海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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新人編
海軍特別犯罪捜査局 #0


 深海棲艦との戦いは終わり、海は平和になりました。

とは言っても、深海棲艦がいなくなったわけではありません。

終わりの見えない戦いに疲労しきった人類側は深海側との和平交渉に乗り出しました。当時の第一艦隊であった大和さん、武蔵さん、伊勢さん、榛名さん、蒼龍さんを従え、司令は深海側との交渉の席に着きました。もちろん、他の艦隊の皆さんも出撃し有事の際に備えていましたが、その時、野分は先の海戦で中破し、ドッグで入渠していました。野分はドッグの中で終戦をむかえました。

 

 野分の傷が癒え、先の海戦で小破した那珂さんから終戦の知らせを聞き、鎮守府に残っていた皆さんと喜びを分かち合っていたのも司令達が帰還するまでの束の間のことでした。

司令たちを出迎えた時、戦いが終わり無事に帰ってこれたことに安堵していた大和さんや誇らしげな顔で出迎えに応えていた武蔵さんらとは対照的に、思いつめた表情をしていた伊勢さんを野分は今でも覚えています。

司令は、全員を招集し、多くを語らずに戦いが終わったことだけを述べ、足早に執務室に姿を消しました。

それから数日、伊勢さんは部屋に閉じこもりがちになりました。それだけではなく那珂さんが暗い顔をしていた伊勢さんを元気付けようと歌を歌いはじめると「うるさい」と怒鳴られ那珂さんを突き飛ばしました。幸いにも那珂さんは怪我をしませんでしたし、日向さんが伊勢さんと那珂さんの仲裁に入ったことで大ごとにはなりませんでしたが、それから那珂さんは鎮守府内で歌わなくなりました。重たい空気が鎮守府を包み込んでしまいました。

 

 あの招集から一ヶ月ぐらいが過ぎたある日、司令に書類を提出しに行った時、金剛さんが「やることはやってくださいネ!」と怒鳴りながら執務室から出て行くのを見ました。中に入ると秘書艦である大和さんが司令の傷の手当てをしていましたが、二人とも野分を見ると「さっさと出でいけ」という様な眼差しを向けてきました。

それから数週間後、野分達陽炎型は執務室に呼ばれ、今後の進路についての話し合いをしました。野分たち艦娘は、一部の人を除いて全員解体されるそうです。しかし、解体されても艤装は使えなくなりますが、身体能力はあまり衰えないとのことでした。これは以前にテレビで解体された艦娘の人が自動車を持ち上げている映像を見たので知っていましたが、いざ生まれ持ったものを無くすと思うと、言い得ない恐怖感を感じるものです。

そして、このまま軍属として生きるか、銃後の人として生きて行くかという選択肢が二つ用意されていました。後者を選んだ場合でもそれなりの生活が保障され、就職も斡旋して貰えるとのことでした。期限は一週間、姉妹でよく話して決めて欲しいと言われました。

野分達、陽炎型は全員とも練度は99で止まっているので、特に揉めるよなことはありませんでしたが、ケッコンをされた人は自分が選ばれなかったことにショックを受け、期限を過ぎても提出しない、出来ない人が多かったそうです。

結局、舞風はダンサーを目指すと言い、秋雲は売れっ子作家になる夢を語り銃後の人になりました。野分達だけではなく多くの人がこのまま軍属として残りました。

 

 野分が解体され、海軍少尉として働き始めた時、司令は先の戦争を集結させた英雄として、政界に入ったので海軍からいなくなりました。その時、大和さんを筆頭とした何人かもついて行ったそうです。

戦時中は深海棲艦を倒す事だけを考えていたので感じることはありませんでしたが、戦争が終わり少し余裕を持つと色々なものが見えてきました。海軍があまりにも大きな組織に肥大化し、様々な人間が大きな権力を持ってしまったことで、海軍関係者が起こす事件が急増してしまいました。司令は、この犯罪を減らすこと公約とし選挙に出馬、無事に当選されました。そして公約通り海軍関係者の犯罪を取り締まる機関として「海軍特別犯罪捜査局」を設立しました。しかし、これは単なるプロパガンダに過ぎず、実際は警察関係者の天下り先に過ぎませんでした。事件そのものの数は減りましたが、実際に正当な捜査がされるわけではなく、お金にものを言わせて解決していました。

野分も海軍から犯罪者が出ることにも、ずさんな捜査が行われていることにも腹が立ちましたが、時間が過ぎるにつれて周りの人達が無関心になっていくのを感じ、いつからかその事は考えなくなりましたが、いつもどこか引っかかりを感じていました。しかし、厳しい上官、毎日の訓練、艦船の整備、デスクワークに追われていくうちにその感情を外に出すことが無くなりました。

 

 そんな毎日を送り続けているある日、軍属を離れ、アイドル活動をしているらしい那珂さんが久しぶりにこちらに帰って来るということで、同じ鎮守府に所属していた人で鳳翔さんが切り盛りしているお店で集まることになりました。しかし、全員がその日暇をしているわけではないので、私を含め20人程度しか集まりませんでしたが、楽しい時間を過ごすことができました。

