俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 ココ姉妹と決着。バスカービルの記念写真で事故


第36話 ありがとう

 バスカービルの女子との死闘からまた数日後、狙姉(じゅじゅ)につけられた目の横の傷は完治しておらず腕の火傷もまだ治っていない。包帯を巻いているから直接制服が肌を撫でることはないが、それでも少し痛い。どっちも傷跡にならなければいいんだけど・・・・・

 

「キョー君何考えてるの? えっちぃこと? 殺すよ? 」

 

「なあ。あのさ、俺が黙ってるとそういう事考えてるって思ってる? 偏見だよね。圧倒的偏見だよね!? 」

 

「だったら彼女──恋人を楽しませるべきじゃない? 」

 

「・・・・・そうだな。手でも繋ぐか」

 

 まだ八月の暑さが尾を引く十月の夜を照らし出すのは煌びやかな色。アニメのキャラクターが、ビルの壁面に設置されているモニターの中で精一杯踊っている。街行く人々は夜だというのに活気は充分。ついでに俺たちの姿を見て、

 

『天使だ・・・・・』

 

『あの女、もしかして次元の壁を超えたというのか!? 』

 

『神は───もういない』

 

 などと天を仰ぎ見たり、はたまた膝から崩れ落ちて地面とにらめっこする者など様々だ。こういう反応はいつまで経っても馴れないな。理子は・・・・・俺をちらっと見て微笑んだ。

 

「・・・・・っ」

 

 いつもはくだらないことと理不尽な事しか言わないのに、急にデレられても・・・・・困るんだよ。

 

「あ、何キョー君。顔ちょっと赤いよ? 」

 

「うるさい。お前みたいな可愛いやつと手繋いで歩くなんて馴れないんだ」

 

「いや、なの? 」

 

「───そういうことじゃなくて。ただ馴れないってだけだ。嫌とかそういうのじゃない。むしろ嬉しいさ」

 

「くふっ。よかった」

 

 最近こんなデレ期が続いてる。俺が何をしても手を出してこなくなったのだ。殺すよ? とは言っても本当にしばかれることはなくなった。不思議なこともあるもんだよ。

 それは置いといて───両手が空いていればどこか寄るなり出来たが、今は片手で自分の身長を超える荷物を持っているんだ。このデレ理子とは早々に帰ってから楽しみたい。

 

「あ、キョー君。今えっちぃ目してた」

 

「だ! か! ら! 考えてないって! 」

 

「ふーん、じゃあなんで家に帰りたいの? 今日は確かキー君用事で居ないから、連れ込んで何かするつもりだったでしょ」

 

「俺が家に帰りたいのはお前が今日買った服やらゲームやら初回限定グッズが重いからだよ! って、さらっと心の中読むな! 」

 

「理子、男友達とこういう経験いっぱいあるから分かっちゃうんだ〜」

 

 男友達と──こうやって街に繰り出したことがあるのか。まあ理子ほどの美少女だし、それも当然か。

 それでもモヤッとするな・・・・・理子の彼氏でもないのに。

 

「嫉妬かな? キョー君の今の目つきは。言っとくけど、()()()()()()()()()()()()だからね」

 

「別に。してねえよ」

 

「安心して! 男友達と来たことあるけど、そいつとは手繋いでないから」

 

 裏切りは女のアクセサリーねぇ・・・・・とんでもないこと言いやがるな。だけど、男友達と来ても手を繋いでないか──って俺! なにホッとしてるんだ。まったく、調子狂うな。

 

「・・・・・してないって言ったろ。早く帰らないと俺の腕がもたない。あと、そろそろ補導される時間だ」

 

 お互い私服で出かけに来てるから警察の方々にお世話になるかもしれない。呼び止められても武偵手帳はいつも携帯してるから大丈夫だが、迷惑になるしな。

 それから俺の持つ荷物の多さに若干の同情を含んだ目で見られながら電車に乗り、武偵高前の駅で降りた。片腕ずつ交代しながら持ってるがそろそろ限界。これ以上持っていたら筋肉痛になる。

 

「おい理子。そろそろ半分持ってくれないか? 」

 

「女の荷物を持つのは男にとって名誉であり義務だって過去に言ったのはどこの誰だっけ? 」

 

