海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #20 背中

「これより、VIPの救出作戦を行う」

 

狭い指揮車両の中に日向の号令に身が引き締まる。隣にいたのわっちも緊張で顔が引きつっていた。

 

「足柄、突入作戦の内容の確認を」

 

「わかったわ」

 

日向に言われ、救出対象が拘束されている料亭の見取り図をモニターに表示させた。

 

「この一階の赤い部屋…座敷と言った方がいいわね。対象が拘束されている座敷になるわ。料亭の出入り口、裏口には見張りがいると思われるので勝手口から侵入、台所から従業員通路を渡って、廊下に出て三番目のこの赤い部屋まで制圧する手筈になるわ。私がポイントマン。のわっちが二番手で、日向にはしんがりを務めてもらうわ」

 

私の説明を受けて、日向が付け加える様にのわっちに檄を飛ばす。

 

「作戦行動中は野分が指揮をとることになる。しっかりやれよ」

 

「了解しました!」

 

のわっちが元気よく返事をするも、その表情はとても硬い。

 

「大丈夫。私がこれでしっかり守るから」

 

防護盾を持ち上げて見せると、のわっちは表情が硬いまま答えた。

 

「よろしくお願いします!」

 

艦娘の時、何度も実戦を経験しているはずなのに…どうしてここまで緊張しているのかしら。そんなことを考えながら、視線で日向に合図を送る。

 

「三分後に突入を行う。装備の確認を急げ」

 

日向はそう言うと、自分の装備の確認を始めた。私は今回は盾持ちなので拳銃が主な兵装となる。背中にベクターを背負うけど、おそらく使う事はないだろう。のわっちや日向はベクターの点検をしている。私は一足先に装備を整え、指揮車両の外に出て、不気味なほど静かな料亭を見た。

 

「まぁ…今回は一筋縄ではいかないわね。」

 

そう呟くと、小さなため息が漏れた。

 

 

装備を整えた日向とのわっちと合流して、三人で突入する勝手口に向かう。作戦行動中だけあって、二人とも無口だったけれども、日向の顔にはいくらかの余裕がある様に見えた。

 

「いつでもいいわよ」

 

私が小声でのわっちにそう言うと、のわっちは私の肩を強く叩いた。その合図と同時にドアを蹴破り、突入する。中にいた数人がこちらを向くよりも前に、のわっちと日向が全員を無力化する。

 

「ライトクリアッ!」

 

日向がそう叫ぶと、少し息があがっているのわっちもハッとしたように続く。

 

「レフトサイドクリアッ!」

 

室内の安全を確認すると、のわっちが私の肩を押すように叩く。ここからは時間との勝負になる。少し駆け足で前進し、従業員通路まで出ると、歩哨の二人がこちらに銃口を向けていた。盾を持つ手に力をいれ、来るであろう衝撃に耐える準備をすると同時に、右手で右側に立つ歩哨に拳銃を向ける。自分の耳元で数発の発砲音が聞こえる。私は二回発砲しているから、恐らく、後ろののわっちも発砲したと思える。しかし、倒れたのは私の狙った右の歩哨だけで、左側にいる歩哨は構わず発砲してきた。左手に鋭い衝撃が立て続けに伝わる。これじゃあ持ち替えている余裕すらない。のわっちに合図を送ろうと顔だけ後ろに向けると、後方を警戒していた日向が寝っ転がり、盾の左側から残った歩哨を撃ち抜いた。

 

「クリア。行けるぞ」

 

日向は冷静にそう言うと、再び後方の警戒に戻った。

 

「すいません…」

 

のわっちはそう言うと、持っていたベクターを左に持ち替えた。どうやら、私と同じ右の歩哨を狙ってしまったようだった。

 

「もう…次は頼むわよ」

 

私はそう言うと、警戒をしながら前に進んだ。

 

 

その後、何事もなく目的の座敷の少し手前までたどり着く。途中、二つの座敷からの襲撃を予想したが、それも無く、不気味なほどに静かだった。弾倉の交換をし、準備が出来たことをのわっちに合図すると、のわっちは深呼吸をし、私の肩を押すように叩いた。私が襖に手をかけると同時に、向こう側から手が襖を突き破り出て来た。その手は一番後ろにいた日向を掴み、日向はそのまま引っ張られるように座敷の中へと消えていった。その刹那、鈍い音が座敷の中聞こえると同時に私の脇腹に激痛が走った。あまりの痛さに膝をつき、撃たれたと直感的に判断すると同時に、日向を投げ飛ばし、私を撃ったであろう人物が襖を開けた。のわっちが咄嗟に銃を構えるも、日向を簡単に投げ飛ばした腕力には敵わず簡単に拘束され持っていた拳銃のわっちに突きつけられていた。私たちの敗北だった。

 

 

「やりすぎだ…」

 

投げ飛ばされた日向が、背中をさすりながらのわっちを拘束する人物に声をかけた。

 

「本気でやって欲しいって言ったのは日向じゃないか」

 

