四葉家の死神   作:The sleeper

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34話 コオリノバカンス

34話 コウリノバカンス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとう達也。助かったよ」

 

 

「あぁ気にするな」

 

 

「幹比古ってそんなに船弱かったのな」

 

 

早朝からの船移動で疲れたのか、初日の午前中は全員部屋で過ごす事にした。実際に重症だったのは幹比古と美月だけなのだが、その二人を置いて遊ぶわけにも行かないと、達也が提案しての事だった。

 

 

「まぁでもこの後は嫌でも運動することになるぞ」

 

 

「え?」

 

 

董夜が笑いながら向けた視線の先ではレオが泳ぎたそうにウズウズしている。それを見た幹比古は何だか嫌な予感に襲われるのだった。

 

 

「幹比古、レオの相手は任せたぞ」

 

 

「やっぱり僕!?」

 

 

「良かったじゃん。いい運動になるぞ」

 

 

それなら董夜と達也だって、とボヤく幹比古を董夜達はスルーするー、その間もレオは只々ウズウズしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を済ませ、少しのんびりしてから全員でビーチへと繰り出した。達也の予想通りレオは遠泳を申し出て、幹比古はそれに付き合うことになってしまった。

そして達也は砂浜でパーカーを羽織ったままパラソルの下で仰向けに横たわっている。

 

 

(こんなにのんびりするのは何時以来だろう)

 

 

 此処には深雪に危害を加える輩は存在しない。その為、達也も普段よりは気を張らずに済んでいる。後は誰かが溺れるなどの事件が無ければ、この二泊三日はのんびり過ごせるだろうと達也は思っていた。

 

 

「達也くーん、泳がないのー?」

 

 

「お兄様、水が気持ち良いですよ」

 

 

 波打ち際で達也を呼ぶエリカと深雪。達也はその二人に視線を向け軽く微笑んだ。

 

 

(レオは兎も角、幹比古が居たら逃げ出してただろうな)

 

 

 達也の中でも、レオはそれほど異性を意識してるようには見えないのだ。一方の幹比古は良くも悪くも歳相応といった感じだと思っているのだが。

 

 

「達也さん、考え事?」

 

 

「いや、別に大した事ではない」

 

 

 覗きこむように雫が達也に話しかけると、漸く達也の視線は傍に来ていた五人に移った。

 

 

「せっかく海に来たんですから、達也さんも泳ぎましょうよ」

 

 

「そうですよ、お兄様。ずっと水平線を眺めるなんて、三年前じゃないんですからね」

 

 

「三年前? 中一の時に何かあったの?」

 

 

 深雪の発言にエリカが興味を示したが、深雪には答える事が出来ない事情があった。深雪はあの時の董夜を苦手としていた自分をもの凄く恥じていて、また家の事情も話さなければいけなくなるので、三年前以前の事は極力話したがらない。それが分かってるので達也もその事を話さないのだが……

 

 

「何でもないさ。そうだな、泳ぐか」

 

 

羽織っていたパーカーを脱いでから、達也は自分の行動が軽はずみだったと後悔した。

 

 

「達也君、それって……」

 

 

 達也の身体は鍛えてあるだけあってかなり引き締まっており、綺麗な肉体をしていた。ほのかも雫も美月でさえも、その肉体に見蕩れていた。だが達也の身体には、それ以上に目を引くものがあるのだ。

 無数の切り傷、その次に多いのが刺し傷、火傷の痕もくっきりと残っている。不思議と骨折の痕は見られなかったが、普通に鍛え上げただけでは、こんな痕は残らない。血のにじむ努力ではなく、実際に血を流した結果でしかないのだ。

 

 

「達也君、貴方いったい……」

 

 

「すまない、あまり見ていて気持ちがいいものではないな」

 

 

 脱ぎ捨てたパーカーを拾おうと手を伸ばしたが、しかし達也が脱いだパーカーは一足早く深雪に拾われており、今は大事そうに胸に抱かれている。妹とはいえ異性の胸に手を伸ばすのは憚れた達也は、伸ばした右手を宙にさまよわせた。だが幸いな事に、そう長い時間さまよう事は無く、彼の腕は深雪によって抱きしめられた。

