海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #17 盾と銃は使いよう(2)

「こんなものかしらね…」

 

「おぉ〜…全然イメージが違いますね」

 

「のわっち…すごい美人よ…なんか悔しいわ」

 

「長門が惚れ込むのもわかるな…」

 

日向さんと足柄さんが選んだ洋服に着替え、陸奥さんに化粧をしてもらって、青葉さんが選んだウィッグを被った野分は皆さんから賞賛のお声をいただきました。

 

「あの…そんなジロジロ見られると恥ずかしいです…というか、野分も自分がどうなったのか知りたいです…」

 

野分がそう言うと、陸奥さんは大きめの手鏡を手渡してくれました。その鏡で自分を見ると、そこには普段見慣れない自分が映っていました。

 

「これが…野分?」

 

自分でもなんて阿呆なことを言っているんだと思いましたが、それが率直な感想でした。銀髪だった髪が黒のショートボブになり、童顔だった顔も少し大人びた顔になっていました。日向さんと足柄さんが選んだグレーのカジュアルスーツも相まってまるで…

 

「二年目の美人OLといったところか」

 

日向さんが野分の思っていたことを言ってくれました。

 

「思いの外、出来が良すぎたわ…これじゃ逆に目立つかもね」

 

陸奥さんがからかうように言いました。

 

「陸奥さんの横にいたら尚更でしょうね…」

 

青葉さんもからかうようにそう言いました。

 

「髪型が少し大人っぽくても良かった気がするわね…」

 

足柄さんがそう言うと、青葉さんが少し残念そうに答えました。

 

「この髪型の方が顔の輪郭が隠れていて自然だったので…本当はもう少し派手な髪型にしたかったのですが、今回はお仕事ですので、また次回にします」

 

「そうね、これが仕事じゃなければ楽しかったわ…のわっち?」

 

「さっきからずっと鏡を見て固まっているな…」

 

「話は聞いていますよ?」

 

野分は鏡から目を離さず言いました。

 

「……すごく気に入ったみたいね…」

 

足柄さんがそう言うと、野分の顔をじっと見た後、日向さんの方を向きました。

 

「なんだ…?」

 

日向さんが物凄く不満そうな顔で足柄さんを見ていました。

 

「なんか、今ののわっちを見てたら羽黒の顔を思い浮かべてね…」

 

「羽黒が今の野分みたいになって、その次は私か?」

 

「……黙秘するわ」

 

足柄さんがそう言うと日向さんは溜息をつきました。

 

「羽黒は妙高に似ていると思ったが…」

 

「だから日向みたいにはなって欲しくないのよ」

 

「…どういう意味だ?」

 

「……黙秘するわ」

 

「あぁ、大丈夫だ。野分、これからは二人で足柄をいじめような。私に似てるらしいから」

 

「はい、そうですね」

 

「ちょっと…そういう意味で言ったんじゃ…」

 

「はいはい」

 

陸奥さんが手を叩きながら野分達の会話を遮りました。

 

「時間ないんでしょ?これからどうするのよ?」

 

「あぁ、そのことなんだがな…」

 

日向さんが、思い出したように話し始めました。

 

「実はもう一人、暇そうなのを呼んでいてな…もうそろそろ来るはずなんだが…」

 

「いつの間に連絡したのよ…というか、それは誰なの?」

 

陸奥さんが呆れたように言いました。

 

「お前もよく知るやつだ…さて、私は明石に用があるからこれで失礼する。後のことは大淀から聞いてくれ。足柄、お前もついてこい。私一人じゃ不安だからな」

 

「ちょっと、どういうことなの?ちゃんと説明してよ!」

 

足柄さんが慌てた様子で日向さんの後についていきました。残された野分と陸奥さんと青葉さんはそれを黙って見送ることしか出来ませんでした。いつも一緒に働いていた仲間がいなくなる。そう考えると、寂しさと不安で押し潰されそうになりました。

 

 

「大丈夫!青葉達がいるじゃないですか!」

 

野分の心情を察してくれた青葉さんが笑顔で野分に話しかけてくれました。

 

「青葉の言う通りよ。あなたは一人じゃないわ」

 

陸奥さんがそう言って野分を抱きしめてくれました。

 

「失礼します」

 

ちょうどそのタイミングで大淀さんが膨らんだファイルを持って現れました。長門さんを連れて。

 

「長門ッ?!違うの、これには訳があってね!」

 

陸奥さんが慌てた様子でそう言いました。しかし、その顔には余裕しか見てとれませんでした。

 

「訳もなにも…よくわからないだが…日向に急いで来いと言われて来たのだが…なんの集まりだ?」

 

長門さんが野分の方を見て会釈をすると、陸奥に詰め寄りました。

 

「私も暇じゃないのだが…いや、ここに来るぐらいの時間はあるわけだが…」

 

「えッ…?日向さんから何も聞いていないのですか…?」

 

大淀さんが目を丸くしていました。

 

「私は何も聞いていないぞ」

 

「私も大淀から聞けって言われているわ」

 

