海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #19 盾と銃は使いよう(4)

長門さんが呼んだ不知火姉さん、那智さん、それに陸奥さんが呼んだ捜査班と解析班の人たちと合流したのは、連絡してもらってから三十分も経っていないぐらいの時でした。各々にやってもらいたいことを説明した後、既に監視…というよりは盗撮の配置についていた青葉さんと衣笠さんを見つけ、盗聴もしていると報告を受けた野分は作戦を実行することにしました。

 

まず青葉さんと衣笠さんに、男性の部屋にちょっかいを出してもらいました。男性の部屋に電話かけ、電話に出たと同時に催涙弾を投げ込んでもらいました。男性の怒号が団地の敷地外にいる野分達にまで聞こえているので、団地はパニックになっているでしょう。青葉さんから、標的が外に出たという報告を受けると、捜査班の人たちが男性の部屋に捜索に入り、解析班の人たちは持ち込んだ機材を操作し、標的が外部との連絡をとっているかどうかを調べ始めました。団地でパニックが起こったため、電波が一斉に飛んだことで特定は困難になるかと考えていましたが、陸奥さんが一般回線とは別の回線を用いていると考え呼んでいた特別な機材を操作している班が衛星電話の電波を解析し、通信相手の特定を始めました。 もうこの時点で不知火姉さんと那智さんの仕事は無くなったのですが、話を聞いた二人の気が収まらず、お灸を据えてやらなくては気が済まないというので、そこから先の予備の作戦も決行することにしました。

 

団地から一台の車が猛スピードで飛び出していくのを確認すると、不知火姉さんを後ろに乗せたバイクを那智さんは急発進させ、追いかけていきました。一応、男性の車にも那智さんのバイクにも発信機が取り付けられているので、場所を特定する事は困難ではないのですが、二人の殺気を漲らせた雰囲気を見ているととても不安になりました。

 

「野分、追いかけるんでしょ?はやく行きなさい。装備はトランクに入れてあるわよ」

 

陸奥さんに背中を押され、先ほどまで乗っていた陸奥さんの覆面の運転席に押し込められました。助手席には既に長門さんが乗っていて、早く行こうと目を輝かせていました。

車のエンジンをかけ、慌てて追いかけましたが、男性の車は団地から200メートルも離れていないT字路で曲がりきれずに電柱に突っ込み停止していました。野分達が事故現場に着いた時、フルフェイスのヘルメットを被ったままの不知火姉さんと那智さんが運転席から男性を引きずり下ろしているところでした。野分はすぐに助けようとしましたが、長門さんに制止され、しばらく様子を見ることになりました。

 

「貴様が私の妹に手をかけたのだな」

 

二人とも黒づくめの服装にフルフェイスを被っているのですが、背の高い方がそう言うと男性の胸ぐらを掴むと、ひしゃげたボンネットに叩きつけました。すると今度は背の低い方が男性が握っていた拳銃を奪い取ると、それを顔を突きつけ撃鉄を起こしました。男性は何かを泣き叫んでいましたが、それを聞き取ることが野分にはできませんでした。

「野分と一緒にヒーローになるのは嬉しいが…あんなやつを助けなくてはいけないと思うと気がひけるな」

その光景を見ていた長門さんがそう呟くと、車の外に出ました。野分も遅れて、外に出ましたが、長門さんと男性を押さえつける背の高い方…那智さんが無言で見合っていました。背の低い方…不知火姉さんは変わらずに銃を突きつけていましたが、頭の向きが少し変わっていたので目線だけでこちらを見ているのでしょう。一応、陸奥さんが用意してくれた防護盾を持ち、ホルスターから拳銃を脱いて構える素振りをしました。野分はこの時、拳銃に弾倉が装填されていないことに気がつきましたが、万が一引き金を引いても弾が出ないのでそのまま構えることにしました。

 

「その男性を離してください。場合によっては発砲も辞しません!」

 

野分がそう叫ぶと那智さんは押さえつけている手に力を入れたのか、男性が那智さんの手を振りほどこうとあがき始めました。不知火姉さんはこちらに拳銃を向けていますが、引き金から指が外れていました。

 

「そのへんにしておけ。」

 

