俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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訂正:能力の時間超過・遅延(タイムオーバー・ディレイ)を
(タイムバースト・ディレイ)に変更しました。

※途中から三人称視点となっています。
前回 ジーサードとの邂逅


第58話 最期の砦(ラストスタンド)

「やっと来たか」

 

 凍てつく視線はまっすぐ俺へ。今にでも理子を連れて逃げ出したい気持ちを抑えて。互いの殺傷範囲(キリングレンジ)の僅かに外側まで進む。幸い予想は外れたようで、すぐに戦闘とはならないらしい。キンジとアリアの到着まで時間稼げるか?

 

「しつこいやつだな。俺は人殺しなんかしちゃいないしする気もない。お前の知り合いかなんかを殺したのは別のやつだ」

 

「この後に及んで・・・・・まだしらばっくれてんのかっ! 」

 

 深紅の刀の柄を握り潰しそうなのがここからでも見て取れる。死者を利用するのはちょっとばかし心が痛むが、ヘイトを俺に集中させてかなめから意識外に追いやることが出来れば・・・・・救出可能だ。無論、かなめが協力的なのが前提だけど。

 

「知らないもんは知らん。日本の武偵は不殺が義務付けられてるって調べれば簡単に出てくるだろ。あと、俺の渡航記録も。その時期に一緒に活動してたキン・・・・・遠山にも聞け。俺が海外行ってやらかした、なんて嘘だと分かるはずだ」

 

「くだらねえ。偽装なんぞそこらのボケたジジイでも朝飯前だ。それにキンジのクソ野郎とは四六時中いっしょにいたわけじゃねえだろうが。抜け出すタイミングがなかったとは言わせねえぞ」

 

 そりゃ常に、ってわけじゃない。アイツが他に呼ばれたり、俺が単独で引き受けた依頼もある。けど、やってないもんはやってないんだ。

 

「このままじゃ平行線もいいとこだ。そこまで言うなら、俺がやったって証拠でも出してみろ。お前が見た聞いたってだけなら論外だぞ」

 

「・・・・・心底腹が立つぜ」

 

「ないだろ。なら──」

 

 さっさとかなめを渡せ、と口にする前に、ジーサードが(ふところ)から取り出した何かを俺の足下に飛ばした。

 一種の武器かと警戒したが──どうやら何の変哲もないスマートフォンらしきもの、だな。

 

「見ろ。それぐらいは待ってやる。死ぬほどテメェが憎いがな」

 

「そらどーも」

 

 一応警戒しながらも拾うと、画面上で勝手に録画アプリが開かれた。そして──

 

『サラ! どこだッ! 無事なら返事しやがれ! 』

 

 そこかしこから火の手が延びた研究所の内部が映し出される。研究所と分かったのは、大型の円柱形ポッド──それも人が入る大きさのものが壁際に規則正しく配置されているからだ。怪しい化学薬品の液体に人かなんかを漬けて、人体実験でもしてたのか。

 

 ともかく、ジーサードの一人称視点で撮影されているそれは、状況から察するに、誰かを助けに行く真っ最中らしい。

 もはや消防士ですらさじを投げそうな勢いで拡がっていく炎を掻き分け、倒れた柱を潜り、迷路のように入り組んだ通路を奥へ奥へと進んで行く。

 

 道中では瓦礫に埋もれた研究員が何十人といて、その白衣を赤黒く染めていた。痛みに呻く者。炎にジリジリと焼かれ絶叫する者。脱出不可能と悟りながらなお手をのばす者。

 

『あ・・・・・ァ、たすけ──』

 

 皆ジーサードに助けを求めた。だが無視しているのか、或いは声が届いていないのか。そのものたちを振り切って、まさに地獄絵図のような道を突き進む。あちこちで爆発が起きたのか、ヒトの血や肉片らしき塊、あるいは四肢まで無惨に焼かれて。鼻をつんざく死臭にまみれてるはずだが、それでも突き進む。

 もしかしたら。大切な人がまだ中に残ってるのか。確実に間に合うはずないのに。──無駄なことを。

 

『つい、た』

 

 何度も黒煙にまかれ、疲弊しつまずき、それでも突き進み──やがて、希望と絶望の入り交じった声で、立ち止まった。どうやら目的地に着いたようだが、他の個室のような研究室と明らかに違う。

 

