明石さんの作業場に着くと、明石さんは珍しく暇そうにパソコンを眺めていました。
「お疲れ様です、明石さん」
野分が後ろから声をかけると、明石さんはビクッと体を震わせました。
「野分さん…びっくりさせないでくださいよ」
「すいません、驚かせるつもりはなかったのですが…」
「先ほどはカステラご馳走様でした。それで何か御用でしょうか?」
明石さんは先ほどまで見ていた通販サイトを消し、野分と向き合いました。
「さきほど頂いた資料なのですが、あれの情報源を教えていただきたいです」
野分がそう言うと、明石さんは不思議そうに首を傾げました。
「日向さんから聞いてないんですか?総務省ですよ?」
「総務省?!」
野分がびっくりしていると、明石さんはバツが悪そうに頬をかきました。
「詳しいことは聞かないでください。ただ、各省庁に私の知り合いがいるとだけ言っておきます」
「はぁ…そうですか…」
野分が間の抜けた声で答えると、明石さんはまた首を傾げました。
「私もひとつ聞いてもいいですか?」
明石さんが不思議そうに野分を見ながら言いました。
「はい。なんでしょう?」
「日向さんから、これから大掛かりな捜査を行うことになるからと言われて、こちらに回ってくる仕事を遮断されて手持ち無沙汰なのですが…その捜査がいつ始まるかは聞いてますか?」
「野分は捜査が行われることすら知らなかったのですが…」
明石さんからもたらされた情報は野分の想像を超えるものでした。
「もしよければ、日向さんが他に何か言っていたことを教えてもらえますか?」
野分がそう言うと、明石さんは難しい顔をして答えてくれました。
「私の方でもそれしか聞いてませんね。さっき大淀さんも来て同じ事を言っていました。大淀さんは部署が違うからだと思っていましたが、野分さんも知らないとは…」
「足柄さんも知らない様子でした…」
野分がそう言うと、明石さんは唸りながら考え始めました。
「私にはよくわかりませんが…とりあえず今は日向さんを信じましょう。何かあったらまた言いに来てください」
「わかりました。よろしくお願いします」
野分は明石さんに一礼をして、作業場を後にしました。
デスクに戻ると、足柄さんはパソコンと書類とにらめっこしながら、書類に相違点を書き込んでいました。
「勝手に書き込んだら、後で日向さんに何か言われるかもしれないですよ」
野分は足柄さんの書き込んだ資料を見ながらそう言いました。
「そうしたら、逆に文句を言ってやるわ。それで明石はなんて?」
足柄さんは単純な作業に飽きてきたのか、退屈そうな目で野分を見てきました。野分はさきほど明石さんから聞いた話を足柄さんに話すと、目を丸くして聞いていました。
「日向もよくわからないけど、明石も大概ね…」
足柄さんはひとつため息をつくと、資料を一枚手に取り眺め始めました。
「日向は大和が言っていた計画に素直に従うつもりなのかしらね」
「この大量の艦娘に関する資料を見ると、何とも言えませんね。明石さんが言っていた大掛かりな捜査って言うのは、その事なんでしょうか…」
「日向のことだから、きっと何か他の意図がある。そう信じたいわ」
足柄さんはひとつ大きなため息をつくと、再びパソコンと書類を見比べ始めました。
「野分も手伝いますよ。やってない資料はこれですか?」
まだ何も書き込まれていない資料の山を半分取ると、足柄さんはモニターから目を離さず頷きました。早く日向さんから話を聞きたい。そう思いながら野分も作業を始めました。
それから日向さんが帰って来たのは、野分達が相違点の全て資料に書き込み終わり、一息ついている時でした。朝程ではないですが、不機嫌な雰囲気を纏っていました。
「おかえり。これ、とりあえずやっておいたわ」
足柄さんが先ほどまで取り組んでいた資料の山を日向さんの机に置くと、日向さんはその一枚を手に取り、読み始めました。
「私は何も指示を出していないが?」
明らかにそれを見て不機嫌になった日向さんに臆せず、足柄さんは続けました。
「あら?ごめんなさい。私たちの知っている日向だったらそう言うと思ってやっておいたのよ」
足柄さんも挑発するような口調で言いました。場の雰囲気が一気に悪くなりました。
「…何が言いたい?」
日向さんが睨むように足柄さんを見ると、足柄さんはその視線を受け流しました。
