 

「そんなことより、本当にのわっちを借りていっていいの?」

 

足柄さんがそう言うと、青葉さんは頷きました。

 

「はい。野分さんにも了解は得ています」

 

「最初に陸奥から話を聞いた時にはあなたも付き合うと思っていたのだけど?」

 

「青葉も是非ご一緒したいのですが……別の取材がありまして、しばらく忙しいんですよ」

 

「あら、そうなの」

 

足柄さんは不思議そうに青葉さんを見ていました。

 

「まぁ、いいわ。それより、のわっち、さっきからなんでそんな不思議そうな顔で私を見ているの?」

 

「いえ……その……しばらく会わないうちに何があったのかと思いまして……」

 

「陸奥の訓練の賜物よ。私だって好きでこの身体になったわけじゃないわ」

 

「なんというか……武蔵さんを一回り小さくしたような……」

 

「確かに長門さんみたいね」

 

衣笠さんが野分の言わんとしていることを言ってくれました。

 

「筋肉ダルマの婦警ですか……」

 

青葉さんがボソッと言ったことを想像してしまい、笑いがこみ上げて来ました。笑いを堪えるために顔をそっぽに向けましたが、見られていたようです。

 

「ちょっと?!二人とも失礼じゃないかしら?!」

 

「そうですよ。長門さんみたいでカッコいいじゃないの!」

 

衣笠さんがそう言うと、足柄さんは衣笠さんの手をとりました。

 

「そう言ってくれるのはあなただけよ。全く陸奥にも同じようなこと言われたわ……」

 

足柄さんと衣笠さんの間に友情が芽生えるのを横目に、青葉さんが笑いを堪えた顔でこちらを見ました。

 

「さぁ、二人とも。着替えて用意してください」

 

絶対、筋肉ダルマの婦警が見たいが為に促した。そう思いながらも野分も見たい衝動に駆られ着替えの入った紙袋を持って奥の部屋に行きました。

 

 

ーーーーーー

 

着替え終わり、青葉さんがいる部屋に戻ると、そこにはパンツスタイルの制服を着た足柄さんがいました。青葉さんの顔を見るとつまんなそうな顔をしていました。

 

「……えっ?」

 

野分はスカートの婦警の制服を着ているのが恥ずかしくなってきました。

 

「よく似合ってるじゃない!」

 

足柄さんが嬉しそうに言うのに対して、野分の顔に熱が帯び始めたのがわかります。

 

「足柄さん!ずるいです!野分もそっちの制服がいいです!」

 

「私は陸奥に、これを着ろって言われたのよ」

 

「じゃあ今からでも陸奥さんに言って……」

 

「ワガママ言わないの。本当に可愛らしいわよ?足柄さんがカッコいい感じでのわっちが可愛い感じでいい感じよ」

 

衣笠さんに追い打ちをかけられ、どうやら野分に逃げ道は無いようです。崩れ落ちる様に席に座ると、絶対陸奥さんはわかっていてやったと思い始め、後で絶対同じ格好させる……そう思いましたが、様になる姿を想像して諦めました。大人はみんなずるい。

 

「じゃあそろそろ行こうかしらね」

 

足柄さんはそう言うと、力無く座る野分の手を引っ張りました。野分はされるがまま、足柄さんが乗ってきた車に乗せられました。


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