36話 センキョ
36話 センキョ
「もうすぐ会長選挙ねぇ」
「そうですね、仕事に集中してください」
夏休みが終わり、2学期が始まってから少しばかり時間が経った。今は放課後、生徒会室で董夜たち生徒会のメンバーが仕事をしている。服部は不在の様だが。
「あーちゃん、立候補するつもりはないの?」
「わ、私は無理ですよ!…………後あーちゃん言わないでください」
「でもはんぞーくん先輩は部活連の会頭になりそうですよ」
「え、そうなの!?」
「そうなんですか!?」
董夜の言葉に真由美は驚いたように机を叩いて立ち上がった。おそらくあずさがダメだったら服部に立候補してもらう予定だったのだろう。
「この前十文字会頭とお話しする機会があって、その時に」
「そっかー」
諦めたように椅子に座りなおす真由美に董夜は苦笑を浮かべた。ちなみに董夜は私的な場で克人と話す時以外、『克人さん』とは呼ばずに『十文字会頭』と呼んでいる。
「そ、そうですよ!董夜くんが立候補すれば!」
名案でも思いついたような顔をするあずさに真由美は首を横に振り、董夜も再度苦笑いを浮かべる。
「私もそう思ったんだけど」
「え?ダメなんですか?」
「うーん、残念ですけど」
董夜としては会長選挙に立候補するのは別に悪いことではない。しかし一年生である自分が会長選挙に立候補して当選した場合、3年の『七草』の次が1年の『四葉』になり、十師族絡みだとか余計な詮索をされる可能性がある。
そのため、今回は2年を差し置くようなことは止そう、ときめたのだ。
「そこをどうにかならない?」
「お願いします董夜くん」
しかし、そんなことを知るはずもないあずさは何とか董夜に立候補してもらおうとし。自分の後継が董夜だと安心できる真由美は董夜に詰め寄る。
ピーーーーーー。
「あら、深雪さんも集中しなきゃダメよ?」
「(チッ……!)」
真由美と董夜の肌が触れているのを、背中で察知した深雪は作業の間違いを告げるアラームで真由美に対する警告をするが、真由美は全く意に返していない。
一方の董夜は、何とかして真由美たちに立候補しないことを納得してもらうため、奥の手を使うことにした。
「ねぇどうしてもダメなの?」
「はい、ここだけの話ですが、母さんに止められましてね」
「………!!!」
「そ、そう。それなら仕方ないわね」
『当主の意向で立候補できない』というのはもちろん嘘である。しかしそんなことを知らない真由美は、当然これ以上粘ることもできずに諦めるしか無くなる。
会長選挙の立候補拒否を誇示しているのが董夜の意思なら何とか説得の余地はあったかもしれない、と思っていたあずさと真由美だがそこに【四葉】の意思が入っているとなれば引き下がるしかない。
「ご当主様の意思には逆らえないもので、すみません」
「こちらこそ無理言ってごめんね」
ちなみに董夜は真夜に対して言葉の裏をかき、葉山を味方につけて仕事を
結局その後は達也が【トーラス=シルバー】のCADをダシにあずさを立候補させた。
◇ ◇ ◇
そしてついに生徒会長選挙が始まった。
今は生徒会長である真由美が、生徒会への二科生の加入を可能にするという案を提案しており。それに反対する生徒が反論している。ちなみに生徒会選挙は真由美の案を可決するか否かが決定してから開催されるようだ。
「(感情論じゃ真由美さんには勝てないって、わかっているだろうに)」
生徒会のメンバーとして登壇し、進行役を任せれている董夜は次々と真由美に論破されていく生徒を見て苦笑いを浮かべた。ちなみに深雪やあずさたち生徒会メンバーは壇上の椅子に座り、達也たち風紀委員は会場の警備をしている。
「大体この案件には必要性が感じられません。二科生には生徒会役員として相応しい魔法力が備わってるとは思えませんし、そもそも何故今更こんな意見を述べているのですか」
「魔法力だけでは魔法師の価値は決まりません。それに生徒会役員に必要なのは強い魔法力ではなく、いかに仕事が出来るか、です。魔法力だけでは学校運営に携わる生徒会役員は務まらないのですよ」
