俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 目覚めてアリア、かなめ、蘭豹、武装検事、そして理子と話す


第64話 堕ちた愛

「俺、やっぱ、り理子の前か、ら消え、た方がいい、よな」

 

 いざ理子と対面すると、肩に何十個もの重りをつけられたような重圧がのしかかる。消えてしまいたいと心からそう願った。

 これだけ傷つけ、死を覚悟させて、いつまた暴走するか分からない──そんなヤツの隣にいる。今まで通りの生活に戻れば、理子にとって地獄のような日々の始まりだ。ニセモノの恋人なんて曖昧な関係で理子の部屋に居座って、やっと手に入れた幸福を取り上げる。これ以上、理子に残酷なことがあってたまるか。

 

「理子は、優し、いから嫌だ、って言うか、もしれ、ないけど。これば、かりは、許してくれ・・・・・俺はもう京城朝陽じゃない。瑠瑠色金なんだ。だからもう、理子の前にはいられない」

 

「──っ! あんたまだバスカービルでいるって言ったじゃない! 」

 

「アリ、アの緋、緋色金の、件は俺も協力できればする。バスカービルから脱退もしないよ。ただ、理子の目に映んない範囲で活動するってだけ」

 

 未熟な自分を呪った。少しでも楽観的に捉えた自分がバカバカしい。

 こんな俺をみて気持ち悪くならないのが不思議なくらい・・・・・いや、もうなってるか? だとしたら都合がいい。

 おそるおそると目を合わせる。呆然と立ち尽くし、それから俺の体をジロジロと観察しているようで・・・・・?

 出入口から10mも離れてないというのに、全力ダッシュで俺めがけて飛び込んでくる。そう、怪我人だと忘れてるんじゃないってくらい・・・・・!

 

「り、こまって! 」

 

「キョーくん! キョーくん! 」

 

 ズン! とベッドが軋み全体重が一瞬にしてのしかかる。おまけに上の2つの柔らかなクッションと下の枕に挟まれて。離させようと足掻いてもビクともしない。くっつくと危険という単純なことさえ無視して、さも普通の怪我人のように接してくる。・・・・・これじゃあ無理にどかしたりできない。かといって今のままじゃ理子がからかわれてしまう。

 なら、と体勢を変えてなんとか添い寝のような形にし、布団を上からかけ、誰が来ても理子が恥ずかしく見えないよう深く潜らせる。

 

「・・・・・はぁ。説教はあとにするわ。行きましょ、かなめ」

 

「そうだねアリア」

 

 ススっと引き戸が閉まり、やがて足音すら聞こえなくなる。(おの)ずと目の前に集中することになるが──暗くて、理子の吐息だけが聞こえて、その懐かしさに浸かっていく。

 ・・・・・とても好きな匂い。健康的かつ柔らかな白肌が眼前に広がり、包まれる心地良さに一瞬で虜にされてしまう。

 ──離れたくない。冷え切った体で抱きつくなんてただの迷惑かもしれないけど、ずっとこの温もりを感じていたい。・・・・・だけど、だめだ。離れなければ。こんなにも脆い意思だから俺は殺されたんだ。

 

「りこ」

 

「──! うん! 」

 

 喜びを噛みしめるかのような朗らかさが、かえって心苦しい。そう──体育祭の日に俺は約束したのだ。もう理子には頼らないと。理子は何がなんでも守り続けると。・・・・・だけど現実はその反対だ。守ってもらったのは俺。救ってもらったのも俺。そして・・・・・理子が怪我をする要因になったのも俺だ。

 

「理子離れ、て。俺にはもう──」

 

「痛いとこない!? 動かしにくいとか、痺れてるとことか! ・・・・・その様子だとなさそうかな? ないね! うん! ちょっとこのままいさせてーね! 」

 

 さらに体全身を押し当てられる。足をからめ、両手は頭の後ろに。苦しいほどに抱きしめられる。かえってその苦しさが居心地良いなどと思ってしまう自分がいる。けど、だめだ。この心地良さに委ねてしまえば、今までの約束はどうなる。

 

「理子。お願い、はなれて」

 

