俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 宣戦会議で瑠瑠神に右腕だけ一時的に乗っ取られる。理子に怒られた。


第37話 俺スは激怒した

 ​何匹かの鳥の歌声が、意識を暗闇から現実へと引き戻した。目に映ったのは見慣れた天井ではなく、洋服掛けに様々な衣装が並べられている​──理子の部屋。掛けられている服は武偵高とは違う制服や、どこかの国の女王が着てもおかしくないほど美しいドレス。

 どれもこれも、未だ腕の中で優しげな寝息をたてているこいつの私物だ。

 顔の前にある右手首には俺があげた赤と白のミサンガ。あげた日からずっとつけてるが、一向に切れる気配はない。俺が生きてる間に切れるかどうか見てみたいがな。

 

「んぁ​。キョー君」

 

「​───っ」

 

 いきなり声をかけられ朝っぱらからビックリしたぞ。起きてたなら声をかけてくれればいいのに。

 まつ毛の間から蕩けた目で俺を見てくる。寝起き直後って感じだ。デコピンでも食らわせて目を覚まさしてやろうと思った矢先​に理子は俺に体を寄せ、

 

「うん・・・・・にゅぅ」

 

 夢で何を見ていたのか知らないが、理子が俺の顔と同じ高さに顔を持ってきて​──唇を少し突き出してきた。

 寝ぼけているのだろう。こいつの奇行は今に始まった事じゃないからこれくらいで動揺したりしない。

 ​────だが理子の唇から下に向けると、 胸元がはだけそこから光るように滴る汗が色気をさらに引き出していた。そのまま見続ければ理性が暴走するぞ。でもチラチラと見てしまう。理性よ、堪えろ。

 

「えへへ。キョー君の唇、柔らかそうだね」

 

 頭の中の煩悩に手助けする一言を言い放ち・・・・・迫ってくるだと!?

 なんで朝からこんなハプニングに巻き込まれなきゃいけないんだ! あ、でも理子程の美少女なら寧ろ俺から・・・・・って違う! 後のことを考えろ後のことを! だが理子の口から漏れる甘い吐息が感情を昂らせる。

 そして理子の唇は俺の考えなど一蹴するかの如く近づき​───

 

 

「あ、キョー君おは───って顔近ッ! 離れろ! 」

 

 完全に目を覚ましたようで、理子は顔を赤くしながら頭突きを俺に繰り出した。

 ・・・・・知ってた。どうせこんなことになるだろうと。これが世間一般でいうお約束なのだと。遠ざかっていく理子の顔を見ながら、俺は『お約束』というものを一生恨むと心に誓った。寝言の件を理子に言ったら殺されるとも思いながら。

 

 

 

 

 

 四時間目の全クラス合同HRを行うため、二年全員が体育館に集まっている。武偵高の文化祭のためだ。

 武偵高の文化祭は世間から注目を集める。それもそうだ、銃や刀剣類を扱う高校の文化祭なのだから。そして俺たち二年生は毎回、『変装食堂(リストランテ・マスケ)』なるものをやっている。一部、部活動や他の出し物を集中して行う生徒がいるが、大抵はこの変装食堂の当番だ。学年の人数が多いから担当する時間も少ない──話を聞く前はそう思っていた。

 

 だがキンジに聞いたところ、食堂に駆けつける人々は、さながら餌に集まるハイエナ。広場に机を何台も設置しても客が余るから毎年人手が足りないらしい。一年と三年は自由出店でお化け屋敷だの射的屋だのをやって楽しんでいるが、俺たちは楽しめない。いつも通りの戦場だ。そこで問題が一つ。

 

「ねぇ、キョー君って今度はどんな女装がいい? 」

 

「おい理子。貴様、俺が女装のクジを引くって確定したような言い方だな」

 

「だって運悪いじゃん」

 

「不快感ッ! 」

 

