バレンタインデーは随分前に終わってしまったけれども大目に見てくれると幸いです。
短編で2000字くらいにしようかな思っていたんですけど気づいたら5000字近くになっていました。
何気に過去最長です。
欲望の赴くままに書いてしまった結果がこれか……。
まだ魔王が倒される前のある日の早朝……
「……そろそろ起きないと……」
季節は寒い冬。
人は布団の魔力と毎日奮闘する厳しい季節。
まだ城番以外誰も起きていない時間に一人目を覚ました少女がいた……。
「まだ眠たいですけど……頑張ります!」
そう言って、ひっそりとした厨房に少女は向かって行った……。
☯☯☯
「まずは……材料の準備ですね」
昨日、コック長から大体の場所は聞いておきましたから問題ありませんね。
……でも、私が聞いているときに不敵な笑みを浮かべていたのはなぜでしょう……。
「ええと……ジャムとバター……砂糖にアーモンド……それと卵ですね」
あと、クッキー生地はバターと砂糖と……小麦粉だったはずです。
「さて、クレアに見つかってしまうと怒られてしまうので手早く終わらせましょう」
最初にバターを溶かして砂糖と混ぜます。
そして、そこに小麦粉を振るいながら落としてまた混ぜます。
「これで生地は完成ですね。あとは窯で焼いて一時間半くらいかしら……」
次に、またバターと砂糖を混ぜます。
「この後に今度はアーモンドを入れて上の生地も完成ですね」
あっ、クッキー生地がそろそろ焼けたみたいです。
「少し冷ましてからジャムを塗って……その上にさっき作った生地を乗せるんですよね」
そしてそれをさらに一時間半ほど焼きます。
でも、いざ自分で作ってみるとお菓子というのはとても時間がかかるものなんですね……。
今度コックの皆さんにお礼を言いに行きましょうか……。
……それにしても……。
「ううっ、窯の火はとても熱いです……でも……焦がさないようにしないと……」
……そこから、燃え盛る窯の中を少女は見守り続けた……。
「ふう……出来ました! 私だってやればできるんです!」
あとはきれいに包んで……と、完成です!
気が付くと、もう太陽が地平線の向こうから顔を出していた。
「あっ、あら、もうこんな時間!?」
そろそろ皆さんが起きてくる時間ですね……。
早く部屋に戻らないと……。
……そして、厨房はまた静寂に包まれた……。
甘い香りをほんのりと残して……。
☯☯☯
「おはようございますアイリス様。朝食の用意が出来ましたのでお呼びに参りました」
「分かりました。すぐに行きますね。それとクレア……」
「何でしょうか、アイリス様」
「食後にレインを私の部屋に呼んでもらえますか?」
「レインを……ですか? 分かりました。そう伝えておきます」
「ありがとうございます」
「……私に何か御用でしょうか、アイリス様」
「実は、あなたに……クレアには秘密で手伝ってもらいたいことがあります」
☯☯☯
先に来た転生者達は今日のイベントを広めてなかったらしい。
竹とんぼとかの変なものは伝わってるのに……。
「なんで……なんでバレンタインデーはこの世界にないんだよおおおおおおおおおおお!!」
「どうしたんですかカズマ。そんなに騒いでみっともないですよ」
「そうだぞカズマ。一体どうしたと言うんだ?」
「どうしたもこうしたもねえよ! バレンタインデーだよ! バレンタインデー!」
「ばれん……たいんでー?……なんですかそれは?」
「俺のいた国にあった風習だよ」
「それはどのようなものなんだ?」
「それは……男女の儀式……みたいな?」
「だっ、男女の……儀式////」
「おいエロネス。いま変なことを考えたろ」
「考えてない」
「年中発情期のダクネスはほっといて、もっと具体的に教えてください」
「めっ、めぐみん!?」
「……分かったよ。バレンタインデーっていうのは女子が好きな男子にチョコレートをあげるイベントだ」
「ちょこ?……何ですかそれは?」
そう、この世界にはバレンタインデーどころかチョコすらないのだ。
「私も聞いたことがないな。だが要は好きな人に物を渡せばよいのだろう?」
「まあ、そうだな。……何かくれるのか?」
「私を侮辱するような奴にやるものなんて無い!」
「なんでさ……事実を言ってるだけだろ。……め、めぐみんは何かくれるよな? 最近それっぽいアピールしてただろ」
「[めぐみんは大人っぽくてナイスバディだな]って言ってくれたら考えてあげてもいいですよ」
「黙れロリ枠……」
「……アルカンレティアへ心の湯治にダクネスと行ってきます。一か月は戻りませんので……」
「私の心もひどく傷ついた。そういうことだカズマ」
「いや、お前はめぐみんにも言われてただろ。って、待てよ!……本当に行っちまった……」
確かに少し大人気なかったにしてもやけにスムーズだったな。
本当はただ温泉に行きたかっただけなんじゃないか?