「すぅー、はぁー・・・・・キョーくん成分が補充されるぅ! 面会謝絶なんて犯罪だよ違法だよ! もう何日も窓越しでさえキョーくんを拝めてなかったんだからね。んーにしても匂いフェチにはたまりませんねぇ! 一日一嗅ぎ。これ大事だから」

 

 すんすんと俺の頭や首周りを狙ってくる。人に体臭を嗅がれるのは慣れてない以前に恥ずかしい。あの戦いを終えて、休む暇なく今に至るのだ。体臭はキツくない方だが、何日も体を洗ってなければさすがにまずい。しかも首や頭はもろにその影響を受ける。ほんとうに、理子には嫌な思いをさせたくない。

 

「りこ。そん、な、俺くさいか、ら。離れて」

 

「この髪のチクチク感! ちょっと控えめ肩幅! 引きしまった筋肉! もうずっと味わえないかと思ったよ〜! やっぱり理子の普段の行いがいいからかな? ちょっと用事があって、初めての面会はアリアとかなめちゃんに盗られちゃったけど、一番心配したのは理子なんだから、ね! 」

 

 なおも顔もうずめる理子。それからさらにぎゅぅっとキツく俺を抱きしめ、

 

「だから・・・・・もうどこにもいかないで・・・・・」

 

 ──と。

 少し潤んでいて、しかし必死に溢れだすのを抑えているような弱々しい声だった。鼻をすする音が、嗚咽(おえつ)を我慢しようともがく胸の動きが、チクチク心に刺さる。

 目頭が熱い。悲しいのは理子だけのはずなのに、とめどなく涙が溢れそうになる。喉の奥から熱の塊が這い上がってくる。残酷なのは、きっと辛い思いをした理子に追い討ちをかける別れを告げねばならないこと。

 

「理子・・・・・俺はお、まえ、を傷つけた。肉盾が持、ち主を攻撃す、るな、んて役目失格だ。ア、リアた、ちには許してもらえた、けど、理子、には許してもらおう、とは思わない」

 

 ああ、こんなにも自分が涙もろいとは思ってなかった。理子に今俺の顔を見られたらまた心配をかける。きっと、なんで泣きそうなの、って。

 だけど、俺には泣く権利がない。弱音なんてもってのほか。だのに理子のそばにいたら、そのダムが不意に崩れるかもしれない。それだけは嫌だ。理子には眩しいほど明るくて、手を伸ばすのが億劫(おっくう)になるほど綺麗な宝石のような人生をおくってほしい。そこに俺なんかがいちゃダメだ。

 

「あん、な失態をさら、して、もう理子の前、にいられ、ない。もう理子もわか、っただろ。俺じゃ理子をまもれ、ないって」

 

「・・・・・どうして? 理子にはキョーくんが必要で、キョーくんには理子が必要なの。困った時はお互い様だよ。恋人なんだから迷惑かけろって、キョーくんが言ったんでしょ」

 

「また、いつ瑠瑠、神に意識を乗っ取ら、れるか、もわかんない、んだぞ! い、つも通りの生活をお、くれたところで、不意に無防備、な状態を、襲うかもしれ、ない。寝て、る時も、背中を預けたときも! ナイフ、を突、き立てるかも、しれない、んだ! ・・・・・こ、んなやつと、一緒に居たいだなんて、思わないだろ」

 

 一言一言胸を刻む痛みに息を切らしながらも、言葉にできない感情に身を任せ怒鳴ってしまった。──理子が心配してくれてるのは痛いほどわかる。それでも、理子が自分の中でこれ以上ないほど大切で、『──』だからこそ、俺とこれ以上関わらないでほしい。

 俺はバカだ。嫌われることでしか大切な人を突き放す方法が見当たらない。恩を仇で返すようなことしか分からない。自分の不幸が大切な人の足かせになるくらいなら、()()()は、いないほうがずっと──

 

「おなじだよ。あたしも、ヒルダから脅されてた。悪趣味なイヤリングをつけられて、いつ殺されるか分からない不安に押しつぶされそうだった。楽しかった日々が恨めしくて、自分の気持ちを押し殺してキョーくんにひどいこと言った! 」

 

