二人分の装備を抱えた足柄は五分経たないうちに駐車場へ現れた。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
「いや、早すぎるぐらいだ」
皮肉を言ったつもりはないのだが、普段の言動がいけないのだろうか、そう取られてしまった。
「それで…どこに行くの?」
トランクに装備を入れながら足柄が尋ねる。
「事故車を盗んだグループのアジトだ」
「大きなグループなの?」
「いや、小規模なグループだ」
「そう…」
残念そうにしている足柄の手元を見ると、横に「64式」と書かれたケースを奥にしまっていた。
「お前…どこからそんな物を…」
「武器庫の棚に隠してあったのよ。開けたら弾も一緒に入ってたから使いたくなっちゃって…」
新しいおもちゃを買ってもらった子供の様に話す足柄に思わずため息が漏れる。
「戦争しにいくわけじゃないんだが…まぁいい。行くぞ」
私は助手席に乗り込み、タブレットを起動して突入経路の確認を行った。
窃盗団のアジトには一時間もかからずに到着した。最も、こんな派手なスカイラインを横付けするわけにもいかず、少し離れた場所に車を停め、装備を整えてから徒歩で向かったわけだが、防弾ベストを着用し、銃火器を持った女二人が歩けば当然目立つ。しかし、幸いにも誰ともすれ違わずにアジトまでたどり着くことができた。場所は廃れたビルの地下だった。
「用意はいいか?」
背負っていた防弾シールドを手に持ち、拳銃に装填されているかを確認しながら、後ろにいる足柄に声をかける。
「えぇ、ちゃんとこの子も装填済みよ」
足柄が背負っている64式小銃を軽く小突く。
「重たいからと、どこかに置き忘れるのはやめてくれよ…」
「そんな間抜けじゃないわよ!」
「行くぞ」
ドアを蹴破り、突入する。
「特捜だ!武器を捨て、大人しく投降しろ」
中では、男が三人、机越しに話し合っていた。私たちの突入に意表を突かれたのか、慌てていたが、一人の男は冷静さを取り戻し、拳銃をこちらに発砲した。弾丸は私にも足柄にも当たらなかったが、その発砲音で他の二人も我に帰り、こちらに発砲してきた。
「まったく、まだこっちは撃ってないっていうのに、気が早い男ね」
「無駄口を叩かずに応戦しろ。殺すなよ」
盾をしっかり構え、後ろの足柄に指示を飛ばす。拳銃の弾であれば、この盾で防ぎ切れる。しかし、銃弾が止む気配がない。このままでは足柄が盾から反撃する暇がない。
「えらく馴れてるな…」
最初に発砲してきた男が、他の二人の弾切れのタイミングを計りながら、絶え間なく銃弾をこちらに浴びせている。
「これじゃあ、反撃できない…」
珍しく足柄が弱気な発言をする。しかし、狭い室内で、入り口に近い位置で釘付けにされた私たちには、どうすることも出来ない。盾の向こう側から銃声に混じって、誰かと電話をしている様な声が聞こえる。どうしたものか…そう考えていると、足元に空の空き瓶を見つける。
「足柄、フラッシュバンを使う、気をつけろ!」
大きな声で足柄に指示を出す。その声は当然相手方にも聞こえているはずだ。
「ちょっと、そんな大声で言ったら意味がないじゃない!」
後ろで足柄が文句を言っているが構わず、私は足元の空き瓶を放り投げると同時に前進する。
盾の脇から唯の空き瓶をフラッシュバンと思い込んで、慌てふためいている男の無防備な太ももに一発撃ち込み、続いてもう一人の太ももにも撃ち込む。
「というか…私が用意したのだから、そんなものはないってすぐに気がつくべきだったわ…」
少し遅れて足柄が追従し、愚痴をこぼす。
「足柄、一人が逃げた。恐らく裏口から逃げたのだろう。追うぞ」
「こいつらはどうするの?」
「これだけの発砲騒ぎだ。場所からしてすぐに陸奥が飛んでくるだろう」
「予想でしょ?」
「信頼関係から成る予定調和と言って欲しい」
私は警戒しながら最初に発砲した男が通ったと思われる裏口の通路を進んで行く。しばらくすると、派手なエンジン音が聞こえてきた。
「車で逃げる気よ!」