 充満する黒煙であまり見えないが、ここはドーム型の天井に覆われた巨大な空間のようだ。壁際精密機械らしきものは見当たらない。・・・・・研究員の憩いの場だったのか? だとしたらベンチや花壇の一つでも見当たるはずだが。ともかく建物全体が大きく揺れて、天井も崩壊の一途を辿るばかり。

 

『おいサラっ! いるんだろ! 』

 

 不安を振り払い懸命に走り回って、その度にサラという人の名を口にする。皮膚を焼かれ瓦礫に身を削られながら、泣き出してしまいそうな声で。

 右も左も分からないこの空間だが──不意に、なんの前触れもなく黒煙が()()()()。外からの風に吹かれて霧散した類ではなく、忽然と消滅したのだ。まるで最初から何も無かったようにあっさりと。

 

 そして・・・・・見つけた。この空間の中央に位置する場所に置かれた鮮緑色のデカい岩と、その傍に二人。ここから10メートルも離れてないからよく分かるが、一人は白衣を着た女性で、もう一人は・・・・・影になってよく見えないな。

 

『っ、サラ! 良かった、今たすけ──』

 

 安堵しすぐに駆け寄ろうとして、ふと違和感に足を止めた。この非常事態にも関わらず立ち止まってしまう違和感が、そこにはあった。

 こちらに背を向けている女性のちょうど腰あたり。エメラルドの輝きを放つ直刃が、天を仰ぐように生えていて、

 

『サ、ァド。きちゃ、だ・・・・・め』

 

 女性は弱々しくもハッキリと警告した後、その刃にもたれかかった。遅れて白衣に鮮血が広がっていく。抵抗の素振りも一切ない。今の一言に自分のすべてを出し切ってしまったようだ。ただジーサードは動かない。炎が辺りを焼き尽くす音に、時折声とも似つかぬ何かが混ざる程度。サラという人が今殺されたその人なら、目の前で殺された衝撃は言葉にできないほど大きいはずだ。

 

『脆いのねやっぱり。ヒトってどうしてこんな簡単に死んでしまうのかしら』

 

 生々しい水音をたてて引き抜かれ、彼女(サラ)もまた崩れ落ちた。依然として不自然な影によって姿は隠されているものの、

 

『あ、この血は甘いね。素敵だわ』

 

 ()()が微笑んでいるのは何となく感じ取れる。狂気で彩られた本心が、決して冗談ではないことも。なぜか手に取るように分かってしまった。

 

『────ア? 』

 

 そこで初めてジーサードが動いた。獣の如き敏捷さで無数の瓦礫を超え、獄炎を抜け、いざその懐に飛び込まんとし、

 

『また今度、(わたし)を殺せる日まで。その憎悪()はとても美しいわ』

 

 よく見知った顔が現れ──

 

「な、なんだよこれ!」

 

 ──ソレはあどけない幼女のように可憐で美しく、また太陽のもとで少年のように純粋に笑い、そこで映像は切れる。

 

「テメェ自身だ。よーく思い出したか。その続きはねえが、あのあとテメェは忽然と消えた。幽霊(ゴースト)みてえによ。お前のせいであそこに働いてた研究員も大量に死ぬ羽目になったんだ」

 

 最後に映ったのはまぎれもなく俺自身だ。だが声は瑠瑠神そのもの。双眸が鮮緑色なのも独特な雰囲気も口調も、すべてアイツに成り変わってる。外側だけ偽装したただの別人だ。

 

「ちがう! あれは俺じゃなくて瑠瑠神だ! 目の色が明らかにおかしいだろっ。あんな緑じゃ──」

 

「まだ醜く足掻くのか。色金の能力使用時に瞳の色が変わる・・・・・しらばっくれんなよ。お前自身が能力を使ってご丁寧教えてくれたじゃねえか」

 

 ───どうしてどうしてッ! どうしてよりによってあの女を殺した! 面倒なことになるだけじゃないか! アイツ(瑠瑠神)の目的は俺じゃないのか!? 余計なことしたがって──!

 

「死ね。京条朝陽」

 

 ドクン、と心臓が大きく波打ち、一瞬で総毛立つほどの殺気が濁流の如く俺を飲み込んだ。眼前に佇んでいるのは先ほどまでのジーサードではない。別人じゃないかと錯覚してしまうような豹変ぶり。

 間違いない──コイツ、以前戦った時より遥かに強い・・・・・!

