足柄と野分が応接室に長門達を案内していくのを、私は電話を片手に見送った。受話器のスピーカーからは男の怒鳴り声が聞こえてくる。
「何度も申し上げるように、山城には別の容疑がかけられています。内容は捜査中につき、お話しできません。」
私はもう何度も言ったかわからないセリフを言う。足柄に強引にでも引っ張って来いとは言ったが、他にいい方法はなかったものか…いや、私でもそうするなと男の声を聞き流しながら考えていた。
「こちらの捜査が終わり次第、返還しますが…もしよろしければ、その捜査、私共でやらせていただきますが?」
少し強い口調で男に言う。本来、私たちの仕事を奪っているのは向こうなのだから文句は言えまい。
「ガチャンッ」という音が受話器から聞こえて来た。全く、受話器を叩きつけるように切るとはマナーがなっていない。
一息ついて、長門達が話している応接室に向かおうとすると、電話機が内線を示す呼出音を鳴らした。
「今度は直接言いに来たのか…?」
面倒だと感じながら受話器を取る。
「はい、捜査一課七係」
「フロントです。日向さん、扶桑さんという女性が日向さんに面会を求めているのですが…」
「わかった。私のフロアまで上げてくれ」
意外な訪問者に驚かされたが、海軍の人間の訪問だと思っていた私は肩の荷が降りる。
「わかりました。ご案内します」
「あぁ、それとひとつ頼まれてくれないか?」
「はい、なんでしょう?」
「海軍の人間が来たら、私たちは外出中でいつ戻るかわからない…と伝えてくれないか?」
「かしこまりました」
「よろしく頼む」
そう言って、受話器の終話ボタンを押す。これがマナーというものだ。
扶桑をエレベーターの降り口で出迎え、長門達がいる応接室の隣の部屋に案内する。
「わざわざごめんなさいね。これよかったら皆さんで食べて」
扶桑が持参した紙袋から菓子折を取り出す。中身は煎餅らしい。
「いや、私たちで食べよう。昨日ここで山城と飲んでいる時にお茶うけを全部食べてしまってな…」
「妹が迷惑をおかけしてます」
「気にするな。お茶を入れてくるから少し待っていてくれ」
お茶うけを食べたのは私だけで、山城はコンビニで買ってきたお菓子しか食べていない。
お茶と急須を盆に乗せ、扶桑が待つ応接室に戻る。
「お待たせした」
盆を机に乗せて、扶桑にお茶を差し出す。
「さて…要件を聞こうか?」
「山城のことなのだけど…彼女はきっと何も喋らないと思うわ」
「どういうことだ?」
「山城には捜査の内容は私以外には一切口外してはいけないと厳命してあるの」
「捜査…?どういうことだ?」
「順を追って話すわ…」
扶桑が今の海軍内の事情を話し始めた。海軍内に艦娘をよく思わない人種がいるのは私も知っている。
「日向も経験あるからよく知っているでしょう?」
「あぁ、なんであいつが、とよく後ろ指さされたものだ」
「そう思っている上官に気に入られようとするなら、あなたはどうするかしら?」
「その考え方を是が非でも変えるべく、一層奮励努力するな」
「聞き方を間違えたわね。普通の人間ならどうするかしらね」
「わかってる。同じ考え方を示して、艦娘を排他する」
「そういうことよ…」
「山城はその動きについて探っていたと?」
「えぇ、その動きが勘付かれたのかは定かではないのだけど、何故か山城は民間企業にとばされたわ」
「その捜査は扶桑の独断か?」
「いえ、大佐のお考えよ」
「なるほどな…」
何故、大佐と扶桑が狙われたのか、山城が容疑をかけられたのか、それらの理由はわかった。恐らくはその捜査をよく思わない者の犯行だろう。しかし、それが誰かを判断する材料が揃わない。
「山城の上官はどうなんだ?」
「それも含めて山城が何かしらを知っているはずだわ…」
「なら聞きに行こうか…あぁ、一つ聞きたいことがある」
「何かしら?」
「何故最初から相談しなかった?私達の仕事を知らなかったわけじゃあるまい」
そう言うと、扶桑が申し訳なさそうに笑う。
「ごめんなさい。日向に出来るなら私たちでも出来ると思っていたのよ。あなたに負けたくなかったの」
「そんなことだろうと思ったよ」
私はひとつため息をつき、席を立った。
野分が電話で注文をしている間に、足柄から報告を受ける。
「なるほどな…車の方はどうなった?」
「いま陸奥が入手経路を調べているはずだわ。まだわかっていないみたい」
「そうか…」
「日向、聞きたいことがある」
足柄と話しているところに、後ろから長門に声をかけられる。
「なんだ?」
「足柄に山城は今回の件に関与していると言ったそうだが、あの段階で何か確信があったのか?」
「それもそうね。日向は何か知ってたの?」
長門と足柄が尋ねる。
「それって昨日よね?私はまだ何も話していないはずなのだけど…」
「あぁ、そんなことか…」
「そんなことって…」
足柄が怪訝そうな顔でこちらを見る。
「扶桑に話を聞いた時「よくわからない」と言っていたな?」
「えぇ、そう言ったわ」
「よくわからない、これは少しは知っていると言うことじゃないか?」
「そんな屁理屈を…」
足柄の呆れた様な顔とは対照的に扶桑が少しは驚いた顔をしているのが面白い。長門はイマイチわかっていない様だ。
「どういうことだ?」
「足柄、言葉は単語の羅列じゃない」
「もしかして怒られてる…?」
