部屋に戻った後、キンジがヒステリアモードにでもなったのかってくらい凄まじい速度で身支度を整えていた。
「どこかいくのか? 帰る? 」
「ああすまん! 瑠瑠色金のことも調べたいんだが蘭豹から今すぐ来いって言われてたんだ。重要な要件らしくてすぐ行かなきゃだめで」
「おっけ。すぐ帰れたら帰ってくれなきゃアリアがすねるからな。今日はわけわからんがこの部屋に集まるんだし」
「なるべくな。じゃあ行ってくる」
この時間帯から制服着るのも嫌だろうに。蘭豹が怖いから行かなきゃなんない辛さか。バックレたらガチで蜂の巣にされかねない。あの強情なアリアを萎縮させるくらいだし。
さて、キンジは当分帰ってこないだろうしあとはアリアと理子を待つだけか。白雪とレキも呼べば来るかな。集まれって言われたから集まったが今日なにをするのか伝えられてない。もう夕方過ぎくらいだけどお腹はすいてない──というか最近まったく食欲がわかないんだけど、わいわい皆と食事なんて久しぶりだ。体感的にだけど。
とりあえず・・・・・筋トレかな。なまった体を動かすにはちょうどいい。いや、待てよ・・・・・? 大事な何かを忘れてる気がする。忘れちゃ絶対にいけないことだ。っと────わかんね。思い出すのも含めて時間を有効的に使わないと。大体りこ達が帰ってくるちょっとした時間だけだ。強襲科のメニューを一通り終わらせたらシャワー浴びればいいし。───よし!
☆☆☆
ピンポーン、と部屋にチャイムが鳴り響いた。同時にドアも開き、アリアと理子と白雪──平賀さんの声も聞こえる。
「ねー朝陽ぃー? 帰ったわよー」
ヒッ! いま廊下を通ったぞ! あいにく俺はパンツしか履いてねえ。髪だって濡れたままだ! このまま入ってこられたら・・・・・あ、冷静に考えて来るわけないか。トイレは別室だし。
「シャワー浴びて今洗面所だ。先にくつろいでて」
「はやく来なさいよ。今日はアンタのために集まったんだから」
と、足音が遠ざかっていく。
──俺のため? 俺のためか。嬉しいなそれは。でも誕生日は2月だしな。祝われることしたっけか。まあいい。なんであれ楽しみだ。とりあえずズボンだけ洗濯前の取り敢えず履いて、それから取りに行けばいいか。
「キョーくぅん! ひっさしぶり! とりあえずその屈強な腹筋を、見せ、て・・・・・」
ガラリと空いた洗面所と廊下をつなぐドア。理子と、その横に両手で顔を覆って、でも人差し指と中指の間を少し開けてる文がいて。
対して俺はズボンに足を通したばかりなためまだパンツ姿だ。長く同棲してた理子でさえパンツだけのみっともない姿を見せたことないし──てか、そもそも女子二人にこの姿はまずい!
「いっ、今すぐ閉め──! 」
「あああああああああああごめんなさいなのだああああああああぁぁぁ! 」
ビュンッッ! と効果音がなりそうなほどリビングに
俺が近づけばパンツ1枚で近寄る変態になる。かといってこのまま見られ続けるのは──色々な意味でダメだ!
「りっ、りりりっりいりこさん!? はやく閉めてくださいませんかね!? 」
「──へ、へえ! キョーくんさ、はっ、裸でもないのに理子みたいなかっわいい子見てテンパっちゃうんだ! ふーん! 」
「はぁ!? 別にテンパってませんし! そっちこそたかだか男の上半身みて興奮してる変態なんじゃないんですか!? 」
どうしてっ! どうしてお前が恥ずかしがるんだよ! 余計にこっちまで熱くなって来るだろうが!