長門さんは苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、那智さんは無言で手を離すと、男性の腹部を殴りつけバイクに跨りました。不知火姉さんは拳銃を捨てるとバイクに乗り、走り去ってしまいました。本来の作戦であれば、この後この男性を解放し、外部と連絡を取るのを待つ算段だったのですが、それよりも前に相手が判明してしまったため、このまま男性を保護する…という名目で身柄を拘束しようとしました。那智さんに殴られた場所を抑えながらうずくまる男性に長門さんが手を差し伸べると、男性は不知火姉さんが捨てた銃を拾い長門さんに向けました。

 

「お前ら艦娘は危険だ。どうせ撃たれただけじゃ死なないんだろ?」

 

男性は半狂乱になっていました。それもそのはずで、那智さんの叩きつける様な拳を腹部に受けたのですから、想像を絶する痛みだったと思います。

 

「落ち着いてください。彼女はあなたを助けるためにここにいるんですよ」

 

野分も正直、相当混乱していましたが、冷静さを装い男性に声をかけました。しかし長門さんは無表情で男性を見ていました。おそらく内心は相当腹が立っているのでしょうが、それを表情に出さない様にしています。野分が長門さんをかばう様に盾を構え、前に入りましたが、長門さんは隠れようとはしませんでした。ふと、後ろを見ると、長門さんの拳は爪が食い込むほど強く握られていました。もし男性が長門さんの拳を受けたらタダではすまない。最悪殺してしまうかもしれません。長門さんの堪忍袋の緒が切れる前になんとかしない、野分には長門さんを止める術はない。そう思い考えを巡らしながら男性に声をかけ続けました。

 

「彼女は何もしません。銃を下ろしてください」

 

「うるさい!」

 

男性が発砲し、野分が構えていた盾に銃弾が当たりました。鋭い衝撃が右腕に伝わりましたが、弾は貫通せずに済みました。その瞬間、後ろにいた長門さんが動く気配を感じ、咄嗟に長門さんの進路を体で封じたのですが、思いの外長門さんの動きが早く、野分の背中に体当たりをする様な形になりました。突き飛ばされた野分は盾を構えたまま男性の方に倒れこみそうになりましたが、男性はその光景にパニックを起こし、こちらに何回か発砲しましたが、幸いにも弾は盾に全て当たり防ぐことが出来ました。もうどうしようもない。野分は咄嗟にそう考えると、男性の手前で一度足をつく、長門さんに飛ばされた勢いに自分の脚力と体重を乗せて、盾を構えたまま男性に体当たりをしました。右腕には先ほどのと違い鈍い衝撃が伝わりましたが、それに負けない様に腕に力を入れ、そのまま押しつぶす様に男性を地面に押さえ込みました。野分もそのまま倒れこみましたが、長門さんがすぐに男性を拘束し無力化されました。

 

「大丈夫かッ?!」

 

長門さんにそう言われ、起き上がろうとするも、足が震えていてうまく力が入らずにそのまま座りこんでしまいました。。

 

「身体が無傷です!けど…しばらく立てそうにないです」

 

心配そうに野分を見つめる長門さんの後方で、一台の古い車が走り去って行きました。

 

 

翌日、オフィスに出向くと足柄さんが嬉しそうに取調室に入っていくのを目撃しました。先日、身柄を拘束した男性の取り調べでしょうか。そんなことを思いながら自分のデスクに向かうと、大淀さんが立っていました。

 

「野分さん。お疲れ様です」

 

そう言うと、大淀さんは手に持っていた書類の束を野分に手渡しました。あまりの多さに、驚きを隠せなかった野分に、大淀さんは困ったような顔で話し始めました。

 

「日向さんから伝言です。やりすぎだ…と」

 

渡された書類を机に置き、その一枚を手に取ると、日向さんが書いた始末書でした。

 

「野分さんにもこれを書いてもらわなくてはいけません…詳しい状況や反省を書かなくてはいけないので、量はこれより多くなると思います…」

 

「いつまでですか…?」

 

聞かなくてもわかっていましたが、僅かな希望を見出したい野分は大淀さんにそう尋ねました。

 

「なるべく早い方がいいですね。午前中とか」

 

あぁ、野分が想像していたよりも無茶な難題がつきつけられました。

 

「私も手伝いますから、今日中に終わらせちゃいましょう」

 

大淀さんはそう言うと、日向さんのデスクから椅子を持ってきて野分の机の対面に座りました。日向さんが書いた始末書や報告書に目を通しながら、大淀さんに日向さんが今何をしているのかを聞くと意外な答えが返ってきました。

 

「昨日、これを書きにきてから、またどこかに行っちゃいましたよ?」

 