「つまりね…」
扶桑が自ら説明をする。
「事故にあった私が「よくわからない」と言ったのよ」
「それがどうした?」
長門が首をかしげる。謎が謎を呼んだようだ。
「自分で言うのも恥ずかしいけど、不幸を嘆いてないのよ…」
「そういうことか」
長門が納得した様に首を縦に振る。
「あぁ…そうだ。山城以外の元戦艦に話があるのだが…足柄、外してくれないか?」
足柄が不思議そうな顔をして、その場を離れていったが、この話はとても重要だ。
「話って何かしら?」
扶桑も不思議そうに尋ねてくる。
「いや…実はな…手持ちが足りないんだ…今回の昼食代は私たちで折半にしたいんだが…いいだろうか?」
私が申し訳なさそうに言うと、長門が豪快に笑った。
「なんだ、そんなことか。心配するな。私が全部払おう」
扶桑は少し考えた後に、申し訳なさそうな顔をした。
「山城がごめんなさいね…ここは私が払うわ」
そう言い、扶桑は財布の中からカードを取り出した。
「扶桑よ…現金だけなんだ…」
私が財布の中からカードを取り出す。
「…ごめんなさい。現金は持ち歩かないの…」
結局、長門が全部払い、事無きを得た。
昼食をとっていると、誰かがドアをノックした。
「失礼します」
弁当箱を持った大淀とカップ麺を持った明石が応接室に現れた。
「どうしたの?」
足柄が手を止めずに明石に尋ねる。別にカツもカレーも逃げやしないのだから落ち着いて食べてもらいたい。
「どうしたのじゃないですよ。出前を取るなら一声かけてくださいよ」
明石は御立腹の様子だった。
「すまない、まさか、ここで昼食になるとは思っていなかったんだ…」
「言い訳になってませんよ!」
そう言いながら、私の横に乱暴に席に座った。
「日向捜査官」
大淀が真面目な口調で私に言い寄る。
「ここは食堂ではありません。公私混同せず、捜査員として慎んだ行動をしていただきたいと思います」
「すまない…」
「…それともう一つ…私のこと覚えてました?」
「忘れるわけないだろう…」
実際、部署が違うのでなかなか会えず、少し忘れかけていたが、忘れたわけではない。
「ならいいですけど…」
そう言うと、空いている席に座り、近くに座っていた扶桑や山城と談笑を始めた。
「あぁ、そうだ。私ももう一つあります」
明石が小声で私に呼びかける。
「今度はなんだ…?」
また怒られるのではないかと思い身構える。
「私も大淀も本気にはしてないですよ。少しイジワルしたかっただけです」
明石がしたり顔で私を見る。どうやら許されたようだ。
「先ほど陸奥さんから連絡がありました。あの車の入手経路がわかったようです」
「それで?」
「詳しい話は後にしましょう。せっかく皆さんと楽しい昼食をしているのですから」
「それもそうだな…」
自分でも甘いと感じながらも、ここにいる全員が事件解決の為に奔走しているのを知っている。少しばかりの休息ではあるが、満喫して欲しいと思う。明石もそう考えたのだろうか。
「腹が減っては戦は出来ぬ…ですよ」
明石はそう言って私の天ぷらをかっさらっていった。
昼食を終え、扶桑に促され、山城は知っていることを話し始めたが、私はそれを足柄と野分に任せて、明石と共に明石の作業場へと足早に向かう。
「それで、陸奥はなんて?」
エレベータの中で明石に尋ねる。
「車は窃盗団の手に渡った後、売却されたようです」
「それは誰だ?」
「それはわかりません。ですが、陸奥さんが窃盗団のアジトを割り出しました」
「それで?」
「私たちは、窃盗団の身柄を渡してもらえれば構わない…と」
「捕まえてこいってことだな。警察も怠慢な組織だな」
「陸奥さんが必死に怠慢する様に仕向けてるのでしょう」
「だろうな…」
エレベータを降り、作業場に着くと、明石は一枚の書類を手渡してきた。
「車から採取できたDNAと指紋の照合結果です」
「当たりはなし…か」
「えぇ、元の持ち主のものしか採取できませんでした」
「そうか…」
「ですが、面白いものを見つけました」
明石が違う書類を手渡してきた。
「硝煙反応…?」
「えぇ、微量だったので確証はないですが、おそらく現在軍で使われいる拳銃弾と同じものかと思われます」
「よく気がついたな…」
感服して明石の方を見ると、明石は照れ臭そうにしていた。
「戦っていた艦娘の皆さんは火薬の匂いに馴れていますけど、私は工作艦だったので…」
「いつも助かる」
明石に謝礼を言い、もう一度二枚の書類に目を通す。内線電話がなり、明石が誰かと話していた。
「日向さん。足柄さんからです」
そう言われ、受話器を受け取る。
「日向?こっちは終わったわ。どうすればいい?」
「野分は引き続き扶桑と山城から知り得る全ての話を聞き出して欲しい。足柄は私とガサ入れだ」
「了解。五分で用意するわ」
「わかった五分後に車で落ち合おう」
受話器を明石に返し、駐車場へ向かうためエレベータに乗り込む。
「日向さん!」
明石に呼び止められ、エレベータの扉を抑えると心配そうな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫だとは思いますが…今回は嫌な予感がします。気をつけて」
「嫌な予感がするのはいつものことだ。また今度一緒に昼を食べよう」
私は手を離し、個室となったエレベータ内で深く深呼吸をした。