四葉家の死神   作:The sleeper

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 やっと来訪者編が終わりそうだ。


72話

 

 

 

 

 二月十九日、日曜。

 日が暮れてからそれなりの時間が経過し、第一高校裏手の野外演習場は暗闇に支配されていた。

 

 

「………あれは」

 

 

 達也はクラスメイトとの協力のもと、深雪の【コキュートス】によりパラサイトの封印に成功。

 深雪たちと一時的に別れた達也は、封印されたパラサイト二体が転がされたままの現場向かっていた。

 

 そこでとある二つの集団を目にする。

 

 一方は積み重ねた歳月を表す深い皺を刻みながらも、ピンと姿勢の伸びた老人に率いられた黒服の一団。

 もう一方は、少なくとも安物には見えない黒いスーツを身に纏い、その歳に似合わぬ気迫を携えた少年と、豪奢な黒のワンピースに身を包む可憐な少女に率いられた、やはり黒服の一団。

 

 

「お久しぶりです、九島閣下。お元気そうで何よりです」

 

「あぁ、久しぶりだね四葉董夜くん。まさか君が出てくるとは思わなかった。それで、そちらのお嬢さんは?」

 

 

 口調こそ穏やかであるものの、九島烈は明らかに董夜たち一団を『敵対者』としてみている。

 そのあまりに強い眼光が、董夜の側に立っている亜夜子へと向けられた。一瞬亜夜子の肩が跳ね、表情も怯んだが、すぐに取り繕った。

 

 

「九島閣下、お目にかかれまして光栄に存じます。わたくしは黒羽亜夜子と申します。四葉の末席に連なり、当主・真夜の使いを務めさせていただいている者ですわ」

 

「ほう、その若さでしっかりしている。それにしても彼女が四葉殿からの使いなら、君は何なんだね?」

 

 

 九島烈の視線が亜夜子から外れ、再び董夜に向けられた。亜夜子は肩の力が抜け、思わず息を吐きそうになったが、董夜の前で無様を晒したくないのか、何とか堪えていた。

 

 

「そうですね、『当主の使い、その二』とでも認識していただければ」

 

「はっ、ぬかせ」

 

 

 九島烈と董夜の間に、穏やかとはとても言えない空気が流れ、側に居る亜夜子の、後ろ手に組んだ手がカタカタと震える。

 

 

「まだ二月のこんな寒空の中、閣下をこのような場所に居て頂くわけにはいきません。早速本題に入りましょう」

 

 

 時期はまだ二月。充分、冬と言って差し支えない季節である。空を見上げて、寒そうに身を震わせる董夜を、九島烈は黙ったまま見つめている。

 

 

「よいしょ……っと」

 

 

 二つの集団のそばに倒れ伏している二体のパラサイトのうち、片方の首根っこを掴んで、董夜が持ち上げた。

 

 

「閣下がここへいらっしゃった目的は理解しています。このパラサイトと呼ばれる魔物を持ち帰る事でしょう。実は我々も当主に同じ事を仰司って来ています」

 

「ほう」

 

「そして、幸いなことに封印済みの器が二体。ここは一つ、我々と閣下で一体づつ持ち帰る、というのはいかがでしょう?」

 

「なるほど、して、その誘いを私が断った場合はどうなるのかね?」

 

 

 九島列の目に宿る眼光に、強さと鋭さが増す。対して董夜も不機嫌そうに目を細め、眉間にシワを寄せた。

 

 

「閣下、我々はIFの話がしたいのではありません。応じてくださるのか、下さらないのか。それだけで結構です」

 

 

 何秒か、何分かはわからないが二人の睨み合いは続き、当然二つの集団全体にピリついた空気が流れる。

 そして、最初に折れたのは九島烈だった。

 

 

「よかろう。ここは仲良く一つずつと行こうじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

 

 九島烈が短く息を吐き、董夜が頭を下げた。二人のプレッシャーを側で受けていた亜夜子は内心ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

「お疲れ様、どうだった?はじめての九島烈は」

 

「正直、とても怖かったですわ」

 

 

 九島烈と、その一団が去り。董夜たちもパラサイトの回収を終え、現在は黒羽家に向かう車の中にいる。

 

 

「大事な娘さんを預かってたわけだから、一応貢さんにも挨拶をしてから帰るよ」

 

「わざわざ、ありがとうございます。父も喜びますわ」

 

「いや、少なくとも喜びはしないと思うよ」

 

 

 息子の文弥を次期当主にしたい黒羽貢は、以前から董夜のことを目の敵にしている。董夜が顔を出した時の反応など、想像するに容易かった。

 

 

「文弥は、董夜兄様の力になりたい、と心の底から思っているでしょう。董夜兄様………。」

 

「ん?」

 

「私は董夜兄様の事を、ずっと、ずっとお慕いしておりますわ」

 

 

 

 董夜の右手に、自然と亜夜子の左手が添えられた。その『お慕い』が、果たして『恋慕』を意味するのか、はたまた『敬意』か。董夜は後者だと即決し。自身のその判断に疑問を抱く事はなかった。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 風に乗って楽しげなざわめきが聞こえてくる。第一高校の校内は喜びの声に満たされていた。耳を澄ませばその中に混じる泣き声も聞こえてくる。

 第一高校は今日。卒業式を迎えていた。

 

 

「おや、主役がこんなところに居て良いんですか?真由美さん」

 

「そう言う董夜くんこそ、パーティの準備はいいの?」

 

 