悪態をつきつつズボンを一気に腰まで上げる。
「あんたたちなにしてんの。ご飯の
そのアニメ声に一瞬、悪い意味でドキッとしたが、寸前で上半身半裸になった俺と固まってる理子を見て何も気にしていないようだ。やり取りは大声だったしキッチンの方まで届いてるか。ひょっこりと顔だけ覗かせて、やれやれとため息をついている。
にしても、撃たれなくてよかった・・・・・アリアの前では俺の上半身半裸はセーフゾーンか、あぶねえ・・・・・。
「あと朝陽。アンタには失礼だけど
右目をトントンと叩く仕草を俺に送る。そこで横目で鏡をみて、ハッとさせられた。眼帯をつけろってことか。確かに、半裸云々よりも優先事項だ。
ということは、文は蒸気と俺の裸に気をとられてたから見られてないんだな。ひとまず安心だ。右目のヒビは半径2センチ放射状に閉じたまぶた中央から広がっている。幸い眼帯で隠せる程度の小ささで、右腕に空いた大穴も服を着れば隠せる。
「りょ、りょーかい。適当に話をでっちあげるから合わせてくれな」
もちろんよ、とヒラヒラ手を振ってスタスタとキッチンへ戻っていく。シーンとした気まずい雰囲気を残して。
「い、行こっか」
これまたぎこちないような・・・・・親に見られちゃいけないものを見られたような空気が流れる。お調子者の理子すら黙るのだから俺が機転の利いた言葉を言えるはずもない。チラっと横目で見ると、理子も同じようなことをしていて。
「──っ!? 」
急いで顔をそむける。それこそ首を自分でへし折るくらいの勢いで。
──俺は悪くない。俺がキンジだったら理子は「はずかしがってるキーくんかっわいいー! 」とか言って全力で煽るはずなのに! 俺にもやってくれよ! ・・・・・待て。これだとMみたいじゃないか。何を考えてるんだ。クソっ、テンパりすぎだ。落ち着いて、落ち着いて・・・・・ふぅ。よし、とととりあえず服を着よう。
息を整えて身だしなみをしっかりして──なんかイケないことした後みたいだが、気持ちを切り替えてリビングに繋がるドアを開ける。
普段は出さない少し大きめの机が出されてて、文がその上にジュースやら割り箸やらをセットしていた。アリアはキッチンで鼻歌まじりに食材っぽいのを洗ってる。一気に生活感が増したというか、女子会っぽいな。
「こ、こんばんは。文。久しぶりだね」
改めて文と顔を合わせる。さっきのは見なかったことにしてくれてほしい。幸いなことに文は俺の声を聞くと、ぎこちないながらも、
「きょーじょー君・・・・・じゃなくて、あ、朝陽くんこんばんはなのだ」
と返してくれた。よかった、傷跡は見られてないな。
だが安堵もつかの間、こちらに振り向くと、
「・・・・・!? どーしたのだ⁉ 入院したって聞いたけど、眼帯なのだ!? が、眼帯、なんて知らなかったのだ! 」
まあ、最後に会って一か月も経たぬうちに眼帯付けてたら騒がれるに決まってる。怪我なんて日常茶飯事でわざわざ報告する程でもないしな。さすがに目はまずかったか。一般人でも武偵でもそりゃ驚くか。
「入院てそんなもんだよ。大体俺が怪我し過ぎで感覚が麻痺してるかもしんないけど、一報入れとけばよかったね。まあ生きてるから問題なしだし、──あー、その、今回は運が悪かったんだよ」
「も──もう、右、右目は見えないのだ? 」
「そーだねー。完全に失明したよ。こうなったのは、まあ、爆発事故に巻き込まれちゃって。安全圏まで逃げれたかなって振り向いたらガラスの破片が飛んできてさー。眼球周辺モロに食らっちゃったよ」
もちろん嘘だ。爆発事故で安全圏まで逃げて油断、そして怪我なんて、SランクどころかBですらしない。けれど文にそれは見破れない。明らかに動揺しまくってさっきから2Lペットボトルを落としそうだし。
「み、みせてなのだ! 」
と、体のどこから瞬発力が生まれたのか、強襲科並の速さで駆け寄ってきた。これを見せちゃマズイと、文の手をすんでのところで顔を上に向け避ける。中々ショッキングな傷跡だ。今の文にはまだ早い。てか、普通に反応遅れてたらヤバかったぞ。
「見せてなのだ! 心配なのだ! 」
「ちょ、文!? 」
背が小さいから届かないとたかをくくっていたが、ピョンと俺の体にしがみついて、あろうことかよじ登ってきたぞ! 服! 服のびる!