「俺ですよ・・・・・」

 

 再び手を繋ぎ家へと歩を進める。

 寄り添って歩く姿は傍から見ればカップル同然。ニセモノを始めた時のぎこちなさはもう無い。原因の一つは、手を繋いでいる時の理子の笑顔が──すごく自然だから。周りもそんな理子の笑顔を見たら騙されるに決まっている。ニセモノの相手である俺にも自然だと思わせるくらいだから、演技も大得意って感じだよな。

 

「今日は楽しかったか? 」

 

「楽しかったよ! お目当ての場所とグッズ全部まわれたからね。キョー君も一緒に来てくれたし」

 

「そっか。よかったよ」

 

 門が閉まっており今は暗くて不気味な武偵高の横を通り抜ける。いつもであればどこかしらの教室に明かりが灯っているはずだが、それもない。さらに空き地島に不自然なほど霧が集中的に漂っていた。

 

「なんか・・・・・空き地島から禍々しいオーラが漂ってるような感じがする」

 

「確かに誰かいそうだな。でも大丈夫だろ、武偵高の横だし」

 

 何もない、そう思い込んで立ち去ろうと視線を外すと────心臓が一際大きくはねた。何もしてない、攻撃もされていない。だが間違いなく誰かが俺の心臓を不可視の手で掴んでいる。冷や汗がぶわっと出て車酔いに近い吐き気が波のように押し寄せ───たまらずその場に膝をついた。

 持っていた荷物は悲しげな音をたてゆっくりと崩れ落ちる。

 

「ちょ!? キョー君どうしたの!? 」

 

「わ、悪い理子。ちょっと体調が───」

 

 どくん! とさらに心臓が高鳴る。

 

「くはっ・・・・・!? 」

 

「ちょ、ホントに! 」

 

 俺の心臓を引っ張る力はどんどん強くなっていく。家に帰るまでがデート、それに水を差す力の元は───おそらく霧に覆われている空き地島。心臓がそこに引っ張られるのだ。

 

「理子、先に荷物を持って帰ってくれ」

 

「でも具合悪いなら一旦家に帰ろうよ」

 

「いや、いい。それよりもお願いだ理子。帰ったらいつでも電話に出れるようにしてくれ。やばい時は電話するから、その時は教務科に連絡。できるな? 」

 

「・・・・・絶対帰ってきてよ」

 

 了解、とジェスチャーで表して武偵高内に侵入し車輌科のボートを拝借。空き地島に向かう。近づけば近づくほど心臓を掴む力は弱くなり、苦しさもその分軽減されてる。だけど、右腕の中の瑠瑠色金は近づけば近づくほど輝き始め──服の上からでも視認できるほどだ。

共鳴現象(コンソナ)』、色金を持った者が覚醒した時に起こる。色金保有者は知っている限りアリアしかいない。

 

「ずぁ、くっ・・・・・! 」

 

 息苦しい。右腕のその部分だけじわじわと焼かれる痛みが体全体に染み込んでいく。心臓も不規則な鼓動を繰り返しながら熱を帯び始めている。ボートが不規則に揺れ何度も落ちそうになる。

 そして空き地島に上陸するところで、不気味なほど静寂な夜の静けさに不釣り合いな切羽詰まった大声が霧の中から聞こえてきた。

 

「アリア、しっかりしろ! おい! 」

 

「ふふふ。ハハハハハッ! 」

 

 またキンジは面倒ごとに巻き込まれたのか。

 心臓の熱さは少しずつだが退いてきている。だが右腕の中の色金はまだ輝いたままだ。

 

「その殻、みんなにあげるわ。『眷属(グレナダ)』についたご褒美でね。それにこれはお父様のカタキ共への嫌がらせ。私が一人で持つよりいいでしょう? 」

 

「メーヤ、また会おうぜ」

 

「───これはありがたい。すぐ藍幇城に戻って分析させていただきましょう」

 

 霧の中を抜けると、人外の集会とも呼ぶべきか。コウモリ女や鬼。魔女っぽい格好をしている者や見た目からして頭が良さそうな長身の男がそれぞれ緋色に光っている欠片を持っていた。

 すぐに全員が霧の中に消えてしまったが、残る人影の一つが俺に向かってきたぞ!?

