Tari tari 1人の少年   作:一塔

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よろしくお願いします


始まったり、終わったり

 蒸し暑く、熱気に包まれる体育館の中。全国高校総体バレーボール大会、神奈川予選決勝。全国常連高校湘南海星高校VS橘南高校が全国の切符をかけて試合が始まっていた。

 センターコートに張られたネット、それを囲むように観客であふれかえっていた。

 全国大会出場30年連続をかけて挑む湘南海星高校、練習量は神奈川で一番、部員も神奈川一番である。

 この試合での勝者は前評判を打ち破った橘南高校が初めての全国大会の出場を決めた。

 

 二年後

 自転車をこいで長い長い坂道を登っていく男性、坂の上にある白浜坂高校に通学中。薄茶の長髪の女性がヘッドホンを着け、片手には綺麗にラッピングされた薔薇の花を手にしていた。

 「来夏」

 「ん?」

 自分の名前が呼ばれたと思い振り返ると同じクラスの生徒がいることに気付いた。

 「おはよう、竜司も朝練?」

 着けていたヘッドホンをはずして挨拶を交わした。

白浜坂高校は普通科、音楽科と二つの科で分かれている。

 宮本 来夏《みやもと こなつ》前向きな性格で歌が大好き。普通科に在籍しながら、部活動では声楽部に所属しているが、声楽部での自分の立場に思い悩んでいる。

 佐原 竜司《さはら りゅうじ》去年から白浜坂高校に転校してきた転校生、前の学校ではバレー部に所属しており、現在では白浜坂高校サッカー部に所属している。

  「まあな」

  「また、ジャージで登校してる」

  「どうせ上で着替えるんだ、一緒だろ」

  「もう、教頭先生に見つかったらこっちまで困るんだから」

  教頭先生は声楽部顧問の先生。風紀など校則にうるさい。

  来夏の言葉に苦笑いを浮かべて自転車を漕ぎ始めた。

  「頑張れ、少年」

  「あいよ」

 

 

体育館内

「そして駈け出す、飛び乗る〜  奇跡へ、見上げる♪手を振る光へ」

体育館内に響き渡る声楽部の合唱、部長が指揮をし、部員が歌う。その中に来夏の姿はなかった。

来夏はというと伴奏の譜めくりをやっていた。

「やめ!」

顧問である教頭先生の声がきつく聴こえた。

その中でも来夏は今の歌を口ずさんでいた。

「発表会まで後一ヶ月しかないのよ、放課後はパートごと練習、以上解散」

「宮本さん」

解散の合図が出ているが全く聞こえていない来夏に伴奏者のみどりが声をかけた。

その声にハッと我に返った。

「礼!」

「ありがとうございました」

朝練が終わり、ホッと息を一つ吐いた。

楽譜をしまい、ピアノを閉じながらみどりが呟いた。

「宮本さん歌いたいんでしょう」

「ふぇ?」

「私はもう楽譜を覚えてたから、譜めくりはもう大丈夫だよ」

「え?」

「今年で最後だし、教頭先生に言ってみたら?」

その言葉が嬉しくて来夏は笑顔を見せた。

「うん、言ってみる」

 