 

 

「わっ!」

 

 

 美月が驚きの声を上げたが、他の三人は声を上げるまではいかなかった。

 

 

「大丈夫ですよお兄様。この傷痕の一つ一つは、お兄様が強くあろうとした証である事を、深雪はちゃんと知っています。たとえ世界中の誰もが、お兄様のお身体を見て気持ち悪がっても、深雪はそんな事思いません。お兄様のお身体は立派であり、また誰にも侮辱される事はないと、胸を張って言えます」

 

 

 自分の胸に、布地一枚挟んで達也の腕がある事に、深雪は顔を赤らめている。だがそれ以上に、達也の肉体の事を熱く語っているのだ。

 右腕に深雪の感触を感じていた達也だったが、不意に左側にも似たような感触が来た。

 

 

「わ、私も気にしません! だって達也さんには何か事情があってこんな痕があるって分かってますから。その事情を話してはもらえないでしょうけども、それでも私は達也さんを信じます」

 

 

「私も。ほのかや深雪のように、達也さんを信じる」

 

 

「そうか、ありがとう」

 

 

そこでふと達也はいつも見かけるはずの男がこの場にいないことを思い出した。深雪とほのかはすでに達也の腕からは離れており、達也を海に連れて行こうとしている。

 

 

「ところで董夜はどこに行ったんだ?」

 

 

達也がそう聞くと全員が海の方を向いた。達也がそちらの方向を見ると海辺から10メートルぐらい行ったところで董夜が浮かんでおり、その数メートル上空には直径5メートルほどの海水でできた巨大な水玉が浮かんでいた。

そしてその形は立方体やら三角錐やらに形を変えている。

 

 

「なんか才能の無駄遣いって感じね」

 

 

「す、すごいですね」

 

 

エリカが若干呆れ、美月が驚いていると、巨大な水玉をひっさげた董夜がこちらに近づいて来た。九校戦が終わってから重力操作を隠そうともしてない事に達也が何かを思う前に強烈な嫌な予感が襲う。

 

 

「お、おい董夜」

 

 

「あ、達也〜。ほいっ!」

 

 

「え、えぇっ!」

 

 

そんな拍子抜けな掛け声とともに浮かんでいた巨大な水玉から直径30センチほどの水柱が達也に迫り来る。達也は【術式解散(グラム・ディスパージョン)】で魔法式を吹き飛ばして衝突を回避することも出来るが、それをすると【重力操作】の恩恵で浮かんでいた水が容赦なく砂浜とそこにいる深雪たちを襲う。それにまさか【分解】を使うわけにも行かない。

絶妙に悪質な攻撃である。

 

 

「くっ!」

 

 

そして水柱が達也まで後数センチというところで水柱は水玉ごと凍りついた。

そしてそのまま落下し氷玉は海へ、氷柱は砂浜に落下して砕け散った。

 

 

「せっかくお兄様が海に行かれようとしていたのに………………………何をしているんですか?董夜さん」

 

 

「み、深雪………………………さん」

 

 

暑いはずの夏の砂浜が真冬のような極寒へと姿を変える。満面の笑みを顔に張り付かせながら目は笑っていない深雪がゆっくりと董夜へ迫っていく。

そして当然水着姿の達也たちの体感温度の低さは尋常ではない。

そこで董夜が動いた。

 

 

「た、達也!?大丈夫か?」

 

 

「お兄様!?」

 

 

董夜が深雪の後ろにいる達也に慌てた様子で問いかける。しかし当然達也は夏の砂浜で寒さを感じている事以外は至って正常だ。ほのかたち全員がはてなマークを浮かべる中、深雪だけは顔色を変えて達也の方を振り返る。しかし視線の先には只々立っている達也しかいない。いよいよ深雪の額に青筋が浮かぶ。

 

 

「どういうつもr………………………………」

 

「あ、あわわわわわ」

 

