四葉家の死神   作:The sleeper

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38話 スパイ

38話 スパイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一高校の購買部の品揃えは普通の高校のそれとは一線を画している。魔法科高校ならどこでも言えることだが、一般の商店では入手が難しい魔法学習関連の教材を生徒が労せず手に入れらるように、必要に迫られて拡充したのだ。だがそれでも限界はあり、校内で手に入らないものは校外に買いに行かなければならない。

論文コンペティションの原稿の校内提出日が明日に迫っている達也と五十里は偶々購買で在庫が無くなっていた3Dプロジェクター用の記録ファイルを駅前の文具店に買いに行くために校外の道を歩いていた。

 

 

「わざわざ先輩達について来てもらわなくても大丈夫でしたが……」

 

 

隣で(花音が一方的に)イチャイチャしている五十里達に辟易とした顔の達也が言った。

 

 

「司波君一人に任せる訳にはいかないしね。それに、僕もサンプルを確認したかったし」

 

「啓がいくなら私も行くわよ。委員会は摩利さんが居てくれるし」

 

 

 摩利は既に引退しているのだが、花音の中では未だに摩利は委員長扱いなのだ。まぁ達也も使えるものは何でも使う性格なので、花音の考えに異議を唱える事はしなかった。

 

 

「それにしても啓とデート出来るなんて思って無かったな」

 

「花音、これは学校の用事なんだから浮かれ気分じゃ駄目だよ」

 

「でも最近はあたしも啓も忙しくなってなかなか一緒に出かけられなかったじゃん。学校の用事だとか関係無く、あたしは啓と一緒に出かけられて嬉しいよ」

 

「花音……」

 

 

 許婚同士が良い雰囲気を醸し出しているのを、達也は生暖かい目で見つめていた。完全に蚊帳の外だったのも関係してたのかもしれないが、それに気付いたのは達也が最も早かった。

 

 

「先輩」

 

「如何かしたのかい?」

 

「監視されているようなのでその雰囲気はマズイのではないでしょうか」

 

「監視?」

 

「スパイ!?」

 

 

そう大声で言った花音に達也は顔を手で覆いたくなった。そんなことを大声で言うなんて曲者に対して『逃げろ』と言っているようなものだ。案の定監視の視線は外れ、気配が遠ざかって行くのを達也は感じ取った。

 

 

「どっち?」

 

 

しかし、そこは摩利から後釜に選ばれただけはある。花音は達也にそう聞いて、達也が目を向けた方へ迷うことなく駆け出した。

 

 

「花音、魔法は」

 

「分かってる!あたしを信用して、啓」

 

 

それができないから五十里は忠告したのだが。

しかし、それでも花音はトップクラスの魔法師であると同時に陸上部のスプリンターでもある。トップアスリートに比べると劣るものの、一般人が相手なら男が相手でも引けを取らないはずだ。

 

 

「しまっ……………!!」

 

 

逃走している少女にまで花音があと10メートルほどまで迫った時、少女が花音のいる後方へ小さなカプセルを投げた。

まずい、と思った花音はとっさに足を止めて目を覆うが間に合わず、瞼越しでも眼底を痛めつける閃光が瞬いた。

 

 

「くッ!」

 

 

なんとか被害を免れた右目を開いた花音は先ほどよりも離れた所で此方を伺っている少女へ向け、自身の手首のやや下側に巻いたブレスレットにサイオン粒子を吸い込ませ、すばやく起動式を展開する。

しかしその起動式は、花音がそれを取り込む前に、彼女の後方から打ち出されたサイオンの銃弾によって破壊された。

 

 

「何をするの!?」

 

「花音、ダメだ!」

 

 

花音と五十里の言葉が重なる。

拳銃形態のCADを構えた姿勢で立ち止まっていた達也に憤慨した目を向けた花音は恋人の叱責に驚く。そして走りながら魔法式を展開していた五十里が少女の乗っているスクーターに向けて放出系魔法【伸地迷路(ロード・エクステンション)】を発動した。

スクーターの車輪の摩擦力をゼロにする魔法により、それはいくらモーターを回しても前に進まなくなった。

 

 

(終わった)

 

 

五十里や花音だけでなく達也までもがそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?車輪の後方が爆発して逃げられたと」