そう言うと、のわっちを拘束していた手を離し、被っていた目出し帽を脱いだ。私は立ち上がると足元が覚束ないのわっちを支える。

 

「大丈夫か?」

 

目出し帽を被っていたせいで顔に密着した髪を直しながら彼女…長門はのわっちに声をかけた。

 

「確かにそう言ったが…私が投げられた時点でどうやら終わっていたようだが」

 

日向が、座敷の奥にあるバラバラのマネキンと倒れこんで悶える陸奥を指差した。

 

「……陸奥、何をしているんだ?」

 

「あなたが投げ飛ばした日向が私に当たって二人でマネキンに倒れこんだのよ…」

 

「すまない…」

陸奥は涙目になりながら長門を睨んでいた。

 

「私を撃ったのはどっちなの?」

 

私がそう尋ねると、未だに起き上がることができない陸奥が手を上げた。

 

「きっと、そこらへんにいるだろうなと思ってね。本当は野分も仕留めるはずだったんだけど、日向が飛んできてね…」

 

陸奥が上げた手を長門が掴み、立ち上がらせようとするが、どうにも駄目なようで、仕方なく背中におんぶしていた。

 

「私が身を呈して、部下を守ったわけだ…」

 

「私は死んでいたわよ…」

 

未だに痛みが抜けない脇腹をさする。ペイント弾とはいえ、当たると痛い。

 

「すいません…野分がもっとしっかりしていれば…」

 

私に支えられている野分が申し訳なさそうにそう言う。

 

「しっかりする前に、優しい子になって欲しいわ」

 

服に沢山のペンキをつけている不知火が涙目で現れた。先ほどの右の歩哨だったようだ。

 

「仇がとれなくてすまん」

 

左胸にペンキがついた那智姉さんも現れる。こちらは左の歩哨だったようだ。

 

「やっぱ陸奥さん達はおっかねぇな」

 

「照準するスピードも俺たちとは段違いに早いっすね」

 

「危ないから自分の持ち場を離れるなって指示は的確でしたね」

 

その後ぞろぞろと敵役の男性…陸奥の部下の人たちが現れた。何度か会っているので、名前は覚えていなくても顔は覚えている。

 

「さすがに艦娘同士だと陸奥さんも無事じゃすまないのか」

 

一人の男性が長門に背負われている陸奥を見ながら感心したように言う。

 

「そうね。ちゃんと後先考えて行動しないとこうなるってことね」

 

陸奥はそう言って長門の肩に顔を埋める。少し恥ずかしいのでしょうね…

 

「よし…片付けて撤収するぞ。反省会はその後だ」

 

日向が号令をかけると、陸奥と長門を除いた参加者が一斉に片付けを始めた。私ものわっちの肩を叩き、脇腹の痛みを我慢しながら片付けに加わった。

 

 

片付けを終え、オフィスに戻ると、日向は倒れこむように自分の席に座った。

 

「ちょっと大丈夫なの?」

 

私がそう声をかけると、日向は苦笑いを浮かべた。

 

「陸奥が下敷きになってくれたおかげで、そこまでは酷くはない…が大丈夫ではないな」

 

「日向さん、背中見せてください」

 

いつの間にか救急箱を持っていたのわっちが日向にそう声をかけた。

 

「できれば、あの場で手当てをして欲しかったが…」

 

日向がそう言うと、のわっちは首を横に振った。

 

「大勢がいる前で肌を晒させるのは…」

 

「私は構わんぞ」

 

「野分が構うんです!」

 

のわっちは顔を赤くしながら日向の背中に湿布を貼った。背中の一部分しか見えないのに、何を恥ずかしがっているのだろうか…そう思っていると、のわっちは私の手当てをすると言いだした。

 

「足柄さん、脇腹の手当てをしますよ」

 

のわっちに言われるがままに服をめくると、のわっちが言いたい事がわかった。

 

「確かに…これは恥ずかしいわね…」

 

服をめくる。脇腹だけを見せているつもりが結構上の方だったらしく、少し胸の方まで上げないと手当てが出来ない位置だった。

 

「特に大きい人はそうですよね」

 

のわっちがボソッと言う。私は聞こえていないふりをした。

 

「あっても肩が凝るだけだって足柄はよく言っているがな…」

 

「日向ッ!」

 

日向は悪戯に笑い、のわっちの手当てから優しさが消えた気がした。

 

 

「さて…反省でもするか…と言っても、特に気にするようなことはないと思うが…」

 

一息つき、先ほどの訓練の反省会を行うことになった。のだが、私は言いたい事が山ほどある。

 

「そもそも、なんで軍と警察の訓練に私たちが付き合ったのよ」

 

私がそう言うと、日向は渋い顔をした。

 

「いや、先日の事件の報告書…というか、申請書を遅らせたことに上がケチをつけてな…」

 

「それがどうして今回のことにつながったのよ」

 