足柄が分かりきったことを言う。急いで出入り口に向かい、ドアを蹴破ると、バンタイプの車が横付けされ、先ほどの男が乗り込んでいた。数発、その車に発砲するものの、防弾仕様なのか凹むだけだった。それを見ていた足柄が背中に背負っていた小銃を連発で発砲するものの、弾は前席のサイドガラスを貫通し、反対側の壁に突き刺さった。運転者が一瞬顔を歪めた気がしたが、車はそのまま走り去ってしまった。
「逃したか…」
走り去る車を目で追うが、ナンバーも取り外された黒いハイエースということ情報以外は何も得られなかった。
しばらくすると、遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
窃盗団の男二人と現場を陸奥に任せ、私たちは自分のオフィスに戻ることにした。現場に駆けつけた陸奥は目の周りに化粧でも隠しきれていないクマを作っていたこと。
「また今日も帰れそうにないわね…」
そう言うと、深いため息をついて、現場の指揮をしていた。
「ねぇ、日向」
車を運転する足柄が私に尋ねる。
「私には今回の事件がよくわからない。もし日向にわかっていることがあれば教えて」
「そうだな…」
私はひとつ深呼吸をすると、頭の中にある情報をまとめた。
「朝の話し合いでわかったことは、大佐と扶桑、山城が艦娘をよく思わない人間を調べていた。結果、そういった人間からよく思われず、大佐、扶桑は事件に巻き込まれ、山城はその濡れ衣を着せられた」
「そこまでは私も把握しているわ。そこから先のことは?」
「誰がやったのか、何のためにやったのか…」
「知られたくない情報を知られた。その為じゃないの?」
「だとしたら、もっと確実に口を封じるはずだろう?私は脅迫だと考えている」
「これ以上、動き回れば、次はぶつけるだけじゃ済まないぞって?」
「そう考えている。まぁ、何か軍内でよからぬ動きがあるのは確かだろう」
「那智姉さんが今日の夜も空いてるそうだから、何かないか聞いてくるわね」
「飲みすぎて忘れました…なんてことはやめてくれよ」
「わかってるわよ…それともう一つ聞かせて」
「なんだ?」
「なんでのわっちを連れてこなかったの?危ないと思ったから?」
足柄の目に少し怒りの色が見えた。
「今回も三人で包囲すれば、全員確保できたかもしれないのになんで?」
私もそれは迷った。三人で行動したほうが全員を捕まえられる可能性は飛躍的に上がる。しかし、私はそれをしなかった。私が少し考え込んでいると、足柄の声色が変わった。
「あの子も戦える、戦うためにここにいるのよ?この前は失敗したかもしれないけど、信用してあげてもいいんじゃないの?」
「もし…」
私は足柄の気を鎮める様に話す。ここで興奮されて事故でも起こされたら適わない。
「野分が成長しているなら、今頃私たちよりも大変な相手と戦っているはずだ。別に信用していないわけじゃない。それに…」
「それに何よ?」
言うか言うまいか迷ったが、ここで足柄に不信感を持たれても困るので言うことにした。
「野分もお前も、今では想像以上の仕事をして貰っている。おかげで私の仕事が減って楽でいい」
「なによそれ…嫌味?」
逆に足柄の機嫌を損ねた様だが、よく考える様になった足柄の成長が見れて思わず口元が緩んでしまった。
「そのままの意味だ。今じゃ私の仕事も分担してお前らに任せている。最近、野分がよく書類を作っているだろう?あれは私の仕事だったからな」
最近、野分には上層部に提出しなくてはいけない報告書の作成を任せている。割と膨大な量になるのだが、小まめに作業をしているので、そつなくこなしている。
「確かに最近よくパソコンいじってるわね。てっきり、過去の捜査資料でも読んでると思っていたわ」
「それもやってるだろうな」
私はドリンクホルダーに置かれていた、飲み物に手を伸ばす。足柄が不思議そうにそれを見つめていたが、少しして慌てた表情になった。
「あっ!それ飲んじゃダメ!」
足柄の制止は遅く、私は一口飲み、あまりのコーヒーの苦さに吹き出しそうになったが、我慢して強引に飲み込む。まだ口の中に安いコーヒー特有の雑味が強烈に残っている。