 変装食堂の変装、これが問題なのだ。変装内容はクジ引きで決まり、それを文化祭期間中はやり通さねばならない。『神主』という内容を引けば神主の作法から仕草まで完璧に仕上げなければ、教務科オールスターズの懲罰フルコースがもれなく与えられてしまう。武偵高からしてみれば、生徒の潜入捜査技術を一般の人にアピールする場であり、失敗など許されない。それが例え──大ハズレのクジである女装だとしても。

 

「楽しみだな〜キョー君の女装姿」

 

「まあ待て。俺がまだ女装と決まったわけではない。この学年は大体210人ちょっとだ。そのうち男女比は大体同じだと仮定すると、クジは男女別だから大体105人同じ箱からクジを引く。しかも引き直しは一回出来る。一番最初にクジを引ければ──確率なんて何万分の一とかになりそうだ。そして俺は毎回不運が訪れるっていう呪いじゃなくて、世界で一番不幸になる呪い。つまり俺にも勝算がある! 」

 

「どっちも変わんない気がするけど」

 

 理子が苦笑いを浮かべたところで体育館内に轟音が伝わっていく。蘭豹が自身のM500を天井に向けて撃ったのか、パラパラと天井材の破片が落ちてきた。そんな事してるからうちの校舎ボロくなるんだよ。

 

「ガキ共静かにせえや! 今から変装食堂の役決めするで! 」

 

「あー自分らのグループに集まってさっさとクジ引けぇーゴホゴホッ! 」

 

 そして綴先生はいつもの死んだ目で指示を出している。あんな人が影で武偵病院のジャック先生に、

 

『好きだ・・・・・ジャック』

 

 とか言ってるのを聞いたら多分腹筋が崩壊するだろう。

 

「キョー君行こ。キー君結構前の方にいるから」

 

「なんでよりによって前の方にあいつはいるんだ」

 

 キンジが座っている場所まで着くと、背中に隠れるようにしてアリアもいた。ちょうど人混みの中からレキと白雪も来て、いよいよクジ引きだ。

 少し経って一年生が二人、クジ引きの箱を一つずつ持ってきてくれた。

 ​───俺たちが一番最初に引けと言わんばかりに。

 

「師匠、朝陽殿。此度はクジ引きの手伝いのため、不詳風魔参上でござる」

 

 諜報科の一年でありキンジの戦妹である風魔がキンジを見ると、真っ先にこっちに来た。真顔だけどポニーテールをぶんぶんと振り回して、喜びが隠しきれてないぞ。

 

「なあ風魔? なんで最初なんだ? 」

 

「聞くところによると、大ハズレである女装があるらしいでござる。朝陽殿は運が悪いとお聞きし、最初に持ってきた所存でござる」

 

「ちょっと言葉遣いごちゃまぜになってる気がするが・・・・・心遣いありがとう。昼休みに焼きそばパンいくらでも買ってやるぞ」

 

 よくやったぞ風魔。一番最初に引けば一番女装を引く確率が低くなる!

 俺はバスカービルの仲間全員を睨み、俺が一番最初に引くと伝えた。レキ以外顔を引きつらせ、コイツも必死だなと哀れみの目を向けてくるが・・・・・そんなことはいい。プライドなんてドブに捨てろ。勝てばよかろうなのだ!

 

「一回目、引くぞ! 」

 

 勢いよく手を突っ込んだせいで風魔が箱を落としそうになる。が、それでも俺は箱の中にある無数の紙をまさぐり始める。その中から一枚を掴み、天高く​クジを引き上げた。天井の明かりに黒のマジックペンで書かれている文字がキラリと光る。その文字は​────

 

 

『女装』

 

 

「あっはははははっ! キョー君さすがだよ! いひひひ! 」

 

 体育館の床を何回も叩き腹を押さえて笑っている。その姿はまさに土下座。まわりも、

 

『まあ京条だしな』

 

『妥当じゃないか! 』

 

