Tari tari 1人の少年   作:一塔

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よろしくお願いします


つまずいたり、転んだり

  教頭先生に呼ばれて来夏は職員室に来ていた。

  「校長先生には許可を貰っています」

  「知っています、曲は?」

  勝手に音楽発表会に出るつもりと勘違いした来夏は敵意をあらわにするような言い方で言い放った。

  それに対して教頭先生は顔色一つ変えずに答えた。

  スッと差し出した楽譜を確認すると、大きく目を開いた。

  しばらく楽譜を見た後。

  「この曲は許可しません」

  そう言い放つと奪い取るように楽譜を取り上げた。

  そのまま楽譜を引き出しにしまった。

  「他の曲を探しなさい」

  その言葉にむっとした表情を浮かべた。

  「そんな!!」

  異議を言わせないかのような視線が飛んできた。

  「困ります」

  「これは貴方たちが遊びで歌う曲ではありません」

  教頭先生の言葉を聞き、今は遊びと言われてしまうかも知れない。

  けど・・・。

  「好きなんです、聴いた事のない曲だったけど、作った人の音楽を楽しむ気持ちが私には伝わってきて、すごくまっすぐで真剣に音楽が大好きで、でもやっぱり楽しくて、今の私の気持ちがすっぽりおさまる感じがして、だからこの歌が歌いたいんです」

  真剣な表情で答える来夏に教頭先生は引き出しを開けて楽譜を取り出した。

  「音楽を楽しむ事と楽しませる事、その両立、貴方に出来る訳がありません」

  そう言いながら楽譜を来夏に返した。

  その行動に来夏は空いた口が塞がらなかった。

 

 

 

  教頭先生に返してもらった楽譜を握り締めながら音楽準備室の扉を開けると。

  「ねえちゃん!!」

  誠が大声で詰め寄ってきた。

  「どうしたのよ誠?」

  きょとんとした表情で呟く来夏に誠は口を開いた。

  「どうして佐原先輩が合唱部にいるんだ!」

  「どうしてって言っても入部したから」

  この答えに誠は頭が痛くなった。

  「何も知らないのかよ」

  一つ息を吐いてから口を開いた。

  「佐原先輩は前の学校で不良グループの頭って噂が流れてるんだよ」

  その言葉に来夏とそれを聞いていた沙羽が笑った。

  「そんな訳ないじゃん」

  来夏は誠の手を払い、棚に楽譜をしまった。

  「サッカー部の奴が見たらしいんだよ、右肩に大きな傷跡があったらしんだ」

  「傷跡?」

 「うん、あれは何かに刺された傷だってよ」

 「それだけ?」

 「それだけって」

 「あくまで噂でしょ、本人の口から聞いた訳じゃないんだから信じる必要はなーい」

 いつもと変わらない口調で答える来夏に誠も諦めた様子で音楽準備室から出て行った。

 他の下級生達も音楽準備室を後にした。

 残った来夏は紗羽に視線を向けるとなんでだろうと表情を浮かべた。

 「でも、みんなの前でちゃんと話をしないと、下手したらみんな辞めちゃうかもよ」

 「ええっ!?」

 「だってみんな怖がってたし」

 「それはそうだけどさぁ」

 困った様子で呟く来夏に紗羽は「よし!」と呟いた。

 「私が話をしてくるから来夏は先に教室に行って」

 「ちょっと紗羽~行っちゃった・・てか次の授業教頭の授業じゃん、図ったな」

 多分次の授業には帰ってこないだろうと思い、どうやってごまかせばいいのか頭を悩ませていた。

 

 

 