「それ、とこれと、は、規模がち、がう」

 

「そう? 今でも覚えてるよ。理子が別れてって言った時のキョーくんの顔。今でも後悔してる。忘れろって言われたってあれだけは脳裏に焼きついてる。あの時どれだけキョーくんの心を傷つけたか分からない。何度も何度も拒絶して、一生消えない傷もつくった! 」

 

 理子の指先が右目の目尻から側頭部へ沿う。この一直線に伸びる傷は理子が俺につけたもの。といっても、既にクモの巣状の傷跡に紛れてしまっているだろう。何も知らない人が見ればただの大怪我のあとにしか思わない。そんなことに理子は責任を感じてしまっている。

 

「いい、よ。右目周辺はグ、チャグチャ。見、分け、つかな、い」

 

「そーゆーことじゃないよ。気持ちの問題なの。・・・・・ニセモノの関係だけど、それなりに信頼してるんだよ。こうやって傷がつくことをためらわず、血まみれになりながら救いに来てくれた。沢山の嘘を重ねて、もう用済みだとキョーくんを見捨てて、絶交されて当然のあたし()を迎えに来てくれた! 今でも感謝してる。理子の人生を変えてくれたキョーくんを、今度はあたしが支えたいの! それでも・・・・・だめなの? 」

 

 こんな弱いのに。ヒルダを倒せたのも俺一人の力なんかじゃない。キンジがいて、アリアがいて、最後には理子だって一緒に戦った。みんな自分の全力で、格上に戦略で勝ち抜いた。

 ──俺は瑠瑠色金の力を利用しただけだ。1人では何も出来ず、神という吸血鬼よりも格上の力をかりて、あたかも自分も頑張ってます感を出していただけ。だからこんなザマに成り果てた。

 

「・・・・・俺、は無力だ。理子が描い、た理想、の俺とはか、け離れてる。こん、なのに期待す、るのは無駄だ。い、くら俺を、正当化し、ようとし、たって、この手で理、子を殺そ、うとしたのは違いない、んだ。支えるっ、て言ってくれた、ことが俺、にはもう充分、嬉しい。ただ、それだけでい、い。だから・・・・・頼む・・・・・」

 

 上擦りかけた声音を必死に平静に保つ。少し長い沈黙が続いて、すると、強く自分の体を押しつけるようにしていた理子の体がスっと少し離れた。諦めてくれたのかとホッとする気持ちになるのもつかの間、冷たく鋭いつららのようなトゲが心臓を突き刺してきた。背中にまわしていた両腕が、離れたくないと駄々をこねてすごく重い。──未練タラタラで気持ち悪いな。ここまできてまだ懲りないのか、俺は。

 

「っ、そうだ。そ、のまま離れ、て、病室からも・・・・・」

 

 寒い。冷たい。痛い。胸がどうしてこんなにも締め付けられる。

 理子は分かってくれたんだ。俺といたら死ぬって。だから手を引いてくれた。ここまで尽くしてくれた人に、離れてくれなんて。最低最悪の別れだ。泣かせたくなかった大切な人を裏切って、また傷つける。

 でもこれでいい。俺が直接理子を殺すことになる前に離れられたら、どんなに幸せか──。理子もわかってくれてるはずだ。

 だから今まさに離れようとしてくれてる。なのに、引き止めちゃダメなのに、どうして・・・・・こんなにも苦しんだよ・・・・・。

 ああクソっ・・・・・止まってくれ。止まれ、止まれ、止まれ、止ま──

 

 

「ね。悲しくなるでしょ」

 

 

 ふわり、と理子の匂いが戻ってくる。密着して伝わる理子の体温が、胸に刺さったトゲをたちまち溶かし、過呼吸になりそうな圧迫感を消していく。

 代わりにポカポカした暖かいもので満ちていく。もう離したくないと理子の体を抱き寄せるように、無意識に両腕はがっちりと理子の背中にまわしていて。

 

「ぁ、ご、ごめ、ん。今すぐ、この、手をどけるから」

 

「──くふっ。理子から抱きついたんじゃん。キョーくんは悪くないよ」

 