 

「キョーくんっ! 」

 

 錯乱した思考の中、乱暴に横に吹き飛ばされ地面に伏した。何かと思えば、理子が両手をのばしていて。

 迫る深紅の刀が一瞬前までいた虚空を通り抜けていく。首めがけて突かれた最速の一撃であろうそれは、予備動作の一切を勘づかせないものだった。それでも理子が反応出来たのは不幸中の幸いだ。しかし、

 

「女がガラ空きだ」

 

「──っ! 」

 

 返す刀が最初から狙ったかのように理子の首筋へとのびる。瑠瑠色金、はダメだ。頼るなあんな力に!

 

氷壁(ウォール)っ! 」

 

 本来の超能力(ステルス)である氷──その壁を刃と理子の前に出現させ、刀の軌道を僅かながら逸らす。

 続けて氷柱(つらら)を無数に生み出し一斉掃射。が、ジーサードに拳銃で全てを撃ち抜かれ無効化された。

 

「誰がなんと言おうと、テメェを必ず殺す。今ここでだァ! 」

 

 拳銃を投げ捨てたジーサードは俺が起きる間もなく、距離を詰め、

 

「クソっ! 」

 

 逆手に持ち替えた刀を突き立てるように胸へと穿った。腕に装着した盾でそれをなんとか防ぐが、

 

「大事な人を失った悲しみが! 怒りが! テメェに分かるか!? 分からねえよなァ! 」

 

 ガリガリと盾の表面を削りながら、その細い刀身からありえないほど重い圧力がのしかかる。続けて二度、三度と。もはやそこに技術の類といったものは存在せず。圧倒的な力の前にひれ伏せざるを得ない。

 しかもコイツ──背後から容赦なく理子の銃弾を浴びているのに、ピクリとも動かねえ!

 

「テメェに復讐を誓ったあの日から! 一度たりとも忘れたこたぁねえぞ! 」

 

 下腹部に鋼鉄製の靴底が叩きこまれ、

 

「がはッ!」

 

 内側から破裂するような痛みに意識が飛びかけ。続く嘔吐感にまた意識を覚醒させられた。

 盾で守ってたのが胸から頭にかけてだったからガラ空きだったか・・・・・!

 

「朝陽君っ! 」

 

 第二波をジーサードが振り下ろす、その直前。

 目の前で爆発が起きたと錯覚するほどの勢いで、指向性を持った炎が通過した。かろうじて俺はその爆炎に呑まれてなかったが、ジーサードは直撃だったはず──いや。いつの間にか大きく後退してるな。20メートルはある 。寸前に避けられたか。

 

「・・・・・白雪。ありがとう」

 

 地面に倒れ伏したまま、駆け寄ってくる白装束を身にまとった白雪に礼をする。

 

「無茶しないで。その、今の朝陽君、ちょっと──」

 

「大丈夫。それよりかなめだ。さっさと救出して逃げるぞ」

 

「京条。策はあるのか」

 

 久方ぶりに聞いた凛とした声。誰かと思えば、雪のように白銀の甲冑を着込んだジャンヌで。

 隣に理子もいつの間にかいるな。かなめは・・・・・少し離れたとこから静観してるだけで、逃げる素振りは一切ない。

 

「ジャンヌ、白雪は俺と超能力(ステルス)で──」

 

「おい。そこの──キンジにたぶらかされた女ども。もう用はねえ。帰れ。二度はないぞ」

 

 禍々しい雰囲気を絶え間なく増幅させにじり寄る姿は、狂戦士のソレそのものだ。

 

「たぶらかされた、とは。その目に着けている機械はどうやら飾りらしい」

 

 プライドが許さなかったジャンヌが反撃にと臨戦態勢へ入る。ひと回り小さくなったデュランダルはまっすぐとジーサードを捉えていたが──

 

「そうか。なら・・・・・()()()()、やれ」

 

「──ッ」

 

 ジーフォース(かなめ)に視線が集まる。あっちは顔をふせて目も合わせようとしない。

 最悪の事態だ。もともと実力差で考えればジーサード一人を相手できるかどうかだったが、かなめまで──まともにやりあったら全滅だな。これは。

 

「サード。あたしは、あたしがやらなくても、サードなら余裕でしょ? 」

 