 

「えーいっ! 」

 

 頭上から振り下ろされたのは、俺を頭から切断できるほどデカい剣。それをバックステップでかわすが・・・・・運が悪いことに、着地地点が濡れていて足を滑らせてしまう。

 

「しまっ!? 」

 

「一人殺った! 」

 

 剣先が横一線に流れる───その直前。

 

「待てメーヤ! そいつは味方だッ」

 

 ピタッと胴体を切り裂く寸前で止まったが、防刃服が見事に斬られていた。古いとはいえこれを切り裂くとは・・・・・よほどの切れ味だろう。

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 」

 

「あ、ああ。斬られてないからな」

 

「良かったです。私は運が良いですから」

 

 運が良い、か。俺とは反対だな。

 その人物──メーヤは俺に手を差し出してきた。俺はその手をとって立ち上がりキンジとぐったりしているアリアに駆け寄る。

 

「これはどういうことだ。何があった? 」

 

「説明はあとだ。とりあえず寮に避難する」

 

「お、お主! その右腕の輝き、もしかして瑠瑠色金か!? 」

 

 木箱をランドセルみたいに背負った和服姿のキツネ少女が俺の右腕を指さして目を見開いている。

 

「なんだ・・・・・知っているのか。状況的に切羽詰まってるから寮に行ってからにしよう」

 

 何が起こったか分からんがアリアを無力化されてるんだ。それほどの実力を持つ敵は、霧の中に消えていったヤツらの誰か──もしくは全員がアリア以上の強さだ。それならば一旦引くのが得策だろう。

 

 だがまた、運の悪いことに心臓の熱さがぶり返してきた。その熱さは徐々に頭へと移動してくる。視界が白黒になり、足から力が抜け──右腕が俺の意志とは関係なく後ろに引っ張られた。右腕だけが体から切り離された、そんな感覚を覚える。手に握られていたのは隠し持っていた雪月花。

 

 それが横に一閃。中空を薙ぎ払い──ギン、という音。大気を切り裂いただけでは絶対に鳴らない金属音だ。そして中空から生み出された銀色に光る剣が空き地島の地面に突き刺さった。

 

「チッ」

 

 この場にいる誰の声でもない。だが確かに聞こえたその声は、明らかに敵意を含んでいる。

 すぐ側で地面を力強く踏み出す足音。雪月花はその音に呼応するかの如く突き出された。本来ならただ空を切るその動作は、またしても硬い金属音で止められる。剣先の空間はぐにゃりと歪み、不可解な電子音が場違いに鳴り始めた。

 

「テメェ・・・・・誰だ。宣戦会議(バンディーレ)にいなかっただろ」

 

「──ッ」

 

 いきなり目の前に現れたその男は俺にイラついた口調で尋ねてきた。顔はどこかの原住民がやるフェイスペインティングに彩られている。瞳に宿る敵意は、さっきの不意打ちが完全に見切られたことへの警戒、そして自分の渾身の一撃を簡単に弾いたことへの怒りだ。

 

「それはあれか。光学迷彩か。もうそんな技術を持っているとは驚きだ」

 

「うるせぇ。俺の質問に答えろ。お前は誰だ」

 

「───そんな上から目線で人にものを頼むなよ。第一印象最悪だぞ。東京武偵高二年、それだけしか言わねえよ」

 

 だんだんと全体像が顕になってきた。腕につけたプロテクターで雪月花を防いでいる。だがそのプロテクターもひび割れて今にも砕けそうだ。

 

「チッ、いつかその生意気面を蹴り飛ばしてやる。その右腕の瑠瑠色金を奪ってな」

 

「奪われるのはごめんだぞ。肉体と一体化してるらしいから摘出不可能だ」

 

 男はもう一度舌打ちをするとバックステップで遥か後方に下がり、また空間に溶け込んでいった。気配は───もうしない。完全にどこかに行ったらしい。

 

「大丈夫か朝陽! 」

 

「ああ」

 

「ジャンヌ、お主もヤツらを追え。レキはもう行ったぞ。儂の耳によれば全員一目散に四方八方へ逃げておるが・・・・・ジーサードというやつなら捕まえられるかもしれん。ただ深追いはするでないぞ。儂は『鬼払結界(きばらいけっかい)』で守りを固めるから」

