日向さんが退室した後の部屋にはしばらく沈黙が流れていました。冷静さを取り戻した足柄さんが男の取り調べを再開し、野分は日向さんを追いかける為に部屋の外に出ました。
建物の外に出たところで、日向さんは携帯で誰かと電話をしていました。電話が終わるのを待ち、日向さんに声をかけると、先ほどの様な怒りに満ちた目ではなく、落ち着いたいつもの日向さんでした。
「野分、向こうはどうなった?」
日向さんはいつもと同じ口調で私に問いかけました。
「足柄さんが取り調べを再開しました…ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「日向さんは本当に彼に手をあげるつもりだったのですか?」
野分がそう尋ねると、日向さんは渋い顔をしました。
「…別に直接言われたわけじゃないからな…ただ足柄と那智があそこまで怒っているのを初めて見たからな。冷静なままやっていたら、あの二人は本気で殴っていただろうな…」
「演技だった…そういうことですか?」
野分の言葉を聞いて、日向さんは苦笑いをしました。
「演技半分本気半分、そんなところだ」
「そうですか…それでこれからどうするんですか?」
野分がそう尋ねると、日向さんは野分の肩を叩きました。
「これで終わりだ。人の手柄を取ってしまっては申し訳ないからな」
「人の手柄?山城さんですか?」
「頑張る姉の為に奮闘した妹達だ。私は先に帰る。大人をあやすのに疲れた」
日向さんはそう言い残すと、先に帰ってしまいました。言っている意味はわかりませんが…今日いちばん遅く来た日向さんが疲れている。そのことに不満を感じた野分でした。
先の取り調べから数日後。野分達が尋問した男は逮捕され、同日、扶桑さんが付いていた大佐も陸奥さんに逮捕されました。容疑は保険金詐欺となっていましたが、本当の理由を公に出来ないと考えた末の発表でしょう。おそらく今頃は陸奥さんにこってり絞られている…そう思います。
足柄さんは「また日向に食わされた」と不満そうでしたが、扶桑さんと山城さんと良くも悪くも付き合いが長い日向さんだからこそ話を聞けた。そう考えています。
「足柄」
日向さんが会議から帰って来て、真っ先に足柄さんを呼びました。
「日向…今度は何かしら?」
あれから足柄さんは一字一句を聴き逃すまいと日向さんの言う言葉に注意をはらっています。
「…お前が使った64式なのだが…」
日向さんが罰の悪そうな顔をしました。
「何よ…何なのよ?」
足柄さんも身構えて話を聞いています。
「実はな…軍からの預かりものらしくてな…弾薬も含め返せというお達しがあったそうだ」
「弾薬も含めって…使っちゃったわよ?私?」
「あぁ…それでな…」
ついに日向さんが顔を背けました。
「許可なく使ったんだから、弾薬分は足柄の給料から引かれることになってな…」
「……えっ?」
「いや、私も反対したんだ。ならお前が払えと言われたのだが…今月は少し厳しくてな…」
日向さんの顔に焦りが見えます。対して足柄さんは信じられないといった表情です。
「私、今回頑張ったわよね?いや、みんな頑張ったけど、私も頑張っていたわよね?」
「……申し訳ない」
日向さんがついに謝罪の言葉を口にして頭を下げました。足柄さんは今にも泣きそうです。
そんなやりとりを見ていると、デスクの電話が鳴りました。恐らく二人はいろいろな感情が混ざりあっていて正常な受け答えが出来そうにないので、野分が電話にでました。
「はい、海軍特別捜査局、捜査一課七係です」
「野分?この前はありがとうね。陸奥よ」
電話は陸奥さんからでした。
「こちらこそお世話になりました。えぇと…事後処理の件ですか?」
「えぇ、それもあるのだけども…まだこっちが片付いてなくてね。まだ先になりそうなのよ」
