翌日、まだ日が登って間もない時間に足柄さんに起こされ、眠たい目を擦りながらデスクに向かうと、日向さんが自分のデスクで新聞を読んでました。
「おはよう……今日もやることはたっぷりあるぞ」
日向さんはそう言うと、大きなモニターに名前と職業がリストアップされた画面が映し出されました。その中に指令の名前もありました。
「計画を実現させようと動いている連中の名簿だ」
「これ、全員を調べるんですか?」
寝起きで働かない頭では日向さんが何を考えているのかを読み解くのは不可能でした。
「彼らはなんらかの形で艦娘に接触したいと考えている人間達だ。その理由を探る」
日向さんは新聞を足柄さんに手渡すと、今度は週刊誌を読み始めました。足柄さんは新聞に目を通すと、何かを見つけ、食い入る様に読み始めました。横から野分が覗くと、小さな記事の題に「平和に貢献した艦娘達を保護する方針を一部が発表」と書かれていました。
「これを読んで、快く思わない人間は多いはずなのに…」
足柄さんが小声で言いました。
「元艦娘の中には天龍達みたいに福祉の仕事をしている者もいる。危険だ。隔離しろ。なんて記事を書いたら、そういうところから反感を買うからだろう」
「それに人権侵害にもなりかねないですからね」
野分はやっと起きてきた頭をフル回転させながらこれから自分がすべき事を考えました。横から記事を読んでいると、日向さんが読んでいた週刊誌を野分に手渡しました。開かれたページを読むと、「元艦娘、現在も活躍中!」という見出しとともに、解体された艦娘が一般人と一緒に仕事をする写真が掲載されていました。記事を読み進めると、やはり快く思わない人たちに対して、艦娘達も同じ人間の心を持っている。という旨の内容が長々と書いてありました。
「この記事は青葉さんが?」
野分がそう尋ねると、日向さんは頷きました。
「よくわかったな。記事を書いたのは衣笠のはずなんだが……」
「一般人に紛れ込んだ艦娘を見分けることが出来る人はそうそういないですからね」
野分は足柄さんと週刊誌と新聞を交換しました。
「青葉さんの方でも、計画について何かしらの情報はあるのでしょうか?」
「それは無いわね。青葉なら計画を知っていたらまず記事にしているわ。でもこの記事にはそれらしき内容は見当たらない。多分、艦娘に弾劾する様な動きがある。だから記事にして事前に手を打った。という感じね」
「青葉さんの方でも確信が持てていないということですか……」
欠伸を噛み殺して、そう言うと、日向さんも大きく伸びをしながら話し始めました。
「政府関係者がそう簡単に情報を漏らすとは思えん。私たちも立場上これを外に漏らすわけにはいかないからな。別の切り口で行こうと思っている」
「別の切り口?」
足柄さんが週刊誌から日向さんに目を向けました。
「あぁ。権力誇示の類の連中は崩し様がないが……保身の為に艦娘が必要だと考えていると連中には裏があるはずだ。そこから始める」
「何者かに殺される可能性があると……これは全員に言えることじゃないのですか?」
政府関係者が諸外国からのテロの対象にされるのは珍しい話では無い。諸外国のみならず、非社会的組織であったり、様々な可能性がある。野分がそう言うと、日向さんは応えました。
「同じ国の人間を殺そうと思うのなんて、よほどの恨みがあるやつかサイコパスぐらいだろう。それもSPに守られた人間を狙うとなるとある程度力を持ったやつしか出来ない」
「つまり、そういう力を持った組織と接点があって、その関係が芳しく無いのが今回の捜査対象ということね」
足柄さんがそう言うと、日向さんは黙って頷いた。
「じゃあ誰かが来る前に取り掛かりましょう。捜査の情報が漏れたら面倒だわ」
足柄さんは自分のデスクに座り、パソコンの電源を立ち上げました。
「向こうもこちらがなんらかの捜査を始めることは警戒しているだろうから、慎重にやってくれ。野分も頼む」
日向さんはそう言うと、席を立ちました。
「出かけるの?」
パソコンが立ち上がるのを待つ足柄さんがそう言いました。
「あぁ、大和に会ってくる」
日向さんはそれだけ言うと、足早に出かけてしまいました。
日向さんがリストアップした人物のここ最近の動きについて調べていると、血相を変えた明石さんと大淀さんが現れました。
