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では、どうぞ
この高校に来て1ヶ月がたった。
俺の教育係が女の人だと聞いたときは、嫌な予感がした。なんたって、去年までの上司は、ていうか店長は酷いものだったからだ。
仕事はしない、店のものは勝手に食べる、ほんのたまに何を思ったのか仕事?をしようとすると、逆に散らかす。暴力女、平気で客に暴力をふるう。言葉遣いが悪い(まぁ、これは俺もそこまで言えないが)。バイトの俺が何回叱ったことか。本当に大人とは思えなかった。我が儘な小さな子供が、身体だけ大きくなってしまったと言われた方が納得いってしまうレベルだった。
そんな上司を持ったことのある身としては、女性の上司でそれが俺の教育係になるなんて頼むから少しはマシな奴であってくれと、信じてもいない神様に祈ったものだ。
そんな俺の願いが届いたのか、そもそもあんなだらしなさ過ぎる様な奴が教師になれるわけないから当たり前なのかは知らないが(普通は店長も無理なはずなんだが)、平塚静という教師はかなり素晴らしい教師と言えるだろう。
授業は分かりやすく、回りをよく見ており、生徒にはかなり慕われている。生徒指導の先生が生徒たちから慕われるなんていうのはかなり珍しいと思うのだが、事実なのだ。生徒の相談などもよく聞いているようだ。
多少暴力的で、酒癖が悪く、かなりのヘビースモーカーでアニメが大好きで、結婚どころか彼氏もいない30半ばの立派な上司である。
……ん?後半悪口になってるか?まぁいい。実際、ここ1ヶ月に何度か殴られてるし、飲みに誘われたときは滅茶苦茶迷惑かけられたしな。
正直生徒の前以外だとずぼらなところはあるが、生徒の前ではかなり信頼できる先生である。
あの酒癖の悪さには勘弁して欲しいが。
「……ふぅ」
「こんなところで何タバコ咥えて黄昏てるんですか?佐藤先生♪」
「……別に黄昏てねー。普通にタバコ吸ってるだけだ」
放課後、校門のところでタバコを吸っていると比企谷が後ろから話しかけてくる。
「……何か用か?」
「いえ、たまたま佐藤先生の姿が見えたので。……佐藤先生、疲れてます?」
比企谷が俺の顔を覗き込んでくる。
「あ?別に疲れてはねーぞ?」
「平塚先生の世話は疲れるでしょ?」
「いや、一応世話されてるのは俺だから。あの人は俺の教育係だから。……一応」
一緒に飲みに行ったら十中八九俺が世話してるんだがな。
「いやいや、先生よく平塚先生に飲みに連れていかれてるでしょ?……あの人酒癖酷くないですか?」
「…………………そんなことねーぞ」
「わかりやすいですね、佐藤先生」
何で生徒にまで酒癖悪いことバレてんだあの教師。
「平塚先生と飲みに行って、どんなこと話してるんですか?」
「……別に。基本、俺があの人の愚痴を聞いてるだけだ」
「……それだけですか?」
「……?ああ。俺は聞く専門だからな」
「ああ。始業式の日、クラスで言ってましたね。そういえば何で聞く専門なんですか?」
「……バイト時代に同僚からいつも店長の惚気を聞かされてたんだよ」
「その同僚って男の人ですか?」
「いや、女」
「じゃあ店長さんが男の人なんですか?」
「いや、女」
「……?」
その反応が正しいな。確かに、俺は何を聞かされていたんだろうな。
「佐藤先生って彼女いないんですよね?」
「……いねえな」
「平塚先生とかどうですか?」
「……」
「……?」
比企谷がキャピるん♪と首を傾げる。
「……まぁ、あの人には早く結婚してほしいな。毎回毎回愚痴を聞かされる身にもなってほしい」
「あー、平塚先生が愚痴を言うのは兄か佐藤先生くらいですもんね」
「……兄?そういえばお前、兄貴がいるんだったな。ここの卒業生か?」
「去年卒業しましたね。大学1年生です。兄も平塚先生によくラーメン屋に連れていかれてましたね」
つまり、俺はそいつの代わりか。迷惑だな。
「佐藤先生って何となく兄に似てるので、平塚先生もつい愚痴を溢しちゃうんですかね」
「お前の兄貴、金髪なのか」
「いえ、見た目は全然似てないですよ。目なんか先生の3倍くらい腐ってますし。雰囲気というか、喋り方というか、そういうのが何となく似てます」
自分の兄貴のことを目が腐ってるとか言ってやるなよ。
「平塚先生、兄のこと気に入ってましたからね。佐藤先生も結構気に入られているんじゃないですか?」
「……」
「うわー、すごい嫌そうな顔。その顔は兄にそっくりです」
比企谷が俺の顔に軽く引いてると、突然溜め息をつく。
「……はぁ、でもそろそろ彼氏の1人もできないと、ホントヤバイと思いませんか?平塚先生ってもう30も半ばですよね」
「……まぁ、大丈夫だろ。あの人はかなりの美人だし、男より男らしいからモテないだけで、あの人よりも男らしい奴が現れたら何とかなるだろ」
「……」
「……?何だ?」
比企谷がキョトンとした顔で俺を見てくる。
「……いや、佐藤先生って平塚先生のことよく見てるんですね」
「……そうか?毎日一緒にいるんだから嫌でもわかるだろ」
「たった1ヶ月でわかるもんですか?」
「……さぁ?俺がわかるんなら、わかるんだろ」
「…………うーん。やっぱり、佐藤先生はお似合いだと思うんだけどな~」
比企谷が何やらブツブツ言っていたが、突然の放送のせいで聞こえなかった。
ピンポンパンポン~♪
『えー、正門付近で油を売っている生徒会書記の比企谷小町さーん。生徒会の定刻会議が始まってるのでさっさと生徒会室に戻ってきやがれこのヤロー。……1分以内ね♪』
ピンポンパンポン~♪
「……一色か?」
「……いろは先輩ですね」
「……1分以内だとよ」
「……らしいですね」
「……」
「……」
一瞬の沈黙。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
比企谷小町は生徒会室に向かって爆走していった。
マジで佐藤さんが八幡みたいな喋り方になってしまう。頑張って違いをはっきりさせなければ。
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