「わかりました。日向さんに伝えておきます」
「これは日向じゃなくて、あなたに伝えたかったのよ。どうせあなたがやるのでしょ?」
「そうですけど…」
「日向には、扶桑と山城がお礼をしたいそうだから今夜開けておいてと伝えてくれるかしら?」
「わかりました」
「それと、足柄には那智に今夜開けておくようにって連絡して欲しい伝えてもらえるかしらね?」
「結構な大所帯になりそうですね」
「それはいつものことでしょ?あの二人は忙しいのかしら?」
そう言われて二人を見ると、すまないと謝り続ける日向さんと納得できないと駄々をこねる足柄さんがいました。
「忙しい…というより自分のことで精一杯って感じです」
「なにそれ…後で詳しく聞くわ。多分鳳翔さんのところだと思うけど、詳細が決まったらあなたに連絡するわね」
「わかりました。お願いします」
「じゃあまた後でね」
電話を戻すと、まだ言い合っている二人を見て溜め息が漏れました。
「今日は早く終わらせなきゃいけないんで、早く仕事してください!」
野分がそう言うと、足柄さんは渋々、日向さんはホッとした顔で自分のデスクに座りました。
その日の夜、野分達七係と大淀さんと明石さん、それに那智さんと長門さんと不知火姉さん、陸奥さん。そして扶桑さんと山城さんと合流し、鳳翔さんのお店に向かいました。先に舞風と妙高さんと羽黒さんが既にお店についていたのですが、その三人は申し訳なさそうに野分達を出迎えてくれました。
「すいません。私たちまで誘ってもらって…」
妙高さんが扶桑さんにそう言うと、扶桑さんは嫌な顔を見せずに首を横に振りました。
「せっかくですもの。気にせず楽しんでいって」
それを見ていた鳳翔さんが口を挟みました。
「急にこんな人数の予約を入れるから大変だったんですよ?妙高さん達に手伝って貰わなかったら間に合っていませんよ」
「あら、通りでよく見る料理が並んでいるのね」
足柄さんが机に並んでいる料理を見ながら言いました。確かに舞風がよく作ってくれる料理も並んでいます。
「足柄、私の料理じゃ不満かしら?」
妙高さんが嫌味っぽく言いました。
「そんな滅相もございません」
足柄さんが怯えた様子で言うのを見て、みんなが笑いました。
「扶桑、大丈夫か?カードは使えないぞ?」
日向さんがお土産のお酒を鳳翔さんに渡しながら扶桑さんに声をかけました。
「ごめんなさいね。本当はお金を取りたくないんだけど」
鳳翔さんが申し訳なさそうに付け加えました。
「大丈夫、ちゃんとおろしてきたわ。ね、山城?」
「はい!」
そういうと二人は膨らんだ財布を見せてくれました。
「じゃあ鳳翔さんも一緒に飲みましょうよ!」
足柄さんも持ってきたお酒を鳳翔さんに渡すと嬉しそうに言いました。
「もちろんそのつもりよ。私がこのお店を貸切で予約したんだから」
山城さんが自信満々に言いました。それを聞いていた扶桑型を除く戦艦の方々がおもむろに端っこに集まりました。
「…手持ちで足りるか…一応私もおろしてきたのだが…」
「私も心もとないわ…」
「すまない、急いでいたから…」
それを見ていた扶桑さんがその集まりに割って入りました。
「気にしないで。全部私と山城で出すわ」
「しかし…」
日向さん、長門さん、陸奥さんの申し訳なさそうな顔を見た扶桑さんは、笑いながら首を横に振りました。
「みんなに助けられて、いまこうやってみんなで集めれる幸運に感謝したいのよ。ね、山城?」
「はい、姉様!」
二人に後押しされ、席についた三人は諦めたように飲み始めてしまいました。
結局、その日は朝まで飲み明かしてしまい、翌日の仕事は大変でしたが楽しいひと時を過ごすことができました。
ちなみに、みんながトイレに行くふりをして鳳翔さんにお金を渡したのは秘密です。