  「やっぱりここにいた」

  屋上の扉を開けて、屋上で寝そべっている竜司を見て沙羽は微笑みながら呟いた。

  チラッと視線を沙羽に向けたがすぐに視線を戻した。

  「また授業サボる気?」

  竜司の隣に腰を降ろして呟いた。

  「それはお互い様だろ」

  「全然違う、私は初めてだから」

 普段からサボっている竜司に同じ扱いをされた紗羽は否定した。

 「何かあったのか?」

 紗羽は普段は授業をサボることはしない事は竜司も知ってい。た。

 だから気にった。

 紗羽は音楽準備室で聞いた事を全て話した。

 「だから本当の事を教えて?」

 「・・・・」

 「竜司君?」

 「くっ、はははははは」

 紗羽の話を聞いて、黙っているかと思えば笑いを堪えていただけのようだった。

 「ちょっと本気の話なんだよ」

 「分かってるって、そんな噂信じてるのか?」

 「信じてるわけないじゃん、竜司君を見てればそんな事は分かるよ」

 きっぱり言い放った紗羽に竜司はまた笑った。

 「分かってくれる奴がいれば俺はいいよ、どんな噂が流れたって」

 「でも!!」

 「それより寝ようぜ」

 「えっ?」

 「飯食ったし、風が気持ちいいし、絶好の昼寝日和だ」

 そう言うとゆっくりと目を瞑った。

 紗羽もコンクリートの床に仰向けになった。

 心地良い風が吹きぬく。

 気持ちいいと思いながら紗羽も自然に重くなった瞼を閉じた。

 しばらくし、竜司が目をあけて起き上がろうとすると裾が引っ張られた。

 「おいおい、ほんとに寝るかよ」

 裾を握り締めながらぐっすり眠っている紗羽を見て竜司はもう少し寝かせてあげようと思った。

 

 

 

 短い期間ではあったが音楽発表会に向けて練習を行った。

 和奏は最初の練習日以外来ていない、竜司は時間を開けて多く練習に参加してくれた。下級生の不安も一緒に行動することで、不安が除除に無くなっていった。

 そして当日

 雨が降るなか学校の駐車場に停められたバスに乗り込んだ。

 声楽部、合唱部以外は学校にて授業を行っている。

 みんなからの声援を受け、バスに乗ったはいいが顧問の先生が来ていない。

  来夏は職員室に行き、事情を聞きに行ったが、職員室でも事情が分からなかった。

  とりあえず、みんなが待つバスに戻った。

  「沙羽〜」

  「校長きた?」

  「まだ、連絡もないって」

  「他に運転できる人いないかなぁ?」

  このままだと音楽発表会に参加する事すら出来ない状況だ。

  「顧問がいないなら授業に取りなさい、顧問または副顧問の引率なく、郊外でも部活動は禁止する」

  教頭先生の言葉に来夏も沙羽も校則を思い出した。

  「貴方も部長なら分かっているでしょう」

  「でも・・」

  諦められない。

  今までこの日の為に去年から特訓もしてきた。

  ここまで来て諦められない。

  「副顧問は?」

  「高橋先生です」

  「私、連絡取ってみる」

  沙羽は高橋先生に電話する為、校内へと走り出した。

  「貴方はここで部員と待機、変わりに誰か午前中のリハーサルに立ち会わせなさい」

  「でも楽譜読めるのは竜司と坂井さんしか」

  「佐原さんは?」

  「直接会場に行くって」

  「また、勝手な行動に、坂井さんを呼んできなさい」

  大きくため息をついた。

  来夏は走り出した。

 

 