普通科三年の教室は3階、ビニール袋の中に紫色の花をてからぶら下げてゆっくりと歩くボニーテールの女の子がいた。

「坂井さん〜おはよう」

「おはよう」

「坂井さんの鉢可愛いね」

坂井 和奏《さかい わかな》以前は音楽科に在籍していたが、母を亡くしたことで音楽から離れ、普通科に転科してきた。

「うちは家の紫陽花切ってきちゃった」

新聞紙に包まれている紫陽花をみてふとツインテールの女の子が微笑んだ。

その後ろから来夏がニヤニヤした顔でツインテールの女の子に人差し指を立て背中を押した。

「ひゃあ!」

「おはよう」

「こら」

「そうだ来夏、ラッピング手伝って」

来夏の手を取って走りながら教室に走っていく。

「早くしないと高橋先生が来ちゃうよ」

「もう、自分の家でやってきなよ」

自分の机の上に荷物を置きながら口を開いた。

「紗羽、こっちも手伝って」

「はーい、ちょっと待って」

沖田 紗羽《おきた さわ》弓道部に所属する男勝りな女の子。来夏とは仲が良く一緒にいる時間が多い。

実家は高校近くにあるお寺でサブレという馬を飼っている。

「来夏〜数学のプリント見せて」

クラスメイトの女の子が来夏の元にやってきた。

その隣では紗羽がラッピングを取り出した。

「よし、今日からお前たちは私のしもべな」

キンコンカンコン

朝のホームルームが始まる鐘の音が聞こえた。

来夏のクラスの担任の高橋先生と男子生徒が教室に向かって歩いていた。その横を走っていく二人の男子生徒。

「大智、急げ」

「分かってるよ竜司」

「こら佐原、制服ちゃんと着ろ」

「へーい」

田中 大智《たなか たいち》部員一名のバドミントン部に所属。遅刻の常習犯だ。

教室の中に逃げてく二人を見てため息を一つ零して、男子生徒を廊下で待たせて高橋は教室の中に入ると。

「花束贈呈」

紗羽の声が響き渡った。

教台の上にはプレゼントと花束が置かれ、黒板には産休に入る先生の為に感謝のメッセージが書かれていた。

「もう産休に入るだけなんだから、でも卒業までに戻れなかったらごめんね」

「じゃあ、今卒業式やろっか」

「こら」

紗羽の言葉に笑顔で答える高橋

「みんなで仰げば尊しでも歌っちゃう?」

来夏の言葉に教室は賑やかに盛り上がっていた。

その中でクラスメイトの誰かが和奏の演奏を聴きたいと言ってきた。

音楽科からの転科、音楽がうまいと誰もが思っていた。

その言葉を聴きながら和奏の顔がだんだん険しくなっていたのが分かった。

「俺は遅刻の常習犯大智の歌が聴きたいなぁ」

竜司の言葉に全員が大智の方に顔を向けた。

「そうね、私も聞いてみたいわ」

高橋先生の言葉もあり、今度はネクタイを結び直している大智に方向転換された。

「竜司てめぇ」

「人の所為にするの?男らしい」

大智の睨みに竜司はそっぽを向き、高橋先生の言葉にクラスメイトからはヒューヒューとからかわれた。

ここまでされたら男は黙っていられない。

机椅子から立ち上がった。

「それでは歌います、白浜坂高校校歌」

校歌ということで「えー」という声が上がったが気にせず歌い始めた。

「白き浜の声を聞き♩♩長き道を登ろう♫瞬く日々と刹那の友は」

歌い始めた大智の歌声に来夏はリズミカルに頭を揺らし、嫌気がさしたのか和奏は窓の外を頰杖をつきながら見ていた。

高橋先生はハッと思い出したかのように教室の扉を開けて「ごめーん」と呟いた。

廊下から茶髪の少年が入ってきた。

ウィーン オーストリアからの留学生、12年振りに日本に戻ってきた帰国子女。

「12年振りに戻ってきた日本に早く馴染めるように頑張ります、今は本しか友達が居ない僕ですがどうか・・・」

自己紹介をしながらウィーンは両膝を床につけ、正座をして手を前につき、頭を深々と下げた。

「よろしくお願い申し上げます」

いきなりの土下座にみんなはぽかーんと驚いた。

最初に口を開いたのは来夏だった。

椅子から立ち上がり。

「土下座?」

 

 

今日は土曜日だから授業もなく、みんなの気持ちも健やかに過ごせた。

午前中で終わり、放課後となった。

意を決して表情で出て行く来夏を見ながら教室に入ってくる高橋先生は教室を見渡した。

「佐原、案内よろしく」

「はーい、行こうぜ」

「よろしくお願いします」

読んでいた本を閉じて土下座ではないが深々と頭を下げてきた。

そこまで礼儀正しくなくてもなぁと竜司は思いながらウィーンと教室を後にした。

「坂井、運ぶの手伝って」

「はい」

高橋先生の言葉に今日渡したプレゼントを持つように頼まれた。

「もう、普通科には慣れた?」

 「はい」

 「友達は?」

 「まあ」

 「彼氏は?」

 「ほっといて下さい」

 そっぽをむいてその答えに高橋先生は彼氏がいないと分かった。すると少し笑みを浮かべた。

 「じゃあ佐原なんてどう?」

 「佐原くんですか?」

 どうして彼の名前が出てくるのかと少し悩んだが答えは出てこなかった。確かに彼も他校からの転校生、音楽科から転科してきた自分に共通な部分はないとは言えないが今までにそんな事を考えていなかったので少し驚いた。

 「あら、だめだった?」

 「駄目ってわけではないんですが、どうして佐原君なんですか?」

 自分に進めてきた本人なら答えを知っているので聞いてみた。

 「まあ、佐原は校則は守らないし、授業はさぼる事もあるけど、しっかりと人の事を見てるし」

 「どういうことですか?」

 「気づいてない?今日の朝だってみんが坂井の歌を聴きたいって言った時、あなた怒鳴りそうな顔をしてたから止めようと思ったら先に佐原がとめてくれたじゃない、あれは佐原なりに坂井を助けたのよ」