長門さんと陸奥さんがそう答えると、大淀さんは溜息をつきました。

 

「まったく…あの人は…わかりました。それで…」

 

大淀さんが野分の方を見ました。

 

「あなたは今回の関係者ですか?」

 

大淀さんの他人行儀な対応に悲しくなりました。

 

「私も先程から気になっていたのだが…どこかで会ったことがあるか?」

 

長門さんにグイッと顔を近づけられ、思わず顔に熱くなりました。

 

「…野分です」

 

私がそう言うと、長門さんと大淀さんが目を丸くした後、驚きの声をあげていました。

 

「そ、それはすまないことをした!」

 

長門さんが慌てた様子で謝罪を口にしました。

 

「えぇーと、その、あ、はい、了解しました」

 

大淀さん、いつもの冷静さはどこに行ったんですか。

 

「じゃあ時間が無いので、説明しますね」

 

大淀さんが冷静さを取り戻し、日向さんの机に持っていた書類を並べました。

 

「これが野分さんの来る前、日向さん、足柄さんがお二人で解決された事件の報告書です」

 

「意外と少ないですね…」

 

青葉さんが興味深々に書類を見ていました。

 

「いえ、これはほんの一部です。日向さんに言われて、当時の軍関係者の犯人がその後除籍処分、もしくは何らかの致命的な降格処分を受けたものだけ集めました」

 

「普通はそうなるんじゃないの?」

 

陸奥さんが大淀さんに不思議そうに尋ねました。

 

「いや…実際はそうじゃ無い。何らかの過ちを犯した者でも、程度によってはそのまま戻って来るのも珍しくない」

 

大淀さんでは無く、長門さんが答えました。

 

「自分の部下が不手際を起こした。それを隠蔽したい上の人間がそういった組織と癒着しているからな。正直、日向達がいなかったらこれらの事件も、その例に漏れなかっただろう」

 

「その通りです。そしてこれからが重要なのですが…」

 

そう言うと大淀さんが書類を分類し始めました。三分も経たないうちに二つに分けられ、手に持っていたファイルの中から二人分の経歴書を取り出しました。

 

「これらの事件がきっかけで降格処分となった上官二人です」

 

「つまり、この二人のどちらかが、不手際を起こした部下と共謀してお二人の命を狙っている。と言うことですね」

 

野分がそう言うと、大淀さんは首を縦に振りました。

 

「しかし…よくこの短時間でこれだけ調べましたね…何かコツとかあるのですか?」

 

青葉さんが書類を読みながら大淀さんに聞きました。

 

「日向さんがこの二人の名前を出して、それに関与している事件を出してくれと言われたので比較的楽でしたよ。コツというなら、有能な上官を持つことですかね……というか青葉さん?!あなたは民間人でしょ?勝手に読まれると困るのだけど…」

 

「大丈夫です!青葉も足柄さんに有能だと言われているので、これを記事にする様なことはしません!」

 

「あの人に褒められても…」

 

大淀さんが本人の前では絶対言わない様なことを呟いたのを野分は聞いてしまいました。実際、報告書の書面では日向さんに振り回される足柄さんしか知らなくてもおかしくはないのですが…

 

「概ねはわかった。それで、私は何をすればいいんだ?」

 

長門さんが大淀さんに尋ねました。

 

「野分さんと陸奥さんには捜査をお願いします。長門さんはそれに随伴した護衛をお願いします。青葉さんは衣笠さんと取材をお願いしたい…と日向さんからの伝言です」

 

「青葉達には護衛がつかないんですかぁ〜?か弱い元重巡二人なんですけどぉ〜」

 

「これも日向さんからの伝言です。45口径を持っていて何がか弱いだ。見逃してやるから協力しろ…と」

 

「あらら…バレてましたか」

 

青葉さんは服の下に手を入れ、一丁の拳銃を取り出しました。

 

「あなた…よくもまぁ警官の前で取り出したわね…」

 

陸奥さんが呆れた様に言いました。

 

「今回ばかりは青葉も身の危険を感じまして…この子だけじゃ不安だったんですよ」

 

青葉さんがポケットから以前、日向さんが渡したライトを取り出しました。

 

「まぁいいわ…時間がないのでしょ。早速取り掛かりましょう」

 

「あぁ、そうだな。野分、行くぞ」

 

「はい!」

 

陸奥さんと長門さんに促され、カバンを急いで持つと大淀さんに呼び止められました。

 

「…多分大丈夫だと思いますが、これを持っていってください」

 

そう言われて手渡されたのは、偽りの身分証明書でした。

 

「今回、野分さんには存在しない部署の人間として働いてもらいます。表面上は海軍、警察、私たち特別捜査局となっていますが、正式に捜査しているわけじゃありません。私の方で実際に捜査しているを隠すために申請を遅らせますが、捜査が進むにつれて隠蔽するのは難しくなります。なるべく早い解決をお願いします」

 

「…大淀さんが申請をすると同時に星を挙げる…そういうことですね」

 