「あ、じゃあアリアを手伝ってくるね。キョーくんの部屋、爆発させたら弁償どころじゃ済まないからね」
えっ、待ってくださいよ! 男なら殴れば落ちるけど、文に、てか女子に立ったまましがみつかれるってどうやって・・・・・くっ、なりふり構ってられん!
文の指が涙袋あたりに到達したあたりで、片手の手のひらを文の顔に覆い被せ下に押す。許せ、文!
「
「見えなくて! いい! よ! 」
力なら俺の方が強い。ググッと床まで下ろし手を離しても体にずっとしがみついている。コアラかよ!
「心配なのだ! また怪我してるのだ! 」
「いつものことだって。だいじょうぶだよ」
どれだけ心配なんだと思わずはにかむ。しかし文は、
「・・・・・なんでそんなヘラヘラ笑ってられるのだ? 」
文にしては低めのトーンだ。ジト目──いや、もう睨んでる感じだ。
「そりゃ見事にやられたからね。帰るまでが
「朝陽くんから送られてきた
小さな声で、しかし普段は柔らかな雰囲気を宿しているその瞳は力強く俺に訴えていた。
もっと自分を大切にしろ、と。
「ご、ごめん。十分気をつけてはいるんだけどね」
「・・・・・ゆっくり二人で話がしたいのだ。今日の帰り送ってってくれるのだ? 」
「あ、ああ」
嘘・・・・・ほんとに怒っていらっしゃる? いつも笑顔をふりまいてるあの
「約束なのだ! 朝陽くんとの約束は邪魔されるのがほとんどなのだ。今日こそは! 絶対守ってもらうのだ! 」
ぐぐぐーっと眉を釣り上げたかと思うとビシッと指を突きつけられた。
そういえば・・・・・文との約束を守れたことなんて片手で数えられるくらいか。俺が緊急の任務で呼び出しくらうか、文の急な用事で中断されるかのどちらかだったし。──あ。
「ごめん・・・・・俺・・・・・その、自宅療養を命じられてたんだ。1歩も敷地内から出ちゃダメでさ・・・・・話なら、そうだな」
キッチンの方へ振り向き、何故かピンク色の煙を精製している女子ふたりに、
「少しベランダに出るけど、いい? 」
と聞くと、理子が妙にキラキラさせた目でオッケーと返事をしてくれた。
何を作ってるのかは知らないが・・・・・体育祭の終わりにチームで集まって食べた闇鍋よりはマシだな。変な臭いもしないし。さて。
「ベランダでいい? 許可もとれたし2人で話せるなら充分だけど」
「わ、わかったのだ。それでも・・・・・キチンと伝えられるから」
「? とにかく出よっか」
多少の不安感を抱きつつ文と共に本日2回目のベランダに出る。夜にもなれば吹きつける風もあり肌寒さが特に目立つ。俺は風呂上がりで体はポカポカしてるけど、文はそうはいかない。なんか・・・・・若干オシャレしてきてるような服装だ。探偵科じゃないし服とか興味ないから詳しくは知らないけど、素人目でも元から備わっている可愛さに磨きがかかってる。これは・・・・・デートの時に理子がおめかしするのと同じ雰囲気だ。
「寒いよね。こんな時気が利く男なら暖かい羽織るものを持ってたりすんだけど」
「ううん、いいのだ! 朝陽くんが優しいのは十分すぎるくらいわかってるのだ」
「そ、そうか。ありがと。ところで、その、話したいことって何かな。文が改まってるのも珍しいけどさ」
「う、うん・・・・・実は・・・・・」
驚くほど真っ赤。理子が慌ててる時くらい真っ赤だ。しかもうつむいてモジモジとしている姿はもう幼女そのもの。ロリコンにはたまらんだろうなあ。
「朝陽くんって・・・・・その──え、っ、えっち・・・・・って、したことある──のだ? 」
・・・・・聞いてきた内容はアダルトそのものだが──!
