俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 能力に悩まされる


第66話 みすてないで

 セウスの前よりも大人びた声が脳に響く。最後に聞いたのは確かジーサードと初めて会った時と割かし最近の──1ヶ月近く前のことだが、もう少し子供っぽいような声だった気がするぞ。でもその大人びた雰囲気をこの金切り声で粉砕しているのだからもったいない。

 それはともかく。ちょうど連絡してきてくれたのはうれしい限りだ。これでやっと瑠瑠神打倒のヒントを掴めるかもしれない。一日でも、一秒でも早く。この焦る気持ちを沈めたい。焦燥感が底知れなく襲ってくるこの状況を何とかしたい。

 

「どうして今の今まで連絡くれなかったんだ。なんどもかけたのに」

 

『えっ⁉ 君そんなに私にかけてくれたのかい⁉ 嬉しいじゃないか! 』

 

「っ、緊急事態なんだよ頼む! そんな会話をしてる暇ないんだ! 俺も必死に調べてるけど、足どりすら掴めなくて・・・・・だから! 」

 

「私に協力してくれと? 充分してると思うけど」

 

「お前の持ってる情報が欲しいんだ。俺も頑張ってるけど中々集まんなくて・・・・・立ち往生してるんだ。こっちでも限界が──」

 

()()。いつから君はそんな(いびつ)になったんだい? 』

 

 ──あまりにも冷めた声が届く。唐突だった。全身にトリハダが立つなんてちっぽけなものじゃない。クールな雰囲気に似合わぬはしゃぎっぷりが、途端に声だけで人を凍てつかせる凶器に変貌した。たった一言だけで、心臓が凍った手に鷲掴みされたみたいに苦しくなる。隣にいるわけでないし、ましてや住む世界が違うのに、瑠瑠神(この体)が一瞬ですくんでしまう威圧感に飲み込まれる。

 

『今まで遊び呆けて自分から解決しようとしなかったくせに、必要になった時だけ私を頼って、しかも急かすなんて。()()()()()()とは思わないかい? 』

 

「え、えと、そうだけど! 」

 

『瑠瑠神化を悪化・加速させたのは君自身だ。君の実力がもっと上なら瑠瑠神(アレ)の能力を乱発せずに済んだのに。どれだけ私が忠告したと思ってるの。自ら鍛錬を重ねようとは考えつかなかったのか?』

 

 ・・・・・言葉が出てこない。

 俺は武偵として活動するだけで瑠瑠神と戦うことに目をつむっていた。どうしようどうしようと考えて、考えて、それでいつも終わっていた。実行になんか移してなかった。Sランクの任務はどれも難易度が高くて負傷することもあるし、傷を負ってなくても疲れがどっと来ることもある。家に帰って瑠瑠色金についてなんて調べられる体力なんてない──そんな弱音で自分を納得させてた。オフの時も休息はしっかり取らなきゃって、あとまわしにして。

 

『確かに君は戦闘面、特に他人を守ることに関してはよく頑張ったと思うよ。でも肝心の君自身を守れていない。いや、守ろうとしていない。君は他人を守るとき、君自身の能力で助けたことがあるかい? 瑠瑠色金の力を引き出してでも他人を守ることが、助けられた側がどれだけ酷な運命を辿るか、君は想像したことあるのかい? 』

 

「そ、それは! 俺はただがむしゃらに戦ってて、考える暇なんて」

 

『あったはずだ。君にはどれだけの猶予が与えられていたとおもう? 。君を友人だと信頼している仲間を、君のことを愛している仲間を、1番なりたくないものに君が成り果て殺すんだ。どうしてか? 君が瑠瑠色金の能力を使うからだ。君自身ホッとしている部分もあるのだろう? 瑠瑠神がいて良かったって』

 

「俺はそんなこと! 」

 

『必要が、必要であるが故に──か。免罪符には程遠いよ。長らく君のことを見てきたが、ここ最近の君の無茶ぶりにはほとほと愛想が尽きた』

 

