四葉家の死神   作:The sleeper

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来訪者編
49話 センリャクキュウ


49話 センリャクキュウ

 

 

 

 

 

 

 

 

北アメリカ合衆国テキサス州ダラス郊外、ダラス国立加速器研究所。

ここで今、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験が行われようとしていた。

準備が二年前に完了していたこの実験のゴーサインを出す背中を押したのは、先月末に度重なって起きた事件だった。

 

 

朝鮮半島南端において軍事都市と艦隊を一瞬で消滅させた大爆発。国防総省の科学チームを白熱させ、首脳部を焦らせたこの大事件だけでも、一度(ひとたび)その牙が自国に向けられれば、為すがままに蹂躙されるしかない悪夢が生まれる。

 

 

しかし、この事件を聞いた時、首脳部は驚かなかった。いや、正確には()()()()()()というべきだろう。

この大事件が起きる数日前、日本の横浜沖で確認された、戦略級魔法師 四葉董夜による謎の魔法の行使。

そして、日本政府が各国に向けて発表したその魔法の名前、そして『戦略級魔法への指定』

 

その発表を聞いた時、北アメリカ合衆国の首脳部は顔を青くさせた。

 

 

まさか実施を渋っていた実験の完成形を、日本が手にするとは思わなかったのだろう。しかもその使い手はあの『四葉(アンタッチャブル)』である。

 

 

首脳部の心情は、実験開始の背中を押されたというより、蹴り飛ばされて崖に突き落とされた気分だっただろう。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「それでは、授業を始める」

 

 

とある日の午後

国立魔法大学付属第一高校の教室には、憂鬱そうに机にうなだれるひとつの影があった。

 

 

「董夜さん。姿勢を正さないと叱られてしまいますよ」

 

「いや、そうは言ってもさ」

 

 

隣の席の深雪に言われて顔を上げた董夜は、深雪の顔を見ると若干顔を歪ませた。深雪がいつも以上にいい笑顔なのだ。

 

 

「おまえ、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

 

「えっ………それはもちろん」

 

 

言葉まで憂鬱そうな董夜が深雪に聞く。しかし、その答えを董夜はとっくに知っているのだ。なぜなら

 

 

「それじゃあ教科書の136ページを開けー」

 

 

教科担当の教師の声が教室に響く。そして、教室内の何人かは深雪と同じように董夜を見ている。

 

 

「今日は戦略級魔法師、主に『十四使徒』についてだ。て言ってもまぁ、本人がいるわけだが」

 

 

教師のその言葉に、董夜を見る目線の数が増える。しかし、その視線は侮蔑や嘲笑などではない。

 

 

「董夜さんについて学ぶことができるなんて………!」

 

 

尊敬である。

感動したように胸の前で手を合わせる深雪と、クラス中からの視線を無視して董夜は教科書を開く。

 

 

「(ちくしょう!本来なら今日は………!)」

 

 

実を言うと董夜は今日の授業が『十四使徒』についてだと言うことを一ヶ月前から知っていた。

知っていたというより、授業の進行ペースなどから『いつ、この授業になるか』を計算していたのだが。

 

 

「(まさか、母さんと深雪と雛子が……!!)」

 

 

そして董夜は『四葉の仕事』と言い訳をして学校を休む予定だったのだが。真夜から深雪に『董夜を家まで迎えに行って、学校に連れて行く』という命令(ミッション)が出ていたらしく。

董夜は雛子に叩き起こされ、達也にリビングまで引きづられ、深雪に学校まで連行され、と散々な朝を過ごした。

 

 

「ーーーーーというわけでに四葉董夜が国家公認の戦略級魔法師となったわけだ」

 

 

担当教師が戦略級魔法師について解説し、日本の戦略級魔法師、『五輪澪』と『四葉董夜』に関しては、戦略指定されるまでの経緯も解説していた。

 

 

「ふむ…………なるほど………そうだったんですね」

 

「なんでそんなに真剣になってんだか」

 

 

董夜の隣では、深雪がすでに知っているであろう情報を端末に板書していく。

そしてそのまま『四葉董夜』に関する解説は終了し、次の魔法師へと移った。

 