「え、っと~・・・・・えっちってのは、いわゆるキスとかそんな感じかな」
まだ。まだ慌ててはいけない。文が言うエッチはきっとキス止まりのこと。大人な世界のことじゃないよね。うん、その先のことなんて知らないはず。絶対そう。いやそうであってくれ!
「ちゃ、ちゃんと──その、裸になるほう、なのだ」
「そっちだよねうんうん! 高校生だもんね! 」
まさか文がそこまで進んでいたとは・・・・・! あ、そういえば結構まえに文の家泊まった時襲われかけたな、俺。やっぱりアルコールは人を変えるってのを身をもって体験した。俺としては本能的に迫った感じで、そういう単語をまだ知らない純情な子だとばかり!
どこか悲しいような気持ちを抱きつつ、まだシテないよ、と口を開きかけ、
「えっと──さっ、最後までシたよ」
咄嗟に嘘をつく。ここでシてないと言ったら逆に怪しいと思われる。誰だって、同棲中の交際カップルがシた事ありませんなんて信じやしない。まあ俺の場合はホントにしてないんだけど、ここはちゃんとヤることやりましたって言うほうが自然。まだ童貞だけどなッッ!!
「ダウトなのだ」
ッ!? この女児普通に見抜いてきやがった──! しかもノータイムで!
いやいや、動揺しちゃダメなのだ。なのだじゃねえ、ダメだ。われ諜報科だぞ。幼女に本心当てられたくらいでなんだ。バレなきゃいんだよバレなきゃ!
「嘘じゃないって。ほんとほんと」
「実は今、新開発のウソがわかるコンタクトをつけてるのだ。実用試験も終わって世に出せる商品なのだ」
「・・・・・シテマセン」
「やっぱり嘘なのだ。ちなみに嘘が分かるのも嘘なのだ」
「え」
ということは、つまり、今のはブラフで・・・・・まだ手を出せてない俺のチキンぶりがバレたということか!? 一本取られたっ。はぅ!
俺が死体になる以前も確かに触れられる機会はたくさんあった。同棲してる時期も理子は許してくれてたが手をださなかったのは自分。──特にまだはっちゃけてた一学期はいくらでもチャンスはそこら辺の石ころ並に転がってたぞ!