「誰かさんが何も言わないから、こっちも勝手にやらせてもらうわ」
足柄さんが勝ち誇ったように言いました。それを見ていた日向さんはひとつ大きなため息をつくと、別の資料を取り読み始めました。
「私の仕事を取られるとは…お前たちにはこれからの面倒事を任せようと思っていたのだが、これじゃあ私もやるしかないじゃないか」
日向さんがそう言うと、野分は足柄さんと顔を見合わせてしまいました。
「足柄、野分。これをやっていて何か不審な点はなかったか?」
日向さんがいつもの口調でそう言うと、野分は喉元まであった何かがスッと落ちていくのを感じました。
「不審な点だらけでしたね。意外とずさんな記録を付けているんだな程度にしか思いませんでした」
野分がそう言うと、足柄さんも続けました。
「のわっちの言うとおりね。あまりにも数が多くて直すので精一杯だったって言うのもあるけど」
「そうか…」
日向さんは資料を読むことから目を通す程度になり、手に取った資料を分類し始めました。
「悪いが手伝ってくれ。艦種ごとに分けて読み込むから、足柄さんは巡洋艦、野分は駆逐艦を頼む。野分の方は数が多いから私も手伝う」
「その前に聞いてもいいかしら?」
足柄さんが日向さんのデスクに手を置きジッと日向さんを見ました。
「なんだ?」
日向さんも足柄さんの顔をジッと見ています。
「大和の言っていた計画。あなたは素直に応じるの?」
足柄さんがそう言うと、日向さんは少し疲れたように答えました。
「お前の知ってる私ならどうする?」
「絶対に首を縦に振らないわ」
「お前の知っている私と実際の私は随分違うな」
日向さんが悪戯に笑いました。
「実際の私は、それに加えて、そんな事を言い出した馬鹿どもにやり返すつもりだが?」
「…それは嬉しい誤算だわ」
足柄さんも悪い顔をしていました。
「今回は大掛かりな捜査…いや、作戦になる。上に悟られる前に片付けたいと思っている」
日向さんは真剣な顔で言いました。
「私を怒らせるとどうなるか…そろそろこの組織のお偉いさんにもわかってもらう必要があるのでな…悪いが協力してくれ」
どうやら、朝の会議、その後の会合と日向さんはそうとう嫌な思いをしてきたと感じました。
「そろそろ私も会議に参加しようかしら?」
足柄さんが心配そうにそう言うと、日向さんは首を横に振りました。
「お前は手が出るからダメだ」
日向さんはそう言うと、手を動かし始めました。野分も足柄さんも日向さんのデスクから資料の山を持ち、自分のデスクへ戻り分類作業を始めました。
分類作業が終わり、読み込みを始めました。ふと壁にかかっている時計を見るともうそろそろ午後五時。何も無ければ帰る時間になっていました。野分が時計を見ている事に気がついたのか、日向さんも時計に目をやりました。
「何か予定でもあるのか?」
日向さんが野分に問いかけてきました。
「いえ、周りが騒がしくなったので…もうみんな帰るんですね」
「最近は特に何もないからな。残業は少ないだろうな」
日向さんがそう言うと、何か思いついた様に電話を取り出しました。
「誰かに電話?」
それまで黙って資料を読んでいた足柄さんが完全に飽きた表情で言いました。
「いや、こういう作業が得意なやつも暇してるだろうなと思ってな」
日向さんがそう言うと、野分も暇そうな人物を思い出し、電話を手に取りました。
「のわっちまで…」
足柄さんが退屈そうにこちらを見ていました。
「足柄。息抜きに何か適当に買いに行ってきてくれ。五人分だぞ」
日向さんがそう言うと、足柄さんは何かを思いついた様に席を立ちました。
「はい。明石です」
野分の持っていた受話器から応答があり、野分は少し申し訳なく思いましたが、割り切って話をしました。
「野分です。今日この後ご予定はありますか?」
野分がそう言うと、明石さんは少し弾んだ声で答えてくれました。
「特にありません!」
きっとこの後ご飯でも誘われると思っているのでしょう。ここで仕事の事を打ち明けたら断られる様な気がしました。
「でしたら七係のデスクまでお願いしてもいいですか?」
「わかりました。こちらを閉めてすぐに向かいます」
明石さんは嬉しそうにそう言って電話を切りました。ふと日向さんを見ると、ニヤニヤしながらこちらを見ていました。