 必死に何かを堪えている。よく観察すると隠しきれない怯えの色があるな。心からの忠誠とはまた違う別の何かがかなめを支配してるのか。そこをつけば、あるいは──いけるかもしれない。

 

「お前がやれ、フォース。それとも故障したか? 」

 

「ちっ、ちがう! けど──」

 

「フォースッ! 俺の命令が聞けんのかァ! 」

 

 ビクッと身を伸ばしたかなめは、その場で膝を震わせてから、

 

「・・・・・ご、めん。あたしは・・・・・自分より強い者には、絶対、逆らわない」

 

 まるで自分に言い聞かせるよう呟くと、両腕を交叉(こうさ)させ、両腰の刀の柄に手を伸ばしていく。それと共に、俺たちを見据える表情も鋭くなっていき──

 

「白雪。ジャンヌ。理子。逃げろ」

 

 情状の余地もないな。逃走経路なぞ考えてる暇無かったから、もう個人の実力に命運はかかってる。たぶん一人は確実に死ぬ。犠牲覚悟の撤退になるぞ。

 仲間を重んじるこのチームだからこそ、反発を覚悟の上だったが、

 

「分かっている。しかし貴様はどうするのだ」

 

 案外素直に受け入れてくれた。が、白雪は悔しそうに下唇を噛んでいる。白雪も思うことありげだけど、応援を待つよりかは生存率が高いからな。ここは引いてキンジやアリアと合流するしか全員生存はない。

 

「能力使って逃げるから安心しろ。それこそ逃げ切るまでアイツに抗って、あとはどうにでもなれだ」

 

「それじゃキョーくんが危ないよ! また憑依されたら──! 」

 

「そん時は・・・・・なんとかする。死んでも這い上がってやるから」

 

 まあヤケクソ気味だが仕方あるまい。

 そして──ジーサードもかなめも勘づいたのか、それぞれ武器を抜刀し、姿勢を低くした。一歩でも後退すれば殺す、とその身から溢れんばかりの闘気がこの一帯を覆っていく。

 肝心なのはどのタイミングでスタートするかだが・・・・・

 

『レキ。狙撃。5秒前』

 

 ジャンヌの少しくぐもった声。

 どこからかの狙撃か知らんが、これ以上ないチャンス。

 

 ──3秒前。

 

 ダメな場合を考えるな。ひたすら逃げろ。追いつかれる前に能力を使え。

 

 ──1秒前。

 

 白雪が死のうとジャンヌが死のうと──泥臭い結果になろうが、理子だけは生きて助ける。

 

 そして──

 

『あぶないよ? 』

 

 スタートの合図直前、脳内で瑠瑠神の声がハッキリとこだました。妙に間延びした時間の中で、本能がこれまでにないほど警鐘を鳴らす。原因不明。理解不能だ。何が危ないのか、まるで分からない。それでも体は、傍の理子へ向かっていき──

 

 俺はただ身を委ねるがままに自分に従い、理子を庇うように突き飛ばした。それこそ全力でだ。

 同時に横っ腹スレスレに何かが超高速で飛来。遅れてやってくる金切り音がまた背筋を凍らせる。しかしソレが何なのか、確認する余裕もなく、

 

(──ッッ! もうそんなとこに!? )

 

 あれだけあった距離を。もう5メートルもない場所までジーサードは駆けてきていた。崩れた今の体勢では反撃すらままならぬこの状況で。本来の超能力(ステルス)での妨害は不可能。なら・・・・・!

 

「っ! 時間超過(タイムバースト)──」

 

「もうおせえよ」

 

 ──ぐじゅ、と。軽い衝撃のあと生々しい音が小さく耳に届く。腹と腰あたりが生暖かい。というか、人肌くらいの温かさをもった液体が流れ出てる。

 

(ああ、そんなことはどうでもいい。俺がはやく迎撃しないと! )

 

 頭では分かっていても、手足は鉛のように重く動かない。しかし、前にいるこの男もそれは同じだ。ただ不利な体勢である俺と違うのは、右腕を俺に伸ばし、その手には刀が握られていること。その紅刃の上を()()()()()()()が下へ下へと伝っていく。今すぐにでもトドメをさせるこの状況で動かないのか──?

