深夜は四葉の分家『司波家』の当主として現在も生存しています。
作者は誰も死なない、甘ったれた世界が好きです。
37話 センコウ
『なるほど、それで論文コンペに』
「あぁ、平河先輩の代わりでな」
生徒会の会長選挙も終わり、新生徒会が発足してから少し日時が経った。新生徒会の顔ぶれは、会長・中条あずさ、副会長・四葉董夜、書記・光井ほのか、会計・五十里啓、監査・司波深雪となった。
ちなみに本来『監査』と『会計』は同じになっており、会長と同学年から選ばれるんだ慣例だったが今回の代から分離して別々になった。
そして深雪は何とか達也を生徒会に入れるようにあずさに打診したが新・風紀委員長の花音が『司波くんに抜けられると委員会の事務が回らない』と抵抗し結局達也の生徒会加入は叶わなかった。
『いいんじゃない?九校戦に続いて論文コンペでも活躍すれば達也のイメージはうなぎ登りじゃん』
「あぁ、そうなんだが」
そして現在、自宅に向かうコミュターの中で達也は深雪たちより先に生徒会の仕事を終わらせて家に帰った董夜と電話をしていた。
内容は、論文コンペに出れる状態じゃなくなった平河小春の代わりに論文コンペに出るように教師の
『それじゃあ切るよ、やることやんなくちゃ』
「あぁ、それじゃ」
そして董夜との連絡を終える。達也の隣で董夜の『深雪が居たら替わってくれないか?』という言葉を期待して居た深雪は残念ような顔をするが達也はそれよりも董夜の『やること』が気になって居た。
深雪とコミュターを降り、駅を出て帰宅すると自宅の駐車場にシティコミュターが停まっているのを見て達也と深雪は顔を見合わせた。
そして玄関に入り、置いてあった見慣れない靴を見て来客の正体を察した。
「お帰りなさい、相変わらず仲がいいわね」
「お会いするのは久しぶりですね、小百合さん」
達也と深雪にからかい混じりの言葉を投げかけたのは、達也と深雪の元父親の現妻である『司波 小百合』だ。
そして達也の冷たい眼差しと冷却された声に小百合はビクッ、と肩を震わせた。
「すぐに夕食のお支度をします」
「あぁ頼んだよ深雪」
深雪は小百合が達也にFLT関連の用事で訪れてきたのだろうと察して部屋に引き上げた。
そして達也は深雪が部屋に入ったのを確認すると所在無げに立っている小百合に声をかけた。
「急かすようで気が引けますが、妹が席を外している間に済ませてしまいたいので、要件を」
遠慮のない口調で言い放ちながら座る達也にムッと顔をしかめながらも、小百合は達也の対面に座る。そして『高校を中退して本社の研究室を手伝え』と要求したが達也は拒否した。ここまでは今までにも何度かあったやり取りである。
「じゃあせめて、このサンプルの解析だけでも手伝ってくれないかしら」
「
ちなみに聖遺物とはすなわちオーパーツであり。
オーパーツとは人工物とは断定出来ないものの、自然に形成されたとは考えにくいもののことである。ちなみにキャスト・ジャミングを引き起こす性質を持ったアンティナイトもレリックに分類されている。
「これは何処で?」
「知らないわ」
「国防軍絡みですか」
FLT は非外資系ではトップクラスの技術力をもつメーカーとして軍関係の仕事を受託することもあるのだ。
「解析と仰いましたが、まさかこれの複製なんて請け負ってないでしょうね」
「そ、それは」
「何故そんな無謀な真似を?オーパーツの意味をご存知ですか?」
「この仕事は国防軍からの強い要請によるものです。断ることなんて出来ません」
強情な姿勢を崩さない小百合に達也は頭を抱えてため息をつきたくなる気持ちをなんとか抑えた。
確かにその経営判断は国の支給などを考えても妥当だと言えた。
