記憶を鮮明にし、足柄と突入した時を思い出しながら、突入からの経路を辿る。
銃撃戦と呼ぶにはあまりにも一方的な防戦になった部屋で、盾を構えていた位置から少し後ろに立ち、前に私と足柄のイメージを並べて見る。足柄の動きを再現する様に立ち回ると、鑑識からの不審な視線を受けたが、気に留めずに身体を動かす。
「やはりここには手がかりはないか…」
独り言を呟き、近くにいた鑑識に声をかける。
「ここに、なにか手がかりになりそうなものはあったか?」
鑑識の男、まだ若そうな青年がこちらを向くと律儀に敬礼をして答えた。
「ここに落ちていた薬莢を確認しましたが、どれもがリロード弾でした。処理なども全て処分された後だった様で…」
「…リロード弾かどうか…そこまでは聞いていないのだが…詳しいじゃないか」
「はい、陸奥さんからの指示で軍用品かどうか、接点を証明する何かを探せと言われております」
「陸奥は何か知っているのか?」
「私の方ではわかりかねます」
青年は困った顔をしていた。
「そうか。邪魔をしてすまないな…邪魔したついでに少しつきあってくれないか?」
私は青年の肩を叩き、最後、車が逃走した路地まで案内する。
「ここなのだが…」
私がそう言うと、彼は不思議そうに地面を眺めた。
「ここには拳銃弾とライフル弾の薬莢が落ちていましたね。陸奥さんからのあなた達が発砲したものだと聞いておりますが」
「その通りだ」
私は、恐らく薬莢が落ちていた位置の印に気をつけながら歩いていく。
「私たちは、逃走する車に発砲した。そして、前のサイドウィンドウを割ったわけだが…」
「はい、存じ上げております。いまあなたがいる位置にガラス片が散乱していました」
「私の連れがそこらへんで小銃を発砲したんだが、その位置はわかるか?できればそこに立ってくれ」
「わかりました。えぇと…」
彼は地面の印を見ながらおおよその位置に立った。
「この辺かと」
私は、再び彼の立つ場所まで戻ると、足柄の体格、射撃のフォームを思い出し、彼が腰に下げていたライトを彼に持たせる。
「…何をする気ですか…」
「記憶の整理さ」
私はライトを彼の手を、イメージの足柄が構えていた小銃の銃口部分まで持っていく。
「ここの位置で手を止めていてくれ。動かすなよ」
私は彼にそう言い、再びガラスの散らばる場所へと移動する。
「だいたいここら辺か、ライトをつけてくれ」
彼がライトを点灯させ、少し離れた壁に光が照射される。私はその光が当たっている部分を念入りに調べると、やはり弾痕が残っていた。
「見つけたぞ…」
私は持っていたライトをそこに当て、彼にこちらに来る様に呼びかける。
「ここに印をつけてくれ。恐らく私の連れが撃った弾の弾痕だ」
「わかりました」
そう言って、彼が壁に印を付けていると、陸奥と野分がこちらにやってきた。
「ちょっと。若い子とこんな路地裏で何してるのよ」
陸奥がいたずらに言うと、彼は顔を赤くしながら弁明する。
「いえ!そういうことは決してしておりません」
彼の慌てっぷりが少しおかしかったが、ここで便乗すると面倒なので、話題を変える。
「野分、聞きたいことは聞けたか?」
「はい、大体は聞けました。ですが…」
野分が困った様に陸奥を見る。何となくだが面倒な予感がする。
「これ以上は黙秘するわ。さぁ、連行しなさい」
「連行する前に仕事をしてもらいたいのだが…」
私は彼が付けた印を指差す。
「弾痕?」
陸奥がその穴を覗き込む。
「足柄が撃った小銃のものだ」
「ふぅ〜ん…それで?」
「陸奥、ライトでこの穴を照らしてくれないか?君と野分はついてきてくれ」
私は三人に指示を出し、二人を引き連れて壁の裏側に回り込んだ。壁の向こうから陸奥がライトで照らしているため、一筋の光が差し込んでいる。その光は先にある建物の外壁を照らしていた。
「また弾痕を探せばいいんですね?」
「そうだ。なかなか優秀じゃないか…だが、それは野分の仕事だ」
野分はよくわかっていない様子だったが、壁にライトを当ててそれらしきものを探し始めた。
「僕の仕事は…?」
「君はこの空間に弾が落ちてないかの確認だ。私たちより得意だろうと思ってな」