「やりました!大戦果です!」
興奮気味の明石さんがそう言うと、数枚の書類を手渡してきました。
「そこにある三人はある会社から多額の裏金を貰っています。私の調べでは外資の貿易会社になっていますが、実態は別ものだと思われます」
大淀さんは眠たそうにそう言いました。野分は書いてある名前を足柄さんに伝えると、やっぱりといった表情で話し始めました。
「この三人は怪しいとは思っていたわ。もともとは反戦派で深海との戦争で軍事費が膨れ上がることにずっと反対していたのよ。のわっちの方はどう?」
「最近は民間企業の役職者との会合が減っていますね。単純に忙しくなったか、よういった予算がつかなくなったと考えていましたが、この資料と状況から意図的に外部との接触を絶ったとも考えられますね」
野分はそう言うと、明石さんから渡された書類を足柄さんに渡しました。
「この会社については何かわかったの?」
足柄さんがそう言うと、大淀さんが応えました。
「詳しいところまでは何も……ただ、銃弾一発からミサイルまで、様々なものを取り扱っていることはわかりました」
「それは人も?」
足柄さんは資料をじっくりと読みながら尋ねました。
「確証はありませんからなんとも……ですが、運んでいてもおかしく無いですね」
「わかったわ。あとはこちらで引き受けるわ。他に日向から何か聞いてるかしら?」
足柄さんからの問いに、大淀さんと明石さんは顔を見合わせました。
「私たちはこの三人について調べて欲しいと言われただけでそれ以上は何も…」
足柄さんの表情が険しいもに変わりました。
「そう……わかった……わかったわ。ありがとう。また何かわかったら連絡して」
急変した足柄さんの態度に、二人はそそくさと退散していきました。対面に座る野分も正直怖いです。
「また、わかってて無駄なことさせたのね……」
足柄さんが小声でそう言いましたが、野分にも聞こえました。
「多分、無駄なことではないと思いますよ」
野分がそう言うと、まだ納得できないと表情をした足柄さんが野分を見ました。
「どういうことかしら?」
「日向さんは他に見落としていることがないか。それを野分達に確認させたかったんだと思います。もしこの三人が空振りに終わった時、また一から調べ直していたら時間がかかりますから」
「ならそう言ってくれてもいいんじゃないかしら?」
「何も知らないからこそ、見えてくるものある。そういうことじゃないでしょうか?」
「今はそういうことにしておく。だけど、後で本人に直接聞くまでは納得しないから」
足柄さんはそう言っていますが、先ほどまでの不機嫌そうな感じはなくなりました。それに、日向さんが目をつけた三人と同じ三人を不審に感じたことは凄いと思っています。
「それで、これからどうするの?」
足柄さんが野分に尋ねました。
「この会社が何を運び込んで何をしているかは大淀さんたちが調べてくれると思います。野分はこの会社と三人がどのようなやりとりをしていたかを調べようと思います」
「それは野分に頼んでもいいかしら?私は別のことを調べるわ」
足柄さんはそう言うと、先ほど渡した資料を野分に返してくれました。
「別のこと?」
野分がそう尋ねると、足柄さんは頰付きをしながらパソコンの画面を見ていました。
「私、どうも提督が無関係だとは思えないのよね……」
「司令が?何か不審な点でもあるのですか?」
「なんもないわ」
「じゃあどうして……」
「女の勘」
「……日向さんのこと言えないじゃないですか。ちゃんと説明してくださいよ」
戦争中、誰よりも信頼していた人を疑われるのは気分が悪く、先ほどの足柄さんではないですが納得ができませんでした。
「本当に勘なのよ。強いて言うなら、今提督が何をしているのか。それを知った方が動きやすいんじゃないかと思ってね」
「もしかして日向さんが大和さんと会うのも……」
「それもあるだろうけど、日向のことだから他にも目的があると思うわ」
「わかりました……今はここで出来る事をやりましょう。動くのは日向さんが帰ってきてからですね」
きっと日向さんと足柄さんが目をつけた三人が関与しているに違いない。そう信じています。
日向さんが帰ってきて、野分達の報告を聞けば、何らかの指示を受けるはず。そこからは時間との勝負で、今はしっかり準備しなくちゃいけない。野分はそう考えて、再びパソコンと向き合いました。