それはCAD業界最大大手の【マクシミリアン】や【ローゼン】も政府に逆らえない宿命だからだ。
「どうしてもというなら開発第三課に回しておいてください。あそこなら頻繁に顔も出すので都合がいい」
確かに達也の異能の力を使えば複製も夢物語ではなくなる。そんな達也の妥協案に小百合の顔がこわばった。
FLT社内での派閥力学にも考慮しなければいけない立場である小百合からすれば飛行術式を完成させ、前期の私益の20%もの利益を今季既に社にもたらしたトーラス=シルバー、即ち達也の発言力がこれ以上強まると困るのだ。
「それとも、そのサンプルをお預かりしましょうか?」
達也のセリフは、葛藤で動けなくなった小百合に対する助け舟だったのだが。
「結構よ!!!」
結局交渉は決裂となった。
しかし、それは小百合自身が都合の悪くなる決裂である。
そんなことも気付かずに小百合は癇癪を起こして立ち上がった。
「よくわかったわ!貴方の力を当てにしようとしたのが間違いだったようね!」
自身のハンドバックに聖遺物の入った宝石箱を押し込んで、小百合は玄関の方へ勢いよく歩き出した。
「貴重品をお持ちだ。駅まで送りましょうか?」
「結構です!コミュターで帰りますからっ!」
「お気をつけて」
小百合の刺々しい口調にまるで気を悪くした様子も見せずに達也は一礼した。
「まったく!」
そして玄関を出た小百合がコミュターに乗り込み、司波宅を去っていく後ろを黒い影が追うのを達也は感じ取った。
「少し出る、しっかり留守番しておいてくれ」
「お兄様?」
先ほど小百合が出て行ったばかりの玄関で靴を履く達也にいつの間にか降りてきて居た深雪が顔を引き締めて説明を求めた。
「危機管理意識の足りない
「まったく!何処までお兄様のお手を煩わせれば気がすむのでしょうか。あの人たちは」
憎々しげに眉を顰める深雪に達也は苦笑した。
「見て見ぬフリは出来ないさ、あの人はともかく。あの人の持ち物はね」
そして玄関の扉に手をかけ、ドアを開ける。
そんな達也とその後ろで達也を見送って居た深雪の視界に見知った人物が現れた。そこはついさっき小百合が出て行ったばかりなのだが。
ドアの向こう側に人がいた場合、達也が気づかない筈が無いのだが。
「やぁ達也。先ほどぶりだね、彼女なら雛子に追わせたよ」
コミュターの中で小百合は「やってしまった」という後悔の念に押しつぶされそうになって居た。折衝事には慣れているはずの自分がいとも容易く逆上してしまった。
自分にとっての恋敵の息子、そして技術者としての才能と実績。小百合は達也に見つめられると自分が人間ではなく、ただの観察対象に堕とされたような錯覚を覚えるのだ。
まるであの少年、四葉董夜に初めて面と向かって会った時のような感覚だ。
「はぁ、どうしよう」
自分に命の危険が迫っているとも知らない小百合はただ椅子に深く座りため息をつくのだった。
「はぁ、どうしてくれよう」
雛子は今それなりに大きいボストンバッグを背負って達也のバイクに(無断で)乗り、司波小百合が乗っているであろうコミュターを追いかけながらため息をついた。そして先ほどから異常に交通量が少ないことに気づいた雛子は端末で交通情報を読み込み、故障者が道を塞いでいるという情報を得た、それが司波宅から駅までの全ての道の対向車を無くすために必要なポイント全てで何台もの故障者が同時に立ち往生しているともなれば当然警戒レベルは上がる。
「………来たっ!」
次の瞬間、交通管理システムの非管制車が小百合の乗るコミュターに近づいた。衝突回避システムで急停車した小百合のコミュターに非管理状態の黒い車から男が2人駆け寄った…………………筈だった。
「○○○○○○!!!!」
「ごめんね、何語か分かんないや」
