四葉家の死神   作:The sleeper

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もうなんか董夜を場面場面に無理やりねじ込まないと、董夜の出番が少なくなる


39話 ヨカン

39話 ヨカン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが。

九校戦代表チームは52人、それに対して論文コンペは3人。比較するのが無意味に思える規模の違いだが、学校は論文コンペを九校戦と同じぐらい重要視している。

その理由の1つには、この催し物が実質的に魔法科高校九校間で優越を競う場であるからだ。

特に九校戦で成績が振るわなかった学校はその雪辱に燃えている。

そしてもう1つとして、論文コンペは代表に選ばれた3人以外にも、多くの生徒が直接関われるという性質が挙げられる。

その為、学校の中は作業音などの音が鳴り響き。女子有志の飲み物、菓子の差し入れ隊が組織されるほどの総力戦ぶりだ。

 

 

「おーい、達也くーん」

 

 

そしてその喧騒の中心にエリカはいた。

大手を振るうエリカの後ろでレオと幹比古は全力で他人のふりをし、美月はエリカの服の袖を引っ張って止めようとしている。

 

悠然と歩み寄るエリカを、手を止めて待っていた達也は「仕方ないな」とばかりに苦笑を浮かべているが、達也が手を止めた事により実験を中断せざるを得なくなった者は苦虫を噛み潰したような顔でエリカ達を見ている。

 

 

「千葉………お前ほんと空気読めよ」

 

「あれ?さーやも見学?」

 

「エリちゃん………」

 

 

まるで空気のようにスルーされた桐原は脱力し沙耶香は苦笑する。ここで逆上しないだけ、桐原も人間が練れてきたという事なのだろうか。

そして他の上級生の堪忍袋の尾が切れる前に達也が要件を聞き、深雪がエリカ達を見物人の輪に連れていった。

 

 

「そういえば深雪、董夜君は一緒じゃ無いの?」

 

「董夜さんはまだ仕事よ、先にお兄様の様子を見てくるように頼まれたの。すぐに来ると思うわ」

 

 

董夜と同じ空間から追い出された事に落ち込んでいるのか深雪が小さくため息をつく。その表情が哀愁を漂わせ、妙に色っぽくなっており周囲の男衆の顔を赤く染めた。

その後、実験が成功し周囲から歓声が上がる。静かに微笑んでいる深雪と違いレオは胸の前で拳を握りしめ、幹比古は腕組みをしてウンウンと頷き、沙耶香は飛び上がって手を叩いている。

実験装置であるガラス容器の発光は10秒間に渡り持続した。そして光が消えると同時に、興奮の潮も引く。

作業員が持ち場に戻っていく中、沙耶香がどこかをジッと見ている事にエリカは気づいた。

 

 

「さーや、どうしたの?」

 

「あの子…………」

 

 

しかしエリカの問いかけに対して返ってきたのは独り言だった。

 

 

「って、どうしたの!?」

 

「おい、壬生!?」

 

 

いきなり駆け出した沙耶香を追い、エリカと桐原がスタートを切る。

目を丸くした深雪が見た先にはお下げの髪の女の子が逃げているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平河さん、あなたの持っているそのデバイス……………無線式のパスワードブレイカーでしょ」

 

 

観念して逃げるのをやめた一年G組の平河千秋は沙耶香の指摘に顔を青ざめてとっさに手に持っていたデバイスを背中に隠す。

 

 

「隠しても無駄よ、私も同じ機種を使ったことがあるから」

 

 

そして沙耶香は自分がブランシュに利用されていた頃を思い出して苦虫を噛み潰したような顔になる。

この時、沙耶香もその後ろに控えていたエリカも桐原も油断していた。それもそのはず、相手は一年の二科生、それに武器すら持っていないのだから。

 

 

「クッ……………!!」

 

 

自分に詰め寄ろうとする沙耶香と桐原を見て、千秋はいよいよ自分が追い詰められている事を自覚した。しかし、沙耶香達は分かっていなかったのだ、千秋を利用しているのはマフィアやテロリストよりもよっぽと達の悪い相手だという事に。