 第一高校の屋上。普段から人気が少ない場所だが、卒業式を終えてパーティが控えている今、最早ここには董夜と真由美しかいない。

 

 

「我ながら、かなり働き詰めでしたから。会長から休憩を頂きました。真由美さんは?」

 

 

 董夜は右手に持つ、セラミックのコップに入ったコーヒーを一口飲んだ。対する真由美は、いつもの賑やかさを潜めて、ただジッと董夜を見つめている。

 

 

「私はね、董夜くんに会いに来たの」

 

「………?」

 

 

 校舎内という狭い範囲であれば、真由美の【マルチスコープ】を使えば探し人を見つける事は簡単だろう。董夜は、真由美の雰囲気がいつもと違う事を察した。

 

 

「(こんな事、『抜け駆けだ』って泉美ちゃんに怒られちゃいそうだけど)私が董夜くんに婚約を申し込んでいる事は知ってるわよね?」

 

「えぇ、もちろん」

 

 

 董夜の存在を四葉が発表して以来。当然、董夜に対して様々な名家と呼ばれる家から婚約の誘いが届いた。それらは全て真夜が『董夜が高校を卒業するまで』保留にしているのだ。

 

 因みに、董夜に対して一族から二人以上婚約を申し込んでいるのは、真由美と泉美の二人を推している七草家のみである。

 

 

「泉美ちゃんと違って。私は董夜くんに会う前に、婚約を当主が申し込んで、最初は『あの四葉に嫁ぐことになるかもしれない』って、すごく嫌だったの」

 

「まぁ、当然の反応でしょう」

 

 

 当然だ、と頷く董夜に、真由美も笑みを浮かべた。その表情はいつもの様に悪戯っこい笑みではなく、まさに()()というべきものだった。

 

 

「でもね、十師族の交流会で初めて董夜くんに会って、その気持ちは180度変わったわ」

 

「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きよ、董夜くん。当主の意向なんかじゃない。この気持ちは正真正銘、私のモノ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真由美さん………。」

 

 

 董夜は驚いた。当然、それを表には出してないが、真由美は自分のことを『弟』としか見てない、そう思っていた董夜にとって、この告白は予想だにしないモノだった。

 

 

「もちろん今すぐ答えを聞こうなんて思ってないわ。董夜くんが卒業するまで、こういうお話は保留だもの。ただーー」

 

「………。」

 

「私、こう見えて欲しいものは絶対に、誰にも渡したくないタイプだから!!」

 

 

 いつもより大人しいものの、いつも以上に力強く笑う真由美に、董夜は何も喋らなかった。いや、喋れなかった。

 初めて他人から『真っ直ぐな好意』を()()()()()()()()向けられて、何か声を掛けようにも、まるで喉が機能を失ったかの様に言葉が出なかった。

 

 

「それじゃあ、パーティの準備、頑張ってね!楽しみにしてるわ!」

 

 

 そう言って真由美は元来た道を引き返し、校内へと続くドアを開いた。そこには、一人の少女が立っていた。

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 深雪がその場面を目撃したのは、ただの偶然だった。

 

 あずさから休憩を言い渡され、コーヒー片手に屋上に向かった董夜。そんな彼を呼ぶ為に、深雪が屋上のドアの取手に手をかけたその時。

 

 

「好きよ、董夜くん。当主の意向なんかじゃない。この気持ちは正真正銘、私のモノ」

 

 

 大きい声ではなかった。それでも深雪の耳にはハッキリと、それは届いた。声の主も、その相手も、考えるまでもなく深雪には分かった。

 

 真由美が董夜に好意を向けている事は、入学式の時から気づいていた。それでも、董夜の婚約に関する真夜の姿勢を知っていた深雪は、『勝負は高校を卒業してからだ』とタカを括っていた。

 

 多少(?)アピールする事はあっても、心のどこかで『自分が一番彼に近い位置にいる』と油断していた。

 

 

 ガチャ………。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 思考が停止していた深雪の意識は、ドアが開く音で強制的に現実には引き戻された。

 呆けた声の深雪に対して、真由美は一瞬目を見開いたものの、今までで一番強い眼差しを彼女に向けた。

 

 

「深雪さん、私、絶対に負けないから」

 

 

 真由美の言葉が、深雪の心の奥底に突き刺さった。

 

 

 

 

 

「(そんな……私だって……!!)」

 

 

 皮肉にも真由美のその言葉が、弱気になっていた深雪の心を奮い立たせた。

 初めは嫌いだった彼を、初めて好きになったあの日から、ずっと深雪の中にある想いに火がついた。

 

 

「私だって、絶対に董夜さんは渡しません」

 

 

 それ以降、お互いが声を交わす事はしなかった。

 深雪は未だ屋上に居るであろう董夜の元へ、真由美は同級生たちの元へ、力強く、歩を進めた。

 

 

 





 この72話を書き始めたときは、こんな展開にする予定はありませんでした。

 『パラサイトの回収終わったし、サラッと次の場面行こ』と思ってましたが、亜夜子にもう少しスポットライトを当てたかったので、あのシーンを入れました。


 『あ、卒業式で告白、いいじゃん』と途中で思いついて、来訪者編を通して余り出番のなかった真由美に告白させました。
 
 真由美に告白させた事も、その現場に深雪を遭遇させたことも、この先どういう影響を及ぼしてくるか、私にもわかりません。


 ただ、深雪が董夜に告白するのは、まだ先を予定してます。





 
 

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