 ・・・・・あ、ダメだ。たのむ。今のこの、得体の知れない感情が上がってきては。やめろ、やめてくれ。

 数少なかれどアドバイスや励ましの言葉をかけてくれて、理不尽に殺された俺にチャンスをくれた恩人()に、そんな・・・・・。理子とは違う意味で感謝してるし、見えない努力だって俺よりいくらでもしてるはず。やっぱり、努力してないのは俺の方だ。憎くて仕方ない相手に心の底では頼っていたことになる──いやだ。それだけは嫌だ。そしたら、そしたら俺は──!

 

『なーんて、うそうそ! 冗談だよ! 私が君に対して頑張ってないーだなんて言うはずないじゃないか。ちょっと私が視てるより深刻だから、君を突き放すようなことを言って試してみた。ごめんよ』

 

 ・・・・・は? 一瞬理解が追いつかなかった。ゼウスに突き放されたショックが大き過ぎたからだ。数秒の沈黙が流れて、ようやく安堵を飲み込めた時には、無意識のうちにベランダにへたり込んでいて。

 うなだれた頭を空に向け、

 

「たのむ。驚かさないでくれよ」

 

 とため息をついた。活動していない心臓が高鳴ってる気がする。

 (ひたい)に浮かんでいた冷や汗を袖で拭って、震える足に再び力を入れ立ち上がる。

 

『ごめんね。最近シリアスなことばかりで君も休めてないというのに追い討ちをかける真似をしてしまって。でも必要なんだ。信じてくれ』

 

「信じるけど・・・・・ちょっと、じゃなくてだいぶキツかったかなあ」

 

『あ・・・・・いや、私は君を傷つけることを言ったけど、悪気があったわけじゃなくて! ああでも、調べるためにわざと言ったのは確かなんだけど・・・・・! 』

 

「いや、これはお礼だよ。逆にビシって言ってくれてありがたかったよ。今まで一人で成しえたことは1つもないくせに、他人に頼る時は1人前だ。だから・・・・・俺は俺のやり方を見つけなきゃって思ってたけど、どこか怠ける自分がいた。そりゃどうしてもって時はあるけどさ、その怠け癖で俺はだいぶ他人にも、理子にも、お前にも負担をかけてた。それを気づけたんだ。ホントにありがと」

 

 俺は本音を伝えたが、どうも皮肉めいた何かと捉えたらしく『えっと、』とあたふたしながら言葉をつまらせている。最初にゼウスが切り出した話だろうにと、俺も少し落ち着きを取り戻しながら、

 

ゼウス(ロリ神)・・・・・っていわれるほどもう小さくないか。俺は信頼してるよ、ゼウスのこと。どう隠そうたって筒抜けだし。本当に感謝してる。大事なことに気づかせて──というか、俺が認めるのが嫌で避けてただけか。それを真正面から言ってくれて。本当にありがとう」

 

 と、本心から俺が言ってるのが感じ取れてくれたのか、

 

『信頼! 信頼って、どれくらい!? 峰理子と同じくらいかい!? 』

 

 やはりクールな雰囲気をぶち壊すようなトーン、しかも食い気味で聞いてくるもんだから流石に「お、おう」と答えるしか無かった。

 にしてもなんで限定的に理子なんだと思ったが、まあ、単純に俺のそばにずっといてくれてる存在が理子だから、とだけだな。外は成長しても中身が伴ってないだろうし。

 

『あっ! 君いま失礼なことを考えたなー? むぅー・・・・・。んっ、んん! ちょっと脱線し過ぎかも。とにかく私が伝えたかったのは、君はいつも頑張ってるってこと。確かに瑠瑠色金に頼り過ぎな部分もあるけど、これから治していけばいい。がんばってがんばって、挫けそうでも君には仲間がいる。峰理子が一番頼りになるかもね。困った時は2人で助け合うといい。君の精神安定剤たりえるのは峰理子だけだ。彼女ならきっと、絶望の縁に立たされた君を救ってくれるはずだよ』