 

「あぁ…………………なんだそのニヤニヤは」

 

 

現在、買い出しから帰って来た達也は学校の廊下で董夜に先程の顛末を(一応)報告した。少しシリアスな雰囲気になることを予想していた達也だったが、流石は董夜といったところか見事に予想を裏切ってくる。

 

 

「いやぁ、達也でも出し抜かれることがあるんだなと思って……………プププ」

 

「………………はぁ」

 

 

最早董夜のこう言う反応に慣れてしまったのか、達也は特に怒った風な様子もなく、只々呆れていた。そんな達也も傍でうわははっ、と笑う董夜も今回の犯人はそこまで重要じゃないと思っているのだろう。

このときはまだ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、達也と鈴音と五十里は昨日のうちに仕上げておいた論文・発表原稿・プレゼン用のデータを提出用の記録メディアに収め、オンラインで送るのではなく手渡しで廿楽に渡した。これは小野遥のハッキングを想定しての助言だった。

 

 

そして達也が教室に戻るとエリカ、幹比古、レオ、美月がいた。そして帰り際に生徒会の仕事を終えた董夜と深雪とほのかが加わり雫も合流しての帰宅となった。

 

 

「このメンバーで帰るのも久しぶりね」

 

 

エリカの言った通り、最近は達也の論文コンペの準備だったり、董夜達の生徒会の仕事だったりと中々一緒に帰っていなかったのだ。そしてその後は達也の論文コンペの話が盛り上がり、行きつけの喫茶店の前を通りかかったとき、達也と董夜はアイコンタクトで尾行の存在を確認する。

 

 

「チョッと寄っていかないか?」

 

 

寄り道をして尾行をやり過ごそうと達也が掛けた誘い文句に、

 

 

「賛成!」

 

「達也はまた明日から忙しくなりそうだしな」

 

「そうだね、少しお茶でも飲んで行こか」

 

 

エリカとレオと幹比古が積極的気味に肯定した。そんな三人に達也と董夜は多少眉を潜めるが直ぐに元に戻し、喫茶店『アイネブリーゼ』に入った。

 

 

 

 

 

 

 

残念なことに、いつもの座っていた席は空いておらず、9人はカウンターとカウンターに1番近いテーブルに分かれて席を取ることになる………………………筈だった。

カウンターに達也、ほのか、美月。テーブルにはカウンター側にエリカと雫、その向かい側にレオと幹比古が座った。

そして、

 

 

「なぁ深雪、せっかくみんなで来てるんだから俺たちだけ離れなくても」

 

「ここのコーヒーは美味しいからいつも迷ってしまいますね」

 

「あの、深雪」

 

「……………………」

 

「ワカリマシタヨ」

 

 

深雪と董夜は達也達のグループから少し離れた所にある2人用の席に腰をかけていた。というより深雪が董夜を強制的に連れて来たのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリカちゃん?」

 

 

董夜達がコーヒーを三分の一ほど飲み終えた頃、急に立ち上がったエリカに美月が首をかしげる。

 

 

「お花摘みに行ってくる」

 

 

美月にそう答えたエリカは軽い足取りで店の奥に向かった。

 

 

「おっと」

 

 

その直後、今度はレオがポケットを押さえて立ち上がる。

 

 

「ワリィ、電話だ」

 

 

レオが奥へと消えると達也はレオに向けていた目を戻して、幹比古が手元でノートを広げているのに気づいた。

 

 

「幹比古、何をやっているんだ?」

 

「ん、チョッと忘れないうちにメモっとこうと思って………」

 

 

そう言いながら幹比古は筆ペンを動かす手を止めない。

 

 

「派手にやりすぎると見つかるぞ、ほどほどにしておけよ」

 

 

その言葉に一瞬肩が跳ねた幹比古を見て達也はふぅと息を吐く。すると達也の端末にメールが届いた。内容を確認すると董夜からで、

 

 

『あの2人は俺が見ておく』

 

 

というものだった。

メールを確認した達也は端末の懐にしまい、ほのか達の会話の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇオジサン、あたしと『イイコト』しない?」

 

 