『はぁ・・・・・はぁ・・・・・女装男子とキンジ・・・・・萌える! 』

 

 などと俺が女装を引くことなど当たり前らしい。

 だがな、俺には切り札があるんだよ。

 

「チェンジだ」

 

 女装の紙を箱に戻すと周りからは非難の声が俺の心を抉り出した。だがそんなこともどうでもいい。

 

「わ、わかったでござる」

 

 そう、チェンジ。

 一回のチェンジなら認められている。俺は今回105回引いて1回出るという確率を当てたのだ。次に女装を引く確率は​───105の二乗分の1。つまり11025回引いて1回出る確率だ。普通に考えて出ることはありえない。あってはならないのだ。

 

「では、これでもう引き直しは出来ないでござるよ」

 

「ふっ、やってやるさ」

 

 箱に手を入れまたガサガサとかき混ぜる。

 これは無駄に考えればまた女装を引き当ててしまう。だったら考えなければいい。感じるんだ、女装以外の声を!

 さあ、我が幸運を以てこの苦行から救いたまえ!

 

「こいっ! マトモなやつ! 」

 

 人差し指と中指の間に挟み思いっきり腕を引き抜いた。体育館にいるほぼ全員の視線を集める先、純白の紙の上に書いてある文字は​───

 

 

『警官・(警視庁・巡査)』

 

 

 ​────やった、のか? 俺は・・・・・ついに!

 

「いよっっしゃあああああああ! 」

 

「なん・・・・・だと!? 」

 

 女装は確定しているとニヤけていた理子の表情が一気に凍りつく。アリアと白雪が驚きのあまり口をぱくぱくさせている姿は金魚そのもの。これから女装が入ったクジを引く男子共も同じ姿だ。

 ああ・・・・・素晴らしい! 俺は不幸に勝ったんだ!

 

「なんでキョー君女装じゃないの!? 」

 

「フハハハハッ! あんなものやってたまるか! 諸君、俺は先に抜けさせてもらう! 」

 

 満面の笑みで男子共に言い放つと、

 

『ふざけんじゃねえ! 』

 

 見事にハモると銃弾とナイフのゲリラ豪雨が横向きに降り始めた。それをキンジを傘にすることでかわしていると、蘭豹が再度、一発天井に向けてM500を唸らしゲリラ豪雨は嘘のように静かに去っていく。

 

「我、勝利を掴み取ったり! 」

 

「えーつまんないよ! 」

 

「どうだ理子! ちゃんと女装じゃないぞ! 」

 

 理子に『警察官・巡査部長』の紙を見せびらかす。理子は悔しそうな顔で俺の見せた紙をジッと見つめている。そんな見つめたって巡査部長の変装は変わらないぞ。

 だが理子は​諦めもせず見続け・・・・・うん? と首を傾げた。

 

「キョー君なんか紙の右端、一枚重なってない? これ」

 

「そんなばかなことあるわけない」

 

 裏返して理子に言われた場所を見ると​──確かに、角が少し削れてめくれるようになってるな。だがこれがなんだというのだ。ただ紙がなかったから去年の文化祭で使ったものを再利用でもしてるのだろう。紙をめくって暗号を解くとか、探偵科がやりそうだな・・・・・はは。

 あれ? なんで冷や汗が出てくるんだ? めくったら女装とか書いてあるはずない。不吉なことばかり考えるからいけないんだよな。

 

「ねえねえ。めくってみてよ」

 

「急かすなよよよよ。ななななにもないかから」

 

 手が自分のじゃないみたいに震えてる。それでも意を決してめくり、そこに書いてあったのは───

 

 

『女装(ポロりもあるよ! ) 表のは嘘』

 

 

「・・・・なぁにこれ」

 

「きゃははははは! やっぱりキョー君女装じゃん! おめでとうっ! 」

 

「ばかッ! 大声出すな! 」

 

 急いで理子の口を手で塞ぐが、時すでに遅し。

 近くにいた蘭豹が俺から紙を取り上げると、途端に持っていた酒を床に落としそうになりながら笑いを堪えている。

 なんで​───こんなクジがあるんだよ!