 

「・・・・・ぁ」

 

 答えはすぐに出た。腹に佇む違和感に耐えきれずそこに目を落としてみれば、紅刃は向けられているわけではなく。防刃であるはずの制服を貫き、腹を貫通していた。

 しかし、まだ抵抗できる。痛みで動けなくなる前に! 心臓や脳をダメにされたわけじゃない────そう思っていた。

 

「・・・・・、な、んで! 」

 

 傷口から全身へと麻痺していく。痛みによるものじゃない。そんなもの、耐えてみせる。じゃあこれはいったい──

 

対瑠瑠色金(アンチ・グリーン)の金属刀。胡散臭い武器商人と取引してよ。米軍でも研究されてンだ。お前に効かねえわけねェだろ」

 

「──っ! り、こ・・・・・、はや、にげ、て」

 

 犠牲は俺か、と悟る。

 体の中の刃がずるりと抜けた。支えるものは無くなり、支える力も残っておらず、膝から崩れ落ちた。

 

「う、ぐっ・・・・・ごぼっ・・・・・! 」

 

 見上げる空は少しずつ霞む。切創から気の遠くなるような痛みが広がり、吐血で満足に呼吸もできない。手足の感覚は麻痺して満足に止血すらままならない。何かが俺を地面と縛り付けてる──そんな感じさえする。下腹部から流れ出る()が止まらない。

 

「か、ぁ・・・・・じゃべ、りん(氷棘)! 」

 

 残った精神力全てを使って超能力(ステルス)を発動する。一縷の望みをのせた氷の槍は、生成されることなく、無慈悲な冷たい風が吹くのみ。ついに何の抵抗も出来なくなったわけだ。

 

「もう動けねえだろ。これはテメェを殺すための刀だ。能力に溺れたテメェ自身を恨め」

 

 溢れ出る()とは裏腹に体は凍えていく。寒い。超能力(ステルス)で止血は・・・・・いまさら遅い、か。そも気力も残ってない。

 ああ理子。早く逃げてくれ。前だけ向いて、走ってくれ。そんな顔しないでくれよ。犠牲はつきものだ。

 

「これで終わりだ」

 

 今一度、ジーサードはその刀を逆手に高く掲げた。

 走馬灯(そうまとう)は・・・・・見えないか。殺される前に理子との思い出くらい見させてくれてもいいのに。

 ──情けない。あれだけ啖呵切っておきながらこうもあっさりと負けるなんて。自分が憎たらしい。あっさり沈んだこの体の虚弱さが憎たらしい。こんなに弱いなんて、子どもの虚勢に引けを取らないじゃないか。まだ戦わなきゃ。理子が死ぬ。死ぬのはいやだ。こんな簡単に終わらせたくない。

 

『あの子を助けたい? 』

 

 ・・・・・聞き慣れた声がする。暗転する意識の中でもハッキリと分かる、この世で一番憎い女の声。

 考えてる時間はない。あと数秒で落ちる。何もかも無駄になる。

 既に体は動かない。それでも、この身すべてを理子の盾にするって誓ったんだ。なら、全てが終わった時どうなっていようが構わない。

 

 ──もし叶うなら。理子に仇なす者、全て──

 

 

 

「こ、ろ・・・・・せ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 あまりにも突然過ぎる死。彼が倒れ心臓をその禍々しい刀で穿たれた後。即座に反応したのは理子だけだった。

 それも無理はない。サードは目にもとまらぬ速さで朝陽に肉薄し、ついでにと白雪、ジャンヌを吹き飛ばしたのだ。その証拠に、白装束の下に巻いていた鎖は無残に砕け、白銀に輝く鎧の一部は剥がれ落ちている。

 朝陽のおかげで助かった彼女は、自慢の改造制服を犯し、コンクリの床に侵食する鮮血の絨毯をも厭わず彼の体を必死に揺さぶった。

 

「ねぇ・・・・・起きてよ。ほら、目、覚まして」

 

 反応はない。至極当然だ。死んでいるのだから。しかし認めない。彼女の指先が触れる傷と、自信を濡らす生暖かい血が命の終わりを物語っていようが、その一切に目を向けない。

 

「立って。ゆっきーとジャンヌが逃げるまでの時間くらい、理子たちでどうにかできる。だから・・・・・立ってよ。一緒にたたかお? 」

 