  「ええっ!今から?」

  「うん、教頭先生が坂井さんじゃないと駄目って・・・ごめん」

  今は体育の授業中だが、仕方ない。

  体育の先生に話しをして、更衣室で制服に着替え、来夏からパート事の配置図、楽譜を受取り、バスに向かって歩き出した。

  「ほんと・・・ごめん」

  和奏は歩みを止めて、くるりと振り返った。

  「ケーキ二つね」

  顔は笑っていなかったが和奏の優しさが来夏には伝わった。

  そこで来夏の携帯が鳴り響いた。

  発信者は沙羽だった。

  「高橋先生電話出ないから家まで行ってくる」

  「大丈夫?」

  「近いから大丈夫、もし校長来たら途中で拾って」

  そう言い残して沙羽は自転車を走らせた。

  高橋先生が住んでいるアパートに着き、インターホンを鳴らすと先生とは違う人が出てきた。

  高橋先生は病院に行ったと聞き、自転車を病院に走らせた。

  病院に着き、産婦人科の待合室に座ったが、制服を着ている女子が産婦人科の待合室に座っている事で周りからの視線が痛かった。

  恥ずかしいがここは我慢と自分に言い聞かせた。

  「あれ、沙羽、こんなとこで何してんだ?妊娠したのか?」

  「違うわ、バカ!!」

  待合室に歩いてきた竜司の発言に周りからは驚きの声が上がったが沙羽は顔を真っ赤に染めてすぐに否定した。

  あまりの声の大きさに沙羽は口に手を当てて、恥ずかしそうに椅子に座った。

  「飲むか?」

  「うん」

  竜司が持っていたペットボトルのお茶を受取り、口にした。

  「何があったのか?」

  沙羽の隣に腰を降ろして口を開いた。

  「竜司君こそどうしてここに?先に行ったんじゃないの?」

  朝連絡があって直接行くと言っていたがなぜか病院にいたのだ。

  「ああ、今日の発表会、高橋先生にも見てもらいたくて声をかけに行ったらここにいるって言われて待ってたんだ、沙羽は?」

  「校長先生が朝から来なくて、郊外の部活動は顧問の先生か副顧問がいないと出来ないから副顧問の高橋先生にお願いしに来たところなの」

  「そんな事があったのか、悪かったな大変な時に力になれなくて」

  「ううん、大丈夫だよきっと、あ、高橋先生来たよ」

  診察室から出てきた高橋先生を見つけて駆け寄った。

  「あれ?沖田に佐原、どうしたの?・・二人の子供が出来たの?」

  「「違います!!」」

  声がハモり、病院内に響きわたった。

  高橋先生に事情を説明した所で携帯が震えた。

  「来夏どう?」

  「校長無理!」

  「無理⁉︎」

  「でも学校に電話してなんとかバスは出発したから私達も何処かで合流しよう、今どこにいるの?」

  診察室でお金を払っている高橋先生の横で電話している沙羽の前を来夏が通り過ぎた。

  「おーい来夏」

  「ここかよ!」

  竜司の声を聞いて戻って来た来夏は驚きの声と共にツッコミを入れた。

  「急がないともう始まる!」

  「じゃあ行こうか」

  高橋先生の言葉で車に向かった。

  病院を出た所で竜司が止まった。

  「沙羽、自転車の鍵を貸せ、ここに置いとく訳にはいかないだろ」

  「えっ、でも」

  「いいから早くしろ、時間がないんだろう」

  「うん」

 鍵をポケットから竜司に渡して二手に別れた。

 

 

