仮眠室の扉をノックすると、明らか殺気を扉の向こうから感じた。
「日向だ。入っていいか?」
そう声をかけると、扶桑の困った様な声が聞こえてきた。
「どうそ」
私は部屋に入ると、向き合ってベッドに腰掛ける二人に目をやった。
「すまないが、ここはお前達の自室でもホテルでもないんでな…」
私はそう言い、私を睨んでいる山城に目をやった。
「そう邪険にしないでくれ。一緒に朝を食べようと思ってな。今回は手持ちもある」
私はそう言うと、扉を開け、二人を誘導した。
「すまないが、まだ山城を外に出すわけにはいかない。私が持って来るからこの部屋で待っていてくれ。何か要望はあるか?」
私が二人にそう問いかけると、山城は何かを警戒しつつ答えた。
「これといって特にはないわ」
そんな山城の様子を不思議に思った扶桑だが、そこには触れず私の質問に答えた。
「私もこれといって…ただ重たいのは勘弁ね」
「わかった」
先日、長門達と話しあった部屋に二人を案内し、使用中の札をかける。
「下のコンビニで適当に買うか…」
私は出勤してくる職員らとすれ違いながら、エレベーターへと足を向けた。
時間にしては30分も経っていないのだが、待たせていると思うと罪悪感を感じてしまい、足早に扶桑達の待つ部屋へと戻った。行き帰りのエレベーターの中で何故山城があの様な態度を取っているのかを考えたが結論がまとまらず、部屋の前まで考え込んでしまい、ノックをせずに開けてしまった。しかし、それが功を奏した。
「姉様はこのまま私と一緒にいてください。お願いします」
山城が扶桑に懇願している最中に私は扉を開けてしまったのだ。
先ほどよりも殺気を漲らせて山城が私を睨んできた。
「…すまない」
私は一言謝り、袋から買ってきたおにぎりとお茶を配膳した。
その食事は沈黙に包まれた。
全員が食べ終わり、私が買ってきたペットボトルのお茶を飲んでいる山城の挙動を見ると 僅かだがその手は震えていた。私はそれを見て、山城に話を切り出した。
「捜査の方だが…だいぶ進んでいる。詳細は話せないが、犯人にたどり着く道筋を見つけた。今、足柄と野分がそれを調べている」
「随分あいまいな言い方をするのね」
山城が少しきつく返した。
「すまないな…さて、そろそろ話を聞こうじゃないか」
私は少し前のめりの姿勢になり、二人に向き直った。
「話すも何も、知っていることは話したわ」
山城はそう言うと、扶桑の方を見た。
「えぇ、私たちが知っていることは昨日野分に全て話したわよ」
扶桑もそれに同調した。
「聞き方を変えよう。山城、陸奥に何を勘付かれた?」
私がそう言うと、山城の眉間にシワが寄った。
「勘付かれたも何も、偶然会っただけよ。彼女、そっちの方なんでしょ?」
山城がぶっきらぼうに返す。どうやら正攻法ではいかない様だ。
「そうか…山城、今回、私たちはお前を別の事件の容疑者として逮捕している。それはわかっているな?」
私がそう言うと、二人とも顔に緊張が走っていた。
「それで…何よ…」
山城がこちらの話をちゃんと聞く姿勢になったのを確認し、私は話を続けた。
「恐らく長門達も向こうで手を打っている。それでも私たちの方でお前を拘留出来るのはあと三日が限度だ」
推測の域を出ていないし、その日数を裏付ける理由も特にないが、私のいった言葉を二人は黙って聞いていた。
「そうすれば、お前は再び軍の尋問を受けることになる。もし話したいことがあるのなら今のうちに話してもらいたい」
私はそう言い、二人の反応を待った。
「話すことは…何もないわ…」
少しして山城が口を開いたが、それは非協力的なものだった。
「そうか…扶桑、お前はどうだ?」
扶桑の方を見ると、その目は涙ぐんでいた。
「ごめんなさい。これ以上は本当に何も知らないの…」
その様子を山城も見ており、表情は変わらなかったが、体は震えていた。
「そうか…わかった。扶桑、お前は何の容疑もかかっていない軍関係者だ。すまないが、足柄と野分の調べ物を手伝ってやってくれないか?私も山城のことが終わったらすぐにいく」