「また?」

 

野分がそう言うと、大淀さんは渋い顔で書類を読んでいました。

 

「えぇ…足柄さんにお使いを頼んだ後から、どこかに行ってましたよ。トイレに行くと言ってそのままどこかに…」

 

「えっと…足柄さんがデータとか資料を見てるって…」

 

「えぇ、最初の小一時間は見てましたよ。そのあと足柄さんをお使いに行かせてどこかに行っちゃったんです」

 

「足柄さんの待ちくたびれたって、一時間二時間の話じゃないんですね…」

 

「それはわかりませんけど…青葉さん達が見つからなかったとか、野分さん達が全然来なかったとかって帰ってきてからずっと愚痴を言ってましたよ」

 

「そうなんですか…」

 

「ほら、私の顔見てないで書類に目を通して手を動かす」

 

大淀さんにそう言われて、慌てて書類を読み直すと、大淀さんが何かを思い出したように野分を睨みました。

 

「そういえば、日向さんがこれを書いている時に、野分さんも自分に似てきたと言っていましたが…」

 

「…そんなことないですよ」

 

陸奥さんにも似たようなことをを言われましたが、実際そんなことはないと考えていると野分にはそう答えることしかできませんでした。

 

「いえ、それならいいですけど。トイレに行くと言って抜け出したりしないでくださいね。私、ついていきますから」

 

「はい…頑張ります…」

 

途中キーボードを叩いたり、手書きで書いたりとして手首が悲鳴をあげましたが、大淀さんのプレッシャーの前ではそんなことが言えず、黙々と書類作成に勤しみました。

 

 

大淀さんの抜群の処理能力の手助けを受け、無事太陽が沈まないうちに報告書、始末書の山を提出し終えた野分は、自分のデスクで抜け殻の様になっていました。そんな時、日向さんと足柄さんが戻られました。

 

「のわっち、お疲れ様。よくやったわね」

 

テンションが高い足柄さんに背中を叩かれ、意識が自分に返ってきたのを感じ、まだ働かない頭を暖機運転させました。

 

「疲れてるんだから少し休ませてやれ」

 

日向さんはそう言うと、自分のデスクに座り、手に持っていた新聞を読み始めました。

 

「それもそうね。珈琲淹れてきてあげる」

 

足柄さんが給湯室に向かったのを目で追うと、少しずつ思考能力が復活し、これまでのことを整理できるぐらいまでになりました。

 

「…ん?」

 

何か大事なことを忘れている。それに気がつき、少し考えを巡らせていると、それは忘れているのではなく、まだそれを知らないということに気がつきました。

 

「結局どうなったんですか?!」

 

野分が突然大声を出したのにも関わらず、日向さんは驚いた素振りも見せず、逆にやっと気がついたかといった表情でこちらを見ていました。

 

「あぁ、野分があの男を拘束した一時間後に上官も拘束したぞ。今は二人とも留置所にいる」

 

「えっ…それだけですか?」

 

「あぁ、それだけだが…」

 

まだフル回転していない頭ではあるけれども、熱を帯びているのは自分でもわかりました。

 

「だって…いろんな人に命を狙われる危険があったんじゃ…」

 

「それはお前らが解決してくれたさ」

 

そう言うと、日向さんは読んでいた新聞をこちらに投げてきました。新聞をキャッチし、広げると号外の新聞でしたが…

 

「青葉新聞なんて久しぶり見ましたね…」

 

「あぁ、毎号号外みたいなものだと思うがな。いろんな駅で配っていたらしい」

 

新聞をめくると、昨日の事件の詳細が事細かに書かれていました。「軍部の闇、二人の女性に殺害予告!」などと書かれた見出しで、名前や艦娘であったことは伏せてありましたが、多くの写真が使われており、野分も何枚か映っていました。

 

「えぇと…これで解決なんですか?」

 

野分がそう言うと、ちょうど足柄さんが返ってきました。

 

「あら?さっきの日向の対応からして黙っておくのかと思ったら…」

 

足柄さんから珈琲を受け取り、再び新聞に目を通すと、記事の後半には青葉さんが想像で書いたと思われる文が載っており、そこには「女性の出世に妬む男性の凶行。それに立ち向かった美人捜査官」といったような内容での野分の写真が使われていました。最も、変装していたので姿は違いますが…

 

「のわっち、今やネットで大人気よ。美人だとか、女の強い味方だとかで…」

 