 乾いた笑顔で彼に呼びかける。

 無意味。無価値。無意義。その行動には、彼女自身の命すら奪われかねない危険に溢れている。

 だがそれすら眼中に存在せず、ただ生きていて欲しいという願望にのみ、理子の心は支配されていた。

 初めて本音でぶつかり合った人。初めて騙すことに罪悪感を抱いた人。そして・・・・・初めて、本気で恋に落ちた人。

 そんなかけがえのない宝物を、一度に、一瞬のうちに全て奪われてしまったのだ。だから──彼女は今、現実を直視できていない。

 

「──ホントはよォ。金髪、オメェも一緒に殺してやろうと思ったんだ」

 

 朝陽を殺し、しばらく空を仰いでいたサードはポツリと呟く。

 

「弾いた超音速の弾丸から、まさか色金の能力も使わずテメェを救うだなんてな。俺も驚いたぜ」

 

 そう。理子を突き飛ばした際に超高速で飛来したのは、レキのバレットM82(対物ライフル)から撃たれた大口径の弾丸。元はジーサードを狙撃したものだが、着弾の直前に驚異的な身体能力──キンジの弾丸逸らし(スラッシュ)の要領──で理子に当たるよう狙ったのだ。

 

「それでも朝陽(テメェ)自身が殺されちゃ意味ねえだろ。最期の砦(ラストスタンド)なんざ大層な二つ名とは似合わねえ。──心底腹が立つンだ。昔の俺を見てる見てェでよ」

 

 動かなくなった肉塊を睨む。本人がソレを聞いてなくとも、溢れ出る遺恨が止まらず降り注ぐ。

 

「偽善の名のもとに正義を振りかざす。失ったものを見て見ぬふりをして、身の丈に合わねぇことを語る。そのくせ呆気なく散るんだ。大切な人を護るという大義名分に狂った感情を隠す醜悪な獣。それがテメェだ。

つまらねえ道化(ピエロ)のショーのがまだ救いようがある。・・・・・サラを殺したテメェが憎い。振り返りたくもねェ過去の俺と重なるテメェが憎い。何より──(よえ)えくせに一丁前に女を護ろうとする傲慢さが気に食わねえ」

 

「────」

 

「・・・・・復讐は終わった。あとは、かなめ! 残ったヤツらを始末しろ。俺はコレ(死体)を届けにいく」

 

「・・・・・分かった」

 

 平静を保った──否、平静を装ったかなめは、逆らう気力なぞとうに残っていない。目の前で色金の能力者を殺してみせたのだ。逆らうだけ無駄、それこそかなめにとって非合理的なこと。命令に忠実に働くため、先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)の牙を白雪とジャンヌへ向けた。

 

 一方サードは死に絶えた朝陽の首を片手で掴み、そのまま持ち上げた。見せつけるかの如く中空に上げられたソレからは、未だ血が絶えず流れ続けている。

 制服の端から跳ねた()()は呆然としている理子の頬を濡らす。彼の、生きていた証拠。そしてこの世にもういないという証明するもの。彼女はそれを手にとって、朝陽が殺されたことを真に知る。これから何をすべきか、などと考える前に、彼女の体は既に動いていた。

 

「──えせ」

 

 アリアをも上回る速度で振り抜かれた軍用ナイフは、しかしサードにいとも容易く受け止められる。しかも空いた片手のみでだ。

 

「なんだ。よく聞こえねェな」

 

 サードはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)越しに彼女を見た。先ほどの、現実を直視しない理子はもう居ない。全てを犠牲にしても殺す──尋常ならざる殺意と復讐心のみに支配される姿。

 

()()をかえせええええッッ──! 」

 

 可憐な笑顔を浮かべる彼女はいない。誘惑するような甘い声の彼女はいない。愛するヒトを殺された彼女の慟哭が、無数の刃物となる。

 捕まれた左手を軸に。もう一本のナイフでむき出しの首へ腕をのばす。狙いは頸動脈。サードが身動きできない今がチャンスなのだが、

 

「黙れ」

 

 首を撫でる刃を無視し、身長差で分があるサードの頭突きが彼女に炸裂した。

 よほどの石頭なのか。一瞬だけナイフを握る力が弱まる。その隙をサードは見逃さず、彼女の両手からナイフを叩き落し、

 

「金髪。テメェも同じ運命をたどりてェのか? 」

 

「理子ちゃん! 」

 

 朝陽よりひと回り小さい彼女の首はサードの手中に収められた。

 白雪とジャンヌが遅れてバックアップに行くも、かなめの牽制により死守される。実力こそサードよりは下回るが、一人でバスカービルの女子を壊滅させたのだ。もはや彼女らの救いの手は届かない。