 

「次の魔法師は………USNAの」

 

 

自身との共通点が『戦略級魔法師である』という事しかないその名は、何故か董夜の頭の中で引っかかった。

 

 

「アンジー=シリウス」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「えっ?雫、もう一回言ってくれない?」

 

「アメリカに留学することになった」

 

 

それは定期試験の勉強会のために、いつものメンバーが北山邸に集まっている時の事だった。まぁ『いつものメンバー』と言っても、董夜は携帯のテレビ電話越しに参加しているのだが。理由は後ほど。

 

 

「でも、董夜さんは知っていたはず」

 

『ん、あぁ、知ってたぞ』

 

「え、聞いてないです」

 

『言ってないからな』

 

 

雫達とは画面を挟んでペンを走らせている董夜が手元の教材に目を落としたまま答え、深雪が少し拗ねたように頬を膨らませた。

 

 

「交換留学で、期間は三ヶ月」

 

「三ヶ月なんだ、ビックリさせないでよ」

 

 

雫の留学期間を聞いたほのかが胸を撫で下ろした。もっと長期だと思っていたのだろう。そんなほのかを置いて、エリカが不思議そうな顔で董夜の映る携帯端末を覗き込んだ。

 

 

「それより、なんで董夜くんは知ってたの?」

 

「これでも師族の当主候補だからな、魔法師関連の事はある程度耳に入るんだよ」

 

 

董夜の答えにエリカは納得したように頷いた。そして董夜は、何故か自分を(というより自分が映っている端末を)じっと見つめる深雪から目をそらすように、再び手元に目を落とした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

定期試験も無事に終わり、今日は十二月二十四日、土曜日。二学期最後の日であり、同時にクリスマスである。

 

 

「飲み物は行き渡ったか?じゃあ、いささか送別会の趣旨とは異なるけど、メリークリスマス」

 

「メリークリスマス!」

 

『メリークリスマス』

 

 

落ち着いた声で乾杯の音頭をとった達也に、はっちゃけた歓声と携帯越しの董夜の声が響く。

喫茶店「アイネ・ブリーゼ』には「本日貸切」の札が掛かっていた。

 

 

『というか悪いな、こんな形でも参加させてもらって』

 

「良いって良いって!」

 

「うん、仕方ない」

 

 

少し申し訳なさそうな顔をした董夜を、エリカと雫が励ますす。

勉強会の時もそうだが、何故董夜が電話越しで参加しているのかというと。

 

 

「親の言いつけなら仕方ないさ」

 

 

絶賛軟禁状態だからである。

幹比古の慰めに董夜は雛子が用意してくれたなけなしのケーキを頬張った。

横浜事変で董夜の魔法が戦略級魔法に指定されてから、董夜は『学校以外の外出禁止令』を真夜から課せられていた。

当の本人もこれの必要性は十分理解しているため、あえて背くようなことはしないが退屈なのだろう。

 

 

『まぁ俺の話はいいだろう。雫、留学先はどこなんだ?』

 

「あれ?董夜さん知らないの?」

 

 

董夜の言葉に雫は不思議そうに首を傾げた。

 

 

『いや、俺は知ってるけどみんなは知らないだろ』

 

「なるほど」

 

 

前のめりになって董夜の映る携帯端末を覗き込んでいた雫は、納得したように顔を微妙に変化させた。現在董夜から見ると、美少女といっても差し支えない雫の顔が、携帯の画面一杯に映っていることだろう。

そして雫は姿勢はそのままで、目線だけ携帯端末の上に向けた。

 

 

「…………」

 

 

そこには『董夜と話したい心』と『でも、主賓を差し置く訳にはいかない心』が入り混じった深雪が頬を膨らませていた。

 

 

「バークレーだよ」

 

「ボストンじゃないんですね」

 

『東海岸は雰囲気が良くないからな』

 

 

アメリカの現代魔法研究の中心はボストンだと思っていた深雪の問いに、董夜が答える。

 

 

「ああ、人間主義者が騒いでいるんだったな」

 