その中で中佐まで昇進していた日向さんが例の捜査局に籍を移した事を聞きました。話を聞くと、日向さんだけでは無く、明石さんや大淀さんもそちらに所属しており、仕事をしない上層部と走り回る捜査員のギャップが面白いと二人は笑っていましたが、日向さんは渋い顔をして話を聞いていました。

会は進み、お開きになった時、あまりお酒に強くない野分は、長門さんに介抱されながら帰路につきました。野分と長門さん以外の人は再び暖簾の中に消えて行きましたが、後日になって、多くの人から何もなかったかと心配をされ、それを聞いた長門さんがひどく落ち込んでいました。

 

 その会がきっかけで、その後もそういった酒席が企画されるようになりました。何回か参加するうちに以前よりは飲めるようになりましたが、それでも強いとは言えないですが、艦娘だった頃はあまり話さなかった人とも交流を持つようになりました。

そんなある日、長い洋上演習が終わり、久しぶりの連休を迎えられる事に浮かれていた野分は意気揚々と鳳翔さんのお店に向かっていました。お酒は自分から進んで飲まないですが、普段食堂でお世辞にも美味しいとは言えないご飯を食べているので、時々鳳翔さんの美味しいご飯を食べにお邪魔することがあります。

お店の暖簾を潜ると、日向さんと足柄さんという珍しい組み合わせでカウンターに座っていました。挨拶をして足柄さんの隣に座り注文を済ませると、足柄さんがコップにお酒を注いでくれました。洋上演習明けで疲れが溜まっていたのか、その一杯で酔いが回ってしまい、ご飯を食べるだけのつもりが、気が付いたら飲み始めていました。そして、珍しい組み合わせの事を聞くと、なんでもその日に足柄さんが海軍から自らの意思で捜査局に移った事を聞き、その話の流れで捜査局の話になりました。

普段であれば否定的な事は言わないのですが、隣の足柄さんが有無を言わさず注いでくるので、お酒が回ってしまい、その時にはもう何も考えられず、それまで閉じ込めておいた感情が表に出てしまいました。日向さんは眉間にしわを寄せ、足柄さんは苦笑いをしながら話を聞いていましたが、時折二人で顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべていました。

話し込むうちに時間は過ぎ、鳳翔さんにもう店じまいを告げられてしまいました。普段であればそのまま何処かに飲みにいく二人ですが、足柄さんが二日目にして徹夜出社は辛いという事だったのでその日はお開きになりました。帰り際に日向さんから「今度会う時は覚悟してもらおう」と言われましたが、それを理解する頭は既に無く、千鳥足で帰路につきました。

 

 日向さんと足柄さんとの一件から三ヶ月が過ぎ、雪がちらつき始めた頃のことです。服を着替え、上官に帰りの挨拶をしたところを呼び止められ、珍しく食事に誘っていただきました。正直あまり気が進みませんでしたが、断る訳にもいかず、なんでもいいということだったので鳳翔さんのお店へと足を向けました。

お店に入ると、鳳翔さんは彼が野分の上官という事に即座に気がつき、奥の座敷へと案内してくれました。注文をすませ、彼のグラスにお酒を注ぎ、料理がくるまで他愛のない話をしました。その間、彼はひどく野分に気を使っていましたが、料理が運ばれ、食べ始めると少し気が緩んだのか呼び出した理由を話し始めました。

彼は捜査局に公にしてはいけない秘密を知られてしまい、野分の資料(勤務態度や実績など)を秘密裏に提出することと、これを他人に口外しないことを要求され、それを実行に移したことを話しました。捜査局から何らかの疑いをかけられていることに驚きましたが、何故口外してはいけないことを本人に話したかを聞くと、彼は一枚の書類を取り出しました。それは人事異動の書類であり、野分の名前もありました。異動先は「海軍特別犯罪捜査局 捜査一課七係」とあり、彼の話を聞くと資料を要求してきた人物が取り仕切るところだと説明を受けました。そして頻りに協力したのだから、秘密の件は見逃して欲しいと頭を下げていましたが、野分には何のことかわからず、ただ黙って首を縦に振ることしか出来ませんでした。

 

 食事も終わり、話すことも無くなったので、暖簾先で上官と別れ、帰ろうと思った時、鳳翔さんに肩を叩かれ「栄転おめでとう」と言われ、半ば強引に店内に連れ戻されました。

珍しく誰もいない店内のカウンターの席に着くと、鳳翔さんはお酒とジュースと鯛の刺身を机に並べ、隣に座りました。お店のことを聞くと、嬉しそうに入り口に立てかけてある暖簾を指差し、その日の営業を終了したことを話してくれました。何故、厨房にいた鳳翔さんが野分が異動になったことを知っているのかを聞くと、お店に来る前から全てわかっていたと教えてくれました。そして、おもむろに立ち上がると先ほどまで野分達がいた座敷とは別の襖をあけました。

そこには日向さんと足柄さんが二人仲良く鍋をつついている光景がありました。野分はこの時全てを理解し、せめて事前に何らかの話はして欲しかったことを二人に言うと、足柄さんが笑いながら「また私たちに会うのが悪いのよ。逃すつもりはなかったけどね」と言い野分の分をよそってくれました。それからの事は、日向さんに一日だけ禁酒令が解かれた足柄さんの悪魔の様な笑みしか覚えていませんが、こうして野分はこの二人の我儘に振り回され、捜査員としての一歩を踏み出しました。

 


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