 そして、死体と同じ高さまで吊り上げられた彼女にサードから逃れる術はない。拳銃を抜こうも、蹴り飛ばされてしまった。

 

「ぁ・・・・・か、ぁ・・・・・! 」

 

 このままでは彼女は確実に窒息する。苦悶の表情は浮かべてはいるが──決して諦めたわけじゃない。

 最期に死んだっていい。この男を道連れにできるなら、と。

 

「まァ。あの世で一人ってのも寂しいからよ。テメェも送ってやる」

 

 首を絞める力がさらに強くなる。いくら抵抗してもビクともしない、まるで鋼鉄のような腕が憎たらしい。手をのばしたところでサードの顔に傷一つつけることさえ不可能だ。

 

 理子の視界は徐々に薄暗くなっていく。命の灯火はまもなく消える。白雪もジャンヌも焦燥にかられるが、小さな狩人は決して逃してくれぬ。かつてランバージャックで認めあった仲間たちの訴えさえかなめは押し殺す。どれだけ親しかろうと、サードの命令(呪詛)は絶対なのだ。

 

(まだ・・・・・恩返しもできてない! )

 

 あと数秒の命の中で。いくら血と泥に濡れようが、絶望の淵に立たされていようが、必ず救ってくれた彼を思い出す。絶望的な状況でも、彼への涙は溢れ、血に濡れたサードの手に零れる。

 

(こんなとこで、終われない・・・・・の、に)

 

 

 ──最後の抵抗も。強靭なる男の前に、彼女の腕は弱々しく地面に垂れ下がる。暗転する世界の中で彼女は息絶えた(朝陽)に謝った。

 

 ごめん、(かたき)とれなかったよと。彼の()()()()()()()()()()

 ごめん、逃げるチャンスを無駄にしてと。彼の()()()()()()()()()()()()

 

「────────ぇ? 」

 

 

 

 ・・・・・瞬間、理子を殺さんとする左腕が消失し、立つ力もない彼女は地面に倒れ伏した。

 狙撃ならば警戒しよう。目の前の金髪の仕業ならば、攻撃を悟らせなかったこと賞賛に値しよう。だがいずれも当てはまらぬ。何の前触れもなく()()()()()()()()。窒息寸前だった理子は激しく咳き込みながらも疑問の色を滲ませている。

 そして百戦錬磨のサードでも反応が遅れ、

 

「・・・・・! 」

 

 迷うことなく()()()()()()()をコンクリートの床に投げ落とした。首を絞める、というより地面に押し付けながら、彼に問いかける。

 

「テメェ・・・・・! なんで生きてやがるッ! 」

 

 すると彼は、慈愛のごとき笑みで、

 

最期の砦(ラストスタンド)。死してなお護り続ける盾。あなた達ヒトがつけてくれた二つ名よ? 愛するヒトを壊されたくないもの」

 

 平然とした口調。だが澄んだ女の声が答えた。この男は確かに死んだ。出血多量に加え人間になくてはならない心臓をも破壊したのだ。だのに、目の前の者はそれを気にする様子もない。怪我などしていないとでも言わんばかり。ならばこの男は一体何なんだと。

 

 ──くだらない。つまり瑠瑠色金か得体の知れない何かが朝陽を蘇生させた。その事実が、サードの収まりかけていた彼への憎悪を再燃させる。

 

「色金だかなんだか知らねェが、今度は脳を潰す! それだけやりゃ──」

 

「ねぇ。また(わたし)を殺すの? 」

 

 消え入りそうなほどの囁きがサードの怒りを遮る。有無を言わせずトドメを刺せば良いものを、それでもサードは全身全霊を以てその場から飛び退いた。最愛の人を殺された怨みをいとも簡単に塗り潰すほどの殺気が。狂気が。朝陽を殺さんとする彼を捕まえるよりも速く。

 

「じゃあ。死んで? 」

 

 瑠瑠神の狂気じみた殺気()を抑制する宿主が死に、()()の暴走を止める者は誰もいない。であれば、愛と執着のエゴが暴力の嵐となって降り注ぐのみ。

 

 今──

 

 

範囲指定(リミテッド)時間超過(タイムバースト)

 

 

 ──開戦の(とき)は告げられた。

 




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