 

「わかりました」

 

 ジャンヌはキツネ少女に礼儀正しく頷くと、

 

「遠山、謝罪する。アリアの容態については玉藻とメーヤから聞いてくれ。あと朝陽。なぜお前がここにいるか知らないが・・・・・さっきの男がまたお前を狙うかもしれん。私が追いつけない時はお前に電話するからすぐでろよ」

 

 鎧を鳴らして踵を返し、空き地島の東側へと駆けて行った。周囲にはだだっ広い空き地島。辺りにSF映画に出てきそうなロボットと風力発電機。そして俺たち五人だけだ。右腕の輝きは服の上からは見えなくなった。だが袖を捲ってみると、まだ灯火程度・・・・・目を凝らしてやっと見える。

 

 ───この灯火が、服の上からでも見られるライトになってきたら・・・・・そこがタイムリミットってか?

 今日で何度ついたか分からないため息を、ハァとまたついた。申し訳程度の残りの運をすべて吐き出すように。

 

 

 

 

 

 

 

 アリアを自室に運び終えるとキツネ少女──玉藻(たまも)は冷蔵庫から理子のプリンを取り出して食べ始めた。というか、理子が俺とキンジの部屋にいなかったってことは自室に戻ったのか。

 

「ふむ、これが今代の遠山か。過去に那須野(なすの)で会った遠山と瓜二つじゃな。昼行灯でネクラそうな感じじゃが・・・・・まあ良い。そしてお主」

 

 ビシッと俺に人差し指を向けた。

 

「お主は──過去に儂と会ったことあるはず。顔も同じだからな」

 

「ナンパはやめてくれ。幼女に声はかけん。他人の空似だ」

 

「なんじゃと!? 幼女とはなんだ幼女とは! 儂は白面金毛の天狐───妖怪じゃぞ! 」

 

 神様、鬼、次は妖怪ね。吸血鬼もいるからもう驚かないぞ。

 

「そんな事はいいから、あの空き地島で何があった? 」

 

「ああそれはな・・・・・」

 

 キンジがアリアの横に座り、丁寧に教えてくれた。

 宣戦会議(バンディーレ)という『師団(ディーン)』と『眷属(グレナダ)』の双方の連盟に分かれて行う戦いに巻き込まれたこと。俺たちバスカービルは『師団』で参戦すること。アリアに埋まっている緋緋色金に被さっていた『殻金』七枚のうち五枚を盗られてしまったこと。

 

「その殻金がなくなるとどうなるんだ? 」

 

「本来は『法結び』と言うお主らとは超能力(ステルス)の力を供給するだけの繋がりじゃが・・・・・殻金がなくなれば、それは『心結び』となって人の心と色金が混ざって取り憑かれてしまう。殻金とは緋緋色金に特殊な殻をメッキのように被せて『法結び』だけを結ばせて『心結び』は絶縁する、人が作った都合の良い殻じゃ。それが無くなれば、緋緋神になると同じ意味。なってしまったら───殺すしかない」

 

「こ、殺せって、おい! 」

 

 キンジが身を乗り出して玉藻に聞く。キンジの顔には焦りが色濃く見えるが、玉藻は当然のごとく返す。

 

「すぐにはならんから慌てるでない。でも、なったら躊躇わず殺せ。お主が殺さなかったら儂が殺す。緋緋神は戦と恋を好む神じゃ。憑かれた者は闘争心と恋心を激しく荒ぶらす、祟り神となる。実際に七百年ほど前になった人間がおるんじゃ。その時は、遠山と星伽の巫女が殺した」

 

「そんな・・・・・二枚だとどうなるんだ。確か二枚こいつの胸に帰ったはずだ」

 

「二枚ともなれば緩やかに色金に憑かれていく。儂の見立てでは数年が限界で緋緋神になるじゃろ。その前に『眷属』から殻金を取り戻せば心結びは絶たれる。緋緋神にもならない」

 

 数年か。まだ時間があるな。だがキンジの不安の色は拭えていない。

 

「緋緋色金の心結びは少しずつ始まる。戦と恋については包み隠さず言うようになるかもしれん。それが最初の症状じゃ。お主は慌てず応じるのじゃぞ」

 