「わかったわ。山城のこと、どうかよろしくおねがいします」
扶桑は椅子から立ち、私に深々と頭を下げると、部屋を出ていった。山城はその様子をジッと見ていた。
「……無能なシスコンの振りはそろそろ辞めたらどうだ?」
扶桑が退出し、しばらく経ったのを確認して私は山城に声をかけた。
「言っている意味がよくわからないわね。早く牢屋に連れて行けばどうなの?」
山城はそう言うが、動きは一切感じられない。
「扶桑には話していない、いや話せないと言ったほうが正しいか。それはなんだ?」
山城の方は見ずに問いかける。
「私にとって姉様は全てよ。話さないことなんてないわ」
山城の姿は見えていないが、僅かに声が震えていた。
「それは扶桑に関わることなんだな」
私がそう言うと、答えは返ってこなかった。しかし、山城はえづいていた。
「そろそろ話してくれないか…お前も陸奥もどうしてか素直に話してくれなくてな…」
「陸奥も…?」
山城がやっと口を開いた。
「あぁ。協力はしてくれるのだが…肝心なことは教えてくれなくてな…」
「私は陸奥から全てを聞いているものだと思ったわ」
「だったらこんな回りくどいことはしていない」
私はポケットからティッシュを取り出し、山城の顔を見ない様にして渡した。
「それにだ。他の艦娘はどうか思っているかは知らないが、私はお前達に目の敵にされていたんだ。お前のことはわかっているつもりだ」
「私の何がわかるのよ…」
「扶桑のためだったら…いや、そう見せかけて仲間の為だったら自分が犠牲になろうと考えている」
「買いかぶりすぎよ」
「守るために戦っていたんだろう?今も昔も」
私は姿勢を正し、山城の方を見た。
「その気持ちは私も同じだ。今の私は仲間の為に闘いたい。そう考えてこの仕事をしている。だから頼む。私を信用してお前に頼って欲しい」
私はそう言って頭を深く下げた。それと同時に山城は机に突っ伏して泣き始めた。
山城から多くの情報を聞き出した私は、泣いたことと抱え込んだもの全てを吐き出した安心から寝てしまった山城を仮眠室に運んだ後に自分のデスクへと戻った。
そこでは足柄と野分に大淀と扶桑が加わり、様々な討論をしていた。私の存在に気がついた四人は私の方を向き、誰が何を言うかをアイコンタクトで合図していた。
「何かわかったか?」
私がそう言うと、困った様に足柄が口を開いた。
「実を言うと、データだけじゃ何もわからなくて…推測だけで話をしていたわ」
それであんなに喧しくなっていたのか。
「別に推測でも構わないが…」
「じゃあわかったことだけを言うわね。さっき那智姉さんから、逃亡していた車の運転手を確保したと連絡が入ったわ。私たちが話を聞ける様にセッティングもしてあるそうよ」
「そうか…」
「そうかって…それだけ?」
足柄が不満そうな視線を向けてきた。野分も同様の顔をしている。
「いや、すまない。少し疲れていてな…」
「山城が何かしたの?」
扶桑が心配そうにこちらを見ている。扶桑の言葉を受けた足柄と野分は何かに気がついた様に申し訳なさそうな顔をしていた。
「あぁ…扶桑と別れたくないと駄々をこねてな。説得するのに骨が折れただけだ」
私は一つ大きく伸びをする。
「すまないが、先日の発砲事件の処理をしなくてはいけないらしくてな。足柄と野分でその男から話を聞きに行ってくれ。私も終わったらすぐに行く」
「了解」
「了解しました」
足柄と野分は返事をすると、さっさと用意を済ませ出て行ってしまった。どうやら私の用意待ちだった様だ。
「大淀は扶桑と山城を頼む」
「わかりました」
大淀が返事をすると、扶桑を連れてどこかに行ってしまった。誰もいなくなったことを確認し、私は携帯を取り出し、電話をかける。
「もしもし…」
電話に出た相手は眠たそうな声をしていたが、今はそんなことに構っていられない。
「朝早くに悪いな。昨日の事後処理がある。時間を貰えないか?」
「事後処理ならこっちでやっておくけど…」
「そういうわけにもいかんのだ。足柄があんなものを撃った手前、こっちも大変でな」
