7話 デート
「ほら、深雪。もうそろそろ元気出せ」
時刻は午後七時、一般家庭では夕食を口にしているであろう時刻に、達也は深雪の部屋の前で中にいる妹に声をかけていた。
「シャワーでも浴びて来たらどうだ?スッキリするぞ」
あれこれ声をかけて見るが、一向に深雪から返答がない。達也の眼には深雪がベットの上でぼーっとしているのが見えているが、やはり心配なのだ。
「あぁもうこんな時間、夕食を作って来ますね」
突如として部屋のドアが開き、いつも通りの気分(に見える)深雪が出てきた。先程、董夜からのフォロー(紛い)が効いたのか、最初よりかはまだマシな様子だが、それでも達也の目には、深雪が黒い笑みを浮かべているようにも見えた。
「さぁお兄様、たくさん召し上がってください」
「あ、あぁ」
その日の夕食は達也から見て、いつも以上に美味しかったが、何だかその美味しさに恐怖を感じる達也だった。
◇ ◇ ◇
「董夜くん、お味はいかが?」
「ええ、とても美味しいです」
「お姉様が作ったわけじゃありませんが」
「泉美ちゃん?」
「なんでしょうか」
七草家の客間では真由美、董夜、泉美、香澄、弘一(席順)が円卓のテーブルに座り、夕食を口にしていた。
董夜を挟んで火花を散らす真由美と泉美に董夜は苦笑を漏らしている。
「そういえば董夜君、今日学校で十文字克人くんを倒したと聞いたが?」
「え、ホント!?董夜兄ぃ!」
「流石董夜お兄様!」
弘一の言葉に、真由美と笑顔の攻防を交わしている泉美も、それを呆れた目で見ていた香澄も、勢いよく董夜の方を向いた。
「はい、流石に十文字殿は強くて、なんとか勝利を収めることができました」
『なんとか』という言葉を真由美は心の中で否定した。真由美から見て、先の模擬戦で董夜は勝ち方を選ぶ余裕があったようにすら見えたのだ。
「そして、【
「ええ、構いませんよ。まぁ流石に詳しくは秘匿ですが」
相手の魔法について追求するのはマナー違反だがこれも予想の範囲内だったため董夜は咎めず、どの様な魔法かについて説明した。
その間、弘一だけでなく真由美や泉美や香澄も熱心に聞いていた。
◇ ◇ ◇
「では私は仕事があるので失礼するよ。董夜君ゆっくりしていきなさい」
「はい、ありがとうございます」
夕食も終わり、使用人が食器類を片付けている際、一人の執事が弘一に何かを耳打ちし、二人で共に部屋を出て行った。
「お客様をほったらかして仕事だなんて」
「仕方ありませんよ、多忙なのでしょうし」
もう、と呆れる真由美に董夜は愛想のいい笑みを浮かべる。しかし、意識だけは鋭く弘一を見つめていた。
執事が、弘一に何かを耳打ちする十数分前、四葉家が魔法協会と各師族にとある通達を出していた。
『四葉董夜の固有魔法【全反射】について』
耳打ちの内容も、大方この通達に関してだろう。
「董夜お兄さま!この後は私の部屋でお茶などはいかがですか?」
「良いのかい?」
「はい!董夜お兄さまなら大歓迎です」
席を立って董夜の側まで移動し、袖を軽くつまんで見つめる泉美。『別にさっきの客間でも』なんて無粋なことを董夜は言わなかった。
誘われている以上、断るのは泉美を傷付けてしまうかも、と思ったのだろう。
ちなみに、この時に真由美が自身の部屋に董夜を誘わなかったのは、前日に泉美とのとある勝負で負けたからである。
◇ ◇ ◇
「へぇ、おしゃれな部屋だし、掃除も行き届いているね」
「ありがとうございます!」
泉美の部屋に入り、その清潔さに董夜が素直に驚く。しかし、董夜の後ろにいる真由美と香澄は部屋に入った時、何故か部屋にあった筈の椅子が全て片付けられている事に気づいた。
「失礼いたします、お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとう」
董夜たちが部屋に入り少しすると、若い女の使用人がお盆に乗った紅茶と洋菓子を置いていった。
「さぁ、お兄さま。私の隣に」
「えっと………」
「ちょっ!泉美ちゃん……!?」
泉美の部屋ということは、当然そこには泉美のベッドがある。そして、そこに腰をかけた泉美が、董夜に嬉々とした目を向けながら誘う。
そんな泉美に董夜は困ったように頬をかき、真由美が慌てた。
「もしてかして、お嫌でしたか?」