 

「これは綴が昔酔った時に作ったもんでな。どの箱に入れたかは忘れとったんよ。綴が適当に投げた箱に入ったからな」

 

「​───それって何年前ですか」

 

「んー何年も経ってないと思うんやけど。まあ頑張れや」

 

 女装という事を頭が受け付けない中、蘭豹に背中をバシバシと叩かれ背骨が軋む痛みと一緒に無理やり頭に詰め込まれた。

 なにが頑張れや、だよ! 女装だけでも死にたいのに、ポロリってなんだよポロリって! 男にポロリって首でもポロリすればいいのか!?

 

「朝陽、同情するぞ。ちなみに俺は『警官(警視庁・巡査』だ」

 

「朝陽さん、私は『化学研究所職員』です」

 

「朝陽くん、私は『教諭』だったよ」

 

 キンジ、レキ、白雪がそれぞれかわいそうな者を見る目でさらに追い打ちをかけてくる鬼畜さ。もうなんなのこのチーム。横じゃ理子が『ガンマン』を引いて喜んでるし。てかなんで女のクジから『ガンマン』が出るんだよ。

 

「朝陽ってホント運ないわね。その点あたしは勘が鋭いから楽勝よ」

 

「・・・・・よし、だったらやってみろ」

 

 俺の精一杯の怨念をアリアにぶつける。

 女のハズレクジである『小学生』よ。来いと。

 俺の気持ちを知らないアリアは鼻を鳴らして箱に手をつっこみ​、すぐに一枚の紙が取り出された。俺たちチームメンバー全員で覗くと───

 

『アイドル』

 

 と全員の目に映った。アリアはわなわなと口を震わせると、

 

「あ、アイドル!? 日本のテレビにでてるあのブリッ子の・・・・・」

 

 紙を凝視して今にも破りそうだ。破ったら蘭豹と綴のキツいお仕置きが待っているからギリギリ破いていない。​

 理子は笑いを堪えているが、口の端から引き笑い気味の声が聞こえる。白雪も肩をビクビク震わせて今すぐにでも笑い転げそうだ。

 俺もアリアが歌って踊る姿を想像してみる。

 

『みんなー! 今日は楽しかったー!? 』

 

『なに皆ピンクの棒なんか振っちゃって! この変態! 』

 

『まったくもう! あんた達ホントバカじゃないの!? 』

 

『べ、別にあんた達のことなんて好きじゃないんだからね! 』

 

 ぐっ・・・・・だめだ。笑うな俺よ。笑ったら風穴コースだ。いくら頑張ってもアリアはジュニアアイドル。どう足掻いても成長しないから永遠の八歳とか名乗れるぞ。

 そうなるとDVDパッケージのタイトルは多分、

 

「ありあ 8さい」

 

「ブフォ! 」

 

 誰にも聞こえない声量で言ったつもりだが、横にいたキンジには聞こえたらしい。キンジはその後アリアに睨まれたが、咳払いでなんとか誤魔化していた。

 アリアも想像したのか、真っ赤に顔を染めて唇を噛み締めている。

 

「チェ、チェンジよ! 」

 

 箱を出した女子生徒の腕関節ごと破壊する勢いで箱に手を突っ込むと、またすぐに別の紙を取り出した。アリアの小さな手が掴む紙には・・・・・

 

『小学生』

 

 と、ある。

 

「やったよアリア! ハマり役だよ! きゃははははは! 」

 

「アリア! お前も俺と同じハズレ役だ。やったな! 」

 

 こ、これはやばいぞ。笑いすぎて呼吸が​!