 キンジは眠るアリアを見て少し間を開けてから──頷いた。

 

「それとお主もそこの小娘と同じだ。瑠瑠色金に完全に乗っ取られれば瑠瑠神になる。朝陽とか言ったか? お主はどのくらいまで心結びが行われておる? 」

 

「・・・・・正直分からん。別世界に連れていかれたり時々変な感情になったり、さっきは勝手に腕が動いた」

 

 玉藻は聞くや否や血相を変えて俺の膝に乗って胸にその大きな耳を当てた。尻尾を逆立て今にも襲ってきそうな雰囲気だ。

 

「これは──お主。これほど大質量の色金をどうして体に埋めた? 」

 

「埋められた、という方が正しいぞ。ちなみに璃璃色金も埋まってるから」

 

 膝に乗っている玉藻は俺の首に細い片腕をまわして抱きつく体勢になった。何をするのか・・・・・という疑問は、直後に首に当てられた冷たく鋭い金属の感触で把握する。

 

「儂の一族は色金を悪用する者を監視、粛清する仕事をしている。お主、正直に答えよ。この二種類の色金を使って悪事は働いてないだろうな」

 

「働いてない。寧ろ出来るなら今すぐ取り出してくれって思うが。特に瑠瑠色金に迷惑かけられているんだ。分かったら首元のナイフをしまってくれ」

 

「───信じるぞ。その言葉」

 

 玉藻は先ほどとは比べ物にならない低い声で首にナイフを滑らせて・・・・・和服の内側にしまった。膝からは降りてくれない。それどころか顔を恋人以上の距離に近づけてくる。茶色の瞳にはどこまでも深く続く沼があり、ついつい魅入ってしまった。

 

「お主の右腕は一部が瑠瑠色金になりかけている。璃璃色金が力を抑えているようじゃが、瑠瑠色金の方が質量が大きいから長くは持たんぞ。どちらかの力を使えば瑠瑠色金の侵蝕はより早まる。なるべく力は使うでないぞ」

 

「分かってる。どのみち力の使い方なんてこれっぽっちも知らないんだ。いつも無意識のうちに出るからな。でも、もし瑠瑠神か璃璃神になったら──迷わず殺してくれ。瑠瑠神を倒す方法を見つけられなかったその時の俺は多分、恐怖と激痛に苛まれて狂ってるから」

 

「お主。なぜそう自らが狂うと思うんじゃ? 」

 

「言ったろ。別世界に連れていかれたって。瑠瑠神になるってことはつまりあの世界で起きたことが永遠と続くわけだ。ヘタしたら手足もがれる世界に行きたくないだろ? 」

 

 一言の言葉も聞き取れない静寂。僅かに聞こえるのは東京湾の波の音と外を走る車のエンジン音だけ。静かすぎてキーンという耳鳴りまでしてくるほどだ。キンジも玉藻は黙って俯いている。

 

 そんな静寂に耐えられず音を発したのは、聞きなれた自室のチャイム。キンジが出ていくと、柔和そうな艶のある甘い声が玄関からリビングへと流れてきた。ゆっくりとした動作でリビングに現れたその人物は、青く潤んだ瞳とマスカラが不要なぐらい長いまつ毛、泣きボクロが印象的な───メーヤだった。色気のある顔と首ぐらいしか白い素肌を晒していない。

 

 メーヤと軽く紹介を済ませる。なんでも、バチカン市国で祓魔師(エクソシスタ)として叙階を受け、ローマ武偵高では殲魔科(カノッサ)の五年──イタリアでは高校は五年まで──らしい。

 

 それから理子の部屋へと赴くことにした。分かれてから一時間ほど経ってるから少しは心配してるだろうし。何より携帯の充電がなくなっていることに気づかなかった。電源すらつかないとは予想もつかない。

 俺は携帯の充電器と制服、諸々の装備を持ち、

 

「じゃ、キンジ。また明日な」

 

「おう。気をつけろよ。また襲ってくるかもしれないからな」

 

 後ろ手で、分かったと伝え部屋を後にする。最近はまだ夏の暑さが引いていたが、今日に限って冷たい風が乱暴に肌を叩いてきた。夜空に輝いていた星々は雲に隠れその美しい姿は見えなくなっている。

 