 

「何でも知ってんだな」

 

『分かるとも。私は全知全能だからね。ついでに伝えとくと、君はいま情緒不安定だ。瑠瑠神と融合することでの拒否反応と言った方がいいかな。後悔と自己嫌悪、愛と欲望が混ざってグチャグチャ。君、私にけなされてた時すっごい死にそうな顔してたよ』

 

 動揺が目に見える、か。それは困る。いつ何が自己嫌悪に浸かってしまうトリガーとなりえるか、不明なまま理子と過ごすのはリスクが大きい。二人きりの時や夢で、さっきのような発作が起きたら・・・・・きっと、幻滅される。

 だから理子の前では()()()()()でいなきゃならない。それが、理子を心配させない最善策だ。心配させたくない──それが一番の理由かもしれない。俺が笑顔なら理子も笑顔になる。辛いことは相談してと言われたけど、俺が笑顔を崩さなければ、きっとそれは耐えれること。相談に値しないちっぽけなものだ。嘘はついてない。

 

 けど、俺はこの自分で決めた約束すら破ってしまうかもしれない。自分にあまい俺に、理子に頼る以外で唯一やくそくが守れるとしたら、

 

「ゼウス。どうすれば俺はずっと笑顔でいれるんだ? 」

 

 理子でない信頼出来る誰かに自分の約束を聞いてもらうこと。たったそれだけだ。今までは自分の心の中で、或いは身の丈に合わない目標ばかり立てていた。ずっと笑顔なら、子供でもできる簡単なこと。ゼウスがいるから万が一崩れそうになった時も注意してくれれば治せる。

 

『ふふっ、簡単だよ。口の端と端をグイッと上にあげて、目を少し細める。それっぽくなるだろうから、後で鏡で見てごらん。・・・・・ああ、君の今考えてることは分かってる。辛いときでも笑えば前向きになれるはずさ。君ならできるよ』

 

「うん。そうだね。──ありがとう」

 

 心が少し軽くなったような気がする。ネガティブに考える癖もだんだん無くなるかも・・・・・や、それはないか。俺はきっと俺のまま、その上に付け足すように前向きに考えよう。無くすことは出来なくとも減らせられたら、それはきっといつか役に立つんだ。

 

『嬉しいようだね。私も、前向きな君を見るのは好きだよ。さて、私も真の全知全能に成るために頑張んなくちゃ! 』

 

「? 真の全知全能って、ゼウスは元から全知全能じゃないのか? 」

 

『あれ、話してなかったかな。前にどこかで話したはずなんだけど・・・・・この際もう一度説明しとこうか。ゼウスの名にふさわしい力を手に入れるようになるには、地球基準であと4か月程度かかる。君がその時まで頑張ってくれれば、あとは私に任せてほしいな』

 

「? どういうこと? 」

 

『神である私だって生命体だ。成長もすれば老化もする。君たち人間だって身体能力は幼少期より青年期の方が上だろう。そして要の私は、成長期の真っ最中。つまりピッチピチのJKだよ! 外見はね! 』

 

 へへーん、と何故かドヤ顔をしている様子が目に浮かぶ。だが、一々ツッコミをいれてるとグダグダになるから敢えてスルーを決め込む。ゼウスは不満そうな吐息を漏らしたが、仕方ないと割り切ってほしいな。

 

「成長速度速すぎやしないか? 俺が最初に会った時はロリだったじゃねえか」

 

『頑張ったの! 幼少期は青年期に比べて使えない能力や弱い能力が多い。今でこそ力を徐々に取り戻しているけど──ううん、ムリに成長してるから、通常より能力が欠けてしまっているね。特に精神掌握系や即死系は全盛期より育ってない。ま、色金みたいに()()()()でしか存在できない弱い神には未熟な能力でも効くんだけどね』

 

「限定世界? なにそれ」

 