「理子ちゃんはずっと、魅力がないのかなって相談してくるのだ。据え膳食わぬは男の恥なのだ」
「うぐっ。ま、まあ俺にも事情ってのがあってな。体目当てなんて思われたくないし。あーいや、別にこのパーティが終わったあと理子の家行って良い雰囲気になってそっから──みたいな
こんな安直な考えでイケると思うから未だ童貞のままなんだが、それでも、理子を傷つけることはしたくない。怖いようなそうでないような。・・・・・実のところ、別にヤレるヤレないなんてどうでもいい。ただいつもみたいにバカ騒ぎいて、一緒にご飯食べて、詰みゲーで盛り上がって、一緒に寝て、ずっとそれをくり返せれば。
はっちゃけてた時の自分を振り返れば別人のような気もする。何も知らず、危機感を覚えない、ちょっと物騒な年頃の高校生でいたかったんだろうな。
「変わったのだ。朝陽くん。1年も経たずに丸くなっちゃって、あの頃の朝陽くんとは正反対なのだ。そんなに・・・・・そんなに、理子ちゃんのことが好きなのだ? 前は工房に相談に来たくらい嫌がってたのに」
「そ、そうだったか? ・・・・・まぁ正直、欠かせない存在になったよ。考えるだけで顔が熱くなるというか恥ずかしいというか・・・・・とにかく言い表せない幸せな気持ちでいっぱいになるんだ。これが好きって気持ちなら──ああもう! ほんと恥ずかしい」
シュウゥ、と頭が焼けててもおかしくないくらい熱い。特に耳。ストーカー気質じゃないけど、考えれば考えるほどおかしくなりそうだ。胸がはちきれそうになる。
「そのチョーカーも理子ちゃんからもらったのだ? 」
「・・・・・ああ。今日やるのとは別の、復帰祝いみたいな」
「重くないのだ? 」
と、純真な瞳で聞いてくる。
重くない──その言葉選びに冷や汗を覚える。チョーカーなんて似合う似合わないとか、首が絞まるとかそういうふうに見るもんだ。重くない? なんて・・・・・文が聞いてくると別の意味にしかとれない。技術面では文の観察力は世界でも通用するほど。あまりジロジロ見られても困るが、アクセサリーを隠すなんて怪しさ満点だ。
「重くないよ。どう、似合ってる? 」
「もちろん似合ってるのだ。それが首輪じゃなくチョーカーなら、とてもなのだ」
「首輪? あー俺もチョーカーを初めてみた時は首輪だと思ったが、立派なオシャレだぞ」
首輪か。デザイン的にまあそう見えるだろうな。機能面は別として、結構おれは気に入ってる。理子にも普通のチョーカーかネックレスとかプレゼントしたいな。
「オシャレは勉強してるけど、どーしても流行りに遅れてしまうのだ。あややは身長も低いし外見も中学生に間違われるのだ・・・・・これじゃあ追いつけないのだ」
「落ち込むなって。・・・・・そういや気になってる人いたんだよな。文は装備科だし手先は器用だろ? あと結構まっすぐで芯の強そうな目をしてる。アプローチとかはかけてる? 」
「かけてるけど一向に気づいてくれないのだ! 」
「どーしてだろうなあ」
文が好きな人──未だに付き合えてないのか。片思いの時が楽しかったとかよく聞くけどホントなのかね。文の顔みてもそうは思えないんだけど・・・・・あれ、睨んでらっしゃいます? 具体的な案をだせってことか?
「あー俺もオシャレとか得意じゃないんだけど、ほら、その気になる人とさ、デートとかいって一緒に選んでもらえば! 」
「ずっと任務行ってて会えないのだ! 」
「ひでえやつだな」
と、俺が顔をしかめたと同時に文の左ストレートが脇腹にめり込んだ。
しかも握りこぶしから中指の第2関節を少しでっぱらせるような、ゲンコツの痛いやつで。それ怪我するぞと言いたかったが、地味にジンジンと効いてるからやめとこう。もう一発はやだ。
「最近その人と仲良い女の子がまたさらに仲良くなったのだ。その女の子もあややとは正反対の子で・・・・・これじゃあ文に振り向いてくれるとは思えないのだ・・・・・」