「野分も悪くなったな」
「日向さんも似た様なもんでしょう?」
「まあな」
この後、呼び出された大淀さんと明石さんが嬉しそうな顔でデスクまでやってきましたが、すぐに無表情で資料を読み始めたのは言うまでもありません。
足柄さんが人数分の飲み物とチラシを持って戻ってきました。
「晩御飯はピザを頼みましょう」
そう言うと、足柄さんはデスクの上の書類をはじに寄せ、宅配ピザのメニューを開きました。
「いいですね〜。私は耳にソーセージが入ってるやつがいいです」
明石さんが書類を投げ出し、広げられたメニューを眺め始めました。それに対して、日向さんと大淀さんは眉間にしわをよせています。
「もう少し軽いものにしないか?」
日向さんがそう言いました。
「明石もそんなものばかり食べていたら体壊しますよ」
大淀さんも続きます。それを受けた足柄さんと明石さんは野分を見ました。
「野分は別に大丈夫です…」
二人の目力に負けてそう言いました。実際、食べられるものだったら何でもよかったのですが…
「のわっちに質素な晩御飯を食べさせるわけにはいかないでしょ」
「そうですよ。いっぱい食べて栄養つけないと」
足柄さんと明石さんがよくわからない理由を言い始めました。
「もう好きにしろ…」
よくわからない事を言い続ける二人に、遂に日向さんが折れました。大淀さんもため息をついて、足柄さんが入れた珈琲に口をつけました。
「苦い…濃い…」
もともと渋い顔をしていた大淀さんの顔が更に険しくなりました。それを聞いた明石さんが珈琲に口をつけるとケロッとした顔で
「少し薄いですね」
と答えました。野分は引き出しの中から珈琲ミルクの袋を取り出し、大淀さんに渡しました。
「ありがとう。こんなのずっと飲んでたら胃を壊すわ…」
大淀さんが珈琲ミルクを二ついれました。
「野分は足柄さんの珈琲には三つ入れないと飲めません」
そう言い、ミルクを三つ入れ、資料の読み込みに戻りました。まだ足柄さんと明石さんは何を選ぶかで揉めていました。
注文したピザが届き、束の間の食事休憩になりました。時間は八時になろうかとしていました。
「私が言うのもあれだが、付き合わせて悪いな」
日向さんが大淀さんと明石さんに声をかけました。
「みなさんのお役に立てるなら何よりです」
大淀さんがピザを頬張りながら答えました。
「私も結果的にはみなさんとお食事が出来たので…最初野分さんから仕事を手伝えって言われた時にはこんな子だったっけと悲しくなりましたが」
明石さんが野分を恨めしそうに見ながらそう言いました。
「それについては申し訳ないです…なにせ、退屈そうだったので…」
野分がそう言うと、足柄さんが笑っていました。
「のわっちも言う様になったわね。日向の教育の賜物かしら?」
「私はそこまで教えていないぞ」
日向さんが次は何をとろうか悩みながらそう言いました。
「さすがにLサイズ四つは頼み過ぎだと思うのですが…」
野分や足柄さんのデスクより一回り大きい日向さんのデスクの上に並べられたピザを見ながらそう言うと、大淀さんも頷きました。
「だって、明石がいつもは一人でLサイズ一枚食べるって言うし、私も一枚食べるから大丈夫よ。それにのわっちもいるし」
足柄さんが胸を張ってそう言いました。いっぱい食べる人は胸が大きくなるのでしょうか。
「食べながらでいい。現段階で気がついたことを報告しろ」
日向さんがピザを一枚取り、そう言いました。
「訂正前の記録では元駆逐艦の人達の多くは海軍学校に通っているか軍属になっていますが、訂正後の野分の知る限りの人たちは訂正されたデータでは間違いはなさそうですが…ずさんな記録、というより、何か意図的なものを感じます」
野分がそう言うと、一緒に駆逐艦のデータを読んでいた大淀さんが続きました。
「ほとんど野分さんと同じ意見です。不自然に改ざんされた様な感じがします」
大淀さんがそう言うと、足柄さんが続けました。
「私は元重巡を読んでいたけど、こっちも不自然な箇所がいくつかあったわ。まだ全部は読んでいないけど、やたら軍属が多いのよ。こんなに残ったかと疑うぐらいね」
「私は軽巡を読んでいましたが…面白いものを見つけましたよ」
明石さんはそういって、一枚の資料を取り出しました。
「これ、那珂さんのやつなんですけど…訂正前が解体後、芸能関係者、それから軍属、また芸能関係者になってるんですよ」