  自転車と車では車の方が速い、一足先についた来夏達はステージの裏に走った、すると和奏が立っていた。

  「急いでもうアナウンス始まってる」

  「みんなは先に立ってる?」

  「ええっ⁉︎一緒じゃないの?」

  もう先についてると思い込んでいた他の部員達がまだ着いていないようだった。

  急いで誠に電話するが渋滞にはまってあと少しで着くとの事だった。

  諦めた様子で携帯を耳から離した。

  「中止を伝えてきます」

  「待てよ」

  教頭先生の言葉に待ったがかかった所で

  カッパも着ないで自転車で走ってきた竜司はビショ濡れで息を切らして立っていた。

  「竜司くん大丈夫?」

  沙羽が近寄るが払いのけた。

  「ハァ、ハァ、中止なんてする訳ないだろ」

  「なんですって」

  言葉の意味より言葉遣いが引っかかたようだ。

  「ここまで来たんだ、4人でも3人でも歌うよ」

  「・・・竜司」

  「来夏、今まで特訓してきたんだろう、簡単に諦めんな!!努力をすれば報われるってずっと信じてきたんだろう」

  そうだ、去年の失敗からずっと特訓をしてきたんだ。

  だから諦めたくない。

  「そうだった、去年の恥、ちゃんと上書きしてくるんだった、歌ってなんぼだ、恥をかいたっていい、行けるところまで行こう」

  「うん!」

  諦めかけていた来夏の気持ちが変わった。

  それに気付いて沙羽も頷いた。

  「坂井さん、色々ありがとう、この前の答え探してくるね」

  この前とは、和奏を初めて誘った時に来夏が言われたことだ。

  《何の為に歌ってるの》

  その答えを探しにいった。

  「よし、俺が伴奏な、制服濡れてるし」

  「一曲歌ってきますか」

  ステージに上がってく来夏達の背中を見ながら和奏は唇を噛み締めた。

 ステージに立ち、拍手が僅かにあったが会場全体が気付いた、人数が少ない事に。

  この場所に戻って来た。

  そう思い出すと来夏は明日が震え始めた。

  「大丈夫?」

  「うん!」

  隣で呟く沙羽に力強く答えた。

  「かぼちゃ畑だと思えばいいよ」

  「かぼちゃ畑なんて見たことないよ」

  「じゃあ、スイカ畑は?」

  「えっ」

  沙羽が送った視線を追うように見ると、観客席にスイカに似た模様の服を着ていたおばさんがいた。

  「あんた失礼」

  小さく笑いながら来夏が呟いた。

  「竜司くんが待ってるよ」

  「・・・坂井さん」

  沙羽の隣に来た和奏が呟いた。

  その様子に来夏も驚いた。

  「ケーキ3つね」

  「私も」

  「うん、終わったらみんなで食べ行こう、じゃあ行きますか!」

  来夏が指揮を執って歌い始めた。

  「風、新しく〜♪緑を駆ける 〜どこまでも遠く、澄み渡るよ〜♫今 軽やかに 〜光は回る 〜♪全てをやわらかく照らすだろう〜〜星さえ見えない〜♪雨の時でも〜♫君が夢見てる〜未来は 側にあるよ〜 いつの日も歌おう この心のまま〜♪響くよ 空の向こう〜彼方まで〜♪そしてまたどこかで〜♫君に届いたら〜思い出してほしい、輝く笑顔で過ごした日々を〜〜♫」

  ピアノを弾きながら楽譜をめくろうと竜司が手を伸ばすと隣から楽譜をめくる手が伸びてきた。

  微笑みを浮かべて楽譜をめくってくれた。

  「いつの日も歌おう〜〜♫この心のまま〜響くよ 空の向こう〜♪彼方まで〜  そしてまたどこかで〜君に届いたら〜♪思い出してほしい〜♫煌めく笑顔で過ごした日々を〜〜♫ 輝く笑顔で過ごした日々を〜♪」

  歌い終わり、来夏達は優しい拍手に包まれた。

  やりきった感、去年の失敗から努力をし、この舞台に立てた事、来夏は嬉しくて仕方なかった。

  裏方に戻ると沙羽に抱き着きながら涙を流す来夏を見て沙羽も嬉しそうに微笑んだ。

  来夏の苦しさを1番間近で見てきたからこそ、沙羽も自分の事のように嬉しかったのだ。

  「和奏、声楽部はどこにいるんだ?」

  二人で盛り上がってる所を優しい表情で見ていた和奏に竜司が問い掛けた。

  「声楽部?多分、外のバスに乗ってるんじゃないかな、もう出番も終わったし」

  「そっかありがと」

  「竜司く「坂井さん、本当にありがとう」

  走り出していく竜司に声をかけようとしたが来夏の言葉に遮られてしまった。

  「えっ、ううん」

  久々の音楽、正直に言って今までで1番楽しかった。

  小さい頃お母さんが口ずさんでいたこの曲が自分を変えてくれる気がした。

  感謝したいのは和奏自身であった。

 