 朝の出来事を思い出すと確かに高橋先生の言う通りであった。あのまま竜司の助けがなかったら私は怒鳴っていたに違いないと確信した。

 「佐原はああみえても優しいのよ、ちょっと伝わりにくいんだけどね、後は・・・ほら割とイケメンじゃない?」

 「そうですか」

 高橋先生が言うことも一理ある、竜司が転校してきた時は女子の間でも人気があったの確かだ。

 だが和奏「そうですね」とは言えなかった。

 そう言ってしまえばまるで自分が佐原君の事を好きだと言っているのと同じだと勘違いしたからだ。

 「ちょっと待って、車の鍵取ってくる」

 職員室の前で止まり、扉を開けると教頭先生の声が聞こえてきた。

 「わざわざそんなことを言いにきたの?」

 職員室の中に入ると教頭先生の席の前で立っている来夏の姿があった。

 「え?でも・・」

 「上野さんが罨法出来ることはしっています、ピアノ専攻なら出来て当たり前でしょう」

 「じゃあどうして譜めくりが必要なん・「音楽は遊びじゃない」

 来夏が言い終える前に教頭先生が口を開いた。

 そんなことは来夏自身十分分かっているつもりであった。

 「この合同発表会は県内の高校だけではなくプロの音楽家を招待して行われる伝統行事です、音大の先生方も聴きにこられる音楽科にとっては貴重な発表の場、その場所で去年、あなたは何をしたの?」

 冷たい視線で見つめらている来夏は唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握り締めた。

 「でも、だから私ずっと」

 震えてきた足を抑えて小さく呟いた。

 「音楽を愛する事は誰にでもできる、しかし、音楽から愛されることは、人の心を動かすには特別な何かが必要なのです、あなたにはそれがない」

 きっぱり言われてしまい来夏は心に込めていた言葉を口にした。

 「じゃあやめます」

 「なに?」

 「じゃあ、やめます」

 目に溜まった涙を堪えながら、大きな声で言い放った。

 そしてくるりと回り、職員室を後にするべく歩きだした。

 「宮本さん」

 扉を開けたところで教頭先生から声がかかり、足を止め振り返った。もしかしたら引きとめてくれるのではないかという期待を込めて。

 「辞めるなら退部届を持ってきなさい」

 その言葉に少しでも期待した自分が馬鹿に思い、腹がたった。

 返事することなく来夏は扉を閉めて廊下を走って行った。

 

 

 

 「よしありがと」

 トランクを閉めて感謝の気持ちを和奏似伝えた。

 「あ、そうだ今ケータイ持ってる?」

 「え、あ、はい」

 いきなりの言葉にあっけにとられたがポケットからケータイを取り出し、赤外線通信を行った。

 互いに受信されるとうれしそうに高橋先生が口を開いた。

 「はい、それは私のアドレス、何かあったらいつでも連絡して」

 「なんかって?」

 「佐原と付き合いましたとか」

 「ええっ!?」

 何故彼の名前がと和奏心の中で呟いた。

 「俺が何だって?」

 「うわ!?」

 和奏の後ろからいきなり竜司の声がして驚きながら振り返った。

 タイミング悪く竜司が現れた。

 「な、なんでもない、なんでも」

 焦った様子で答える和奏に怪しいと思いながらも竜司は「そうか」と頷いた。

 その言葉にほっと安堵の息を漏らした。

 「それよりなんであんたがここにるのよ、ウィーン君はどうしたの?」

 そういえば今日来た転校生に学校内を案内する用タンでいたはずだったが、当の本人は運動着でいまから部活に向かう途中のようだった。

 「ウィーンなら大智に代わってもらった、ほらサッカー部明日で最後の試合だから」

 明日は三年生最後の大会、白浜坂高校はサッカー部は竜司を入れて10人、試合には出場できるが特別強いわけではない。

 大智は根っからのスポーツマン、明日が最後の大会だと聞いて快く変わってくれたのだ。

 「そういえばそうだったわね」

 「先生、応援に来てもいいですよ、産休に入る前に可愛い教え子の晴れ舞台観たいでしょ」

 「調子がいいわね、よし観にいこかな、ね、和奏」

 「えっ!?」

 「よし、明日の一時半に江の島グラウンドだからよろしくな坂井、先生」

 応援が来てくれると分かるとうれしそうに部活に向かおうと走り出した。

 「あ、あと差し入れ頼むよ」

 大きな声で叫んだ竜司の声が聞こえた。

 そして見る見るうち背中が小さくなっていった。

 「先生!」

 「まあ、いいじゃない、迎えにいこうか?」

 「家の近くなので自分でいきます」

 「わかったわ、ちゃんとオシャレしてきなさいよ」

 軽く会釈をし、明日が雨にならないかなっと思いながらも補修授業を受けるために教室に向かった。

 

 

 




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