「対艦娘の訓練をすることになったと言ったら、快く申請を通してくれたぞ。彼らは私たちを危険な存在だと思っているから、それに対する訓練なら是非やってくれと…」

 

「なに、じゃあ今回の訓練は日向から提案してたの?」

 

私が詰め寄ると、日向は私から目を逸らした。何か隠しているのは明白だった。

 

「私の目を見て話しなさいよ!」

 

私がそう言うと、日向は無表情でこちらを見てきた。

「な…なによ…」

 

「綺麗な目をしているな」

 

思わず顔に熱が上がってきたが、ここで流されてはいけない。そう強く思い、冷静にこれから言う言葉を考える。

 

「事と場合によっては、明日からのわっちに私の書類仕事を振るわよ…」

 

私の言葉に、日向ものわっちも目を丸くする。

 

「野分を家に帰さないつもりですか?!」

 

のわっちが思わず割って入る。ただでさえ、最近の日向から渡される書類は複雑なものが多く、四苦八苦している。そこに私が溜め込んだ報告書や申請書(事後報告)なものが加わったら、月末はきっと帰れないだろう。

 

「お前…汚いぞ…」

 

日向が私を睨むが、これに怯むわけにはいかない。日向の良好な成績ものわっちの仕事によるところも多い。

 

「なら私の質問に答えなさい」

 

「日向さん、お願いです。足柄さんの言う通りにしてください!」

 

野分が懇願するように日向に言う。日向が一つ大きなため息をつくと、渋々話し始めた。

 

「陸奥にハメられたんだ…そろそろ野分にも指揮をさせたらどうだって言われてな…」

 

「陸奥さんが野分に?どうして…」

 

「面白いものが見れるかもしれない。そう考えたんだろう」

 

日向が痛む背中を抑えながら席を立った。

 

「それだけじゃないわよね?」

 

私がそう言うと、日向はバツの悪い顔をした。

 

「私も上から小突かれているが…それは陸奥も長門も変わらない」

 

「それで?」

 

「私たちは民間にいる凶悪な艦娘の役をやらされた。他の二人は立場上そう言うわけにもいかないだろう」

 

「それって、野分達が悪役ってことですか」

 

のわっちが複雑な顔をしている。緊張で頭が真っ白になる程真面目に取り組んだ訓練にそういう事情があったとなると心中は穏やかじゃないだろう。

 

「だから黙っていたんだ。まぁ、私を投げ飛ばした長門の方が悪役だったけどな」

 

「それで、なんでのわっちに行動中の指揮を任せたのよ?」

 

「陸奥が、野分が私に似てきたからやらせてみろとな……」

 

「…ご期待に応えられず申し訳ありません…」

 

のわっちが少し落ち込んでいる。困ったり怒ったり落ち込んだり感情が忙しそうね。

 

「陸上での作戦行動の経験が少ないんだ。気にするな。それに荒事には足柄の方が適任だろう」

 

日向がフォローになっていないフォローをする。そしてさり気無く私がガサツな女だと言われた気もする。

 

「それに私たちの課題も見えてきた。今回はそれだけで満足さ」

 

「課題…ですか。野分はもう少し経験を積んで冷静に判断が下せるようになればいいんですか?」

 

珍しくのわっちが食い下がる。それを見た日向は静かに笑った。

 

「そうだな。あとは的確に狙いを定めることだな。これは足柄にも言える」

 

先ほどのペンキまみれの不知火と左胸だけにペンキをつけていた那智姉さんの姿を思い浮かべる。悔しいけど、それには反論出来ない。

 

「さぁ、タダ飯を食いに行くとしよう。足柄、肩を貸せ」

 

そう言うと、日向は唐突に私の背中におぶさってきた。

 

「ちょっと、日向?!肩どころか背中も貸してるんだけど?」

 

急に背中に乗っかられてよろけたが、しっかりと支えることができた。

 

「タダ飯ってどう言うことですか?」

 

のわっちが自分に火の粉が降りかからぬように話題を変える。確かにこういうところは日向に似てきたかもしれない。

 

「私をハメたんだ。その代償は背中だけじゃ足りない」

 

日向が誰のことを言っているのかはわかった。

 

「もしかして、わざと陸奥にぶつかったの?」

 

私がそう言うと、日向はケラケラと笑った。

 

「なに、野分が私に似てきたなら、私も野分みたいになろうと思ってな。長門に飛ばされたから真似してみたんだ」

 

のわっちが絶句しているのを見て、私はため息をついた。

 

「…のわっち、私の鞄と日向の鞄、日向の首に引っ掛けておいて」

 

「はい、わかりました」

 

のわっちは黙って三人分の鞄を持つと、そのままエレベーターの方まで誘導した。私だったら迷わず日向の首に三人分の鞄をひっかけているだろう。

 

「野分には、あの優しさを持ったままでいて欲しいものだな」

 

日向がそう呟くのを聞いて、私は首を縦に降る。

 

「えぇ、そうね」

 

私は優しい部下に誘導され、出来る上司を背負いながら自分たちのデスクを後にした。

 


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