『君の転生前の世界・・・・・ようするに基本世界から樹木の枝の如く分かたれた平行世界のことを限定世界と言うんだ。基本世界と限定世界は似て非なるもの。君が元いたとことは違って超能力や神と呼ばれるものが実際に存在する。それで神も二種類に分けられてね。数多ある限定世界を行き来できるような強い神と、その世界でしか存在を保てない神。瑠瑠色金は後者だよ』

 

 な、なんか急に話が難しくなったな。基本世界とか限定世界だとか。もう忘れかけてるけど、俺は転生者だ。ごく普通の一般市民だったのに、瑠瑠神に殺されてしまった哀れな一般市民。好かれたから殺されたという理不尽な……ん、待て待て。ゼウスが言ったことと矛盾してるな、それじゃ。

 

「なあ。瑠瑠神ってこの世界でしか存在できないんだろ? じゃあどうして俺と幼なじみを殺せたんだ? 確か前にもゼウスが説明してくれてた気がするけど、もっかい頼む」

 

『うん。正確には()()()どの世界線にも存在するの。ただ瑠瑠神のように自我を確立して活動してるのはこの世界だけ。この種類の神は割と多いんだけど、色金には"一にして全、全にして一"という性質上、別世界線の同じ色金に成れるの。ほんとチートでクソだよね」

 

「は、はあ」

 

『でもさっき言ったように、世界線を渡るには力がいる。いくらその性質を持っていようとも無視できない(ことわり)。だから上位の神に協力してもらうしかないんだけどなぁ。いくら力を瑠瑠神に譲渡したって、あの神じゃ弱くて幽霊みたく虚ろな存在になるだけだと思うんだ。実体化させたり憑依できたりするって、どんだけ瑠瑠神に肩入れしたのって話だよ! そのせいで君の幼なじみちゃんが乗っ取られて悲惨な事件になったのに!この騒動が終わったらとっちめてやる! 」

 

 プンスコ怒ってるゼウスを置いて、再び思考を走らせる。ゼウスから得た知識と共に、前世では大量の厨二病患者を誘わせる平行世界の概念について。ごく基本的なこともここでは重要だ。そう、例えば──

 

「この世界って、平行世界なんだろ? なら、この世界線の俺はどうなった? 」

 

 京城朝陽という人物はいたはずだ。この世界は銃規制や超能力が元の世界と大きく異なるが、街並みは微妙に変わってる程度で都市名なんかは一緒。前世のテレビで見た政治家もちらほら見かける。完全に一致とまではいかないが、それでもいたはずだ。平和を望んでる俺か、女にかまけてただらしない俺が。

 そしてもし。京城朝陽がいるのなら、瑠瑠神はなぜ平行世界の俺を狙わずわざわざ世界線を越えて来たのか。

 

『いたよ。ちゃーんと、名前と容姿も同じだったね』

 

 ・・・・・いた?

 

『けど死んでもらった。ちょちょいって操って交通事故でね』

 

 ・・・・・はい? え、ちょっと何言ってるか分からないんだけど。サラリとものすごいこと言わなかったか!?

 

『勘違いしてくれると困るから先に言っておくけど! この限定世界は基本世界から分かたれた世界って説明したよね。さっきも言ったけど、この世界には君が来る前に外見が君とまったく同じ京城朝陽という人間がこの世界にいたんだ。けど、君が転生するってなって、この世界に何の影響を与えることなく生まれさせてしまったら、そりゃもう大変な事態がおこるよ』

 

「たいへん? 」

 

『どちらも消滅する。京城朝陽という人物が二人いるという矛盾は通常ありえないんだ。だからそれを修正しようとする世界の力が働く。結果どっちも死んじゃうことになるんだ』

 

「は、はぁ」

 

『だからこの世界の京城朝陽に死んでもらったんだ。京城朝陽という器は京城朝陽という魂を以て完結するの。限定世界には基本世界と変わらぬ正しい魂は存在しないんだ。つまり、限定世界の京城朝陽には君とは違う魂は入ってたの。見知らぬ魂が入り込んだ京城朝陽なんてのは、もはや他人だよ』

