どうぞ
いた。
いつもの窓に近い席に座っている。
「めぐ、………城廻先輩」
「……?あっ、八幡くんっ。あれ?今名字で……」
「城廻先輩。ちょっといいですか?」
「え?」
俺はめぐり先輩の腕を掴んで、外へ連れ出す。
「ちょ、ちょっと八幡くん?どこ行くの?」
「……少し風に当たりましょう」
あまり人がいるところでする話じゃない。ましてや勉強している人たちがたくさんいる場所で。
「空中廊下?」
めぐり先輩がキョロキョロと辺りを見渡す。
俺達は扉を開け、空中廊下へ出る。
うっ、寒いな。
「あの、城廻先輩」
「……さっきから、呼び方戻しちゃったの?」
めぐり先輩が少し悲しそうな顔をする。
「あの、そのことで少しいいですか?」
「え?う、うん」
「……正直に答えてください。俺のこと下の名前で呼ぶのは嫌ですか?」
「え?いや、全然」
「ほ、本当ですか?」
「まぁ最初は恥ずかしかったけどねぇ。慣れちゃった」
めぐり先輩はてへっとおどけたように笑う。
「じ、じゃあ、俺が城廻先輩のこと下の名前で呼ぶのが嫌なんですか?」
「……何でそんな話になってるか全然わからないんだけど、この前も言ったでしょ?全然嫌じゃないよ?むしろ、今名字に戻ってて少し寂しいかな」
めぐり先輩がまた悲しそうな顔になる。
「え、な、なら何であの時……」
「あの時?」
「あのカフェの前で、めぐり先輩いきなり機嫌悪くなったじゃないですか。俺、ずっと気になってて。何か失礼なことしたんじゃないかって。気分を害するようなことを無意識に言ったんじゃないかって」
「あー、あれかぁ。なるほどね。それで、わたしが名前呼びを嫌がってたんじゃないかって思ったんだね?」
「……はい」
めぐり先輩はなるほどなるほどと1人頷いている。
まるで意味がわからない。
「あー。ごめんね?わたしの態度で八幡くんがそこまで気にしてたなんて、思いもしなかった」
「名前じゃないなら、何だったんですか?俺、何かしましたか?」
「えっと……、今は何ともないんだからもういいんじゃないかな?」
「いえ、気になります」
めぐり先輩に何かしてしまったのではと気になって仕方がない。
「で、でも改めて言うとなると恥ずかしいというか」
めぐり先輩がブツブツと俯きながら言う。
「恥ずかしい?」
「あ、いや、………………あーーーー。わかった、わかりました。言います。言えばいいんでしょっ。言いますとも」
めぐり先輩が1歩2歩と俺に近づいてくる。
「嫉妬だよ!嫉妬しました!一色さんと2人だけで行ったって聞いて何故か嫉妬しちゃったんです!」
そして、俺のすぐ目の前、距離にして1mくらいまで接近しためぐり先輩は前のめりになりながらそう言い放った。
「し、嫉妬?何で俺が一色とあのカフェに行ったら、めぐり先輩が嫉妬するんですか?」
めぐり先輩が前のめりになっている分、俺は仰け反りながら質問する。
「……わかんないよ。わたしにもわかんない。ただ、何だか面白くなかったのっ」
めぐり先輩はそう言うと俺から離れ、夕暮れで真っ赤に染まった空を見上げる。
「……八幡くん。君はわたしが今まで出会ってきた人の中で、はるさんの次くらいのところにランクインしてるんだよ」
「え?なんの話ですか?」
突然話始めたランキングに訳がわからずそう聞くと、めぐり先輩は俺を見てふふっと微笑む。
「……文化祭。盛り上がったよね」
「え?文化祭?」
話に脈絡がなさすぎる。
「でもあの文化祭が成功したのは君のおかげだと、今ならはっきりと言える」
「は?そんなわけないでしょ?俺なんて、ただの記録雑務ですよ?」
本当に何を言っているんだ?
