NSCI #26 対談
日向さん達の七係が解体され、もう半年が経ちました。
野分さんは青葉達と一緒にジャーナリストとしてあっちこっちを駆け回っています。今も取材で出かけていますが場所が那珂さんのライブ会場と被るのは偶然でガサもたまたま一緒についていったと信じています……
足柄さんは陸奥さんの引き抜きで警察の特殊部隊になりました。書類仕事から解放される、そう思っていたようですが陸奥さんの手伝いという名目のもと、雑用を押し付けられれているそうです。
そして、本日取材する日向さんは、司令官の議員秘書になりました。どの様な経緯でそうなったのかはわかりませんが、大和さんに加えて日向さんを招き入れた事で、巷では「すけこまし議員」なんて呼ばれているそうです。
「すまない、待たせたな」
グレーのパンツスーツを来た日向さんが青葉の事務所の戸を開けて現れました。
「いえいえ、こちらこそわざわざ来ていただいて申し訳ないです。お茶でいいですか?」
「向こうよりもこっちの方が居心地がいいんでな。羊羹を買って来たから後でみんなで食べてくれ」
日向さんはそう言うと、老舗の名店の紙袋を青葉に手渡してきました。青葉がお茶請けで出そうとしていたものより何倍も高価そうなものでした。
「ぁぃぇ……ありがとうございます。いまお茶を入れますね」
紙袋を持って台所へ行き、予め用意をしておいた急須にお湯を入れて、お盆に湯のみと一緒に乗せて戻ると、日向さんは椅子に座って大きく伸びをしていました。
「秘書の仕事も大変そうですね」
青葉がそう言うと、日向さんは苦笑いをしながら首を横に振りました。
「いやいや、毎日事務仕事で退屈なもんだよ。大和が提督にべったりなもんで殆ど留守番さ」
「相変わらずですね」
「野分は元気にやっているか?」
「はい。取材があるとガサと出掛けて、今日はここには帰って来ませんけど……」
「最近は那珂のおっかけでもやっているのか?那珂に関する記事が多い様にも思えるが……」
「読まれてましたか……野分さんは強引に取材させられて記事にさせられていると言ってましたが……」
「それなら仕方ないな」
「そういうことにしておいてください。じゃあ取材させてもらってもいいですか?」
「あぁ。始めてくれ。今日は戻らないと言って来たから充分時間はあるぞ」
「では早速……日向さんはどうして軍から捜査局の方へ移られたのですか?」
「前も言ったかもしれないが、元艦娘を守るためだ」
日向さんは表情を変えずにそう言いました。
「野分さんから聞きました。日向さんが単調に答える時には深い理由があるって」
青葉がそう言うと、日向さんは少し表情を崩しました。
「だったら野分に取材させればよかったじゃないか」
「野分さんが聞いたらそれっぽく納得できる事をいって誤魔化したでしょうに」
「それじゃあまるで私が野分や足柄を騙していたみたいじゃないか」
「騙してはいないけど、全ては話してないでしょう?」
「まぁ…そうなるな」
日向さんは笑いながらそう言いました。
「青葉もジャーナリストですから。真相を解き明かしたい欲求が抑えきれませんよ」
「でっち上げられるかと思っていたのだが……」
「そうやって話を逸らそうとしないでください」
「お見通しか」
日向さんはお茶を一口飲むと深いため息をつきました。
「記事にできるかわからんぞ」
「もとよりそんな気はないですよ。ただ知りたいだけです」
「そうか……どこから話そうか……」
日向さんはそう言うと天井を見上げました。
「伊勢さんと関係する話ですか?」
青葉がそう聞くと、日向さんの顔が少し険しいものになりましたが何も言いませんでした。
「今のは青葉の不注意でした。話せる範囲で結構です」
「いや……今はまだ話せない。といったところだな」
「そうですか……」
しばらくの沈黙が流れた後、日向さんが話始めました。
「青葉、私やお前は元艦娘だが、艦娘ってなんだ?」
「旧海軍艦艇の能力を……」
「難しく言わなくていい。単純に一言で言うとなんだ?」
「……兵器ですか?」
「そうだ……私たちは戦車や映画の殺戮ロボットと変わらない兵器だ。そんな私達が大手を振って街中を歩いていたら、一般人はどう思うだろうか……」
「……でも、私達は深海棲艦から国を守ったはずです」
「それは私達が情報の中でしか存在していなかったからさ。もし映画の殺戮ロボットが物語の最後で主人公を助けた正義のヒーローであっても、実際に目の前に現れたら恐怖を感じるだろう?」
「でも青葉達が人類を襲おうと考えるなんて……」
「それは私達の主観だ。実際に七係にいた時、拿捕した容疑者達は私達に恨みよりも恐怖を感じていたじゃないか」
確かにそうでした。それを逆手にとって日向さんは捜査を推し進めていたと今なら考えられます。
「恐怖から来る凶行から守ろうと思った。そういう組織が必要だと考えた。それが理由の半分だ」
「半分?ではもう半分は?」
「提督の存在」