 

 

 

  声楽部は順番にバスに乗り込み始めた。

  自分達の順番は終わったし、残るは熊谷哲二の演奏のみとなったので帰り支度をしていた。

  そこに。

  「おーい」

  声が聞こえてきた所を振り返ると竜司が走ってきていた。

  「どうしたの?」

  「さっきはありがとな譜めくり、助かったよ」

  あの事かと思い出してみどりは軽く微笑んだ。

  「ううん、宮本さんは歌が大好きで去年からずっと頑張ってたのは知ってたから、何か協力したくて」

  「いい奴だな、名前はなんて言うんだ?ちなみに俺は佐原竜司な」

  「上野みどりです、よろしくね佐原くん」

  「ああ、よろしくな上野」

  差し出された手を握った。

  「そろそろ教頭先生くると思うからここで」

  「そうだ、多分この後、みんなでケーキ食べに行くんだけど一緒にど?」

  先程のやり取りを口の動きだけで理解した竜司は協力してくれた事からみどりを誘ったが、首を横に振った。

  「ううん、帰ってからまた部活だから、また誘って」

  「ああ、わかった、時間取らせて悪かったな」

  「大丈夫、じゃあね」

  「また学校で」

  そう言い終わると竜司は来夏達の元にみどりはバスの車内に歩き始めた。

  バスに乗り、席についてホッと息を1つ吐いた。

  「上野先輩〜誰ですか?あのイケメン?」

  「彼氏ですか?」

  「違うよ」

  後輩達に詰め寄られていた。

  先程の二人で話をしている所を見られていたようだ。

  「そうなんですか、もったいないですよ」

  「どこの人なんですか?」

  「みんな知らないの?普通科の佐原竜司くんよ」

  「佐原?」

  みどりの答えに後輩達の顔が少し引きつった。

  「佐原ってあの転校生のですか?」

  「ええ、どうかしたの?」

  「噂で聞いた事があるんですけど、前の学校では不良グループにいたとかって」

  後輩の1人が呟いた瞬間に周りの後輩達も頷いた。

  みどりの顔が少し強張ったが直ぐに和らいだ。

  「でも、イケメンだったね」

  「うんうん、不良グループだって言ったて、あくまで噂だし」

  「仮にそうだとしても全然オッケーじゃない」

  「みどり先輩はどう思ってるんですか?」

  後輩達の目には不良だったとは映っていなかった。

  「私はどうも思ってないよ、今日初めて会話したぐらいだし」

  「ええええ、そうなんですか」

  「でも佐原先輩の一目惚れって事も」

  きゃーと悲鳴が上がった。

  あらゆる妄想をして楽しくなっていた。

  「でも、綺麗な音色を奏でる人だったなとは思ったよ」

  今日の伴奏を聴いてみどりが呟いた。

  聴いていたこっちも楽しくなるそんな音色。

  もしかしたらと後輩達は一瞬思ってしまった。

  本人は気付いていないだけであって。

  「ほらここらへんにしないと教頭先生くるよ」

  「はーい」

  この日から学校では変な噂が流れるのであった。

 

 

