四葉家の死神   作:The sleeper

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75話

 

 

 

 

「俺は、十師族に負けないくらい、魔法師として強くなりたい。それが俺の目標です。だから課外活動は生徒会で組織運営を学ぶより、部活を頑張りたいと思います」

 

「そうですか……」

 

 

 入学式はアクシデントも無く予定通り終了した。七宝の答辞も特に問題無く終了。去年のように会場全ての目を釘付けにするということもなく、一昨年のように在校生ばかりか新入生までがハラハラしながら見守るという事も無い、無難な答辞だった。

 その後のあずさの七宝への生徒会勧誘は、取り付く暇もない拒絶によって終わった。

 ちなみに、あずさには五十里と董夜が同行している。

 

 

「もちろん、四葉先輩にも、負けるつもりはありません」

 

「おぅ、ガンバレ」

 

「ッ……!」

 

 

 上級生に対して失礼、とも言えるほどの強い眼差しを董夜に向けている七宝。しかし、董夜はそんな挑戦を他人事のように流した。

 

 

「……失礼します」

 

 

 まるで相手にされていない、と感じた七宝が、足早に去っていった。

 

 

「さて、どうしましょう」

 

「別の候補を探す必要がありますね」

 

 

 どちらにせよ、生徒会役員を決めるのは会長の権限である。あずさは早急な候補者探しを迫られた。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「あ、董夜お兄様っ!」

 

 

 

 する事が特になくなったため、キラキラした表情の新入生を横目に歩いていると、とある少女の声が董夜に届いた。

 

 

「あぁ、泉美。それにみんなもお揃いで」

 

 

 声をした方を向くと、そこには七草三姉妹に加えて達也、深雪、水波というメンバーがいた。水波は董夜を視界に入れると若干顔が硬くなるあたり、まだ董夜を『従兄弟の友人』ではなく『真夜の息子』と見てしまっている様だ。

 

 そんな水波とは裏腹に香澄は董夜を見ると満面の笑みを浮かべ、それとは別のベクトルの感情で真由美と深雪と泉美も微笑む。

 そして泉美だけが、董夜のいる方に向けて駆け寄ってきた。

 

 

「董夜お兄様……ッ!」

 

「い、泉美ちゃん!?」

 

「………。」

 

 

 再び董夜の名前を呼び、泉美が董夜の片腕に抱きついた。

 明らかに董夜の腕に自分の胸を密着させている泉美に、真由美は慌てて、深雪からは冷気が漏れる。

 

 

「七草泉美さん、董夜さんから離れなさい」

 

「お姉さま?何故そんな……………あぁ、なるほど」

 

 

 氷の女王の絶対零度の眼差しに、最初は困惑していた泉美だが、女の勘が即座に答えを導き出した。『彼女も自分と同じ』だと

 

 

「もう少し慎みを持った方がいいと思いますよ」

 

「申し訳ありませんお姉さま。しかし、私は董夜お兄様に婚約を申し込んでいるのです。別に不思議なことではないかと」

 

「…………。」

 

「み、深雪」

 

 

 深雪の目線をもろともせず、董夜の腕を離そうとしない泉美に、深雪が奥歯を噛み締めた。心なしか生徒会室での七宝の表情に似ている。

 

 泉美と真由美の必殺カード『私は四葉董夜に婚約を申し込んでいる』

 このカードは昨年度まで、よく見かけていた真由美と深雪の董夜をめぐる小競り合いにおいて、真由美が幾度となく切ったカードである。

 

 深雪は真由美や泉美と同様『董夜の婚約者候補』ではあるのだが、本当の立場を隠している手前、深雪の手元にはそのカードがない。そのため、真由美には幾度となく煮湯を飲まされてきていた。まさに【トラウマのカード】である。

 

 達也が深雪を落ち着かせようとするが、女の戦いに上手く介入できずに柄にもなく狼狽えている。

 

 

「いいえ、泉美さん」

 

 

 一年間真由美に同じ手を食らってきた深雪。しかし、二年目の彼女は違った。

 

 

「例え婚約者()()であったとしても、大勢の目がある内は慎みと節度をもって接するべきです。だって貴女はまだ【候補】なのだから」

 

 

 そう言って笑う深雪に、先ほどまで崇拝に近いレベルの熱い視線を向けていた泉美は若干たじろいだ。本来なら『貴女は婚約者候補ですらないでしょう』と切り返せるところだが、深雪が董夜と同じ『生徒会副会長(パートナー)』であることを、泉美は事前の調べで知っている。

 その立場を傘に取られた時、今度は自分が弱い立場に陥る事ぐらい、泉美には簡単に想像がついた。

 

 そんな時、すべての元凶ともいえる董夜はというと。

 

 

「水波も香澄も、学校には慣れそう?」

 

「はい、四葉先輩。まだ全てを見たわけではありませんが」

 

「うん!いける!」

 

 

 いつの間に泉美の拘束から脱したのか、集まっているメンバーの中で一番無害である香澄と水波の所にいた。

 

 

「(…………あっちだな)」

 

 

 深雪と泉美の睨み合いには、いつの間にか真由美も参戦している。そんな彼女たちと董夜たちを見比べて、達也は静かに深雪の元を離れた。

 