「努力次第だよ。それに、仲良いってだけでまだそのふたりは付き合ってないんだろ? 文も同じくらい仲良くなってさ、勝負すればいいんじゃないか? もしくは、告白しちゃうとか」
「こっ、告白なのだ!? 」
「そ。告白。手っ取り早くていいだろ。結果はまあ、どっちに転ぶだろうか無責任に言えないけどさ。ちゃんと自分の想いを伝えれば、その人もちゃんと応えてくれるんじゃないか? 」
「そう・・・・・なのかなのだ・・・・・」
プシュゥー、と真っ赤になりすぎてオーバーヒートしたらしい文は顔をそらして夜景に目をそらした。
知識はあっても経験がないのは俺と同じだけど、外から見るとホントに純情って感じで微笑ましいな。口もとちょっとニヤけてるし。何より文のこの表情は珍しい。アリアとキンジの関係はイジリたくなる気持ちになるが、文はもう話聞いてるだけでお腹いっぱいだ。
が、それもつかの間。文は何かを思い出したようにハッとすると、途端に幸せを吐き出すかのごとく暗い雰囲気を漂わせた。感受性がものすごい豊かで逆にこっちが不安になるぞ。
「──でも、なのだ。あややは朝陽くんの役にたててないのだ。朝陽くんが抱える悩みも解決出来る力は持ってないのだ」
まるで何かをねだるような切なげな表情を見下ろす。寝巻きの端をシワになるくらい強く掴んで、どこか行ってしまう親を引き止める子どもみたいに。
そんな文に──俺は無意識のうちに文に見えない方の拳を握りしめていた。もう寒い季節に入るというのに手汗がじっとりと浮かび上がる。それくらい嫌な予感が立ち込めていたからだ。漠然としたもので気のせいかもしれない。どう飛躍すればその話題にいくのか、支離滅裂じゃないか。けれど、拭いきれない不安が、ある。
「そんなことないって。悩みもないからだいじょうぶだよ。この怪我で悩み無いつっても信ぴょう性ないけどさ」
「・・・・・あややは運動神経わるいから前線にたてないのだ。でも朝陽くんの役に立てるようにと努力してきたのだ。でも、朝陽くんが任務に出かけて帰ってくる度にボロボロになってる姿を見て──やっぱり何もしてあげれないことを自覚したのだ」
「それは俺の使い方が悪いんであって文は何も」
「この前整備した朝陽くんの両腕盾。内側のへこみは少なく外は鋭い刃物と鈍器で削られてたのだ。加えて表面の大部分は変色してたのだ」
少しずつ文の声は震えて、けれど真実を確かめるように大きくなっていく。
「友達に調べてもらったら、朝陽くんの血液成分ってわかって、それに今まで見たことない金属も大量に出てきたのだ。大きい破片が少しなら分かるのだ。でもほぼ同じサイズの目で見える金属片がいくつもあるのだ。あれだけ大きいなら体中の血管を傷つけてもいいくらいなのだ」
「──っ、ああ、それは、俺たちが行ったとこに未知の物質開発をしてる部門もあってな。そこが爆発したとき腕に破片が刺さったからかな。運よく全部血管の真ん中通ってくれたのかな! 」
やばい。間違いなく瑠瑠色金だ。一般には知られてない、むしろ知られちゃいけない代物だ。盾にこびりついてた程度じゃあ文に何も被害はないが、それを調べた友達も文も、最悪の場合公安による抹消対象なりうる。
俺の体は既に瑠瑠色金のもの──要は金属なんだ。血管内を瑠瑠色金の破片や粒子がまわっていることは自然だ。ヒトの体じゃ絶対に血管はあちこち切れる。
「今の朝陽くんは別人なのだ。今年の四月から今日まで、会う度に朝陽くんだった何かが少しずつ欠けていくのだ」
「たしかに今年は確かに学校に来ない日が多かったけど、欠けるとはちょっと考えすぎじゃないか? ああ、まああとは精神的におとなしくなったというか、理子の存在の影響を受けたのかも」
「今までの朝陽くんは女の人を泣かせなかったのだ」