 

 

「伏せて!」

 

 

いち早くそれに気づいたエリカが叫ぶ。千秋が二人に投げた小さなカプセルを見た沙耶香達はとっさに目の前に腕をかざす。

激しい閃光が3人の眼底を焼く…………………筈だった。

しかしカプセルから閃光が放たれる直前にそれはねじ消えた。

 

 

「へぇぁ?」

 

 

千秋の間抜けな声が沙耶香達の耳に届く。目を開けた3人の前にいたのは生徒会の仕事を終えたばかりの董夜だった。

 

 

「はぁ、ダメですよ桐原先輩。何事にも油断しちゃ」

 

「四葉」

 

「「董夜くん」」

 

 

沙耶香達は助かったとばかりにホッと胸をなでおろす。

 

 

「…………さて」

 

「ヒッ………………!」

 

 

董夜の鋭い眼光を受けた千秋は右手を董夜に向けた。ブレザーの袖口からばね仕掛けのダーツが飛び出す。

だが、いつまでも董夜に助けられている訳にはいかない、とエリカがどこから拾ってきたのか木の枝で立ち上がりざまにそれを打ち落とした。

割れて飛び散ったダーツの胴体から薄っすらと紫がかった煙が広がる。

 

 

「これは、神経ガスか何かか?」

 

 

しかし一介の魔法師のガスにやられて十師族の次期当主候補が務まるわけがない。全く動じない董夜はガスが自分の鼻腔に侵入する前に魔法で取り払う。

煙が晴れた先ではブレザーで口元を押さえ、絶望の表情を浮かべる千秋が待っていた。

 

 

「無駄に周到だな…………」

 

 

今度こそ千秋を取り押さえようと董夜が自己加速術式を起動する数瞬前、董夜にすら予想だにしなかったことが起こった。

そう、芝生に伏せていたレオが、千秋に向かって猛然と突進したのだ。

 

 

董夜から目を離せずにいた千秋がレオの速さに対応できるはずもなく、千秋は腰に強烈な衝撃を受け、為すすべもなく押し倒され、後頭部を打って気絶した。その様子を見た董夜達4人は無表情でレオを見つめる。

 

 

「…………………やり過ぎたか?」

 

「やり過ぎだ」

 

 

はぁ、と立ち上がるレオに董夜達が呆れる中、エリカだけは倒れた千秋ではなくレオを見ていた。それは師範が試合に挑んだ弟子を見て推し量るような顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶した千秋の容態の無事を保健室にて、保険医である安宿 怜美に確認を取った風紀委員長である花音は五十里とともに保健室を出た。

しかし、五十里の為に実験が行われている校庭に戻った花音はため息をついて顔を覆いたくなる衝動に襲われた。

校庭では、またエリカがトラブルを起こしていたのだ。

 

 

「チョッと司波君。これ、いったい何事なの?」

 

 

取り敢えず近くにいた風紀委員に事情を聞こうと論文コンペ代表として作業している達也に声をかけた。達也の背後で深雪が柳眉を吊り上げていたが、達也は特に気にした様子もなく作業を止めて振り返る。

 

 

「エリカとレオがウロウロしているのが、関本先輩にはお気に召さなかったようですね」

 

 

それを聞いた花音が再度状況を確認すると迷惑そうな視線を集めているのはエリカ達ではなく関本の方だった。

ちなみに三年の風紀委員の中で風紀委員会に席を置き続けているのは関本1人である。

 

 

「関本さん、いったいどうしたんですか?」

 

「千代田…………いや、大したことじゃない。風紀委員でもなければ部活連で選ばれたわけでもないのにウロチョロされると護衛の邪魔になると注意しただけだ」

 

 

その関本の言葉に花音は柄にもなく頭を抱えたくなった。

 

 

「…………来年、再来年のためにも、一年生が見学するのを止める理由はありません。それがガードの邪魔になれば護衛役のあたし達が注意します。関本さんは今回、護衛の仕事に立候補されなかったんですから、あたし達に任せてはもらえませんか」