店の裏口から出たエリカは物陰に隠れている男に声をかける。声をかけられた男は特に慌てた様子もなく、おちついた大人の雰囲気でエリカの方を向く。

 

 

「何を言っているんだ、もう少し自分を大切にしたほうがいい」

 

「あたしは『イイコト』って言っただけなのに、オジサンは何を想像したのかな?」

 

「大人をからかうんじゃない、そろそろ日も暮れるし、通り魔に襲われたりしたらどうするんだ?」

 

「通り魔ってのはこんなことか」

 

 

尾行者がため息をついてエリカを追い返そうとしたのと同時にその後ろからレオが攻撃を放ち、エリカに集中していた尾行者は吹き飛ばされる。

 

 

「助けてくれ!強盗だ!」

 

 

男は体制を立て直すとなんとか人を呼ぼうと大声で助けを求める。しかし、周りには誰かくるどころか人の気配すらなかった。

 

 

「あっ、言い忘れてたけど、助け呼んでも無駄だぜ?」

 

「あたし達の『認識』を要にして作り上げた結界だから、あたし達の意識を奪わない限り抜け出すこともできないよ?」

 

 

エリカの言葉に男はハッとした表情になる、おそらく先程から人が全くいないことを感じ取っていたのだろう。そして持っていたドリンクカップを投げ捨て、アップライトな構えを取り次の瞬間にはレオに急迫した。

 

 

「うおっ!?」

 

 

驚嘆に値する威力を持った攻撃はレオのガードをくぐり抜け、拳撃はその顔面を捉え、レオの体が後方へ吹き飛ぶ。

そして振り返った男はその回転力を利用してエリカにダガーを投げつけるが、エリカはそれを警棒で内側から外側に払った。

 

 

「ガッ!」

 

 

エリカの正面の防御に穴が開いた瞬間、男は次の手に出ようとしたが背後からカウンターのショルダータックルを喰らい、路面に激突した。

 

 

「おー痛て。コイツ、ただの人間じゃないな、機械仕掛けって感触でもないし…………ケミカル強化か?」

 

 

背後からタックルをかましたレオが顎をさすりながら路上へ油断のない視線を投げる。

 

 

「そういうアンタも普通じゃないわね。今の、まともに殴られたでしょ」

 

「そりゃ、少なくとも四分の一は研究所がルーツの魔法師だからな。完全な天然だって強弁するつもりはねえよ」

 

 

エリカから鋭い視線を受けたレオは苦笑で答える、すると地面で四つん這いになっていた男が咳き込んだ。

 

 

「…………はぁ、はぁ。降参だ……元々私は君たちの敵じゃ………ないんだ………こんな所で踏み潰されたのでは……割に合わない」

 

「よく言うぜ。アンタの攻撃、俺とコイツじゃなきゃ死んでるぜ」

 

「それは君も同じだろう」

 

 

咳き込んでいた男はようやくダメージが薄れてきたのか語り口は滑らかになっていった。

 

 

「それはそうと、身の回りに気をつけるようにお仲間に伝えておいてくれ給え。学校の中とは言っても安心はしないようにと」

 

 

そう言うと男はジャケットの内側から小さな缶を取り出した。そして蓋のついたボタンを押し込み、3人が作る三角形のちょうど真ん中に放り投げる。

その咄嗟の行動にエリカとレオが同時に後方へ飛び退った。

小さな爆発音とともに、白い濃厚な煙が一気に広がる。目を閉じて口元を押さえていた2人がどうやら毒ではないようだと判断して目を開けた時には、男の姿は影も形もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 

喫茶店に戻ったレオとエリカは小さくため息をついた。男を追い込むところまでは良かったのだが、結局何の情報も得られてないのだ。

 

 

「あれ?」

 

 

2人が席に戻るとそこには頼んだ覚えのないケーキが2つ置いてあり幹比古もケーキを食べていた。

首をかしげた2人が辺りを見回すと全員が雑談をしている中、ただ1人董夜と目が合う。

 

 

「(ドンマイ)」

 

 

口パクで董夜にそう伝えられた2人は苦笑しながら会釈をするが、内心は悔しさで渦が巻いている。

男に接触したのは気づかれるかもしれないと思っていたが、まさか、まんまと逃げられたことまで気づかれるとは思わなかったのだ。

 

