「
──正直いって、これは賭けだった。能力の存在自体は知っていても発動条件すら分からないまま作戦を実行していいのか。
失敗すれば2人とも首が飛ぶことになる。血が足りず頭もよくまわらなくて、手足や内蔵はボロボロの満身創痍。意識を保っている状態がやっとだ。こんな
「・・・・・っ、これは・・・・・」
だからといってやらねば死あるのみ。猛烈な倦怠感と頭痛、侵食される不愉快さ全てを飲み込み、覚悟を決めて能力を発動した。
「止まっ・・・・・てる? これが、瑠瑠色金の能力──っ」
結果だけを言うなれば、成功した。俺とヒルダの周囲を囲むようなイメージで
「ヒる、ダっ・・・・・! タ ノ む、は ヤ く ッ! 」
・・・・・大きすぎる代償を背負う覚悟があればだが。
侵食されるスピードが段違いだ。今までがどれほど生易しかったか。頭が半分に割れるような痛み。灼熱に上半身が犯される。極寒に下半身が犯される。四肢が引きちぎれそうだ。暗い。暗い昏い。この世のあらゆる音を凝縮した雑音が耳を刺す。意味もなく心の底から笑える。私の全身に、俺の全身に1枚の薄い膜が張られていく。コンマ1秒ごとに金属となっていく自分は幸福なんじゃないか? あ、はは。ははははっ。
「朝陽っ! ──っ、
加速度的に暗転していく意識を必死にたもつ。意識が喰われる。
自由を奪われていく身体を必死に動かす。身体が蝕まれる。
私じゃない思考に塗り替えられていく。俺が死んでいく。
誰かに思い焦がれる。相手は理子ではなく神様。
この笑い声は私の声? それとも京城朝陽の声だろうか。ああ、そしたらなんて──
「
「グブッ!? 」
脳を直接殴られる衝撃に一瞬だけ視界がクリアになる。そして地に手をつきこちらを睨むヒルダの姿──能力を解除しろという無言の叫び。これに応えるべく、背中にすがる無数の手を振り払い、
「
能力を吐き捨てるように解除し、途端じぶんの体重を支えきれず膝をつく。息たえだえで立てそうにないほどに。嘔吐感、耳鳴り、めまい、全ての不快感が濃縮された
・・・・・・・・・・こんなとこで。こんなとこで負けてたまるか。ほぼ全滅の状態で
「夜に咲く月を願いを──」
再びヒルダが詠唱を口にする。失敗した1度目は余裕すら伺えた強者の表情だったが、2度目の今は苦悶の表情だ。いまヒルダは短時間ではあるが2つの能力を併用して使っているからだ。1つは詠唱を、もう1つは、地を這う影から天に向かって伸びる無数の槍だ。それが
「──ぁ、あがっ、
「我が五体を此処に。其は空を裂き地を震わす大地の怒り! 」
地中から伸びた無数の棘に串刺しにされた
・・・・・超能力の多用で気づかぬうちに俺もガタがきていたか。体の節々から異様に冷たくなっていく。苦しいのに呼吸も上手くできない。
「我が魂を此処ここに。其は彼方より降り立つ天の矛! 」
「
闇夜に紛れるほどのドス黒い血を吐き出し、それでも──。
めまいを通り越して少しずつ目が見えなくなってきている。血を失いすぎたんだ。
まだ原型を留めた武器商人に氷の弾幕をはるが、1秒をすぎる事に自分の中から何かが失われていく感覚に取り憑かれる。たった一度、命を落としたあの時と、同じ感覚だ。死体となっても瑠瑠神となった身体は無理やり動かせた。自分はまだ生きていると錯覚させた。それももう終わりか、背を這い上がる寒さが確実な死へと向かう警告のように感じられる。
「来たれ! 我が栄光を示すために! 」
ヒルダが天高く指し示した指に青白い光が灯る。豆粒程度の光だが、蜘蛛が巣を張っていくように少しずつ大きく、広く、乾いた音を鳴らし成長していく。
辺りには既に人型を保つ
『避けて! 』
「? ・・・・・っ! 危ねェ! 」
先に体が動いていた。最後の力を振り絞り、痛みを無視してヒルダを突き飛ばす。自分が逃げる時間はない。
──闇夜よりも黒い影。夜に慣れた目でも視認することが精一杯な漆黒が地面から伸び、俺を包んでいく。
「ヒルダが感知できない深さまで一体だけ潜らせていたのか・・・・・っ」
時を減速させても助からない。まだやりたいことだって沢山ある。理子に恩返しすらできてないのに。アリアとの約束は反故になる。キンジとは永遠の別れだ。
意識が落ちていく。暗く冷たい湖の底へ沈んでいく。片膝をつき背を丸め、気持ち悪いほど暗黒に染まっていく地面を見つめながら、歯を食いしばる。今まで頑張ってきたのにここまでか、と。
『────朝陽は
「っ!? 」
ハッキリと聞こえた瑠瑠神の声。それを皮切りに、全身からスッと力が抜け、地獄のような痛みが嘘のようにひいていく。完全に失いかけた意識は元の正常な状態に戻るが、手足を動かそうとしても思うようにはならない。