──泣かせた? そんな覚えない。今年入って文と俺が共通して知ってる女子で、でも理子にもアリアにも『あんた女子を泣かせたって本当なの!? 』なんて問いただされなかった。いったいどこで──
「朝陽くんが工房に遊びに来た日、蘭豹先生と綴先生、あと知らない人が朝陽くんに用があるって突入してきてあややは追い出されたのだ。そのあと、あややと同じくらいの身長の知らない子が来て、部屋の様子を見せてもらったのだ」
「・・・・・その小さい子はどうやって部屋の中をみたんだ。あの部屋には盗難防止の隠しカメラでもあるのか? あったとしてもあの二人が対策してこないはずがないと思うけど」
「隠しカメラなんてないのだ。でもその子は、朝陽くんがいればどこでも監視できるって笑ってたのだ」
なんだそれ。俺がいれば遠視みたいなのできるって、発動条件がおかしいだろ。超能力でも特定個人によって作用するかどうかなんて聞いたことない。だけど、泣かせたという点なら・・・・・あながち間違いじゃない。今思い出した。
脳内をスキャンすると連れてきた綴先生の友人らしき人だ。俺に触れた瞬間膝から崩れ落ちてたような・・・・・その辺記憶が曖昧でよく覚えてないが、妙な高揚感があったのは思い出せる。
そして──その小さい子、帰り際に確か俺に名乗っていたはずだ。服装や顔はもうおぼろげだが。
「何を話してたか、聞いたか? 」
「音声は聞いてないのだ。──教えてなのだ、朝陽くん。どうして1年も経たずに、まるで会う度に、話を聞く度に人格が変わっていくようになったのだ? 朝陽くんは女の子を泣かせなかった。朝陽くんは辛い時はつらいって言って、へらへら笑ってなかった。朝陽くんはそんな冷たい目をしてなかったのだ。・・・・・今の朝陽くんは、いったい誰なのだ? 」
・・・・・まだ、隠せる。瑠瑠色金の残酷さを知っちゃだめだ。文の技術は世界で胸をはれる。それをたかだか俺のことを気にかけて台無しにしちゃもったいない。関わったら女子であれば殺すと宣言した瑠瑠神にメチャクチャにされたらどんなことをしても謝りきれない。
こんな話はしたくなかった。楽しい話で隠し通したかったけど──
「実は、信じちゃくれないかもだけど、俺は元々この世界の住人じゃないんだ」
そう微笑みながら伝えると、予想通り悲しげな顔で凍りついた。誰だって現実的な悩みを打ち明けると思うだろうが、非日常が常識になってるくらいでないとすんなりこの話は受け入れられない──というか妄想だと思われる。だから良い。現実味がある話と無いのを混ぜるのが一番ヒトを騙しやすい。
「日本政府指導の実験によって俺はこっちの世界に連れてこられた。俗に言う異世界転生ってやつ。最初は驚いたよ。ブラックホールみたいな穴が地面に突然あいてさ、落ちいくうちに気失っちゃって、気づいたら武偵なんてやってた。ああ、別に不満なんかじゃないよ。今も充分幸せ」
「朝陽・・・・・くん、何を言ってるのだ・・・・・? 」
「でも、いつしか綻び始めた。どの国にも法律があるようにどの世界にもルールがあるらしくて。それを破ったせいで、だんだん体が未知の物質に変化していってるみたいなんだ。それだけじゃなく、無意識の内に自傷行為をし始めるようになって・・・・・今じゃキレイなとこなんてないくらいだよ。余命は──今年の四月から1年もつかどうか。でも最近悪化しちゃって、3月まで耐えれるかどうかって感じでさ」
瑠瑠神の能力の乱用。そして一時的な瑠瑠神化。もう乗っ取られるまでのカウントダウンは始まってる。パーティなんてこれが最後かもしれないな。
「じゃあなんでなのだ・・・・・なんで朝陽くんは笑って──! 」
っと、慌てて文の口を両手で塞ぐ。ここで喧嘩したと誤解されればもれなくアリアの弾丸と鉄扉をも粉砕する蹴りがとんでくるからな。まあ別にそれくらいだったらいいんだけど、理子から軽蔑されるのは嫌だ。
「楽しいからだよ」