 理子は、固まっているアリアの足元を転げ回り、腹を抱えて爆笑している。

 白雪も自身のツボにはまったのか、指先から足先まで震わせて床を叩いている。しかも普段笑わないレキでさえ俯いて手を握りしめていた。キンジは必死に笑いを噛み殺して、でも湧き上がってくる笑いを抑えきれないという感じですごい顔になっている。

 

「し、死ね! 死ね死ね! 見たやつは全員殺す! むぎぃー! 」

 

 アリアがホルスターに手をかけたところで、レキとキンジ以外アリアに飛びついた。こんな所で発砲されても困る。俺は両足、白雪は右腕で理子は左腕だ。

 

「離しなさいよ! 全員殺せないじゃない! 」

 

「はっはーアリア! 今ここでお前のパンツが何色かバラされたくなかったらその紙に書かれてあることを正直に聞くんだな! 」

 

「うぐっ! ぐぐぐぐッ! 」

 

 アリアは壊れたロボットのように小刻みに体を震わせながら俺を見ると、一言。

 

「アンタァ・・・・・覚えておきなさいよッ! 」

 

 涙目になりながら睨む顔はまさに般若。ツインテールの角の髪飾りが本物のソレと錯覚させられる。犬歯がいつもより鋭く感じるのは気のせいだろうか・・・・・

 でも水色のパンツとは意外だがギャップがあってよかろう。

 

「あー京条。ちょっといいか」

 

 と、俺の足を軽く蹴って気だるそうな声で俺を呼ぶ声。

 

「なんですか? 綴先生」

 

「お前、変装食堂やらなくていいぞ」

 

「ホントですか!? 」

 

「ああ。峰も同じくやらなくていい」

 

 綴先生、アンタ天使に見えるよ。ちょっと目つき悪くて違法そうなモノ吸ってるけど、間違いなく天使だよ。

 

「なんでですか? せっかくキョー君の女装姿見れると思ったのに・・・・・」

 

「お前たちには一年、二年合同の劇に出てもらうことになった」

 

「劇って・・・・・毎年やってるやつですか? それならもう二年の方で配役は決まってるはずじゃ」

 

 去年は確か、赤ずきんちゃん。その前は白雪姫だった気がする。毎年劇の完成度が高いと評判だから見に来る人も多い。そりゃ出来なかったら教務科に殺されるからな。でも配役は既に一年と他の二年が決まっているはず。

 

「それがなぁ、主役の二人揃って怪我してな。出られないんだよ。それでそいつらの埋め合わせで誰がいいかって言うことでお前らに白羽の矢が立ったわけだ」

 

「劇って、今年は何をやるんですか? 」

 

「何って​───​─ロミオとジュリエットだよ。ちなみにお前らが主役だ。あと女装はしないとは言ってないぞ」

 

「「​────は? 」」

 

 

 

 

 

 衝撃的事実を綴に告げられたその次の日。今日の五時間目から文化祭の準備期間となる。面倒だという理由で依頼を受ける一年や元々忙しい三年生がチラホラと校門あたりで見かけ​───大きめのため息をつく。今日で多分十回は超えているだろう。理由はこの後のミーティングだ。

 

「ねえキョーく・・・・・じゃなかった。京条紗英(さえ)ちゃん? そんなにため息ついたらさ、京条朝陽みたいに不幸になるからやめときなよ」

 

「あはは。トイレに行ってくるついでに便器に沈めますよ理子さん? 」

 

 ブラドの屋敷にメイドとして働く前に理子から教えてもらった女声で反論したあと、トイレに行く。手洗場の鏡で自分の顔を見ると、そこには普通に可愛い女の子がいた。セミロングの黒髪、パッチリとした黒目、目立たない鼻に小さく可愛げのある口。肩幅が狭く、くびれもしっかりある。ついでに胸も歳相応に​──パッドだが​──ある。

 

「懐かしいな紗英(さえ)さん。ブラドの屋敷以来か。アンタの姿は二度と見たくなかったよ」

 