 

「はぁ、あたし達もまだまだね」

 

 

そう言うとエリカはのんきにケーキを食べている幹比古の頭を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでお兄様ったら、ーーーーーーー」

 

「うん」

 

 

(『非合法工作員(イリーガル)』ね)

 

 

急に頭を叩かれた事に幹比古がエリカを非難している中、董夜は深雪に空返事を返しながら頭の中で雛子に調べてもらった非合法工作員リストを確認する。

そしてその中に先程エリカ達と対峙していた男を見つける。

 

 

(『ジロー・マーシャル』危険度はそこまで高くないな)

 

「そう言えばこの前雛子が………………董夜さん?」

 

「うん」

 

 

董夜が頭の中で考え事をしている時、深雪はようやく董夜が自分の話など聞いていない事に気づく。

 

 

「董夜さん……………話聞いてませんよね」

 

「うん」

 

 

最後の確認も含めた深雪の質問に董夜は相変わらず空返事で返す。そして深雪の目がどんどん細くなり、光が消え、さっきまであれほど楽しそうに話していたのに顔は無表情を極めていく。

 

 

(一応響子さんにも確認を取っとくか?)

 

 

達也や九島烈経由で交流がある国防軍の【電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)】こと藤林響子に今回の事を聞くかどうかを考える董夜。そんな董夜に審判の瞬間(とき)が迫る。

 

 

「董夜さん、そんなに私の話はつまらないですか?」

 

「うん。あ、でも響子さん忙しいかな」

 

 

ついに董夜の考え事と空返事がごっちゃになって口から飛び出す。

その言葉に深雪の中でブチィッ!と何かが切れる音がした。その音はもしかしたら外にも漏れていたのかもしれない、カウンターや雫達の座っているテーブル席では不穏な空気を感じ取った達也達がやれやれといった目で董夜達を見ている。

そしてここでやっと董夜の意識は現実へと戻った。

 

 

「そうですか、私の話は上の空で響子さんのことを考えていたんですか」

 

「あれ?もしかして…………………声、出てた?」

 

 

次の瞬間、喫茶店『アイネブリーゼ』に哀れな男の悲鳴とお姫様の怒号が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさ……………か」

 

 

そしてそこから一駅分離れたとある路地裏。某国非合法工作員のジロー・マーシャルは立ち尽くしていた。そして彼の正面に立っているのは大柄な引き締まった体つきの東洋人。灰色のスポーツスラックスに同色のジャケットを羽織っている。そしてその顔にジロー・マーシャルは見覚えがあった。しかし直接見た訳ではなく、見たのは今回の作戦に当たり配布された要注意人物のファイリングのセカンドを飾っていた写真だった。

 

 

人喰い虎(The man-eating tiger)

 

 

日本国政府公認戦略級魔法師にして世界の禁忌『四葉』の次期当主候補、世界最強の魔法師の一人、四葉董夜に次ぐ今作戦の要注意人物。

 

 

「呂剛虎………」

 

その名を呟いた瞬間、ジロー・マーシャルは考えるよりも早く拳銃の照準を呂剛虎に合わせる。しかし引き金を引くよりも早く呂剛虎の指が彼の手首に突き刺さる。手首の内側を親指で貫かれ、マーシャルの手から銃がこぼれ落ちた。

一体いつ手首を貫かれたのか。いや、それよりもいつの間にこんな至近距離まで踏み込まれたのか。そんな事をマーシャルが考えるより早く、彼の心は永久の闇に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

ジロー・マーシャルの処理を終えた呂剛虎は血で汚れた右腕を懐から折り畳んだ紙で綺麗に拭き取り、それをジロー・マーシャルだった物の上に投げる。

そして呂剛虎は死体を上に投げた。落ちる途中で紙は赤い炎をあげる、そしてその炎は死体を燃やし、食い尽くしていく。

炎が消え、死体が骨も残さず消え失せたのを見届けて、呂剛虎は踵を返した。

辺りに人気はまったくない。声も足音も、およそ人の存在を示すものはまるで無い。

この一幕を見ていたのは、ことごとく壊された街路カメラ…………………そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を獰猛に光らせ、口を三日月の形に歪めた雛子(アサシン)だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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