「わかったわ。そっちに出向けばいいかしら?」
「すまないがお願いできるか?一時間後に来てくれ。私も用意をしておく」
「えぇ。じゃあ一時間後に着く様にするわ」
「それと申し訳のだが…時間を少し長めに貰ってもいいか?私の方で用意する書類と書いてもらわなくてはいけない書類といっぱいあってな…」
「問題ないわ。じゃあまた後でね」
相手が電話を切るのを確認して、私は席を立つ。
「私の方も用意するか」
まだ午前中だというのに、疲れている体に鞭をうち、私はエレベーターに足を向けた。
私の待ち人は律儀に時間の十分前に到着した。大淀に案内され、私のデスクまで来ると、私に許可を得ずに机の空いているところに腰かけた。
「…行儀が悪いな。陸奥」
彼女はふてくされた様な顔で私を見た。
「こんな綺麗に整理された机のどこにいっぱいの書類があるのかしらねぇ…」
陸奥はそう言うと、私の方に身を乗り出した。
「それで、何の用?」
周りに人はいなかったが、他人に聞こえない様な小声で私に囁いた。
「少し気分転換でもしようと思ってな。通信機器は置いていけ」
陸奥に手を差し出し、携帯などの通信機器を出すように催促する。陸奥は最初は怪訝な表情を見せたが、私の意図を察したのか大人しく応じた。
「心配するな。後でちゃんと返す」
私はそう言って席を立ち、自分の携帯と一緒に後ろで待機していた大淀に手渡した。
「あの…連絡はどうすれば…」
大淀が心配そうに私を見てそう言った。
「足柄か野分に頼む。私は今日はいないものだと思ってくれ」
私はそう言って大淀の肩を叩いた。
「わかりました…」
そう言うと大淀は二つの携帯を受け取り、自分の持ち場へと戻っていた。
「それで、私はどうすればいいのかしら?」
陸奥が後ろから声をかける。
「…ついて来てくれ」
私はそう言い、今日何回乗ったか覚えていないエレベーターに向かった。
「ちょっと…冗談でしょ?」
駐車場についた陸奥が、一台の車の前で絶句の表情を浮かべている。
「悪いな。手が入っていない車はこれしかなくてな…」
一台の車…ハマーH1
「呆れた…普段こんなの乗ってるわけ?」
陸奥が心底呆れたような顔で私を見る。
「これは明石の私物だ。私のものじゃない」
私も半ば呆れていたが、背に腹は変えられない。
「携帯まで取り上げて…隠密行動がとりたかったんじゃないの?」
陸奥は諦めたように左側の席に乗り込んだ。それを見た私はすかさず、右側に乗り込んだ。
「あら?…あらあら…」
「悪いな陸奥よ。外車は左なんだ」
私は車の鍵を陸奥に手渡した。
「…不幸だわぁ…」
陸奥は渋々車を発進させ、駐車場を出た。流石の私もいきなり自分の車よりもふたまわり以上大きい左ハンドルを運転できる自信は無かったので安心したが、陸奥はそれを感じさせない運転だった。
私と陸奥は車を海沿いの人気のない倉庫街まで走らせた。
「それで、こんなところでナニしようって言うわけ?」
含みのある言い方をした陸奥だが、その顔にいつもの余裕は感じられない。
「単刀直入に聞こう。お前は今回のこと、全てを知っていたんじゃないか?」
私がそう言うと、陸奥は少し考え込んだが、すぐに口を開いた。
「いつ気がついたの?」
「今さっきだ。山城から話を聞いてな」
「ふぅ〜ん…」
陸奥は再び何かを考え込んだが、どうやら考えはまとまっていないようだった。
「もっと早く気がつくと思ったのだけれども…」
「そう言わないでくれ。今考えれば、普通の交通事故で私たちが呼ばれた時に勘付くべきだったと反省はしているんだ」
「答え合わせ…それで私が呼ばれたのかしら?」
「それもあるが…頼みごとがあってな」
「頼みごと?」
陸奥が不思議そうに私を見つめている。
「あぁ。これからは足柄や野分も信用してやってくれないか?あいつらもお前や山城と同じで軍に身内がいるのだから…」
「…言っている意味がよくわからないわね」
「あの二人から話を聞かれた時に、何故本当のことを言わなかった?」