死に体になっていくはずの体が別のものに置き換わっていく不気味さ。自分であって、自分ではない。・・・・・この感覚を知っている。何度も体験しては無理やり押し込めてきた。それが今、このタイミングで来てしまった。
「この子に
俺の口から発する俺の声。だが決定的に話し方、立ち振る舞い・・・・・格の違いを思い知らされる。
「それが私と朝陽が救われる、唯一の
今にも覆い尽くさんと迫る黒波に右手を振り上げると、半透明の鮮緑色の壁が俺の周囲に展開される。1秒と経たずに黒波は鮮緑の壁を覆い尽くし──内部に侵食することなく、壁を伝って地面へと戻っていく。それも完全無欠とはいかず所々ヒビが入るが、鮮緑の壁はそれ以上欠損する様子はない。
『瑠瑠神──てことは、乗っ取られたのかっ! このタイミングで・・・・・! 』
「安心して朝陽──って言える状態じゃないよね。何回死んでてもおかしくないのに、ごめんね」
そう呟くと、黒波は鮮緑色に染まっていき、半透明の壁に吸い込まれてしまった。俺が何とかして助かることを信じて、辛うじて術式を保っているヒルダは俺が原型を保っていることに安堵したようだが、すぐに雰囲気が異質であると悟った。従属宣言なしにしても溢れる違和感は隠せない。その余りある殺気を全力で
(まずい! このままだと、ヒルダがッ! )
まだ意識はある。抗える! 体の自由を何とかして取り戻さないと、脱出の芽がここで絶たれてしまう。せめてヒルダだけでも何とかして脱出させて、理子に伝えないと──!
「朝陽、安心して黙って私を見てて。絶対に殺さないから。・・・・・ヒルダ
──開いた口が塞がらなかった。今、瑠瑠神は確かにヒルダを援護するようなことを口にした。敬称までつけてだ。ありえない・・・・・だってアイツは女という女全員を殺しに行くような狂った脳の持ち主だ。そんなヤツが、優しい口調で語りかけるはずがない!
混乱したまま、瑠瑠神はまっすぐ歩を進める。依然として体の自由は効かない。
「あなたを倒せば朝陽は自由になれる。その邪魔をするなら、殺します」
手を正面にかざす。そこには何も無い、ただ景色が広がっているだけだが──瑠瑠神の目の前の空間がゆらぎ始める。大きく波打ち、歪み、引き裂かれ。高級そうな燕尾服にシルクハット、奇妙な仮面が浮かび上がっていく。
間違いなく、
「汝、変成を遂げた者よ。か弱き魂をどうするつもりか」
「保護するだけ。今すぐこの空間からだしなさい」
「月が二度昇るまで。条件を覆すこと
「そう。・・・・・ねぇ、あなた」
瞬間、その
そしてこれはただの余波に過ぎない。瑠瑠神が意識をむけているのは
「全能神と近しい存在を形どろうと所詮は
「この体から量産された我々は神にもそこの吸血鬼にも及ばず。されど我のみならば勝利は──」
おそらく素人目から見ても力が十分に伝わらない殴り方だが、その常識を目の前で覆される。意味がない、むしろ
「なッ──! 理解不能ッ。色金風情が
「理解しなくていい。朝陽はここで死ぬわけにはいかないの」
続く一撃。振り下ろした右手を再び持ち上げるが、
「今のあなたのソレはきっとヒルダさんも騙せるのでしょうね。でも、私には効かないよ」
瑠瑠神は怪我をして二度と開かないはずの右目を見開いた。元は黒色だった瞳が鮮緑色に変化し、瞳と同じ色の光を灯し始める。時間が経つにつれ瞳から漏れはじめると、右手の親指と人差し指で拳銃の形を真似し、
「
ヒルダにその銃口を向け、指先から凄まじい熱量をもった光線が発射される。その予想外の攻撃にヒルダは辛うじて反応するも、瑠瑠神の言葉を信じたのか1ミリたりとも動かなかった。
そして極細のレーザーはちょうどヒルダの首スレスレを駆け抜けその先で何も無い空間へ。ヒルダが生み出す雷の音にかき消されながらも僅かに焼け焦げた音が耳に届く。
「小癪なッ! 汝、我
その大声は動揺の表れか。姿を現した
「ええ。瑠瑠色金である私の粒子が充満したこの空間で唯一
乗っ取られた俺の体から鮮緑の光が周囲を照らし、次の瞬間。
「
視界が差し替えられたように瞬時に入れ替わる。正面から見ていた
「力の半分を朝陽とヒルダさんによって失ったあなたはもうヒト同然です」
武器商人が瑠瑠神に気づいた時には既に地へと叩きつけていたあとだった。反応させる時間すら与えず、さらに一切の抵抗も無駄だと鮮緑色が混ざった不可視の斥力で地へと押さえつけている。そして、
「砂の一欠片すら残さない。
最大の隙を見せた
「汝、緋緋神を姉妹に持つ者よ!