 

「え、えと、外見は同じだけど中身が違う俺が邪魔になるから排除したってわけか? 」

 

『そうだとも。それが君を助ける唯一無二の方法だったよ。だとしても、どんな形であれニセモノ(朝陽)が殺されるよう仕向けた。ホンモノ()を救うためにね・・・・・軽蔑したかい? 』

 

 軽蔑したもなにも、知らない間に平行世界の自分を殺したから許してくれなんてぶっ飛んだ話に正直ついていけないぞ。しかも平行世界の俺と今の俺が違うだって? だから殺した? ・・・・・瑠瑠神も大概だけど、コイツもコイツで頭のネジ飛んでんな。交通事故なら多分苦しむことなくイケただろうけど・・・・・。

 

「家族はいたのか? 幼なじみとか」

 

『いなかったよ。君がこの世界に生まれてきた時と同じ孤児だ。仲良い友達はいたけど幼なじみは無し。正真正銘の一人きりだ』

 

 ボッチか。何があったかは知らないけど、こっちの世界の俺も中々苦労してたんだな。元の俺は霊感があったし割と不幸体質だから死ぬ時も、ああ運が悪かったんだなって割り切ってくれてたら嬉しいな。それに外見は同じだろうと中身の魂は違うなら、別人だと割り切ってしまえば問題ない。どうせ見ず知らずの他人だ。

 

「いいよ謝んなくたって。俺や理子には関係ないし、魂が違うのなら別人だ。んなことよりもさ、……どうして俺なんかを助けてくれるんだ? 」

 

『それは──』

 

 純粋な疑問だ。ぴちぴちのJK(女子高生)だと言い張ってる自称クール系の頭おかしいやつだが、仮にも全知全能の神ゼウスなのだ。神話上の神様が一個人の俺に手を貸すメリットなんてない。気づいたら協力してもらっただけだ。

 

『うん。嘘はつけないし、正直に言おっか。実は、私は前から君に興味があるんだ』

 

「物好きなやつだな」

 

『物好きと思うかい?ふっふーん、私のセンスはいいと思うんだけどナー? 現に君は峰理子という美少女に好かれてるじゃないか。

 

「傷物だぞ? 片目と周りの皮膚に地割れみたいなヒビ入ってるし、どこみたって傷跡だらけだ。ほら、右腕なんか(あな)開いちゃっててさ。骨ないのに動かせるんだよこれ。気味悪いだろ? 」

 

『いいよ。たとえ君の四肢が欠損して、両目とも潰されて、舌を抜かれたとしても、君が諦めない限り私は君に付き添う。人間界では、こういう愛の覚悟を()()っていうのかな』

 

「・・・・・いや全然。ゼウスがそこまでしてくれるんなら、俺も限界まで頑張ってみる。それが理子との約束でもあるしね」

 

 ゼウスがそこまでしてくれるなら、なおさら頑張んなきゃ。無茶できる体に成ったからには今までの情けない敗北はしたくない。

 

『君が頑張って頑張って、でもやっぱり上手くいかなくてさ、誰のことも信じられなくなったなら……君自身の意思で転生の間に来るといい。最後の手段を使ってでも、君の(そんざい)だけは守ってみせよう。私はいつだって君の力強い味方だ。大丈夫。瑠瑠神(アイツ)になんか殺されやしないさ』

 

 優しげに語ったその言葉と同じくらい穏やかに、クモの巣状にヒビが入った片目周辺を撫でられる。目の前は空中で足を引っ掛けるとこもないし、そもそも何も無いはずなんだけど、透明で暖かい小さな手が、確実に触れている。

 

『──あぁ。か弱き生命ともあろうに数多の苦痛と苦難を背負って。さらにこの傷に首輪まで──一体アイツらは何様のつもりなんだろうね』

 