「そう言うことでしたら…」
そう言うと彼は地面にライトを当てて探し始めた。
「野分、ありそうか?」
野分に声をかけると、陸奥が当てている光の一点をジッと見つめていた。
「あるも何も…ここに埋まってますけど…」
野分がそう言うと、彼はこける様なリアクションをとった。
「俺がここにいる意味…」
彼ががっくり肩を落とす。
「すまないな、念には念を入れる主義でな」
「陸奥さんと同じこと言ってますね…」
「この弾を調べてくれ。もしかしたら大きな手がかりになるかもしれん」
彼は頷くと、そこに印をつけ、他の鑑識を呼びにいった。
「役に立ってよかったな、足柄」
私は埋まっている弾丸を見つめ、そう呟いた。
陸奥に案内され野分と共に指揮車両に戻ると、彼女は「んっ」と言いながら自分の両手の手首を差し出してきた。
「何のマネだ…?」
私がそう尋ねると陸奥は野分を見た。
「野分が、話すのを拒んだら連行する、って言うから素直に応じてるの」
野分の方を見ると困った様な顔をしていた。
「聞きたいことは聞けたのだろ?」
野分にそう言うと、彼女は首を縦に振った。
「なら連行する必要なんてないだろう?」
「まだ話してないことがあるわ」
「じゃあ話してくれ」
「拒否するわ」
「子供か、お前は…」
私は呆れてため息をつく。
「だって、あなた達はこの後ご飯食べに行くんでしょ?私達に仕事を押し付けて!」
「…野分?」
「すいません…言うつもりはなかったのですが…誘導尋問にひっかかりまして…」
どうやら、取り調べを受けたのは野分の方だった様だ…
「これでも警察のお姉さんよ。子供じゃないわ」
陸奥が自信ありげに胸を張る。面倒ごとになった。
「別に構わんが…お前、ここ抜けて大丈夫なのか?」
私がそう言うと、先程の青年が銃弾を取り出し終わり、科捜研に送ったと報告しにきた。
「連れていってください。今日だって本当は休みだったんですから」
「どういうことだ?」
私が青年に尋ねると、呆れた様に話し始めた。
「陸奥さん、捜査会議で寝ぼけて、隣にいた上司に手に持ってた珈琲こぼして謹慎になったんですよ。回復するまで寝てろって言われて」
「そうそう」
いつの間に現場検証を終えた鑑識が集まってきた。
「陸奥さん、ここ最近はずっと夜遅くまで捜査で歩き回ってるからな。若いのが変わるって言っても結局自分でやっちまうからな。さっきも寝てろって閉じ込めたら、気がついたら仕事してるしよ」
初老の男性が煙草を咥えながら言うと、陸奥が申し訳なさそうに話し始めた。
「どうせ明日も謹慎よ。それなら今日仕事したって問題ないでしょ」
「そうそう。どうせ明日の朝には、また捜査会議に出席して休めって怒られるんですから、今日の夜ぐらいゆっくり羽をのばしてきてください」
先程の青年が笑いながら言うと、陸奥は不貞腐れた。
「なによ、邪魔者扱いして…」
「邪魔者扱いじゃないさ。いつも助けてばかりだよ。日向さんっていったかな?」
初老の男性が頭を下げる。
「わかりました。それなら連行せずに済みそうですね」
野分がそう言うと、初老の男性は笑いながら青年の肩を叩いた。
「陸奥さん。どうせ連行されて、日向さんらと仕事するつもりだったんだろう?そうはさせない様に今日は俺が監視するからな!お前も付き合え!撤収するぞ!」
「もちろんですよ!」
初老の男性が鑑識全員に声をかけ、撤収の準備を始める。
「ちょっと指揮官は私よ?!」
陸奥がそう叫んだが、誰も聞かなかった。
「陸奥さんは謹慎中ですからね」
青年がそう言うと、どこかに行ってしまい、陸奥は取り残された。
「休むのも仕事だぞ」
私がそう言うと、陸奥は倒れこむ様に席に座った。
「そうも言ってられないのよ、早く解決しないと長門達にも危険が…」
「焦る気持ちはわかる。だが、ここから先は私たちの仕事だぞ。後は任せてくれ」
「…私達に出来るのはここまでの様ね…何かあったら言ってちょうだい」
陸奥はそう言うと、席を立ち撤収の用意を始めた。
翌日、少し早めにオフィスに出向くと、既に足柄と野分が言い合いをしながらパソコンと格闘していた。
「おはよう。二人とも早いな」