「なんだ…これは…」
きっとひどい顔をしていたのだろう。足柄が慌てて後ろの席のホルダーからお茶を抜き差し出す。
「それは私の頑張る用コーヒーよ。私でも濃いと思うのに、コーヒー嫌いの日向が飲んだら吐き出すんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたわ」
実際に吹き出しそうにはなったが、そんなはしたない女ではない。しかし、これを飲んでまで頑張っている自分の部下に感謝の念を感じたが、それ以上に乱れた食生活をしている健康面に不安を覚えた。
オフィスに戻ると、野分がぐったりと自分のデスクに座っていた。
「お疲れだな」
私が声をかけると、野分はハッとして、ちゃんと座りなおした。
「おかえりなさい…足柄さんは?」
少し顔を赤らめた野分が挨拶をする。
「あいつは私より先にデスクに戻ったはずなんだが、さっきコンビニ行くって言って出ていった。山城はどうした?」
恐らく、野分に差し入れを買うつもりであろう。今なら理由がわかる。
「扶桑さんと仮眠室でお休みになられてます。山城さんが一緒にいたいと駄々をこねましてね…」
「うちはホテルじゃないんだが…また大淀に怒られるな」
「大淀さんにはもう報告しました。もう怒られておいたので大丈夫です」
真面目な野分のことだから、きっとお説教も真面目に聞いて、真面目に返事をしたのだろう。それは確かに疲れる。
「悪いな…それで、何かわかったか?」
私は自分のデスクから椅子を持ってきて、野分の対面に座る。
「いろいろわかりましたよ」
野分は机の上のノートを取り、私に読みやすい様に広げた。
「最初は何も知らないって言ってたんですけどね…」
最初のページから順を追って説明をする。恐らく、会話の内容の流れを一部分を抜き出し、忘れない様にメモしていたのだろう。重要な情報はびっしりと書いてあるが、時々不必要極まりない内容もメモされている。
「実は妹の方が大きいって…これはなんだ?」
私がそう聞くと、野分は自分の胸に手を当てて少し悲しげな表情をした。
「そういえば、日向さんも伊勢さんがいましたね…いえ、忘れてください。野分は大丈夫ですから…」
私は聞いてはいけないことを聞いてしまったと、反省した。足柄が戻り、野分に板状のチョコレートと飲み物を渡すと、使った武器を片付けてくると言い、その場を離れた。野分に報告の続きをする様に促すと、野分はチョコレートを半分に折り、その半分をまた小さく折りながら説明を進めた。
野分の説明を受けながら、ノートを読んでいると、山城が「何度か陸奥が訪ねてきた」という一文を見つけ、野分に詳しい説明を求めた。野分もこれには不審に思ったらしいく、横に書き込まれた単語を拾いながら思い出す様に説明をしだした。
「山城さんに陸奥さんが会いに行っていたそうです。きっかけは山城さんがいる会社とつながりがある非社会的組織の事務所を探していた時らしいのですが、その時にばったり会って、そこからプライベートでも会うようになった…ということです」
「どうして陸奥がそんなところにいたんだ?」
「何でも、帰り道なんだとか」
「おかしいな」
「そうですね。長門さんと同じ地区に住んでいるはずなので、そんなところ通るわけないんですよ」
「山城にはそれを?」
「言ってません」
「それなら問題ないな」
「明日、陸奥さんの元へ行ってみようと思います。日向さんも食べてください」
先ほどの板状のチョコレートを器用にブロック毎に折り分けて銀紙の上に並べていた。
「わかった。それと野分。その首元はどうしたんだ?」
そのうちの一つを口に運び、野分の首元に擦れたように赤くなっている部分を指差しながら訪ねた。
「あぁ、これですか」
野分がその後をさすると、少し痛むのか、顔を歪めた。
「扶桑さんの髪飾りに埃がついてたので取ろうとしたら、首の後ろから山城さんの手が伸びてきて、その時に擦れたんですよ」
「きっと山城ことだ。もし扶桑に触っていたら、そのまま首を絞められていたかもな」