 耳元で囁かれたそれは、体の内側まで驚くほど浸透していく。ふわっとした金髪のくすぐったさが、いつも隣でくっついて寝ていた頃を思い出させた。ふたりきりのシチュエーションにドキドキして寝た毎日。ニセモノの関係とは思えないキラキラした幸せな毎日が次々と浮かんでくる。

 依然として理子の顔は見えない。けれど、涙ぐみながらも、さっきのような悲しみに満ち溢れた様子ではなく。むしろそれとは逆だ。

 

「お互いにそうやって傷つけて後悔してる。キョーくんの言う通り離れてもさ、伝えたいことが言えなくて、悩んだ時に相談できないなんてやだよ。暗い時こそキョーくんと理子の二人三脚で歩いていこう! キョーくんが持てない荷物は理子が持つし、理子が持てない荷物はキョーくん持って、2人で手を繋いで歩こう! 」

 

「理子があ、ぶな、いよ。気楽ですむ、問題じゃあ──」

 

「もちろん。これから踏み出す道は霧で見えないし、おっきい石とか落とし穴とかいっぱいあると思う。踏み外したり、つまずいて怪我しちゃってもう歩けないーってなったら、理子が助けるよ。文化祭のロミオとジュリエットの演劇でも言ったじゃん。『貴方がこうして怪我に怪我を重ねることは、私自身が傷つけられているということと同じです』って。キョーくんが失ったものの代わりに理子がめいっぱい働くから! 」

 

 ロミオとジュリエットの劇──そういえば、最後の場面でアクシデントが起こった時、理子にそんなことを言われた気がする。最後まで諦めないで、って。

 

「よ、く演劇のセ、リフ覚えてる、な」

 

「だって・・・・・初恋の人がヒロインの理子に歯が浮くようなセリフを言ってくれるんだよ? それはもう嬉しくて何回も台本見直しちゃうよ! 」

 

「初恋──? 」

 

 ギュッとさらに密着させられる。そして耳もとで、

 

「いま理子が抱きついてる人」

 

 ──と。

 

「その、好きってそん、な、軽々しく言うもんじゃ──」

 

「好きだよ。キョーくんのこと。本気で好きで、本気で恋してる」

 

 ・・・・・止まっているはずの心臓がうるさいほど高鳴る。顔がすごく熱い。熱湯でもかけられたみたいだ。それに、こうして抱き合ってると余計に意識してしまう。大切な人が自分を思ってくれて、大切な想いを直接伝えてくれて。いつものお調子者の理子ではないのはわかる。くっつきあってるからか、俺とはまた違う鼓動が服越しにトントンとノックしてくる。

 

「こんな、みすぼらしい男を好きなんてイカれてる」

 

「好きな男のタイプは遺伝だから。お母様も変な人と結婚したの。くふっ、受け継いでるんだよ間違いなく」

 

「褒め、てるの、か貶して、るのか・・・・・」

 

「褒めてるよ。その人はね、お母様が何度裏切っても、一途に愛し続けたんだよ。時に騙して、時に騙されて。味方側にいたと思ったらいつの間にか敵になってたり。でも肝心なところで手をかしてくれたりして、守ってくれて。理子はお母様と同じタイプだよ。もうキョーくんを裏切ったりしないけど」

 

「俺が、理子を嫌いだっ、て言ったとし、ても? 」

 

 うぐぐ、と唸る理子。でも理子の返答は変わらず、

 

「好きだよ。こんなに人を好きになったのは初めて。幸せになりたいし、幸せにしてあげたい。本気で嫌って言うなら、理子も諦める。諦められるよう頑張る。──でもいないと思うなあ。だって、あんなにかっこよく理子を助けてくれる王子様、他にいないもん」

 

「言い過ぎ、だ。他に良、い男なんて星の数、ほどいるだろ」

 

「残念! 理子のお空は一等星残して全部曇ってまーす」

 

 そんなの無茶苦茶だ。理子が本気でバグったのかと思わざるを得ない。

 確かに理子を一度救った。ブラドとヒルダをひとまとめにしなきゃ二回だ。たったの二回で理子が俺なんかを好きになるなんて、ありえない。ずっとずっと言われ続けて感覚が麻痺してたんだ。

 ただ、もしかして──

 

「なあ。その、変な責任感で俺、のこと好き、って言うなら、別に気に、しないで」

 

「責任感? ・・・・・まさか」

 

 察しが良い理子はハッとした様子で、

 

「理子がキョーくんに何度も助けてもらったから、お情けで好きって言ってる──って考えてるの? 今の今までずっと!? 」

 

 ずっとではないよ、と口にしながらもこくりと頷く。

 すると──なんか首締まってきたぞ。待って待って、息できなくなる!