足柄さんから手渡されたタブレットには、SNSで先ほどの写真がたくさん掲載されている画面が出ていました。

 

「完全に鎮火したわけではないが…これで収束には向かうだろうな。そういえば、私も野分に聞きたいことがあるんだが」

 

「これを機にアイドルになんてなりませんよ…」

 

日向さんと足柄さんが言いそうなことを先に言ったつもりでしたが、どうやらそれは見当違いな発言だった様です。

 

「いや、あの男が長門に銃を向けた時、何故撃たなかったんだ?」

 

日向さんが真剣な顔で野分に尋ねました。

 

「…もし撃てば、男性が助からないと思ったからです」

 

本当の理由を言えば呆れられそうなので、今回は伏せておきました。

 

「もし、あの時、周りに野次馬がいたらどうするつもりだったんだ?」

 

「…わかりません」

 

日向さんが厳しい目つきになりました。

 

「相手が発砲する前に無力化しろ。その為のダムダム弾だ…」

 

「私が発砲するなって言ったのよ」

 

足柄さんが助け舟を出してくれました。

 

「それにだ…」

 

日向さんの目が厳しいものからいつもの冷静な目に変わりました。

 

「お前が盾で殴るから鼻が潰れて面白いことになっているんだぞ…足柄がそれを見て取り調べに集中できないと苦情を言っていたぞ」

 

「まぁ、私たちにこんな目にあわせたんだからいい気味よ。それにうちの美人捜査官の顔に傷をつけようとしたんだから」

 

日向さんに怒られて忘れていた恥ずかしい記憶を足柄さんに呼び起こされ、複雑な気持ちの野分をよそ目に、日向さんと足柄さんは帰り支度を始めました。

 

「それを飲んだら鳳翔さんのところにいくぞ」

 

「…今日はまっすぐ帰りたいです…恥ずかしくて出歩けないです…」

 

それを聞いた二人がニヤニヤしながら野分の方を見ていました。

 

「この新聞を見た舞風と鳳翔さんがお祝いしたいそうよ。二人ともすぐにのわっちだってわかったみたい」

 

「…今日はここに泊まります」

 

結局足柄さんに机から引っ剥がされ、渋々鳳翔さんのお店に向かいました。

 

 

「いらっしゃい。美人捜査官さん」

 

「やめてください鳳翔さん」

 

入店早々、早速きたか…と思っていると、奥の座敷から舞風と不知火姉さんがこちらを覗いていました。

 

「不知火姉さんも来ていたのですか」

 

靴を脱いで座敷に上がると、陸奥さんや長門さん、それに那智さんもいました。みんなニヤニヤしながら野分のことを見ていました。

 

「…青葉さんは来ていないのですか…?」

 

こうなったら元凶に直接文句を言ってやる…そう考えて聞くと後ろにいた足柄さんが答えてくれました。

 

「後から来るみたいよ。まだどこかで新聞を配っているみたい」

 

それを聞いた野分は崩れるように座布団に座りました。野分が座ると、那智さんがこちらに来て、グラスにお酒を注いでくれました。

 

「実は謝らなくてはいけないでことがあるんだ…あの時、野分だって気がついていなかったんだ」

 

那智さんが申し訳なさそうに言いました。びっくりしてその時一緒にいた不知火姉さんを見ると、黙って頷きました。

 

「あの後、不知火から聞くまでずっと可愛い子だったなという認識しかなくてだな…」

 

「那智さん、もしかして煽ってます?」

 

「そう言うわけじゃないんだが…声が野分に似てるとは思ったのだが…」

 

「でも本当に美人だったわ。姉として嬉しく思ったもの」

 

「舞風も見たかった!」

 

不知火姉さんと舞風も嬉しそうに会話に入って来ました。

 

「あの…この話はもう…」

 

「遅れてすいません!あっ!野分さん!写真のほう現像したので一枚どうぞ!」

 

こうなった元凶が更に油を注いだことで更に盛り上がってしまった彼女達を止める術は無く、疲れた身体にお酒を入れたことも相まって終始顔が赤くなっていたと思います。ふと、奥のテーブルに座る日向さん達の方を見ると、陸奥さんと長門さん、そこに鳳翔さんが加わり日向さんと足柄さんに説教…の様なものをしている光景が見えました。今日はどちらにいっても話題の中心にいる。嬉しい様な恥ずかしい様なそんな夜でした。


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