「いや、でも…………お邪魔するよ」
「はいっ!」
涙目で見上げてくる泉美に董夜は断る事ができず、隣に腰を下ろした。
妹の明らかに演技であろう、あざとい行為に唾を吐きかけた真由美は何とかそれを堪える。
「ええと、私たちの椅子が無いんだけど」
「あ、ごめんなさい、お姉様」
そう、ベッドに腰を下ろした泉美と董夜はいいが、真由美と香澄は立ったままである。
その事を指摘された泉美は大袈裟に手を口に当て、おもむろにベッドの上にあったクッションを二つ、真由美と香澄の近くの床に置いた。
「…………え」
「申し訳ありません、私の部屋には椅子が無いものですから、そのクッションの上にでも座っていてください」
「………ッ!」
隣に座る董夜に全身を預けながら、泉美が不敵な笑みを浮かべて真由美を見る。
因みに香澄は過去に、真由美と泉美の(董夜を巡った)争いに口を出して痛い目を見た経験があるため、大人しく床に置かれたクッションに座っている。
「椅子が無いなら私も董夜くんの隣に失礼しようかしら」
「なっ!?」
妹の横暴で額に青筋を浮かべた真由美が、董夜を挟んだ泉美の反対側に腰をかけようとし、今度は泉美が焦る。
しかしーーー
「いや、流石にそれはちょっと」
「え」
おもむろに董夜の隣に腰をかけようとした真由美を、寸前のところで董夜が止めた。
「泉美は妹みたいなものだからベットに座っても抵抗ないですけど、流石に学校の先輩である真由美さんはチョット」
「そ、そんなっ…!」
「い、いもうと……ですか」
真由美は董夜に拒絶された事に。そして、泉美は恋愛対象として見られていない事に、それぞれダメージをくらい。ただ一人、香澄だけが遠い目でお茶を飲んでいた。
「アアー、オ茶ガ美味シイナー」
◇ ◇ ◇
真由美と泉美がダメージから復活すると四人は第一高校のことや、泉美と香澄が通う中学校の話で盛り上がっていた。
「ところで真由美さんは『ブランシュ』を知っていますか?」
香澄と泉美が、無くなったお茶のおかわりを取りに部屋を出た時、唐突に董夜が真剣な表情で真由美に問いかけた。
「ええーと、国際犯罪シンジケートだっけ?それがどうかしたの?」
突然の質問に目を白黒させた真由美だったが、董夜の表情を見て同じく真剣な表情になる。しかし。
「いえ、最近テレビで見かけたので、真由美さんがちゃんとニュースをチェックしているかテストしただけです」
「なぁーんだ、真剣な話かと思ったじゃ無い」
「(反応からして真由美さんはまだ一高内に【エガリテ】が入り込んでるのに気づいてないのか)」
真由美が本当の意味で董夜を理解するのは、まだ先になりそうだ。
◇ ◇ ◇
翌日、司波邸でいつも通り目を覚ました達也は、目の前にあった深雪の嬉々とした顔に困惑した。
「お兄様!今日は私のショッピングに付き合っていただけませんか?」
深雪のお願いに達也は一瞬『いいよ』と言って深雪の頭を撫でようとしたが、頭の中に昨日の董夜と真由美の言葉がフラッシュバックした。
『それで明日はそのまま二人でデートをするのよねー』
『泉美と香澄も一緒ですけどね………後、デートじゃなくて買い物です』
董夜と真由美の今日の予定はデー……買い物。そして急にショッピングに行きたいと言い出した深雪。
「(二人を尾行する気か)」
ショッピングに行ったところで、そこに董夜たちがいるとは限らないのだが。
どちらにせよ止めた方が、後々の落胆が少ないと判断した達也は心の中で深雪に謝りながら妨害を決行した。
「すまないが深雪、今日俺はFLTに顔を出さなくてはいけないんだ、そこでお願いなんだがCADの性能テストをしたくてな、深雪にも来てほしい」
「うっ、ぐ。わ、分かり、ました」
自分の勝手な都合で、兄のお願いを無下にする事など出来ない深雪が渋々了解し。
達也は起きて三分足らずの頭で、自身の功績を労った。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ3人とも行こうか」
達也が自分の危機を止めたことなど全く知らない董夜は、七草邸で朝食を終えて真由美たちと玄関を出た。
「董夜お兄さま、今日はどこに連れて行ってくださるのですか?」
「泉美ちゃん、ちょっと近すぎじゃないかしら、董夜くんも歩きづらそうよ」
「はは、大丈夫ですよ」