 

「ねえ! 優しさの化身と呼ばれた理子でもさすがに怒るよ! 」

 

「え、と、ぷん、ぷんがおー? 」

 

「それ以上! もー、ほんと純情な気持ちなんだぞ! 」

 

 ググッと頭を離してみたら、ほっぺを膨らませ、むー、と威嚇してくる。

 俺を好きになったってろくなことにならない。理子もわかってるはずなんだ。俺がいくら理子を大切だと思っても、その反対はあっちゃいけない。・・・・・いいや。本当なら、貴女(あなた)にだって、(おれ)は・・・・・。

 

「じゃあ・・・・・証拠。みせる」

 

「なに──んぐっ・・・・・! 」

 

 ──がちっ、と互いの皮膚を挟んで歯と歯がぶつかる。直後に広がるかすかに甘い香り。ぎゅぅーっと目をかたく閉じ、半ば強引に押しつけるような乱暴な口づけ。あまりにも唐突すぎてかたまってしまったが、すぐに理子の肩を掴んでグイッと向こうへ押しやる。

 

「なっ、なにして・・・・・! 」

 

「大好きなんだよ、キョーくんのこと。キスなんて、好きな人以外には絶対しないから・・・・・うー、乙女の口から何度も言わせるなー? ・・・・・ばーか」

 

「・・・・・っ、ごめ、ん」

 

 ぐるぐると頭の中で今の出来事が繰り返される。どうして、なんで、と。

 気づけば互いに真っ赤な顔を目の前に晒しあっていた。

 たった一回のキス。たった数秒で起きたこと。それだけで、理子と離れる決断が瓦解していく。代わりに芽生えたのは、理子とこうして過ごしたい気持ち。

 布団を被って密着してる暑さもあるだろうが、その上気しきった頬と熱を帯びた荒い吐息がいつもより(なま)めかしさを増している。

 

「キョーくん・・・・・もっかい」

 

 もう一回すれば、二度と戻ってこれない。悪魔のささやきだと知っていて、なお、再び口づけを交わした。

 ただ唇を合わせるだけの軽いものだ。それだけで充分すぎるほどの熱が、鼓動が伝わってくる。そして、時々もらす劣情を掻き立てる声が、より熱を帯びさせる。触れては離し、互いに求め合うように何度も何度も軽いキスを繰り返す。

 繰り返して繰り返して、もう何回重ねたかすらどうでも良くなって、閉じかけた琥珀色の瞳をジッと見つめる。

 

「ん、ちゅ・・・・・」

 

 息つぎなど考えていない。ピリッとした電気のような感覚が手足へのびていく。胸の内側から爆発してしまいそうなほど込み上げる想いを必死に抑えて、この緩やかに堕ちていく快感に身を委ねる。

 頭がボーッとして、目の前がクラクラして。何秒たったかもわからない。永遠に思える甘い時間を怠惰にも受け入れる。

 

「ねぇ・・・・・もっ、と」

 

「・・・・・! 」

 

 小さな唇に甘く噛みつかれ、閉じていた口に舌が侵入してくる。そのまま熱の塊のような舌に歯茎や舌の裏を丹念に、そして乱暴にねぶられ、腰が無意識のうちにビクンと跳ねてしまう。貪られる──そう感じるほど蹂躙され。唾液が行き交い、舌や歯茎は甘い痺れに平伏していた。

 ジンジンと頭の奥に(もや)がかかり始める。甘美な水音に心揺さぶられ、気づいた時には、口内を蹂躙する舌に同じものを絡めていた。

 

 

 

 ──大切なものを、わすれて。

 

 

 




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