野分がそう言うと大淀さんは苦笑いをしました。

 

「よくも悪くも、あの二人に似てきましたね。ですが、少し違います。私が申請する前に星を挙げてください。くれぐれもお気をつけて」

 

「わかりました…大淀さんも日向さんと足柄さんをお願いします。あの二人、何か企んでそうなので…」

 

野分がそう言うと、大淀さんは不満そうな顔をしました。

 

「今回ばかりは大人しくしていると思っているのですが…わかりました」

 

「野分、おいていくわよ」

 

遠くで陸奥さんの声が聞こえ、駆け足で二人の後を追いました。

 

 

移動中の車内、長門さんが運転で助手席には陸奥さん、後ろの席に野分は座っていました。なんでも、後ろの席の方が目立たないし安全…と言うことでした。

 

「最近思うのですが…」

 

野分がそう言うと、バックミラー越しに長門さんと目が合いました。

 

「日向さんが前よりも感情豊かになった…と思うのですが、艦娘時代の日向さんてどんな感じだったんですか?」

 

野分がそう言うと、長門さんの表情が少し曇りました。後ろからは見えませんが、陸奥さんも同じ様な顔をしているのでしょうか。

 

「堅物に見えて、実は冗談をよく言う。意外とひょうきんでお茶目な性格をだったな」

 

長門さんがそう言うと、陸奥さんが続きました。

 

「戦後は大変だったみたいよ。今の仕事になっても人間からは煙たがれて、毎日走り回って…余裕がなさそうだったわ」

 

「それはお前も同じだろう?」

 

長門さんが心配そうに陸奥さんに言いました。

 

「違うわよ。私には長門がいたもの」

 

「あぁ…そういうことか…」

 

長門さんも陸奥さんも黙り込んでしまいました。

 

「変なこと聞いてごめんなさい」

 

話の流れからして、日向さんのお姉さん、伊勢さんに何かあったのはわかりましたが、詮索してはいけない気がして申し訳なくなりました。

 

「青葉じゃなくてよかったわ。でもそうね。あなたが来て、だいぶ丸くなったわね」

 

陸奥さんが話の流れを変えました。

 

「前まで那智がよく足柄の愚痴が大変だと私に愚痴を言っていたしな」

 

「そうみたいね。日向と一緒に走り回って、書類仕事をして、10ある仕事を二人でしていたからね」

 

「そんなに大変だったんですか…」

 

野分が身を乗り出して聞いていると、陸奥さんに顔を押され、危ないからちゃんと座ってなさいと怒られました。

 

「でもあなたがきて、10ある仕事を三等分出来たから余裕が出来たんじゃない?」

 

陸奥さんが振り向きながらそう言いました。

 

「野分は…まだ半人前です。あの二人について行くのがやっとで…」

 

野分がそう言うと、長門さんが目を逸らさずに言いました。

 

「大丈夫だ。半人前に自分の命は預けないさ。自分に自信を持て」

 

「そうよ。それにね、さっき言った10の仕事って10人分の仕事って意味だから。あなたも3人分ちょっとの仕事はこなしているっていうことよ」

 

「頑張ります」

 

野分がそう言うと、ミラー越しに長門さんが笑っているのが見えました。

 

「ところで長門。随分と安全運転じゃない」

 

陸奥さんが不満そうな声をあげました。

 

「安全運転は当たり前じゃないか」

 

長門さんが不思議そうに答えました。

 

「隣に警官が乗っていて、いちおうこれ覆面なのだけど…」

 

「それがどうした?」

 

長門さんは陸奥さんが言いたいことが理解できていないようでした。野分にも何を言っているかわかりません。

 

「いや…走行車線を安全に走るのはいいんだけ…後ろを見てみなさいよ」

 

陸奥さんがそう言うので、後ろを覗くと長い車の列ができていました。

 

「せめて流れには乗ってほしいわ。多少の違反なら見逃してあげるから」

 

陸奥さんが恥ずかしそうに言いました。

 

「いや、しかし教習所では自分のペースで安全に走りましょうと…」

 

「姉の威厳やら、ビッグ7のなんやらで妹に運転させるわけにはいかないって言うなら、せめて人並みの運転しなさいよ。さっきから追い越していく車から睨まれたり、「普段は運転しないけどしょうがなく運転してるのね」みたいな憐れみの視線を感じて恥ずかしいのよ!」

 

「しかし!目立ってしまうでは…」

 

「今の方が目立ってるわよ…それに、護衛なのに運転でそんなに気を張ってたらいざって言う時に頼りないわ。そこのコンビニで変わりましょう。ついでに飲み物も買いたいし」

 

「…わかった。そこのコンビニだな…」

 

「ちょっと、こっちに寄せすぎよ!」

 

「陸奥はうるさいな…曲がるときは曲がる方に寄せろと教習所で…」

 

「あと5センチも無かったわよ!」

 

結局、コンビニに駐車場に入ってからも長門さんがバックで駐車が出来ず、陸奥さんが声を張り上げて誘導したせいで目立ってしまいました。


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