そして董夜の方へ振り返った深雪の顔を水鉄砲ぐらいの威力の水が当たる。

深雪が両拳を握りしめ、目を開けるとそこにもう董夜の姿はなく。いつの間にか沖の方に董夜の姿があった。

本人は安全圏に来て安心しているのか笑みを浮かべているが、どうやら董夜は深雪の実力を測れていなかったようだ。

 

 

ゆっくりの海の方へ深雪が歩いて行き、足が水に触れた瞬間、深雪の周りの想子(サイオン)が荒れ狂う。そして深雪のいる場所から董夜のいる沖まで一直線に海水が凍っていった。

 

 

「………………………………え?」

 

 

ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ………………………………

夏休みのバカンスで上げてはいけないレベルの絶叫が北山家所有のプライベートビーチに響き渡った。

当然達也を含め、ほのかたち全員は自業自得だ、と思う反面深雪の反撃の強さに無表情になってしまっていた。

 

 

「…………………さ、お兄様!遊びましょう」

 

 

「あ、あぁ。そ、そうだな」

 

とても数秒前に人を1人氷漬けにした人間とは思えないほど純粋な笑みを浮かべる深雪にほのかたち兎も角、兄妹愛しか持たないはずの達也でさえ顔がヒクついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした董夜氷漬け事件(ハプニング)はあったが、その後は特に何も無く達也は海に浮かんでいた。ほのかが泳げないと言っていたのが少し気にはなっていたが、何かあれば達也にはすぐに分かる。

深雪の気配を掴むついでに、ほのかや雫たちの気配もしっかりと掴んでいるのだ。問題があればすぐにかけつける事が出来る。

あとは董夜(トラブルメーカー)が余計なことをしないければ平和で、そして安全なはずだ。

 

 

(レオと幹比古は随分と遠くまで泳いでるんだな)

 

 

動きたくてウズウズしていたレオ、そして達也にレオを任された幹比古は微かに確認出来る程度の距離まで離れていた。

 

 

(レオの体力についていってるあたり、幹比古も並々ならぬ鍛錬を積んでいるのだろう)

 

 

 海に浮かびながらそんな事を考えていると、不意に悲鳴が聞こえてきた。美月を除く女子陣は今ボートで遊んでいたはずなのだが、如何やらそのボートがひっくり返ったらしい。冷静に考えれば普通にひっくり返る事などありえないのだが。

 

 

(また董夜アイツが何かしたのか?)

 

 

そう思って周りを見るが董夜は砂浜で体を温めている。どうやら先程深雪に氷漬けにされて体の芯まで冷え切ったのだろう。

それよりも達也はさっきほのかが泳げないという事を耳にしていたので、慌てて水の上を疾走する。魔法を知らない人間が見たらかなり衝撃的な光景だが、達也は一歩毎にフラッシュ・キャストで【水蜘蛛】を発動していたのだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 ほのかたちの傍まで来て、達也は【水蜘蛛】を発動するのをやめ、そのまま溺れているほのかの腰に手を回し上に引き上げる。

董夜が【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】でこちらを見ているのが【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】でわかったが今はそれどころではない。

 

 

「ちょっと、達也さんまって! お願いですからまってください!」

 

 

 何か慌てるようにほのかが懇願してきたが、達也はそのままほのかをボートの上に持ち上げる。それと同時に達也は重力に従い海の中に沈んでいった。

 なんとほのかの水着のトップがずれており、その全容が露わになっていたのだ。達也はすぐに目を瞑っていたし、その後は海の中に沈んでいったのではっきりと見られたわけではないのだが、ほのかは先ほどとは違う理由で悲鳴を上げたのだった。(ちなみに董夜もすぐに【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を解除した)

 

 

「うわ! ほのかって大きいだけじゃなくって形も良いのね」

 

 

「エリカ、冗談でも今言う事じゃないと思うけど?」

 

 

「そりゃね。深雪はもっと綺麗な形してるものね」

 

 

「ヒック……」

 

 

 泣きじゃくるほのかを見ながら、雫は複雑な表情を浮かべている。実はボート転覆を企んでいたのは雫とほのかなのだが、予想外の出来事でほのかは混乱している。そして雫はというと、ちょっぴり黒い事を考えていた。

 

 

(ほのか、見られたのは予想外だけど、これはチャンスだよ)

 

 

(チャンスって?)