「本当ですよ…」
野分が苦笑いをしながら、口にチョコを運ぶ。それにつられて私も一つもらう。チョコレートの糖分が疲れた身体と頭には心地よい。
「日向さん達はどうでした?」
「詳しいことは何も…一人取り逃がしてな。あとは陸奥に任せてきた」
「すいません。野分も現場で活躍出来るように精進します」
「そういう意味で留守番を頼んだわけじゃないさ。それに、野分は私たち以上の情報を得たんだからな。ある意味で命を危険に晒して」
私は野分の首元を見ながら言う。
「今日は舞風が家にいないので在らぬ疑いをかけられなさそうでよかったですけどね」
「それならどこか食べに行くか…足柄は那智と会いに行くって言っていたしな…」
「野分たちも行きますか?」
「いや…仕事絡みにはなってしまったが、久しぶりの姉妹で会うんだ。私たちがいても気を使うだろう」
「それもそうですね…」
野分が大きく伸びをすると、やはり襟が擦れるのか伸び切れずにいた。私はどうしてだか、その首から目が離せずにいたが、足柄が買ってきて、野分が小さく折り分けたチョコレートの糖分が頭までしっかり回ったことでその理由がわかった。
「野分、せっかくだから陸奥に会うのは明日じゃなくて、今日にしよう。用意しろ」
「えっ…あの…はい、わかりました」
野分が慌てて机を整理し、チョコレートを銀紙で綺麗に包んで給湯室の冷蔵庫に入れよう席を立ったが、私はそれを制止した。
「それは持っていけ。これからきっと役に立つはずだ」
私と野分は足早にエレベータに向かった。
野分の運転も上手くなったもので、元々下手では無かったが自信が無かったのか車線変更や右折などは恐る恐るで気になってはいたが、今ではスムーズに運転が出来るようになっていた。
「休みの日は運転しているか?」
私が尋ねると野分は嬉しそうに答えた。
「はい。二人が休みの日はもちろん二人で運転しますし、舞風が仕事で車使わない日も運転してますよ」
「それでか。ずいぶん上手くなったと思ってな」
「ありがとうございます。でも足柄さんみたいには運転できないです」
「それでいいんだよ。安全運転で」
「わかりました」
楽しそうな野分を横目に、先ほど突入した時の記憶を掘り起こす。
「それで…野分はどうすればいいですか?」
「陸奥に詳しい話を聞いてくれ。今のお前なら聞きたいことは聞きだせるはずだ。拒んだら連行してもいいぞ」
「…陸奥さん相手だと自信ないけどやってみます…」
「運転も捜査も、私は野分が何段階も成長していると思っている。自信を持っていい。それに足柄もそう言っていた」
「やるだけやってみます」
「よろしく頼む」
私は記憶のイメージより鮮明にするために、チョコレートをひとつ口の中に放り込んだ。
「あらあら、やっぱり戻ってきたわね」
陸奥が指揮車両から顔を出し、こちらを見ていた。髪型が少し崩れているところを見ると、仮眠を取っていたのだろう。
「部下に任せて、お休みか?」
私が小言を言うと、陸奥はふて腐れたようだ。
「陸奥さん、少しは寝てくださいって鑑識の人に閉じ込められたのよ。それで、何の用?」
「ちょっと日向さん…これからお話を聞くんだからあまり機嫌を損ねないでくださいよ…」
野分が小声で私に言う。
「いや、野分が陸奥に聞きたいことがあるのと、私も忘れ物をしてな。それを取りに来た」
そう言って野分の背中を押す。
「わかったわ…その前にこれで飲み物を買って来てちょうだい」
陸奥が野分に千円札を渡し、飲み物を買いに行かせた。
「それで…山城から何を聞いたの?」
「やはりわかっていたか。詳しい話は野分から聞いてくれ」
「あなたからは聞けないのね」
「私は別の用がある。それに野分はお前が聞き出せなかったことを山城から聞き出している。信頼していい」
「じゃあ私もそれなりの気構えでいくわ」
「あんまりいじめてやらないでくれよ。それと終わったら二人で現場にいる私を探してくれ」
「わかったわ」
陸奥によろしく頼むと頭を下げ、私は身分を明かし立ち入り禁止テープをくぐった。