今回も短いです。
でも、これぐらいなら30分ぐらいで書けるから………いいのかな?
63話 ケッセンゼンヤ
「要するに、ホノカの調子が悪かったのは、タツヤにあげる明日のチョコレートが気になっていたから?」
「当たり、よく分かったな、偉い偉い」
「子供扱いしないでっ!」
生徒会の仕事も終わり、リーナが留学して来て初めて、董夜はリーナと二人きりで校門を出た。因みに深雪は達也と共に先に帰った。
「上司に絞られて頭が良くなったんじゃないか?」
「うっさいわね!…………って、何で上司って知ってるのよ!」
「そりゃあんな様子見ればな」
思い出されるのは先程、電話に向かって何度も頭を下げるリーナの姿。
「リーナ、お前は明日チョコ作るのか?」
「あら、天下のトーヤ様もチョコが欲しいのね」
「いや、俺は間に合ってるからいい」
「ムカッ!」
リーナの視線を手で振り払う董夜。リーナも擬音を口で言うあたり本気でイラついてる訳ではないのだろう。
「因みに達也はビターの方が好きだぞ」
「な、何でここでタツヤが出てくるのよ!」
「いや、出てくるだろう」
赤くなった頰を隠すように手で顔を覆うリーナ。達也への好意に気付いているのかは分からないが、董夜はあと一押しだな、と目を細めた。
「いくら任務とはいえ、折角留学して来たんだ、こっちの文化に触れるのも良いだろう」
「う、うん」
もはや自分がスターズである事を隠そうともしないリーナに董夜が苦笑を浮かべる。
数日前、リーナに本気の殺意を向けておきながら、今ではこんなに打ち解けている。リーナは董夜に心理操作をされていることを気づいているだろうか。
「おかえりリーナ」
「ただいま…………ってバランス大佐!?」
「USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長、ヴァージニア・バランス。階級は大佐です。どうぞよろしく」
「師族会議四葉家次期当主候補、四葉董夜です。こちらこそ、よろしく」
董夜から差し出された手を、バランスは一瞬躊躇したが、その手を取った。
「(これが、あの四葉董夜か)」
突然の事態に慌てているリーナとは違い。バランスは優しい笑みを浮かべて涼しい顔をしている。しかし、その内心は表情とは逆のものだった。
「(ふ、こういう奴は慣れて来たはずなんだがな。何だその目は、裸体を見られたとか、心を見透かされたとかいうレベルじゃない)」
そして、バランスの頰を一筋の汗が垂れ落ちる。
「(身体一つ一つの情報を全て読み取られたような感覚だ。流石は
「まだお若いのに、大した役職についていますね、周りからさぞ
「ふふ、気にしなければ良い話です」
自分の事を棚にあげる董夜だが、リーナもバランスもそこに突っ込まない。リーナだけでなく、バランスでさえも董夜が高校生とはとても思えなかった。
「貴方こそ、戦略級魔法師ともあろう人が護衛の一人も連れないとは」
「はは、今時僕に攻撃してくる人なんていませんよ…………それに」
言外にいつでも狙えることをアピールするも、董夜はそれを笑って流した。
「護衛も、もしもの際に壁にしかならないなら、邪魔なだけでしょう?」
「ッ…………!?」
それは強者としての油断や慢心などではない。
確定的事実からくる余裕。
それを本能で感じ取ってしまったバランスだからこそ『今、私とシリウスで不意打ちをしたら』という妄言を捨てざるを得なかった。
「お先にどうぞ」
駅にコミュターが到着し、リーナとバランスがコミュターの方へと歩いて行く。
そして、リーナを先に乗せたバランスがコミュターに乗ろうとした時だった。
「レッドラインは引いた。それを超えるか超えないかは貴女次第だ」
自身の背後から掛けられた言葉、その冷たさと鋭さ。バランスはコミュターに乗り込もうとする足を止め、勢いよく董夜の方に振り返った。
「……バランス大佐?」