日向さんが戻られたのは昼前でした。日向さんが三人分のお弁当を買って来てくれ、それを食べながらの報告会となりました。
「大淀さん達がこれを調べ上げてくれました」
野分は先ほどの書類を日向さんに渡し、話を続けました。
「この会社とこの三人は、どうやら平和のための軍事力を増強するための話をしていたようです。ここからは野分の憶測ですが、この会社は日本にも自分たちの軍事的な拠点が欲しい。そう考え三人と接触したと考えています」
「それが公になると不味いと考え、話を流した。だから狙われる可能性がある……そういうことか」
日向さんは資料を読みながらそう尋ねたので、野分は首を縦に振りました。
「日向さんの方では何かわかりましたか?」
野分がそう尋ねると、日向さんは難しい顔をしました。
「具体的なことはわからなかった。だが、提督がここ最近何者かに狙われている様子はないようだ。その代わり、この三人から艦娘を一時的に貸してほしいと少し前から言われ続けているそうだ」
「貸してほしいって……まるでもの扱いね」
足柄さんが不満そうにそう言いました。
「実際どう思っているのかは知らんが、言葉の綾だろう。私も陸奥にお前ら貸してくれって言われる時もあるしな」
「それで、それ以外は?」
足柄さんがトンカツにかかったソースをキャベツにつけながら言いました。
「最近、提督のまわりを公安がうろつき始めたらしい。なんでも、提督を狙ったテロを警戒してということらしいが……」
「公安じゃ守る気はないわね。実行犯をあぶり出すための餌ってことかしらね」
「恐らくな。まぁ、それに公安よりも大和達の警護の方が安心だろう」
「そりゃそうよ。じゃあ私からね。提督はここ最近、警察関係者によく会ってるみたい。本体であったり、天下り先の警備会社だったりいろいろね」
「どういうことだ?」
日向さんは食べる手を止め、足柄さんに話の続きを促しました。
「詳しいことはわからないわ。けれど、どうも陸奥は試験的に軍から警視庁へ移されたみたいね。それは本人も知らないみたい」
「陸奥が希望するように仕向けた。そういことか?」
「恐らくね。それに私たち特捜も表向きは警察関係者の天下り先のとなっているけど、更に裏がありそうなのよ」
「天下り先っていうのは表向きじゃないですよ……」
野分がそう言うと、日向さんと足柄さんは笑い始めました。
「日向が見落とした点はこれだけ思うわ」
足柄さんは笑うのをやめ、日向さんの方を見ました。
「そうか……すまないな。しかし、よく提督に目をつけたな」
日向さんは感心したように足柄さんを見ました。
「女の勘よ」
「そうか……今度はその勘を使って浮いた話でも持って来てくれ」
「野分も聞きたいです」
急に話題が変わり、好奇心の矛先が自分に向かったことに焦った足柄さんは残りのお弁当を食べると、そそくさと給湯室に言ってしまいました。
「野分には舞風と長門がいるからな…」
日向さんがそう言うと、こちらを見てニヤニヤしていました。
「……これからどうしますか?」
まだお弁当が半分ぐらい残っている野分には足柄さんと同じ手は使えませんでした。話題を逸らそうと、真面目な話をすると、日向さんの顔も変わりました。
「大淀からの報告を待って、この貿易会社から話を聞く。海軍関係で不正な金が動いてると適当な理由をつけてな」
「それで、向こうが感づくんじゃ……」
「それは提督の周りの公安に頼ろうじゃないか。大和とはその話をしてきた」
相変わらず日向さんの行動力と洞察力には敵わないと感じました。やることに抜かりがないです。
「じゃあ陸奥さんにも協力を仰ぎますか?」
野分がそう尋ねると、日向さんは少し考えてから答えました。
「そうだな……青葉達にも手伝ってもらおうか。詳しい事情は話さないが、協力はしてくれるだろう。それにあいつらなら言わなくても感づくだろう」
日向さんはそう言うと、食べ終わって空になった容器をゴミ箱に入れました。
「ゆっくり食べてくれ」
日向さんはそう言うと席を立ちました。
「どちらへ?」
「大淀達のところに行ってくる」
「あの……一人でご飯食べるのは寂しいのですが……」
「……仕方ないやつだな」
そんな事を言っている日向さんでしたが、顔は少し嬉しそうでした。