男のうちの1人が倒れたことにもう1人が動揺し、その男の息の根を止め、CADを構えて立っている雛子に何かを叫んだ。しかし雛子は魔法技術や家事スキルは高いものの、日本語と英語以外は習得していないため、何を行っているのか聞き取ることはできない。
「じゃあね………………っ!!??」
男がキャストジャミングの波動を発生させるより早く雛子は魔法を発動させた。
しかし一瞬の殺気を感じ取って雛子は回避行動をとり、物陰に隠れた。
急所に当たる筈だった雛子の魔法は大きく逸れ、男の右足を破壊し男は足を抑えてうずくまる。そして先ほどまで雛子が立っていた場所にはスナイパーライフルから打ち出されたであろう銃弾が地面を穴を開けていた。
「さて、どこかな」
物陰に隠れた雛子の目から光が消え、董夜に拾われる前。つまりとある組織に属していた頃の目を戻る。それはいつもの董夜の
「…………………………」
暗殺者として腕利きまで上り詰めた経験をフルに活用し狙撃手の居場所を探す。
(あの弾丸の入射角からして方向はこっちで間違いない筈……………………あの建物からするとかなりの手練れだな)
狙撃手の位置を分析しながら雛子は持って来たボストンバッグを開き、中から黒光りしたスナイパーライフルを取り出した。
雛子は昔、魔法師だったもののアンティナイトなどで魔法が封じられた場合を想定して、あらゆる銃で腕を磨いていたのだ。
「みーーつけたっ」
スコープを覗き込んだ雛子が字面だけ見れば嬉しそうに、しかし実際は冷え切った声を出した。相手が自分に標準を合わせる前に引き金を引く、そして雛子のライフルが射出した銃弾は一キロ先にいた狙撃手の眉間を寸分違わず撃ち抜いた。
「○○○○○○○!!」
雛子が狙撃手を処理すると同時に誰も乗っていないと思っていた黒い車が猛スピードで逃走した。おそらく逃走用に1人だけ車に残っていたのだろう。そして置いてきぼりにされは男は足の痛みに顔を歪めながら近づいてくる雛子に何かを叫ぶ。
「○○○○○○○!!」
「何言ってるか分からないけど、顔からして命乞いかな?」
「○○!!」
「でもゴメンね、
雛子の魔法が至近距離で男をただのタンパク質の塊に変える。
もと暗殺者、現在は董夜の私兵兼メイドの雛子の少し刺激的な夜のひとときは終わりを告げた。
「了解、お疲れ様。後片付けは達也が国防軍に話をつけてくれたから。そのままこっちに来て、深雪が晩御飯をご馳走してくれるそうだよ」
司波家のリビングでは董夜が雛子からの報告を受けていた。その董夜が座っている椅子の対面では達也が座っている。そしてコーヒーを出した深雪の顔は董夜に会えた『嬉しさ』と達也が董夜の存在に気づけなかった『不気味さ』で複雑な表情になっていた。
「小百合さんは意識を失ってたけど、さっき取り戻してそのまま帰ったそうだよ」
「そうか、迷惑をかけたな」
本来、達也たちと小百合の関係は元父親の今の妻なので達也がここで董夜に詫びる必要は無いのだが。
「いやいや、気にすんな。俺が出しゃばっただけだし。それにこれで深雪の晩飯がご馳走になれるならお得だよ」
「それで?なぜ盗み聞きを?」
董夜があのタイミングで現れた理由、それは達也と小百合の会話を最初から聞いていたからであろう。そして達也が知りたいのはその理由であった。
「盗み聞きの件は本当に悪かったよ、でも達也には聖遺物の交渉をしてる時に俺を意識して欲しくなかったんだよ、それより雛子遅いな」
さぁ、この話は終わりだ。と言わんばかりに話を変える董夜に達也はため息をついた。董夜がいきなり現れて目的を明かさないことは今までにも何回かあったのだ。
その後、董夜と雛子が夕食を共にしている割には、いつもより僅かに静かな時間が司波家では続いた。