文の両目をしっかり見据えて、安心させるよう笑いかける。
「みんなとバカ騒ぎするのが楽しい。理子と買い物に行って、アリアと白雪がキンジを取り合ってるのを見るのも楽しい。レキは独特の世界観持ってて面白いし、文とは1年の最初の頃からの付き合いだから安心する。何気ない日常をおくってるのが一番良いんだ。疲れちゃうだろ? 死ぬまであと何日って考えてたら。辛いことから逃げてるってのは充分わかってる。それでも、最期まで俺は幸せでいたい。辛いときも笑顔でいればなんとか幸せになれるよ」
文は何も言ってこない。ただ俺の失った右目をジッと見つめて言葉をつまらせている。どう足掻いても暗い話になるよな。この話題は。
俺のことなんて気にしなくていいのに、なんというか──優しいよ。心に染みる温かさだ。
「・・・・・。朝陽くん。ほんとにほんとなのだ? 余命が、あとちょっとって」
「俺がどれだけ無神経で変態と罵られる通りのやつだとしても、そんな冗談は絶対に言わないよ。むしろ俺と文の仲だから打ち明けたんだ。これ知ってんの、あとはバスカービルのメンツくらいだし」
・・・・・話したかな。うん、多分伝えてた気がする。俺も忘れてるけど、過去の俺がどっかで話してるだろ。きっと。
「朝陽くんはあややのことをどう思ってるのだ? 」
「ど、どう思うって・・・・・そりゃ、女友達の仲じゃ一番気の置けないというか、本音で喋れる関係だって思ってるよ」
「・・・・・やっぱり朝陽くんはイジワルなのだ。理子ちゃんとニセモノの関係になって焦ってたけど、それから朝陽くんは任務で学校にあまり顔をださなくなったのだ。戻ってきても新しい生傷ばかりつくって、ずっと心配だったのだ。それに理子ちゃんとの関係もなのだ。お話を聞くかぎり最初はぎこちなくって上辺だけの関係で済むのだと思ったのだ。でも・・・・・文化祭の演劇で理子ちゃんと朝陽くんを見て、思ったのだ。朝陽くんは理子ちゃんが好きですのだ」
「・・・・・あや? 」
「でも──ニセモノの関係が始まってからなのだ。朝陽くんの生傷がどんどん増えているのだ。朝陽くんは普通の銃と刀からどんどん装備を変更したのだ。今では盾とショットガン──まるで誰かを守るための、朝陽くんが朝陽くん自身のことを大事に思わない使い方なのだ。──もう嫌なのだ。あと少しで朝陽くんが余命を迎えるなら、それこそ自分をいたわるべきなのだ。・・・・・朝陽くん、あややと一緒にデートをして欲しいのだ」
「は、えっ、えっと・・・・・いや、いたわるつもりはあるけど、いやいや、それよりもデートって──」
「期間は朝陽くんが余命を迎えるまでなのだ。行き先はどこでもいいですのだ。もう武器をとらずにゆっくり過ごせたら、あややはどこでも行きますのだ。お金ならいっぱいあるのだ」
冗談よせ、と茶化すことも許さぬ雰囲気が漂う。文の目はいつになく真剣だ。つまり──文は本気で、逃げようと言っている。
武偵はもちろん怪我の多い職業だ。死亡事故も珍しくない。珍しいのは、俺みたいに日に日にボロボロになっていくタイプ。やっぱり、傷跡がモロに残って、余命を告げられれば動揺もする。しかしその類でもない。もっと別の感情の何か。
「朝陽くん。今ここで言うのはズルいことだってわかってるのだ。理子ちゃんにも失礼なのはわかってるのだ。嫌われたってしょうがないですのだ。でも、ここで言わなきゃきっと後悔するのだ」
──いや、まさか。そういうことを言う時はもっと、恥ずかしながらもその幸せを噛みしめて言うものだ。そんな焦燥感に満ち溢れて伝えるもんじゃあない。どうか予想をはずさせてくれ。やめっ、とめてくれ。俺はまだ知らないんだ。
「ずっと前から朝陽くんのことが好きですのだ。あややと一緒に、逃げようなのだ」
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