「司令官ですか?それはあの人が艦娘を率いてクーデターでも起こしそうだったということですか?」
青葉がそう言うと、日向さんは笑いだしました。
「提督にそんなことは出来ないな。今じゃ大和の尻に敷かれた旦那さんだしな」
「青葉は指揮を取ってる姿ぐらいしか知りません……」
「無理もない。青葉の相手は気を張るからな」
「……今度こっそり見てみようかな……」
「その時は私も協力しよう」
「……で、どういう意味ですか?」
危うく流されそうになったのを強引に戻すと、日向さんは苦笑いをしました。
「誤魔化せんか。あの旦那さん以外に別の提督が出来た時の話だ」
「別の司令官?」
「呼び方が難しいな。上官、上司、夫……そんなところか?」
「元艦娘が別の人に仕えた時、その人に悪く使われる可能性があるということですか?」
「まぁ……そうなるな。現に扶桑達がそうだった」
「しかし、それは上官の責任であって、扶桑さん達は……」
「話はそう単純じゃない。もし扶桑達があの上官達と共謀していたら話は違った」
その言葉に青葉は思わず言葉を失ってしまいました。日向さんは昔の仲間を守るためだけではなく、仲間を疑っていていたことに気がついてしまったのです。
「それは青葉達が間違いを起こすかもしれない。そう思っていたのですか?」
「まぁ、そうなるな」
「野分さんたちには信じろと言っていましたが、内面は違ったわけですか……」
「……これは私の個人的な考えなのだが、人は誰かのためなら平気で間違いを起こすことが出来る。その傾向が艦娘には強い。そう考えている」
「つまりは……自分のために艦娘が自発的に間違いを起こすことを望んでいる悪い人がいる……そういうことですか」
「そういうことだ」
日向さんは渋い顔をしながら冷めたお茶を飲み干しました。日向さんの言葉をノートに書き込み、頭の中で整理をすると、思わずため息が漏れてしまいました。
「つくづく……青葉たちは都合が良くて、受けが悪いですねぇ……」
「これは私が捜査局に移った理由だ。それが全てじゃないさ」
「……わかってはいますが、今の話を聞くと考えさせられますね」
青葉がそう言うと、日向さんは思いっきり渋い顔を青葉に向けて来ました。
「なんですか……?」
「ジャーナリストが一個人の意見で右往左往してどうするんだ。あくまでも個人的な考えで、それが全てじゃないと言っただろう?」
「そうですが……」
「もし私達が都合が良くて、受けが悪いと思われているなら、それは違うと言うのがお前の仕事だろう?」
「出来ますかね……」
「車だって走る凶器と言われながらも街中を走っているじゃないか。使い方さえ間違えなければ共存出来るということだ」
日向さんの言葉に思わず笑ってしまいました。
「艦娘の使い方ってなんか嫌ですね」
「それに車より扱いは難しいけどな」
日向さんも笑ってくれました。
「めんどくさい女ってやつですか」
「失礼な……まぁ……そうなるな」
「本当はもっとお話を聞きたいところですが、後は青葉なりに考えをまとめてからにしようと思います」
「そうか……じゃあこちらからも頼みがあるのだが……」
日向さんが申し訳さそう顔をしました。
「なんでしょう?」
「野分の取材した資料を見せてくれないか?見せられる範囲でいい」
「別に構わないですよ。野分さんも良いと言うと思いますし」
野分さんのデスクにある昔の取材ノートを日向さんに手渡すと、日向さんは真剣な表情でそれを読み始めました。青葉は空になった急須にお湯を入れに台所に向かうと、先程日向さんから頂いた紙袋が目に入りました。
「なにか目ぼしい情報はありましたか?」
ノートを読む日向さんに声をかけると、日向さんはノートを閉じて青葉の方を見ました。
「あぁ。野分が前以上にしっかりしていると思ったよ。青葉の教えか?」
「青葉は何も……野分さんがここに来て、自分で身につけたものだと思います」
日向さんがしっかりしていると感じたのは情報を集めて整理する能力のことでしょう。半年でこれだけの能力を身につけた野分さんには青葉も感心しています。そして、日向さんがノートを見たいと言い出したのは……
「日向さん。この後何かご予定は?」
「特にないが?」
「でしたら、鳳翔さんの所にいきませんか?取材させて頂いてお土産まで頂いたのでお返しさせてください」
「別に気にしなくてもいい。それに部下を預かって貰っているのだから」
やっぱりそういうことでしたか……
「野分さんには青葉の方が感謝しています。お世話になりっぱなしじゃ申し訳ないです」
「じゃあそれは野分に返してやってくれ。今日は割り勘だ。その分飲ませてもらうがな……」
「それじゃあ……陸奥さんにも連絡しますね」
「それは私が陸奥の分を出さなきゃいけなくなるのだが……」
「そこは足柄さんの頑張りに期待しましょう」
「本人達が聞いたら思いっきり文句を言われそうだな……」
日向さんは困ったような顔をしていましたが、口元は思いっきり緩んでいました。