「……だそうです」
「くっ…!」
今更だが、七草と四葉の当主である四葉真夜と七草弘一の仲は険悪にも関わらず、その子供である董夜と真由美たちの仲は良好だ。
「(俺が当主になっても、壊したくないな)」
真由美は小悪魔の様なところもあって困るときもあるが、董夜は真由美に信頼を置いている。もちろん香澄と泉美にも。
「渋谷に新しいファッションビルが出来たらしいから、そこに行こうと思ってるよ」
董夜の言う通り、百年以上前から「若者の街」として有名な渋谷に、有名なファッションブランドの入ったビルが建ったのだ。
「董夜兄さまは何でもご存知なんですね!」
「ホントに昔からなんでも知ってるイメージだよね」
「は、ははは、ありがとう」
泉美と香澄がキラキラとした目を董夜に向けるが、これは別に董夜が調べたわけではない。
『女の子とデートならここがいいよ!!』
一昨日、雛子が作成した『デートスポット イチオシ情報!!』というリストの中の一つだ。つまり調べたのは雛子である。
◇ ◇ ◇
四人がファションビルに着くと、出来たばかりということもあって大勢の人がいたが、動けないほどではなかった。
「何時もお世話になってるお礼に今日は全部俺が持ちますよ」
「えぇ!?そんな悪いわよ」
「董夜お兄さまにお支払いしていただくなんて」
「そうだよ董夜兄ぃ」
「真由美さんに出してもらったら男として情けないし、泉美と香澄には年上として立つ瀬がないから、ね」
それに董夜は中学時代、将来のためと言われて真夜に、当主の仕事の三分の一を
三分の一というと大したことなさそうだが、十師族当主である四葉真夜の仕事量は普通のサラリーマンの比ではない。
そして三分の一でもサラリーマンより多いぐらいである、しかし董夜は別に手が回らなくなる事もなく完璧にこなしていた。
それにより董夜の懐はかなり温かい。一回の買い物ごときで響くような財政状況ではなかった。
「それで?真由美さん達は今日何を買うんですか?」
「えーと今日はこれから夏に着る服と、水着を新しくしようかなって」
「了解、それじゃあ、買うのが決まったら呼んでください。そこの、カフェで時間潰してるんで」
「え、ちょ、ちょっと!」
何ともない風に近くのカフェに向かう董夜に、真由美が慌てた様子で止める。
董夜がいなくなれば、普段と変わらない三姉妹での買い物になるからだろう。
「董夜兄ぃも一緒に行こうよ」
「そうですよ董夜お兄様にも服を見てもらいたいです」
「わ、わかった、わかった」
三人にに一斉に反論されてしまい、董夜も真由美たちの服選びを手伝うことになった。
◇ ◇ ◇
その頃FLTでは
「おおー何か鬼気迫るものがありますね」
CADの試験室で深雪が一心不乱に魔法を放っていた。
「御曹司、何かあったんですかい?」
トーラス・シルバーの『トーラス』としてCAD のハード面を担当している牛山が、何か恨みでも晴らすような表情の深雪を見て、顔を引きつらせながら達也に問いかける。
「ストレスが溜まってるんですよ、色々と」
そんな達也も妹の姿にため息をつくしかなかった。
◇ ◇ ◇
同時刻、四葉本邸
「葉山さんの紅茶は相変わらず美味しいわね」
「恐縮でございます」
四葉当主の執務室では【極東の魔王】と呼ばれている真夜と【忘却の川の支配者】と呼ばれている深夜が向かい合って座っていた。
「それで真夜、董夜さんの婚約者の事とかちゃんと考えているの?」
「そりゃ考えてるわよ姉さん」
真夜としては、大事な息子にお嫁ができたら、もしかしたら自分に冷たくなるのではないかと心配があるが、世間を見ればそんなことは言っていられない。
「候補としては七草の真由美さんと泉美さんが董夜さんに好意を持ってる様だけど、深雪さんの気持ちも考えると、ねぇ」
余り関係が良いとは言えない七草弘一の家の者と董夜を一緒にしたくはないのだが、それにより不安因子が一つ消えるかもしれないのも事実である。
「深雪さんも早く告白してしまえばいいのに」
深夜としても董夜には沖縄で命を救われており、信用もしている。娘の婚約相手として申し分ないのだが、やはり魔法師の血が重要視される今、従兄弟同士で婚約となると恐らく他の家がうるさいだろう。
「「どうしたものかしらねぇ」」
悩みは消えない魔女と支配者であった。