その後は董夜達の予想通り、真由美が一方的に論破を繰り返して反論していた生徒がヒステリック気味になってきたところで討論は終わり。結局賛成多数で真由美の『生徒会役員の一科生縛りの撤廃』は可決された。
「それでは生徒会選挙に移らせて頂きます。会長候補の中条あずささん、演説をお願いします」
「はい」
董夜のアナウンスに返事をしたあずさが壇上の真ん中に設置してあるマイクの前に立つと、群衆の中からあずさを応援する声が多数聞こえてくる。あずさは真由美と同じく(小動物的な意味の)人気があり、ファンクラブも存在するのだ。
あずさがピョコンとお辞儀をし、演説を開始する。途中『先程の決定をふまえて役員を決めていきたいと思います』と言うと、辺りから心無い野次が飛んできた。
「七草会長の真似事かー?」
「どうせ能力で決めんだろ!」
高校生にもなって大人しく話を聞けないのかと、ため息をつく董夜だがあずさもスルーすると分かっているからか敢えて何も言わなかった。しかし、思わぬ所から反論が出たのだ。
「誰だ!?あずさちゃんをバカにするのは!!」
「卑怯者!言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
一部熱狂的なあずさファンが野次を飛ばした犯人を捜し始め、観衆同士で喧嘩が始まりそうになる。
「みんな落ち着いて!」
「落ち着いてください!」
真由美と服部が事態を収集しようとするが、一向に大人しくならず。あずさも演説を止めてオロオロしている。生徒会選挙中の講堂内の秩序は乱れていき、誰かが進行役の董夜に生徒会選挙の中断を打診しようとした瞬間。
「静かにしなさい」
マイクを通して発せられた、決して強い口調ではないその言葉は、会場にいる全ての生徒と教師の耳に冷たく響き、会場の中はシンと静まり返った。
事態を収めようとしていた真由美たちですら動きを止め、声のした方を向くことすら出来ないほどの重圧を纏った一言。それは董夜があの【四葉】であるという事実を、講堂に集まった生徒教師が再確認するには十分すぎるほどモノだった。
後ろの椅子に座っていた深雪と、会場の警備に就いていた達也だけがいつも通りに会場を見回している。
「これはアイドルのライブでもなければ、ふざけていい場所でもありません。野次を飛ばしたりするのは控えて下さい」
誰もが数秒遅れて董夜を見る。しかし視界に董夜を入れる頃には先程のプレッシャーは消えていた。
「中条あずささん、演説を再開してください」
「……………はっ、はいっ!」
講義中の教室でもまだ静かであろう講堂の中。あずさは演説を再開させた。可哀想なことに、彼女は先ほどの何倍もの緊張感の中、演説をする羽目になってしまった。
◇ ◇ ◇
「あーちゃん先輩、当選おめでとうございます」
「だからあーちゃんはやめて下さい!」
学校が手配したアルバイトによって開票作業はその日のうちに終わり、翌日には結果が開示された。
生徒会室には、真由美と服部を抜いた生徒会メンバーに加え達也が集まっていた。
「中条先輩、おめでとうございます」
「あっ司波くん!約束守って下さいね!」
そんなにCADが見たいのか、と苦笑する達也にあずさはムフー!と幸せそうな顔をして、それを見た董夜と深雪は破顔した。
しかし、生徒会室から離れた廊下。普段は生徒はおろか教師ですらめったに利用しない場所で三巨頭と飛ばれている摩利と真由美、克人は穏やかならぬ雰囲気で話をしていた。
「それにしても昨日の四葉はすごかったな」
「えぇ」
何か遠くを見るような目で呟く摩利に、真由美は少し悲しそうな顔をして答え、克人は無言を持って肯定とした。
「どうした2人とも、何か思い出したような顔をして」
「私たちは十師族絡みで董夜くんに会うことがあったから。その時は彼は、いつもあんな感じよ。同じ人とは思えないわ」
「そうか、今年の後輩はやはり頼もしすぎるな」
そんな摩利の呟きは長い廊下の中にゆっくりと溶けて消えていった。