「魔女狩りの次は魔法師狩りかよ。バカげた話だよな」

 

 

董夜の答えに達也とレオが同調する。

 

 

「代わりに来る子の事は分からないんですか?」

 

「交換留学なのよね?」

 

 

思い付いたように唐突に切り出した美月にエリカが「そういえば」というふうに合わせた。

 

 

「同い年の女の子らしいよ」

 

「それ以上のことはわからないか」

 

「うん」

 

 

それだけ?という顔が並ぶ中で、達也が笑いながらたずねると、雫は当然とばかりに頷いた。

 

 

「……そうですよね。自分の代わりにどんな子が来るのか、いくら気になっても教えてくれる相手がいませんもんね」

 

 

美月の呟きに、全員がハッとした顔をして一つの端末を覗き込んだ。

 

 

『悪いが俺も知らないぞ』

 

「「「えぇ〜?」」」

 

『そ、そんな顔するなよ』

 

 

期待の色が浮かんでいた数名の顔が、落胆に変わる。そんな顔を見て董夜はたじろいだような引きつったような顔を浮かべ、この話題もそれっきりになった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「今回の雫の留学、わたしにはどうにも奇妙な話に思えるのですが」

 

 

送別会が終わり、達也と深雪は自身の家へと帰っていた。そして、お互いの部屋着に着替え、二人分のコーヒーを用意してソファに並んで腰掛けてから、深雪がそう切り出した。

 

 

「奇妙………そうだね」

 

「雫ほどの魔法資質を持つ者の留学が認められる時点でおかしいですし、この時期というのも」

 

「たしかに、それに叔母上によれば、俺たちは容疑者らしいからね」

 

 

達也は微かに笑って他人事のように呟いた。達也と深雪は諸外国から『謎の大爆発を発生させた容疑者』とされており、アメリカがスパイを交換留学生として送り込んできた、と考えているのだ。

ちなみに四葉董夜はこの件において『容疑者』のうちの一人には入っているものの。最有力ではない。

 

 

「それに董夜が言っていた『よく聞いていない』というのも事実だろう」

 

 

董夜が自分たちに嘘を言っているのではないか、という欺瞞にかられて複雑な心境になっていた深雪に、達也が慰めるように声をかけた。

 

 

「叔母上はいくら董夜にとはいえ余計な事を喋るとも思えないしね」

 

「そう……ですよね。先走り過ぎるのも良い事ではありませんし」

 

 

お互いに口ではそう言いながら、慰めた方も慰められた方も、それが気休めでしかない事を確信していた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

スターズ専用機のクラスターファンVTOLで基地に帰投し、統合参謀本部に暗号通信で報告を済ませたアンジー・シリウスことアンジェリーナ・シリウス少佐は制服のまま自室にいた。

 

先程までスターズのナンバー・ツーで総隊長の代行兼務をすることもある第一隊の隊長、ベンジャミン・カノープス少佐がいたのだが、今は一人である。

 

 

「ミユキ、トウヤ……………タツヤ」

 

 

彼女が持つ数枚の資料の内の三枚。そこには三人のデータが記されていた。

 

 

ミユキ・シバ

 

タツヤ・シバ

 

トウヤ・ヨツバ

 

 

普通、この三人の中であれば、目が行くのは『四葉』の次期当主候補であり。世界初、二つの戦略級魔法を有する魔法師であり。弱冠16歳という若さにして『世界最強の魔法師』に数えられるトウヤ・ヨツバに関する報告書なのだが。

リーナが目を釘のようにして見つめているのは『タツヤ・シバに関する報告書だった』

 

 

「……………タツヤ」

 

 

経歴はいたって普通、『謎の大爆発の容疑者』に指定されるのが不思議なぐらいで。高校では『劣等生(Poor student)』を表す二科生。目が行くものなど何もない。

しかし、リーナはその資料を、正確には盗撮であろうタツヤ・シバの写真を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

本人すらその意図に気付かぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





御察しの通り、とりあえず達也のヒロインはリーナの方向で進もうと思ってます。

正直不安で一杯です。

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