 

 

立場上は部下とはいえ、最大限先輩に気を使った物言いをした花音だが、関本は目をスッと細めた。しかし、彼に反論の隙を与えずに花音はエリカの方へと向き直った。

 

 

「貴女たちも今日は帰ってくれない?さっきのこともあるのだし」

 

 

その言葉を聞いたエリカは軽く息を吐き花音に背を向けた。

 

 

「あたし、そろそろ帰るね。達也くん、深雪また明日」

 

「オレも帰ることにするわ。じゃあな達也、董夜にも言っといてくれ」

 

 

エリカ達があっさりと引き下がったことに、花音はホッと息を吐いた。

そして情報端末が警告音を鳴らし、メッセージを確認した花音は関本を放置して、今来た道を保健室へ引き返した。

 

 

「あっ、花音待って」

 

 

計測器から送られてくるデータを打ち込んでいた五十里が慌てて花音の後を追う。

 

その後、頑なな態度で口論を始めた鈴音と関本をモニター越しに見た達也は何か嫌な予感を覚えた。

関本のように、高すぎるプライドは時に理性の歯止めを失わせるものだ。

そしてその結果は必ずしても合法とは言い切れないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そういう理由でしたか」

 

 

すっかり日も落ち、街灯に照らされた駅までの帰り道。今日はレオとエリカがいない代わりに花音と五十里がいた。

保健室で目を覚ました平河千秋から動機を聞いた花音は、達也達に『姉を見殺しにした腹いせ』という動機を話す。

 

 

「何ですかそれ!?ただの逆恨みじゃないですか!」

 

「と、言うより八つ当たり?」

 

 

憤慨した様子のほのかの隣で理解に苦しむとばかりに首を傾げている雫。しかし、美月と幹比古の意見は対照的なものだった。

 

 

「八つ当たりせずにいられなかったんだろうね…………」

 

「きっとお姉さんが大好きなんですね。気持ち()()なら分かります」

 

一科生と二科生で大きく別れた意見に達也は興味を示したが、それを表に出すはずもなく答える。

 

 

「ですがまぁ、それなら放っておいても問題なさそうですね」

 

「狙われているのは君なんだけど」

 

「それに最近周りをチョロチョロしているのは平河姉妹の妹の方だけではありませんから」

 

 

その達也のセリフに花音と五十里と幹比古が左右に目を走らせる。不審な人影は発見できなかったが、微かな揺らぎーーーー意図しないサイオンの波紋を幹比古と五十里は感じ取った。

 

 

「やっぱり護衛をつけようか?」

 

 

空間に広がる揺らぎではなく、五十里の顔に浮かんだ揺らぎによって、達也の指摘が思い違いでないことを確認した花音がそう問いかけたが、

 

 

「いえ。七草先輩クラスの知覚能力が無ければ、あれの尻尾を掴むのは難しいでしょうから」

 

 

暗に任せられる役者がいないと指摘して達也は四度、首を振る。

それに対してまず最初に深雪があれ?と思い。次に美月達が疑問を覚え、達也以外の視線が全て今まで黙って話を聞いていた董夜に集まった。

 

 

「あ、俺、家に呼ばれてて。論文コンペの日には行けないんですよ」

 

 

すっかり暗くなった周囲に達也以外の複数人の「…………えっ」という声がハモる奇妙な音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 数日前の電話

 

 

 

『と、言うわけでお願い董夜!!仕事手伝って!!』

 

「嫌です」

 

 

学校から戻った董夜は雛子に『真夜様から至急の電話が来ていた』という報告を受け、やや緊張気味に真面目な顔で電話をかけた。一体何の話かと思ったら『夏休みの宿題が終わらないよー』みたいなことを言われたのだ。即断った董夜の気持ちも分からなくはない、というより終わらない自身の仕事を息子に手伝わせる真夜の心境の方が理解しがたい。

 

 

『董夜様、そこを何とか御承知いただけませんか。とても真夜様だけで処理できる量を超えてしまったのです』

 

 