まるで、立体の影だ。俺よりも魔術に詳しそうなヒルダでさえ動揺し手元に集束する雷をつい離しそうになっている。
影とは本来二次元に存在するもの。三次元体をどんなに工夫して照らそうと絶対に立体にはなりやしない。超能力に疎い俺だってこれだけは分かる。
「僥倖なり! そこまでして不幸を重ねるならば破滅のその先まで行くといい! 」
瑠瑠神は突き出した手を固く握りしめる。それがトリガーとなり、頭上に滞空していた立体の影は重力に従って
「──っ! 」
落ちる、だけではない。影の中に入った
「ヒルダさん今! 」
「・・・・・大自然の力を以て撃滅せん!
天を指し示す指に集束する蒼雷が今一度大きく輝く。何度も弾け、稲妻を走らせ。地へと降り注ぐはずの雷は轟音を鳴り響かせ天へと昇った。目指した場所は今もなお動かない月。届くはずもない彼方の星へ至る道のりに、突如として亀裂が入った。
目の錯覚ではない。ただ一点、空中に一筋の亀裂がはいる。目を凝らさなければ見えないそれは、ガラスにヒビが入っていくかのように空中に、そして見えない壁全体に蜘蛛の巣を散らしていく。
「ここまでのようね、朝陽。────ごめんね」
バキン、と。崩壊の始まりが鳴った瞬間、瑠瑠神は俺にだけ聞こえるように呟いた。──あまりに唐突だった。恨み辛みの一言すらかけられず俺の体はコクリとその場にうつ伏せで倒れた。すると追いやられていた魂が元の位置に戻る感覚に包まれ、俺という存在が肉体に再び浸透していく。
(瑠瑠神は自分から乗っ取りを解除した・・・・・? わけがわからない)
なぜ、と頭を働かせようとするが、ひとつ忘れていたことがあった。自分の不甲斐なさの象徴たる全身を駆け巡る不快感や、発狂しそうな激痛を。
自分の体の感覚に喜ぶ暇を与えてくれず、地獄のような痛みに悶え苦しむことだけを許されているような理不尽さ。しかも空間を支配していた半透明の壁が崩壊するにつれどんどんと痛みが増していく。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいぃ・・・・・! )
瑠瑠神に乗っ取られる前よりはマシだが、100が90になったようなもの。失血は止まらず手足は動かず、気絶したくてもできない耐久力が死ぬほど憎たらしい。漏れる声すら掠れ始めた。何もかもが足りない。襲いくる痛みに為す術もなく身を投じられる。無慈悲にも痛みは増していくが、ついに倒れていても外側の景色がハッキリと見えるまでに半透明の壁は崩壊した。
「ここで死んだら理子に笑顔で顔向けできないじゃない! 死んだら殺すわよ! 朝陽! 」
暗い視界の中でヒルダが懸命に俺の体を揺さぶっている。
大丈夫だ、と言いたいところだっが口が動かなければマバタキもムリ。ただジッと見つめ返す他ヒルダに返答する方法はない。
・・・・・ただ、今回ばかりは気を失ってはいない。まだ、やるべきことはすぐそこで腕組みをして待っているのだから。
「見つけたアル。これ以上逃げるなら本当に半殺しするヨ・・・・・ってなんでもう死にかけネ!? 」
崩壊した不可視の壁の向こうで待っていたのは、途中で撒いたはずのココと、その手下たちであった。
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