  合唱部も初の行事が終わった。

  来夏も気持ちよく歌える事ができ、満足そうな表情を浮かべている。

  来夏達は合唱中に言われたケーキを食べに駅近くの喫茶店に来ていた。

  「それじゃあ、竜司が来る前だけど乾杯〜♪」

  「「乾杯」」

  みんなでジュースを片手にコップを鳴らした。

  竜司はびしょ濡れの為、高橋先生が家まで送ってくれた。着替えてから参加するようだ。

  「でも本当にうまくいってよかったね」

  「うん、沙羽や坂井さんのおかげだよ、本当にありがとう」

  和奏の言葉に来夏は満面の笑みを浮かべて答えた。

  「コラ、竜司くんを忘れてるでしょう」

  「そうだった、竜司がいなかったら私諦めてたかも」

  来夏は竜司に言われた言葉を思い出しながら呟いた。

  「竜司くん、ちゃんと見てくれてたんだね」

  「うん」

  「でも、どうしてびしょ濡れだったの?」

  竜司の話題になり、最初から疑問を抱いていた和奏が口を開いた。

  「会場に向かうとき、病院に自転車を置いとけないからってカッパも着ないで私の代わりに雨の中、会場に向かってくれたの」

  「優しいんだね」

  「うん、それに相当飛ばして来たんだろうね、私達とそんなに変わらなかったからね」

  冷静に考えると恐ろしいスピードのような気がする。雨の中危険も顧みないで飛ばして来た事が分かった。

  「高橋先生が言ってた、竜司くんは人の事をしっかり見てるし、優しいって、最初は分からなかったけど、なんか分かった気がする」

  「私も分かる気がする」

  「2人とも乙女だね〜」

  和奏と沙羽が真剣な表情で話をしているのを見て来夏がニヤニヤしながら茶化した。

  「「そんなんじゃない!」」

  2人とも顔を真っ赤にして叫んだ。

  「噂をすれば、おーい竜司、こっち、こっち」

  「遅くなったな」

  喫茶店にやってきた竜司は来夏の声を聞き、和奏の隣に腰を降ろした時に視線を感じた。

  「どーした沙羽?和奏も」

  「えっ⁉︎あ、なんと言うかいつもと違うなって、ね」

  「うん、私服のせいか、別人のように見える」

  竜司の疑問に慌てながら沙羽は答えて和奏に助けを求めた。

  竜司の格好は白シャツにグレーのパンツ、大人のような雰囲気を醸し出していた。

  「まあ、私服なんて滅多に着ないからな」

  「家とかも?」

  「家だとTシャツにスウェットとかだしな」

  来夏の問いにサラリと竜司が答えた。

  先に注文していた来夏達のケーキが運ばれてきた。

  店員が来たところで竜司がメニューを開き、オムライスにカレー、食後にイチゴのショートケーキを頼んだ。

  「よく食べるね」

  「夕飯がてらな、腹減ったし」

  注文の多さに驚きながら沙羽が口を開いた。

  「そっか自炊してるんだっけ」

  「おう、もう作るの面倒くさいしな」

  「料理できるんだぁ」

 「言うじゃねえか来夏、意外とうまいんだぜ」

  あまりにも信用してない来夏に苦笑しながら竜司は呟いた。

  「普段は何作るの?あ、美味しい」

  沙羽は質問をしながら運ばれてきたチーズケーキを口にした。

  しつこくなくて甘酸っぱさが口に広がった。

  「なんでも作るよ、ありがとうございます」

  運ばれてきたカレー、オムライスを受け取り、店員に感謝の言葉をかけた。

  手を合わせて頂きますと呟いて、まずはオムライスを口に駆け込んだ。

  「急いで食べると喉に詰まるよ」

  和奏の忠告があったが聞くこともなく、案の定喉に詰まらせた。

  「ほら詰まった」

  ため息交じりに呟いた和奏はコップに水を入れて差し出した。

  ごくごくと音を鳴らして水を一気に飲み干した。

  「ぷはぁーうまい」

  「言わんこっちゃない・・てか坂井さん、ケーキは?」

  「もう食べ終わった」

  (いつの間に⁉︎)

  「大丈夫、まだショートケーキが来るから」

  「和奏、それ俺のだろう」

  「フフッ」

  和奏と竜司と来夏のやり取りを見ていた沙羽は微笑んだ。

  騒がしいけど楽しい。

  合唱部に入って良かったと沙羽は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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