真夜の後ろから恐縮そうに会話に入って来た葉山に董夜は先程の母親に向けていた冷たい視線を慈愛に満ちた温かい視線へと変える。

 

 

「しょうがないですね母上、貸し一つですよ」

 

『ねぇ、どうして私がお願いした時は即却下なのに、葉山さんがお願いすると即OKなの!?』

 

「…………………強いていうなら信用度の違いですかね?」

 

 

ひどい!?、と画面に迫ってくる真夜が言い終わるのと同時に董夜は通話を切った。そしてその後、メッセージで本家へ出向くスケジュールが送られて来たが、そこが論文コンペとダダ被りだったのだ。

その後真夜が電話に出ることはなかった。

 

 

 

閑話 終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は土曜日、だが学校は休みではない。今日もしっかり授業があるというのに、達也は今日も八雲の寺を訪れていた。しかし今朝は深雪も同行している。

実は八雲から【遠当て】用の練武城を改装したので試さないか、と誘われていたのだ。

 

 

「ーーーきゃっ! このっ!」

 

 

しかし、流石はというべきか、忍術使いの秘密修行場は学校の施設とは一味違う。

深雪の髪が何度か転んだはずみで、アップにまとめていたところがほつれている。

 

 

「はいっ、止め!」

 

 

八雲の合図で装置が停止するのと同時に、深雪が思わずへたり込んでしまった事からこの訓練施設のメニューがどれほどハードなものかが分かる。

 

 

「おつかれさま」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

達也にタオルを差し出されて、深雪は恐縮そうに手を伸ばした。そして深雪がフロアから退くや否や、何の合図もなく訓練メニューがスタートする。

しかし、的が12個出てこようが24個出てこようがそれは分解魔法の餌食となり、そしてついに標的のストックがなくなるまで、ペナルティの模擬弾が発射されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「君たちの学校もあることだし、短めにいこう」

 

 

達也達2人は地下の練習場から八雲の私的な居住空間がある庫裏(くり)の縁側に来ていた。

2人をここに連れて来たのは当然八雲である。しかし、彼が達也達を庫裏まで連れてくるのは珍しいことだった。

 

 

「珍しいものを手に入れたようだね」

 

 

その『珍しいもの』が瓊勾玉(にのまがたま)を指しているのは確認するまでもなかった。

しかし達也に動揺はない、この程度の口撃に動揺しているようでは八雲と付き合っていけない。

 

 

「預かり物ですが」

 

「それならなるべく早く返した方がいい、返せないのなら自宅ではなく然るべきところに置くべきだ」

 

 

八雲から警告を受けることは達也の予想の範囲内だが、今回の八雲の声色はいつもより数段真剣みを帯びており、緊張感の高まった雰囲気に達也と深雪は首だけでなく体全体を八雲に向けた。

 

 

「まさか、狙われているとは……………いや」

 

 

小百合が襲撃されたことで勾玉が何者かに狙われていることは何と無く分かっていた達也だが、八雲が警告するほどの相手とは思っていなかった。しかし今考え直してみると、普段は達也から何かを言い出さない限り関与してこなかった董夜が瓊勾玉の件に関しては彼から接触して来ていたことを思い出した。

 

 

「彼が自分から動いたんだ。ただの小さい敵ではないことは君も察しているだろう」

 

「………………」

 

 

達也が何か考え事をするように手を顎に当てる。そして八雲は気にした様子もなく続けた。

 

 

「それにあいては慎重に立ち回っている、中々の手練れだよ」

 

 

その八雲の言葉は、相手が並々ならぬ技量だと警告すると同時に、自分がその尻尾を掴んでいるとほのめかすものだった。

 

 

「何者か………と聞いても無駄なのでしょうね」

 

「全くの無駄というわけではないけど」

 

 

そして一切喋らなくなった達也に焦れたのか八雲が「そうだねぇ…」と切り出した。

 

 

「敵を前にした時は方位に気をつけなさい」

 

 

この時、深雪も達也も八雲の助言の意味が分からずにいた。しかし2人にとってこの助言は後々大きなものへと変わっていく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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