「那珂さんは解体後すぐにアイドル活動してましたよ」
野分がそう言うと、日向さんが渋い顔をしました。
「これは訂正する段階では気づかなかったのか?」
足柄さんが少し焦った様に答えました。
「…まったく気がつくなかったわ…」
「そうか…私は戦艦と空母の担当だったな。全員軍属になっていたよ。私も含めてな。訂正後、すなわち、こっちのデータベースでは正しい情報がのっていたが…」
日向さんは腕を組み、並べられたピザを眺めました。
「ある程度見えてきたものがある。だが、まだ確証は持てない。食べ終わったら引き続き読み込んでくれ…」
日向さんはそう言うと、またどれを選ぶかで悩み始めました。
「戦艦なんだからもっとバクバク食べなさいよ」
足柄さんが何枚目かわからないピザを取りながらそう言いました。
「夜はそんなに食べないんでな。美味しいと思うものだけ食べたいんだ」
「私にしてみれば全部美味しいわよ」
「お前は味が濃ければなんでもいいんだろう?」
そんなやりとりを尻目に、野分も一枚取ると、横にいた大淀さんが驚いた様子でこちらを見ていました。
「どうしました?」
野分がそう言うと、大淀さんは感心した様にこちらを見ていました。
「いえ、よく食べるなと思って…」
そう言われて、目の前にあるピザを見ると残りが一枚になっていました。野分も少し驚いていると、明石さんが指を折って数え始めました。
「野分さん、私と同じペースで食べてますね」
信じられない。そう思ってゆっくり食べようと考えていると、日向さんが野分のお皿に三枚のせてきました。
「私の分も食べていいぞ。いっぱい食べて大きくなれ」
先ほどの明石さんのセリフを引用してますけど、面白がっているのが目に見えていますよ…
全ての資料の読み込みを終え「訂正前の資料の多くは最終的に軍属になっていた」という結論を出し、帰れなくなった野分達は順番にシャワーを浴び、仮眠室で睡眠をとることにしました。疲れてはいたけれど、何となく寝れそうになかった野分は自分のデスクに座り、何となく資料を読んでいました。
「寝ないと体に障るぞ」
いつの間にか、日向さんが野分のデスクの前に立っていました。
「すいません。なんとなく眠れなくて…」
「そうか」
日向さんは椅子とお酒の入った一升瓶、グラスを二個持ってきて、野分のデスクの対面に座りました。
「少しやるか?」
お酒は好きではないけれど、なんとなく寝れそうな気がしたので受けることにしました。
「アルコールの匂いがしたから来てみれば…誘ってくれないなんて冷たいわね」
ちょうどシャワーを浴び終えた足柄さんが入って来ました。
「…お前は麻薬捜査犬か?」
「足柄さん、飲酒運転の取り締まりとかしたらとんでもない検挙数を叩き出しそうですね」
「人をアル中みたいに言わないでちょうだい!」
足柄さんはそう言いながらも、自分のデスクから椅子とお酒とグラスを持って日向さんの隣に座りました。
「こっちの残りが少ないから開けちゃいましょう」
足柄さんはそう言って持って来たお酒を全員のグラスに注ぎました。
「「「乾杯」」」
そう言って口をつけると、喉にアルコールが通るのがわかりました。
「こういう冷や酒も久しいな…」
「そうね。最近はこんな時間まで残ることもなかったからね」
「あぁ。野分が来てからは仕事量が減ったからな」
足柄さんが空になった日向さんのグラスにお酒を注ぎました。
「悪いな。こんな上等なもの」
野分はお酒の味はよくわかりませんが、確かに飲みやすいお酒でした。
「天龍からの貰い物よ。名前がカッコいいとかなんとかで彼女のお気に入り見たいよ」
「名前の割にすっきりしてるからな。飲みやすいんだろう」
「いま思い返すと、いろんなことがあったけど三人でこうやって残るのは初めてね…」
「そうだな…足柄と二人の時も、朝まで書類仕事をしていて、ここでゆっくりすることはなかったな」
足柄さんの空になったグラスにお酒を注ぐと、ちょうど瓶が空になりました。
「のわっち、ありがと」
足柄さんは注がれたグラスを見ながら何かを考えていました。ちょうど二人の会話が終わったので、野分は日向さんに聞きたかったことを聞くことにしました。
「あの…日向さんは今日の会議で何を言われたのですか?」