「私もできるならこの姿になりたくなかった」

 

 自問自答の受け答え。意味がわからない。そして俺の女装バージョンの名前が紗英で固定されているのは解せない。

 しかもなぜ『ロミオとジュリエット』なのに俺が女装しなきゃいけないんだ。あれか? 『ロミ子とジュリ男』でもやるのか? 黒歴史だやめろ。

 辞めたいと蘭豹に言ったらM500のグリップで『やります』と言うまで叩かれて拒否権なかったし。俺たちに人権はないのか。

 とりあえず前髪を整えてからトイレを出る。

 

「ほら、もう諦めなって。一年生もワクワクして待ってると思うよ」

 

「なんだろう。視界が歪んでまっすぐ進めそうにない」

 

「あ、化粧が崩れちゃうから泣くのはやめて! 」

 

 理子がピンク色のハンカチを目尻に軽く当てた。

 廊下の一番奥に見える多目的教室​───そこが俺の墓場だ。

 一歩一歩が重い。足に恥ずかしいという鉛でも詰め込んでいるからだ。俺の周りだけ重力が後ろ向きになる道具でも開発してくれないかな・・・・・文さん。文はなに引いたかわかんないけど、あの子はマシなものを引き当てたことを祈るしかない。

 

「ほーら。あと一歩。扉を開けたら一年生すっ飛んでくるよ〜主に女子が」

 

「理子・・・・・胸にデリンジャーあるだろ? それで俺の頭を撃ち抜いてくれないかな」

 

「残念。もう時間切れだよ紗英ちゃん」

 

 理子が勢いよく扉を開けると、黄色い歓声と同時に一年の女子が突っ込んできた。理子に手を引かれるまま教室の中心まで連れていかれると、

 

「はい! 今回怪我のため来れなくなった二年生二人の代わりとして来た、峰理子と京条朝​──京条紗英! みんなよろしくねー! 」

 

「可愛いィィ! 」

 

 キラキラした目で俺を見る女子と何かに負けてハンカチを噛んでいる女子で半分に別かれている。そして俺のことをかわいそうな人を見る目で見つめてくる数名の男子。

 

「京条先輩って化けるんですね! 」

 

「でも死んだ魚の目をしてるような・・・・・」

 

「なんで女子の私より可愛いのですか? 」

 

 最後の女子、お前とできるなら代わってやりたいよ。

 様々な賞賛が飛び交う中、ボブカットの髪型をした見た目チビアリアが集団の中から俺の前に出てきた。その後に続いてくる黒髪ロングと金髪で俺のことを兄さんと呼ぶ戦妹。あかりと佐々木志乃、ライカだ。

 

「きょ、京条先輩・・・・・ですか? 」

 

「兄さん・・・・・じゃなくて姉さん? 可愛いですね! 」

 

「あら、京条先輩がこんなに可愛い姿になってしまって。女の子らしくていいですよ」

 

 やめてくれ・・・・・死んじまうよ恥ずかしくて。

 あかりは俺と自分の体を交互に見比べ拳を強く握ると、ハイライトの消えた瞳でまっすぐ俺を見つめてきた。

 

「な、なんで今度は違う女装で勝てると思ったのに・・・・・なのにまた私より胸も・・・・・顔も綺麗で、くびれもあって・・・・・ヴェアアアアアアアッ! 」

 

 仰向けに倒れたあかりは、お腹の前で両手を握ってそのまま力尽きげしまった。気を失ったように首が横に倒れ口から何か白い球体のようなものが出て行くのが見える。効果音をつけるなら、チーンだ。デジャヴだなこの光景。

 

「あ、あかり!? 誰か衛生科を! 」

 

「あかりさんしっかりしてください! お気を確かに! メディック・・・・・メディィィック! 」

 

 

 ​───本当にこのメンバーで大丈夫なのだろうか。

 


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