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「董夜お兄様とご一緒に仕事ができるなんて、夢みたいです」

 

 

 そう言って董夜に熱っぽい視線を送る泉美に、深雪は淑女の笑みを崩さなかった。

 

 

「…………。」

 

 

親指の爪を、掌に食い込ませていたのに気付いたのは達也だけである。

 

 

 4月10日

 新入生にとって三回目の昼休みに、生徒会室には泉美と香澄が訪れていた。

 『ライバル去って、またライバル』しかも今回のライバルは前回のライバルの妹。残念ながら、今年も生徒会室は深雪にとって安全地帯ではなくなりそうだ。

 

 

「やる気があるなら二人でも構わないけど……?」

 

「折角ですけど、私は生徒会に興味がありません」

 

 

 董夜の問いに、香澄が否で返した。その時点で泉美の生徒会入りが決まり、深雪にとって、あり得ないほど細かったものの確かに存在していた希望の糸が途切れた。

 

 

「それでは泉美さん。生徒会に入っていただけますか?」

 

「はい!喜んで!」

 

 

 満面の笑みを浮かべる泉美を、深雪はとても歓迎する気には慣れなかった。そんな自分を『嫌なオンナだな』と内心笑うが。真由美の告白を聞いて、直接宣戦布告された時から、深雪は何としてでも董夜を射止めると決めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「董夜さん、行きましょう」

 

 

 次の日

 HRを終えて、帰る者や部活に行く者がいる中、董夜の元に、荷物をまとめた深雪がやってきた。

 

 いつも通り、生徒会に行く時は深雪が董夜を待って、ほのかを加えた三人で教室を出る。いつもは教室の外で達也と合流するのだが、今日は用事があって遅れる様だった。

 

 

「なぁ、深雪」

 

「はい、董夜さん」

 

 

 いつもは四人のため、深雪の隣を董夜が、その後ろで達也の隣をほのかが歩くのだが、今日は三人横並びで歩いている。

 

 

「いつもより近くないか?」

 

「いいえ、そんなことはありません」

 

 

 もはや手と手が触れそうなほどの距離で歩く深雪に、やはり近いな、と思いながらも、有無を言わせない深雪の笑みに董夜は気のせいだと思い込むことにして生徒会室へと向かった。

 

 そんな二人の隣を、若干居心地悪そうにほのかが歩いている。

 

 

「あ、董夜お兄様!それに先輩方、コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」

 

 

 三人が生徒会室に入ると、そこには既に泉美がいた。

 

 

「あ、泉美さん。私が淹れるから大丈夫よ」

 

「いえ、先輩方にそんなことをさせるわけにはまいりません。雑用は私にお任せてください」

 

 

 深雪の言葉に取り付く様子もなく、三人分の飲み物を用意する泉美。甲斐甲斐しく働く泉美をほのかと董夜は感謝の念を持って見つめ、深雪は何か危機感を抱いている様だ。

 

 

「お待たせいたしました董夜お兄様」

 

「ありがとう泉美」

 

「それにしても、董夜さんに婚約を申し込んでる人って何人ぐらいいるんですか?」

 

 

 董夜と深雪に続いて、自分にも紅茶を淹れてくれた泉美にお礼を言ったほのかの言葉に、深雪からは一瞬冷気が漏れたが、今回は自制できた様だ。

 

 

「正直なところ、俺も全員を把握してるわけじゃない。そう言うのは全部母さんが対応してるし」

 

 

 泉美たちみたいな知り合いは把握してる、と言う董夜に泉美も微笑む。やはり年頃のほのかにとって『婚約』などの色恋沙汰は好物なのだろう。

 

 

「真由美さんみたいに、本当に俺の事を想ってくれてる人もいれば、泉美みたいに家の意向で申し込んでる人もいる、堅苦しい話だな」

 

「いえ!私…………は?」

 

 

 そんな事ない、と董夜の言葉を否定しようとした泉美だが、董夜の言葉に違和感を覚えた。深雪も下唇を噛んでいる。

 

 

「董夜お兄様、お姉様の気持ちに気付いていたんですか?」

 

「いや、全く。情けない話だけど」

 

 

 信じられない、というような目の泉美は、董夜の言葉に首を傾げた。しかし、その目はもっと見開かれることになる。

 

 

「泉美は知ってると思うけど、卒業式の後に真由美さんから告白されてね、答えはまだ出してないけど」

 

「な……ッ!」

 

 

 『妹』としか見られていない泉美と深雪、それに対して『姉の様な妹の様な存在』から『異性』として見られることに成功した真由美。

 このレースにおいて、誰がリードしているかなど、誰の目にも明らかだ。

 

 

「…………たしだって」

 

 

 一瞬言葉が漏れかけた泉美だが、ここで告白してしまっては真由美に便乗した形になってしまい、印象も薄い上にムードのカケラもない告白になってしまうため、何とか口を結んだ。

 

 

「(や、やられた……ッ!)」

 

 

 

 そんな泉美の頭の中には、自分を見下ろして高笑いをする一番上の姉の姿が容易に思い浮かべた。

 

 


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