☯☯☯
いろいろ考えているとアクアが外から帰ってきて……。
「カズマ、カズマ! 今日はバレンタインデーでしょ?」
……コイツ今なんて言った?
「お前どうしたんだ? 確かにお前はバレンタインデーを知ってるんだろうけど……」
「何を言ってるの? 好きな人にチョコをあげるのがバレンタインデーでしょ?」
……なん……だと!?
……あのアクアがまさかこんなストレートなことを言ってくるなんて……。
……なんだこの感情は?
今までただの駄女神でしかなかったコイツが急にかわいく見えてきた。
本当に黙っていれば女神だからなぁ。
「そ、そうか。まあなんだ、俺もお前の事は意外と「それでチョコは?」」
「…………は?」
「だから、私にくれるチョコレートはどこって聞いてるんだけど……」
「バレンタインデーは女が男にやるもんだろ!」
前言撤回、やっぱりコイツはただの駄目神だ。
「はあ!? 何とぼけたこと言ってんのよ! 逆でしょ!」
それはドイツの風習だけどな……。
ついでに言うならバラだけど……。
「……はぁ。あの店にでも行くか……」
「ちょっと、聞いてるのカズマさん。なんで無視するの?」
「今日は外泊してくるから。あとめぐみんとダクネスは一か月は帰らないからな」
「それどういうことよ、私聞いてないいいんですけど! じゃあ今日は私一人ってことじゃない!」
「じゃあな……」
「待ってよカズマさん。行かないでー。私を一人にしないでよー!」
そんな喚く女神をおいて、俺はあの店に向かった。
☯☯☯
「よし、この宿に来るのも久しぶりだな」
お姉さんたちに注文を済ませて、早々と準備に取り掛かる。
準備って言っても体をきれいにして寝るだけだが……。
「めぐみんもダクネスももう知らん。アイツに至っては論外だ。……早く寝るか」
そして早々に俺は深い眠りに落ちた。
☯☯☯
「……さま。お……さま」
混濁した意識の中で誰かに呼ばれる声がした。
「起きてください、お兄様。……せっかくここまで来たのに……」
目の前にアイリスがいた……。
「アイリス……なのか?」
「あっ、お目覚めになりましたかお兄様?」
「たった今が覚めたぞ」
……ちょっと待て。
アイリスがこんな遅い時間に、しかもこんなところにいるわけがない。
……つまり、これは夢なのか?
でも希望にはアイリスじゃなくて[俺を癒してくれる女性]って書いたんだけどな……。
いや、でもアイリスは俺を癒してくれる大切な妹だから一応該当するのかな。
そうと分かれば、少しくらい妹ルートを堪能しても……いいですよね。
だってこれは夢なんだから……。
勿論健全な範囲でな。
「……どうしたんですかお兄様。ぼうっとして。もしかしてお体の調子が悪いのですか?」
「いいや、そんな事はないよ。つい俺を起こしに来てくれた可愛い妹に目を奪われてしまってね」
「ふぇっ!? か、可愛いいだなんて……もう、ご冗談はやめてください////」
「冗談なわけないじゃないか。アイリスは間違いなく可愛いよ。」
「…………あ、ありがとう……ございます////」
性格は本人のままみたいだな。
「それで、お兄様……今日は何の日か覚えてますか?」
「ん、何か特別なことなんてあったか?」
昼間の影響で嫌な記憶ごと何の日かなんて忘れてしまった。
「そ、そうですか……」
アイリスはそう言って手に持っていたもの隠した。
「アイリス、今何を隠したんだ?」
「何も隠してません! 見間違いなのでは?」
そこには綺麗にラッピングされた何かがチラッと見えた。
そこで俺はようやく気付いた。
「アイリス……。ごめんな、忘れていたわけじゃないんだよ。少しショックで飛んでただけなんだ」
「……今回だけですよ。特別に許してあげます……」
エリス様の時のようなギャップ小悪魔に思わずドキッとしてしまう。
「お兄様の仰っていた[ちょこれーと]というものはよくわかりませんでしたが、私なりに考えてタルトを作ってみました。……うけとって……くれますか?」
上目遣いでそんなことを言われたら……。
「アイリス……結婚しよう」
「ええっ!? け、けけ、結婚だなんて……////。……で、でも、お兄様が望まれるのであれば……////」
夢だと分かっていれば思い切ったことも言えてしまうものだ。
アイリスもなかなかに乗り気だな……。
「せっかくアイリスが作ってきてくれたんだ。食べてもいいか?」
「ど、どうぞ。美味しくできたか不安ですけど……頑張りました!」
「それじゃあ、いただきまーす。…………」
「あ、あの……もしかして、おいしくない……ですか?」