「嘘は言ってないわよ」
「…長門のことかが心配だったか?」
陸奥の顔が歪む。それは悔しさとも後悔とも取れる顔だった。
「あなたも妹…二番艦だったのならわかるでしょ?」
陸奥がそう言うとハンドルを叩いた。
「長女…一番艦はその名に恥じない様に無茶でも結果を出そうとする。それを見ている私たちがどんなに心配しているか…」
「陸奥…」
私はそう言って陸奥の肩に手をやる。僅かだが震えていた。
「もし私が全てを話して、長門に何かあったら…そう考えたら…申し訳ない…本当に申し訳ないと思うけど、扶桑と山城だけでなんとかして欲しい。そう思ったのよ」
「山城はお前を恨んだりはしていない。むしろ感謝している。そう言っていた」
「それでも私は…仲間を見捨てて他人に丸投げした…最悪な女よ」
「陸奥よ…」
私は陸奥の両肩を掴み、こっちを向かせる。陸奥は涙と寝不足で出来たくまが相まってひどい顔をしていた。
「今は後悔している時間がない。おそらく山城や長門が作ってくれた時間も残り僅かだ。答え合わせをしよう。黒幕は扶桑がついている大佐だな?」
ハンカチとティッシュを渡しそう言うと、陸奥はハンカチで顔を隠した。
「えぇ…そうよ…」
「彼が艦娘を守る…という大義名分の下、艦娘を集めて上層部、経済界とのパイプを持とうとしていた」
「そして山城が一般企業に飛ばされてその事を知ってしまった。これは偶然ね」
「あぁ、自分のライバルの秘密を探るために潜り込ませた諜報員に自分の秘密を知られてしまった。そういうことだろう?」
「それで独自に調べ始めた山城が鬱陶しく感じ始めた。私とも接点を持ったのだから尚更ね」
「そして、自分が狙われた様に見せかけて…山城を追い込んだ」
「それも山城から?」
陸奥が自分のカバンの中を確かめながらそう言った。
「いや、推測だが…足柄からお前が言っていた言葉を聞いてずっと引っかかっていてな」
「なにかしら?」
「焼き加減が微妙」
「そんなこと言ったかしら?」
「とぼけるなよ。わかっていて言ったんだろう?」
「…あれは失言だったと思っているわ…」
「よく言う。足柄に気づいて欲しくて言ったんだろう?」
「どうかしらね」
陸奥はカバンから化粧ポーチを取り出し、サンバイザーを起こした。
「まぁいい。続けるぞ。山城は扶桑の身を守るために、我儘を言うふりをして私たちの所で保護させている。扶桑が大佐の元に帰らないために」
「そうなるかしらね。それで正解よ」
涙で崩れた化粧を直しながら陸奥は答えた。
「少し話を戻して…お前が山城に接近したのは何故だ?」
「あら?昨日野分に話したけれども…?」
「どうせ全部は話していないのだろ?」
「…そうね」
「大方、別の捜査をしている時に偶然山城を見かけて、関与しているのかと探っていたら山城も山城で大変なことに巻き込まれていた。それでお前も調べ始めた。そんなとこだろう?」
「半分…いえ、8割正解ね」
丹念に目元を書きながら陸奥は答える。
「別の捜査…そう思っていたものが行き着く先は同じだったということか?」
「さすがは航空戦艦ね。感の鋭さは私たち以上かしら?」
「艦種は関係ないだろう?」
「言ってみたかっただけよ」
「そうか…」
口紅を塗り、化粧は終わった様だ。
「べっぴんさんになったじゃないか」
「失礼ね…もとよりべっぴんさんよ。それよりもあなた…今時べっぴんさんなんて言わないわよ?」
「そ…そうなのか?」
「おばあちゃんじゃないんだから…」
「おばあちゃんて…」
確かに足柄や野分に比べたら若々しい趣味は持っていないが…
「ほら時間ないんでしょ。行くわよ日向おばあちゃん」
陸奥はそう言うとエンジンをかけ来た道を戻り始めた。しかしおばあちゃん呼ばわりはされたくない…そう思う。
その後、車を戻しに帰り、陸奥と別れて、私は足柄や野分が取り調べをしている基地へ向かった。
基地に着くなり、不知火が慌てた様子で出迎えをしてくれ、取調室へ急ぐ様に急かされる。なにか嫌な予感がした。
「何が起こっている?」
道中で不知火に尋ねた。