 ついに色金を狙う者が現れた。それなのに俺は色金──特に瑠瑠色金のことに関してはほとんど知らない。ロリ神(ゼウス)だってあまり瑠瑠神のことを知らないから調べようもないんだが・・・・・一つ気になるのはジーサードという男。あいつは瑠瑠色金を狙ってきた。使う用途があるってことは瑠瑠色金の性質を知っているってことだ。

 

 それに玉藻に言われたあの言葉。

 

『どちらかの力を使えば瑠瑠色金の侵蝕は尚更早まる』

 

 これは瑠瑠色金の力を使うことは瑠瑠神が俺に干渉し、璃璃色金の力を使えば瑠瑠神を抑えている力がその分失われるから侵蝕される──こう解釈すれば納得がいく。右腕が瑠瑠色金になりかけてるってのは理解不能だがな。

 

 あの二体の力って言われて思いつくのは・・・・・瑠瑠色金は『時間延長』と『時間短縮』。これがあいつの能力で瑠瑠色金を持っている者にも適用されるとなれば──便利な能力になる。

 

 緋緋色金は『時間干渉』とでもいうべきか。過去への干渉が今わかっている能力。

 

 となれば璃璃色金の能力も時間関係のはず。時間延長と時間短縮、そして過去への干渉があるから──考えられるのは『時間跳躍』。時間を越えて瞬間的に過去に移動する能力だ。自由自在に時間を移動できるかもしれない。俺の予想があっていてこの能力を好きな時に使えれば、これから襲い来るであろう敵も楽に倒せる。だが使えば使うだけ侵蝕されていく──難しいな。

 

 そんな焦る気持ちが足早にしたのか、いつの間にか女子寮を通り過ぎてしまっていた。男子寮と女子寮はそんなに遠くないがこんなに早く着くとは思いも寄らなかったな。今日何度目か分からないため息をついて女子寮の入口に戻り、理子の部屋の階層までエレベーターで移動する。通路には消えかけの電球がチカチカと点滅を繰り返し、消えることに抗っていた。

 

 理子の部屋の前に着く。理子の部屋は他の女子部屋に比べ広くて一人部屋。他の部屋より高い家賃を払えば一人部屋にできるが、その家賃が高すぎて理子やアリアのような金持ちしか入れないのだ。

 

「理子さーん」

 

 チャイムを押して小声で尋ねる。まあ理子のことだから心配はしてくれても寝て───

 

「キョー君! 」

 

 バタッ! と一秒も経たないうちに勢いよく扉が開かれ、理子が小型ロケットとなって俺に飛んできた。

 

「ぐふっ」

 

「と、とにかく入って! 」

 

 首をぶんぶん振って通路に誰もいないことを確認してから俺を室内にぶん投げた。文字通りぶん投げられ床に叩きつけられる。肺の中の空気が一瞬にして外に飛び出し本能的に酸素を求めて空気を吸い込み・・・・・理子が追い討ちをかけるように俺の腹に着地してきたせいで今度はみぞおちにダメージが入った。

 

「ごほッ! ゴホッゴホッ! ・・・・・殺す、気か!? 」

 

 勝手に出てきた涙が理子の顔をボヤけさせる。

 

「キョー君電話してよ! 何回もかけたんだよ!? 」

 

「うぐぐ・・・・・携帯の充電がなくてな。でも怪我してないから大丈夫だ」

 

「なにが! ・・・・・怪我してないだよ」

 

 俺の腹から離れ部屋の奥へと小走りで行ったと思うと、救急箱と湯気が立つタオルを持って帰ってきた。さらに俺の手を握ると広いリビングを出て、廊下一つ挟んだコスプレ衣装がそこら中にある寝室に連れられる。真ん中には一人で寝るには十分すぎるベッドが鎮座していた。理子はそのベッドの中央を指差すと、

 

「仰向けに寝転がって」

 

「え? 」

 

「聞こえなかった? 仰向け寝転がって」

 

 やだよ、それを言えば殺されることは確定だから大人しく言われた通りにする。理子は俺に覆いかぶさると、暖かそうなタオルを顔に被せてきた。

 

「むぐ」

 

「動かないで。動いたら、殴るから」

 

 明らかに不機嫌な声音。タオルは顔から首へと移動していき──服の中へと侵入してくる。

 