「……ウマーーーーーーーーい!!!!」
「ひゃっ、び、びっくりしました」
「ごめんごめん。でもこれすごくうまい! うまく言葉が言えないけど超うまい!」
「そ、そうですか?……よかったぁ」
「でもアイリスってこんなに料理がうまかったんだな」
「た、たまたまですよ。お兄様にはまだまだ遠く及びません」
「そんなことないぞ。これは俺が食べてきた中で一番だよ」
「あっ、ありがとうござい……ます……////」
「うまいうまい……」
「もうお兄様ったら。そんなに一気に食べてはのどに詰まらせますよ」
「大丈夫だって……うっ……ごほっ、ごほっ……み、水を……」
「だから言ったじゃないですか! は、はやくお水を……」
間一髪のところでアイリスのくれた水によって一命はとりとめた。
こんなんで死んだら、フグにあたって死にそうになったあの時よりもダサいだろ。
☯☯☯
「……それにしても、よくバレンタインデーなんて知っていたな」
「お兄様が前に教えてくれたではありませんか」
ずっと前に言ったことをまだ覚えているなんて……本当に自慢の妹だ。
「ありがとうな。本当に嬉しいぞ。何かお返しがしたいんだけど……」
「……お返しなんていいんですよ。それにお兄様の話では[ほわいとでー]というのは一か月後なのでしょう?」
「王城には簡単に入れないからな。今すぐお返しをしたいんだよ」
そう言うと、アイリスは少し考えてから……。
「……それでは、一つだけよろしいですか?」
「おう、何でもいいぞ。お兄ちゃんがなんでも叶えてやる」
「………………です」
「なんて言ったんだ?」
「お兄ちゃんと……一緒に寝たいな……だめ……ですか?」
これはアカン。
理性が一瞬飛びそうになるが何とか踏みとどまる。
「いいぞ、こっちにおいで」
「お、おじゃまします」
絵面では危ないが……。
俺はいたって紳士だ。
それは夢でも変わらない……はずだ。
「こんなことならいつでも構わないぞ」
「ほっ、本当ですか!?」
そんなことだけで満面の笑みを浮かべる妹に心が浄化される。
「本当だよ……ん、眠いのか?」
「は、はい。朝が少し早かったもので……」
なんか随分と細かく設定されてるな。
「俺がついてるからゆっくり寝ていいぞ」
「ありがとうお兄ちゃん…………すぅ」
あっという間にアイリスは寝てしまった。
「夢とはいえ、嬉しかったぞアイリス。俺はそんなアイリスが……好きだよ」
どうせ夢なんだから思ったことを言っても……いいよな。
俺がそういうとアイリスが寝息をたてながら顔を真っ赤にして抱き着いてきた。
「……すぅ……すぅ……」
……起きてるんじゃないか?
「アイリス……もしかして起きてるのか?」
あんなの聞かれてたら夢でも恥ずかしい。
そんなことも知らずにアイリスは俺の胸に顔をうずめてきた。
……たまにはこんな夢もいいかもな。
なんか夢の中なのにだんだん俺も眠くなってきたな……。
☯☯☯
太陽の日差しが窓から入ってきてまぶしい。
「……もう朝か……」
久々にいい夢を見たから気分がとてもいい。
アイリスも安らかな顔で眠っている……。
「…………」
……おかしい。
なんで夢から覚めてもアイリスが消えていないんだ!?
っていうことは昨日のは……まさか夢じゃない!?
「……お兄様、おはようございます」
「なんで、アイリスがこんなところに……」
「……お兄様、昨日の事は一夜の夢ということにしましょう」
「えっ?」
「これでは卑怯ですからね。このことは……内緒……ですよ」
指を口に当てながら片目でウインクしながらそっと呟く。
そんなアイリスからでる魅力にまた絶句してしまう。
「お、おう。その、わかった」
「アイリス様ー!」
「この声は……レインか?」
「あっ、カズマ様、おはようございます。そうではなくてアイリス様、今すぐに帰りましょう。早くしないとクレア様に怒られてしまいます!」
「そうですか、ではお兄様また会いに来ますね」
「はは、待ってるよ」
……どうやらこれからは随分妹に主導権を取られてしまいそうだ。
☯☯☯
「無理を聞いてもらってありがとうございますレイン」
「どうかクレア様にはご内密にしてくださいね」
「分かっています。ではまた後で」
よろこんでくれたかな……お兄ちゃん。
それにあんなことも言ってもらえたし。
「はやく魔王を倒して迎えにきてね、お兄ちゃん……」
お楽しみいただけたでしょうか?
もし今回の番外編が好評だった場合は、そのうち別の季節ネタを入れていこうと思います。
もちろん! ヒロインは番外編でもアイリスですよ(/・ω・)/