「いない………か」
バランスはつい数秒前まで董夜がいた筈の場所に目を向けて息を吐いた。
久しく感じていなかった、絶対的強者と遭遇した恐怖。バランスの身体がソレから解放されたと判断し、彼女から緊張感が霧散した時。
先程とは真反対から、バランスの首筋に二本の指が添えられた。
「ご慎重に」
「ク………ッ………。」
バランスは動かない、いや動けない。
瞼の中で眼球が震え、多少だが足も震えている。
彼女の首から指が離され、董夜の気配が完全に消えた後も、バランスはしばらく動けなかった。
◇ ◇ ◇
「ねぇねぇ泉美。お姉ちゃん、すごい真剣だね」
「話しかけないで香澄、董夜お兄様に差し上げるチョコなの!分量を間違えたらどうするの!?」
「お、おおぅ、こっちも相当だ」
七草家には、さすが十師族なだけあって、立派な厨房がある。そして毎年、
「董夜くんには、とびっきり美味しいのを作ってあげなくちゃ………!」
「もっと、もっと愛情を込めないと!」
厨房の右端と左端で二人の女の子がチョコレートを必死に作っている。そして、その部分だけ周りとは雰囲気がまるで異なり、とても近寄りがたい空気を醸し出していた。
「調子はどうだい?泉美、真由美」
厨房の入り口で二人のことを引き気味に見ていた香澄の後ろから、この家の主である弘一が顔を覗かせた………しかし。
「お父様、唾が入ったら」
「どうしてくださいますの?」
「少し」
「お静かに」
当主に、というより自身の父親に対して、余りに無礼な態度だが。
「す、すみません」
「父さま、この時期の二人に話しかけちゃダメって、去年学ばなかったの?」
「う、ううむ」
包丁を持った手で二人同時に睨みつけられたら、いくら七草弘一といえども形無しである。
「ちなみに、香澄は董夜くんに作らないのかい?」
「私のはもう買ってきましたよ」
そう言って懐から、まぁまぁ高いブランドのチョコレートを取り出す香澄。
愛情を込めすぎて、何か別の物まで込めてしまっている泉美と真由美のチョコレートに比べれば、香澄のチョコレートはさぞマシに見えることだろう。
◇ ◇ ◇
「深雪、何か手伝うことはないか?」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
同時刻、司波宅。その会話内容だけ見れば、七草家よりマシに見えるだろう。しかし、深雪は声のトーンこそいつも通りなものの、目は達也を見ておらず、目の前のチョコレートしか見ていない。
「あの女狐より美味しいものを………美味しい………オイシイモノヲ」
「み、深雪」
手作りチョコレートを作っているだけだというのに、何故か深雪の頰は紅潮し、目は虚になり、息が荒くなる。
因みに、深雪は八雲などに渡すチョコレートはすでに作り終えており、達也に渡すものは昨日、
「董夜さん董夜さん董夜さん董夜さん董夜さん…………………トウヤサン」
それは決して達也に渡すチョコレートを疎かにしているわけではない。
『お兄様には心を込めてチョコレートを作りたい』という気持ちと、『バレンタイン前日のリソースは全て董夜さんに割きたい』というジレンマから深雪を救うため。達也が去年『俺のは二日前に作って、前日に渡してくれて構わない』と提案したのだ。
「あぁ、董夜さんが私のチョコレートを待っている」
その為、深雪のバレンタインは。
バレンタイン二日前の夜
・達也へのチョコレートを心を込めて作る。
↓
バレンタイン前日の朝
・達也へチョコレートを渡す。
↓
バレンタイン前日の夜
・八雲たちへのチョコレートを
↓
決戦当日
という流れになっている。
「普通に美味しいというのは、こんなにも有難いのだな」
何かをブツブツと呟いている妹を見て、達也は今朝深雪にもらったチョコレートの味を思い出していた。
「リーナ…………………。」
バランスさんよく出てくるね。