「アイツら? 」

 

『君の首に趣味の悪いチョーカーを付けさせたクソ共のことを言ってるんだよ。見る限り、君の脳が完全に瑠瑠神化した瞬間爆発する代物か。思想と行動が真逆の野蛮人がしそうなことだ。200年前と何ら変わりないじゃないか。君は抵抗しなかったのかい? 』

 

「しなかったよ。これは俺の責任だし、あと残されてるのは左目と脳だけなんだろ? 仕方ないことって割り切ってるよ」

 

『正確にはあと魂も残ってる。目、脳と侵食されても魂が侵食されなければ君は君自身の存在を保つことが出来る。あとは私の()に任せてくれ。君の魂までは渡さないから』

 

「手? 」

 

 ゼウスが手を・・・・・あっ、転生の間から現世に戻る時に掴まれたあの手か? あの手が出てきた時ゼウスは自分でコントロールしてるような言動はいっさい聞いてなかった。だとしたら、

 

「その手って、まだ俺は見てないか? 」

 

『うん。私のは水色の大きな手。君を現世に連れ戻そうとした紫色の無数の手は、世界に連れ戻す役目を持った手だよ。まあこれも説明すると長くなるんだけど──転生の間において長居は許されない。あそこは本来、行き場を失った魂、輪廻の枠から外れた魂が行くところ。そして消滅寸前の魂が神にすがるところだ。君はもうこの世界の住人であるが魂が転生の間に行くような状態じゃない。だから君が間違って行ってしまったのだと焦って、君の世界が君を取り戻そうとするんだ』

 

「ほーお。お前はまだ死んでねえから戻ってこい! って感じか。どんくらいの強制力なんだ? それ」

 

『全盛期以外は無理。というかしたくない。余計な魔力持ってかれるし、逆らったところでメリットなんかない。君との話は脳内会話で済むから』

 

「そっか。あ、あとひとつ。さっき魂だけは渡さないって言ったよな? それもその手で捕まるんじゃないのか? 」

 

『いい質問だね! 実は転生の間にも肉体と魂で分けられてるんだ。地球の言葉で表すのは難しいんだけどね。えーと、私のは両方持っていけるけど、世界の方は魂だけ。転生の間において肉体というのはあまり関係ないからね。これでいいかい? 』

 

「ん、ああ」

 

 なるほど、よく分からん。でも瑠瑠神打倒のひとつの手として頭にメモっとこう。ゼウスが瑠瑠神の力を抑えてくれてる中、自由に動けるのは俺だ。奇想天外な策がポンと出てくれたら困らんが、凡人なりに色々と考えてみるか。ゼウスも協力的だからな。俺が頑張んないと。

 

『あ、そろそろ峰理子が帰ってくるんじゃないかな。もういい時間だよ』

 

 知らせてくれたわりには不服そうなため息をもらしたが、たしかに日も落ちかけて街灯がポツポツとつき始めてる。話の内容が物騒ではあったけど久々に会話出来てよかった。このままずっと話せてなかったらキツかったし。

 

「ん。ありがと。これからも連絡とると思うけど、前みたいに拒否しないでよな。おねがい」

 

『──んんっ! お、おっけー。わかった』

 

「あ? どうかしたか? 」

 

 息づかいが荒い──というか人の脳内にハアハア言ってるのが響いて気持ち悪いんだが、

 

『なんでもないなんでもない! ちょっと可愛かったからとかだから! 』

 

 ・・・・・もういいや。ツッこんだら負けだ。

 

「じゃあまた今度。よろしく」

 

『うん。笑顔、忘れずにね』

 

 最後に一言残した後プツッと頭の中で何かがきれて、ゼウスの声は聞こえなくなった。俺も冷え込んだ空気の中、深呼吸を一回してからベランダをあとにした。

 ──ここから始めるために。

 




リアルで環境が変わり課題やレポート、生活に追われてるため長い目で見てください。これからもよろしくお願い致します。

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