私が自分のデスクに着くと、野分はモニターを注視したまま答えた。
「陸奥さんはもっと早かったですよ。私が来た時にはエントランスの前で珈琲飲んでましたから」
「陸奥が?」
「はい、昨日の銃弾から採取されたDNAのデータを渡しに来たそうです」
「それの照合が終わって、人物は特定したわ。いま彼に不審な点がないか調べてるのよ。」
足柄もモニターから目線を外さずに印刷した書類を差し出した。私はそれを受け取ると目を通す。
「よし、今から確保しに…」
「もう那智姉さんに頼んだわ」
「野分も不知火姉さんに連絡しました」
「…お前ら…どうしたんだ?」
流石に不審に思い、二人に尋ねると野分がこちらを見て、照れ臭そうに話し始めた。
「昨日の陸奥さんを見ていたら、日向さんも同じなんじゃいかと思って…野分も少しでも日向さんに楽をしてもらいたい…って思って」
「私は朝まで那智姉さんと飲んでて、そのまま来たのだけど、のわっちからそれを聞いてね。便乗してるわ」
「だから充分楽をさせてもらってると言ったろうに…」
「嘘ね。だったらこんな早く来ないもの」
足柄がダウトを見破ったかの様に高らかに宣言する。私はひとつ大きなため息をつく。
「二人とも珈琲でいいか?」
私はそう言い給湯室に向かった。
給湯室から二人の珈琲と自分の緑茶をデスクまで運ぶと二人は大きなモニターの前で話し合っていた。
「淹れてきたぞ」
自分のデスクにお盆を置き、二人に声をかけると、足柄が嬉しそうに歩み寄ってきた。
「ありがと!日向の淹れる珈琲なんて久しぶりね」
「野分がやってくれるから、自分ではやらなくなったな…」
野分の方を見ると、自分の鞄から何かを取り出していた。
「お茶請けにどうぞ」
野分はそう言うと、ビニール袋から小さなチョコレートと金平糖を取り出し、お盆の上に乗せた。
「あら…昨日のお返しかしら?」
足柄がその一つをとって包み紙を剥く。
「それもありますけど。昨日の日向さんを見て、考えるときは甘い物があった方がいいかなと思いまして…」
「結局、あの後また現場に行ったんでしょ?帰ってきたら二人ともいなくてびっくりしたわ」
「あぁ、思い付いたら居ても立っても居られなくなってな」
私も金平糖の袋を取り、散乱させない様に口を開けて、一つを口に運ぶ。
「しかし…私も糖分が入っていればなんでもよかったのだが…」
野分は器用に銀紙で鶴を折りながら答えた。
「いえ…日向さんがチョコレートってなんか似合わなくて…それにお茶には和菓子かなって思ったので金平糖にしました」
「似合わないって…わざわざすまないな」
もう一つを口に運び、先程二人が見ていたモニターに目をやると、一人の海軍兵士の情報が映し出されていた。
「…それで那智や不知火なのか…」
「えぇ。那智姉さんは私と一緒で朝一番についているはずだから、もうそろそろ連絡が来ると思うのだけど…」
「不知火の方は長門と一緒か?」
「恐らくはそうなると思います。連絡した時に長門さんと一緒に動くって言ってました」
「そうか…」
足柄は毛先を指でいじり、野分は二匹目の銀紙の鶴を作り始めていた。お互いに無口になっていた。
私は再びモニターに映し出された情報をじっくりと読み直す。身長や体重、所属する部隊や経歴を注意深く読んだが、不審な点は見当たらない。
「犯罪歴も無し。勤務態度もいたって良好…」
「すっごい真面目ちゃんなのよねぇ…」
足柄が独り言の様に私の言葉に返した。
「正直、データだけ見ると本当に彼が関係しているとは思えないんですよ」
野分も鶴の頭折り、羽を広げながら答えた。
「データだけじゃ何もわからないか…交友関係のほうは?」
「いま大淀が調べてるわ。量が多いから任せてくれって意気込んでたわ」
「そうか…」
私は残っていた緑茶を飲み干すと、仮眠室へと足を向けた。
「どうするつもり?」
足柄が心配そうに私を見ていた。
「扶桑と山城に聞きに行く。何か知っているだろう」
「考えることは同じですね…でも野分たちには出来なかったですから…」
「そうね…気をつけてね?」
足柄と野分がホッとしつつ、心配そうな顔で私を見ていた。私はそれが気になったが、何も言わずに仮眠室に向かった。