「足柄さんと那智さんが暴走しているんです。今にも殴りかかりそうな勢いで…長門さんと野分が抑えてます」
「どうしてそうなった…」
私は溜め息をつき、不知火に説明の続きを求めた。
「拘束した男が艦娘は軍人にも発砲する非常識で危険な兵器だと言い出したんですよ。それを聞いた足柄さんがキレかけて…それに那智さんも便乗した。そういうことです」
「よく扱いがわかっている様で…」
私はすこし足早になった。それを聞いても穏便でいられるほど私もお淑やかな性格ではない。
扉をノックせずに開ける。今回は間違いではなくわざとだ。
「失礼する」
部屋に入ると、足柄と那智が顔に青筋を立てて男を睨んでいた。足柄から無言で席を譲られ、男の対面に座った。
「ノックもなしにすまないな。非常識だから許してくれ」
私はそう言い、男を睨んだが、臆する様子も無かった。
「もう火消しは済んだ…後は自分に与えらえた任務をこなすだけ。そう考えているのか?」
私がそう言うと僅かだが男の表情が変わった。
「そうかしこまらなくてもいい。こんなべっぴ……美人に囲まれているんだ。少し緊張をほぐしたらどうだ?…あぁ、逆に緊張してしまうか」
私は蔑む様な目で男を見る。
「何が言いたいんだ?」
男の顔に焦りが見える。自分の計画が大きく狂い始めているのを感じているのだろう。
「よく足柄と那智がお前に手を出さなかったと感心していてな。私だったらもうお前は生きていなかったと思う。あぁ、心配はするな。もしそうなってもお前を沈めて何も無かった事にするがな」
私はそう言って席を立ち、男の側まで歩み寄った。
「結局、俺の言ったことは正しかったじゃないか」
男は偏屈な笑いを浮かべ、私を見た。それを見た私は我慢が出来なくなっていた。
「日向ッ?!」
長門に名前を呼ばれた時には、男の胸ぐらを掴み壁に叩きつけていた。
「私たちは国と仲間を守るために戦っていたんだ。今でもその為だったら危険で非常識な兵器にだってなってやるさ」
手に力を込め、押し付ける力を強くすると男の顔が苦痛に歪んだ。
「私たち艦娘を……いや、女をなめるなよ」
私はそう言い、手を離した。男は咳き込みながら倒れたが、私はそれを気にせず後ろ襟を掴み強引に席に座らせた。
「お前が、誰の指示で、何をしたのかはすでにわかっている。今話せば情状酌量の余地は与えてやる」
「それで喋ると思うか?」
「なら全艦娘を敵にまわすだけだ。心配するな。誰かがお前に何かしたとしても、私たちが無かった事にする」
「脅しか?」
「さっきも自分でも言っていたじゃないか。危険で非常識だと」
私は足柄と那智を指差し男の視線を誘導した。二人ともまだ怒りは収まっていない様で殺気を充分に漲らせていた。
「あれが脅しに見えるなら、お前がしたい様にすればいいさ」
男の顔には恐怖が浮かんでいた。
「最後の機会を与えてやろう。喋れ」
「…俺が実行犯だ」
「やれば昇進の糸口を与えてやる。そう大佐に言われたから?」
「そうだ…」
意外な名前が飛び出した事に、私と男以外は驚きを隠せていない様だった。
「どうして…」
今まで黙って聞いていた野分が口を開いた。その場にいた全員が野分の方を見た。
「二人とも真面目に勤務していたのに、どうして…」
野分が言い切る前に男が叫んだ。
「そうだ!真面目にやっていたさ。けれども昇進するのは結果を出したやつじゃなく気に入られたやつだ。そしてお前ら艦娘だ!」
泣き叫ぶ様に男が言う。
「人間では出来ないことをお前らやってのける。俺の評価は下がる一方だ。だったらお前…どうすればよかったんだよ?」
「その答えは自分が出すものだろう」
私がそう言うと男は私を睨んだ。
「お前の失敗は考えても行動に移さなかったことだ。自分が正しいと思ったことをやらずに、他人の口車にのって動かされた。だから泥をかぶったんだ」
男は無言で私を睨み続けていた。
「今のお前に言っても無駄だったな。最後に一つだけ教えてやろう。私はお前に泥をかけた人間も許す気は無い」
私はそう言い残し、部屋の外に出た。