「お、おい! 」

 

「・・・・・」

 

 上着の下から手を入れられ体を暖かいタオルが駆けていく。胸、腰、果ては俺の腰を浮かせて背中まで。それから左腕の包帯と下のガーゼが外され火傷で水ぶくれになっている部分が顔を出した。理子は一瞬だけ憂いの気持ちを見せると、

 

「抗生物質を塗るのは明日の朝」

 

 とだけ言って新しいガーゼと包帯を丁寧に巻いていく。理子は丁寧に左腕に包帯を巻き終え、右腕に移ったところで、手が止まった。

 

「ちょっと震えてる。何があったの」

 

 理子に言われるまで気づかなかった腕の震え。僅かだが確かに理子の言う通りだ。

 

「瑠瑠神に右腕だけ一時的に乗っ取られた」

 

「──ッ! 」

 

「でも敵の攻撃を雪月花で勝手に防いでくれたから、今回ばかりは助かったっていうべきか。感覚まで遮断されてたからどのくらいの打撃力だったか知らんが、その時に受けた衝撃をまだ引きずってるのかもな」

 

「そう・・・・・なんだ」

 

 右腕も左腕と同様にガーゼと包帯を取り替え、不要となったタオルをベッドの下に置いた。そのまま救急箱から可愛い絵柄の絆創膏を一つ取ると、ペタ。俺の首に貼り付ける。

 

「首に切り傷」

 

「あっと・・・・・キツネの幼女にナイフを首に添えられたから、その時に切られたんだろ。よくあることだ」

 

「幼女にナイフで首に切り傷が、よくあることなの? 」

 

 理子は救急箱を再びベッドの下に置き俺の隣に寝転がった。目に涙を溜めて、それを零すまいと必死に唇を噛み締めて耐えている。

 

「ねえキョー君。理子がどんな気持ちで待っていたか。わかる? 」

 

「──分かんないです」

 

「ずっと玄関の前で連絡待ってた」

 

「ほんとに・・・・・ごめん」

 

 キッ! と今日一番の睨みで俺を見ると、愛くるしい童顔をさらに近づけ、

 

「今日までずっと何も言わなかったけど! キョー君なんで危険な所に突っ込んでくの!? 強襲科だからしょうがないって思ってたけどさ。せめて傷くらい減らしてよ! 前回はココとの戦いで目の横に消えるかどうか分かんない傷つくって、火傷を負って! 今回は切り傷だよ! あと怪我じゃないけど瑠瑠神にだって乗っ取られて」

 

「切り傷くらい大袈裟だ。誰でもする───」

 

「大袈裟じゃないよ! いつも怪我してるキョー君のことが心配で心配で仕方ないんだよ! 」

 

 理子の大声が室内を支配していく。東京湾の波の音も、外を走る車もの音も聞こえない。空気が凍るとはこのことだろう。そして理子の普段言わない言葉に俺は───固まってしまった。

 理子は自分の言ったことに気づいたのか、徐々に顔を赤くして俺の胸に顔を埋めた。

 

「別にそ、そういう意味で言ったんじゃない。ニセモノの恋人として・・・・・その・・・・・」

 

「分かってる。心配させてごめんな」

 

「・・・・・分かってるなら傷つくるな。バカ」

 

 ギュッと右手で俺の腕を掴む力は、絶対に離さないと伝えるには十分すぎるほどだ。

 俺は理子の頭の上に手をのせて優しく引き寄せる。

 

「どこにも行かないから。ごめん」

 

 すると理子は涙声で、

 

「今日は、泊まっててね。その、ために体拭いてあげたんだか・・・・・ら」

 

 

 理子の暖かい体温がゆっくりと冷えた体を温めていく。心の底から安心できるな。こいつのそばに居ると。いつも殴る蹴るの暴行を働いてくるが、その裏でこうやって切り傷程度でも心配してくれる。

 やってることが矛盾してるんだよ。切り傷よりお前にぶん投げられた方が痛えよ。連絡がなかったくらいで怒りすぎだ。

 

 そんな不満は理子の寝息と共に、ゆっくり。ゆっくりと───意識の奥へ沈んでいく。

 

 こんな俺を心配してくれて、ありがとう。

 

 


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