野分がそう尋ねると、日向さんの顔が少し険しくなりました。
「…いずれわかることだが、二人には話しておいたほうがいいな」
日向さんはそう言うと、グラスに入っていたお酒を一気に飲み干しました。
「私と足柄と野分を別のところに移せ。そう言われ続けていてな」
日向さんは持って来たお酒を注ぎながら答えてくれました。
「どういうこと…?」
足柄さんも眉間にしわを寄せていました。
「私たちがここで捜査をすることをよく思わない。いや、それだけじゃない。私たちを自分の駒にしたいと思っている連中がいるということだ」
日向さんはグラスに入っているお酒を眺めながらそう言いました。
「自分が捜査の対象になるのは避けたい。けれど、相手の腹は探りたい。その為の駒ということですか?」
野分がそう言うと、日向さんは首を横に振りました。
「それだけじゃない。自分にとって不都合な相手を消す武器になり、自分を守る盾にもなる。そんな便利な道具を持っていれば、自分は強いと誇示できる。私たちをそう思っているやつが多いということだ」
「よくわからないわ」
足柄さんが一気にお酒を飲み干しました。それを見ていた日向さんは空いたグラスにお酒を注ぎました。
「今回の艦娘管理計画もその中の一環に過ぎない。あらぬ疑いをかけて取り込もうと考えているのだろう。その責任を私たちに被せようとしているのだろうな」
「大和さんが言っていた事とは、随分かけ離れていますね」
聞いた話と実態は違う。これはよくある事だけれども、さすがに野分も込み上げてくる怒りを感じました。
「大和から…いや、提督からも言えないだろう。彼らには立場がある」
「立場があっても、一緒に戦った仲間を裏切るのは許せないわ…」
足柄さんがグラスを叩きつけました。
「午後、提督に呼ばれて会って来たんだが…彼は裏切ってなどいなかった」
日向さんの言葉に野分も足柄さんも動揺が隠せませんでした。
「どういうことですか…続きを聞かせてください」
野分が続きを求めると、日向さんはお酒を煽り飲みました。空になったグラスにお酒を注ぐと、それも一気に飲み干してしまいました。
「彼は、大和達を止めて欲しい。そう頼んで来た」
日向さんの顔が赤くなっているのを初めて見ました。
「ちょっと…飲み過ぎよ」
足柄さんが珍しく制止をしましたが、日向さんはそれに構わず空になった自分のグラスにお酒を注ぎました。
「まだ私の憶測に過ぎないが聞いて欲しい。この計画の実行者は、現在の艦娘を書面上、軍属、及び軍関係者にすることで取り込もうと考えている。提督はそれを人権の侵害だと主張しこの計画を頓挫させる計画を立てているが、大和達はもし提督が危険にさらされた場合、その加害者を五体満足で許すとは思えない。もしそうなれば、艦娘は危険だという認知の元、この計画を推し進めるだろう」
日向さんがそう言うと、足柄さんが何かを考えついたようでした。
「この資料を改ざんした人物を特定して、そこから黒幕までたどり着こう。そういうことかしら?」
「しかし、雲隠れされたら野分達には打つ手はありませんよ…時間との勝負ですね」
やっと空になった野分のグラスに、日向さんはお酒を注いでくれました。
「そういうことだ。それに、2度とこんな馬鹿げたことをさせないようにしてやるさ」
日向さんはそう言うと、席を立ちました。
「もう寝る。あとは二人でやってくれ。明日も早いから程々にな」
日向さんはそう言って仮眠室の方へ歩いて行きました。残された足柄さんと野分は顔を見合わせることしかできませんでした。
「…日向さんって怒るとあぁなるんですか?」
野分が注がれたお酒を眺めていると、足柄さんは野分のグラスから半分自分のグラスに移してくれました。
「嫌なことがあると、あんな風になるわね。浮気されたらより美人になって見返すタイプね」
足柄さんがよくわからないことを言ったと同時に遠くの方で扉を閉める音が聞こえました。
「転んでもただで起きないタイプってことですね」
野分は減らないお酒と格闘しながら、頭がフラフラするのを感じていました。
「そういうことね。私たちもそろそろ寝ましょう」
足柄さんは野分のグラスを手に取り、一気に飲み干すと、野分の手を引いて仮眠室へと連れて行ってくれました。もう朝までそんなに時間はないけれど、今日はぐっすり眠れそうです。