「あのとき、わたしは君のことを不真面目で最低だって言ったよね?」
確かに言われた。文化祭が終わった後、おそらく相模との事の顛末を聞いたであろうめぐり先輩から。
「……でもあの後、少し考えてみた。君は本当に不真面目だったっけ?って。よく思い出してみたら、相模さんの提案で文実に人が全然来なくなっても、君は1度も休まなかった。スローガン決めの時、わざわざ敵を作るようなことを言って、人を戻した。そして、屋上で……。何があったのかは見てないから正確にはわからない。でも、何故か委員長という責務を放棄したはずの相模さんが被害者になって皆から慰められていた。わたしもあのときは相模さんが可哀想かななんて思ってた。どう考えてもおかしいはずなのにね」
めぐり先輩が苦笑いを浮かべる。
「考えてみたよ。もし、文実に君がいなかったらって。あのときは、雪ノ下さんと一緒に記録雑務以外の仕事もかなり頑張ってくれていた。スローガン決めでも何も起きなくてその後も人が戻ってこず、文化祭自体間に合わなかったかもしれない。そして、エンディングセレモニーだって……」
「……」
「そこで初めて気づいたよ。君は自分が周りの敵になることで他の人を一致団結させ、相模さんを被害者にして、相模さんだけじゃなく、文化祭そのものを救っていたんだって」
「……買い被りすぎですよ」
本当に買い被りすぎだ。俺はそんな凄い奴じゃない。ヒーローでもなければ、主人公でもない。
「ううん。全然買い被りじゃないよ。わたしはそんな君を、はるさんの次か、いや、はるさんと同じくらいに尊敬してるんだ」
「……あの人と比べられても」
「だから、あのときの言葉は取り消させてもらうね」
「は?」
「やっぱり君は根は真面目でやり方が最低だね」
「……」
俺のやり方が最低なのは知っている。もう何度も言われてきた。
「ただ、君自身は決して最低なんかじゃない。君は自分の価値を過小評価しすぎている」
そんなことはない。俺のことは俺が1番よくわかっている。
「君はわたしが尊敬している2人の内の1人なんだよ?」
めぐり先輩こそ、俺を過大評価しすぎている。
「八幡くんは今、わたしの中で特別な存在なってるんだよ?」
「っ!!!」
その言葉を聞いた瞬間俺は、何故か過去のことを思い出していた。
『よおカエル。もう帰るのかよ』
『うわーヒキガヤ菌だー!タッチ!』
『今バリアしてましたー』
『ヒキガヤ菌にバリアは効きませーん!』
『やーいナルガヤー!』
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『特別な存在になってるんだよ?』
全くこの人は。今まで俺のことをそんな風に言ってくれる人なんて貴女以外いなかったんだよ。きっとこの人は知らない。その言葉が俺にとってどれ程大きく、心の奥深くまで突き刺さっているかなんて。
「……ははは、何だか恥ずかしいこと言っちゃったね。そろそろ寒くなってきたし図書室戻ろっか」
めぐり先輩が俺に背を向け、歩き出す。
俺はその背中に向かって……
「………………好きです」
俺のその言葉に彼女は歩いていた足を止める。
そして、ゆっくりと振り返ったその顔は夕陽のせいなのか、それとも違う理由なのか、紅く染まっている。
「………は、八幡、くん?今、なんて……」
こんな気持ち初めてだ。この人には嘘はつきたくない。誤魔化したりもしたくない。そんな風に思える人とは17年間生きてきて、初めて出会った。
ああ。やっぱりこの人だ。今は夢なんてどうでもいい。この人と一緒にいたい。この人が愛おしくてたまらない。
今はこの想いを伝えたくて仕方がない。こんな気持ちになるのはどう考えても俺らしくない。
……でも、どうせ俺らしくないのなら、最後まで俺らしくないやり方で。
正々堂々
真正面から
正直に
「比企谷八幡は城廻めぐりに恋をしています」
この想いを……
最近ギャグばかりだったので、かなり真面目な雰囲気にしてみました。
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