 

 

(達也さんと二人っきりになるチャンス……あと、見られてもほのかなら良いじゃない。おっぱい大きいんだから)

 

 

(関係無いよね!?)

 

 

 こうして雫に入れ知恵と嫉妬の言葉をもらったほのかは、達也に今日一日付き合ってもらう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間も距離も長かった遠泳から戻ってきたレオは、達也の姿が無い事に首を傾げた。目の前には水着の美少女たちが居るのにも関わらずだ。

 

 

「達也は如何したんだ?」

 

 

「あそこよ」

 

 

「あれは……光井?」

 

 

 レオが二人の姿を見つけたのと同時に、水着の上にエプロンをつけた黒沢女史が飲み物を運んできた。当然黒沢の放つ大人の色香にもレオは屈しなかった。

 

 

「どうなってるんだ、ありゃ?」

 

 

「ハァハァ……レオ、君ってどんな体力してるんだい……」

 

 

「別に普通だろ。ところで幹比古、アレ如何思う?」

 

 

「達也と光井さん? けっこうお似合いじゃない」

 

 

「はぁ、あんた深雪がいたら○○されてるわよ」

 

 

エリカにそう言われたレオと幹比古はとっさに深雪の姿を探すがその姿が見当たらない。ついでに董夜の姿も。

 

 

「あれ?董夜はどこだ?」

 

 

「あれ」

 

 

レオの問いかけにエリカや雫達が一斉に一つの場所を指差した。

レオと幹比古がそちらの方向を見るとレオ達のいる場所から少し離れたところに董夜が首まで海に浸かっており、浸かっている部分が凍っていることから身動きが取れないでいる。そしてその前で深雪が水面の上に仁王立ちしていた。

 

 

「………?なんで怒られてんだ?」

 

 

「さぁ?今回ばっかりは私たちにもわからないわ」

 

 

先ほど達也にかなりの水圧の水をかけようとし、あまつさえ怒っている深雪にまで水をかけた罰はもう終わっているはずだ。ほのかの胸が露わになった際、董夜は砂浜で寝ていたので見ていないはずである。

 

董夜の【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】の存在を知らないレオ達にその答えがわかる時は来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで董夜さん。なんで私が怒っているか分かりますか?」

 

 

半氷漬けの董夜の前で仁王立ちしている深雪からはさっき程ではないものの怒りの雰囲気が感じられる。一方董夜は原因がまったくわからない、というような困惑の表情をしている………………………………が、内心では怒られている理由は分かっている。

深雪は先ほどの一部始終を董夜が【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で観ていたのを、ほぼ確信に近い形で察しているのだろう。

 

 

「いやすまん。今回はマジで分からん」

 

 

「そうですか………………ではお兄様が帰っていらしたら聞いてみる事にします」

 

 

「いや、達也が嘘をつく可能性m「トウヤサン」無いですね。すいません」

 

 

董夜は自分が一部始終を観ていたのを達也が気づいている事を知っている。そして達也はおそらく(わざと)口を滑らすだろう。そして深雪はそれを疑わないだろう。

もうこの時点で董夜の死刑は確定である。

 

 

「そ、それより深雪。どこでこんな拷問覚えたのさ。俺さっきまで氷漬けにされてた身体を温めてたのに10分ぐらいでまた氷漬けとか」

 

 

「ふふふ、ヒンヤリして気持ちいいですか?」

 

 

「いや、そろそろ体の感覚が無くなってきた」

 

 

「そうですか…………………もし許して欲しいなら………………」

 

 

このままでは本当に死にかねない。そんな事が頭をよぎった董夜に深雪から救済案が出る。2度も氷漬けにしといて何が『救済』だ、と思った董夜だがここで断ったら本当に死んでしまう。

もう、その救済案しか道が残されていない董夜に深雪が口を開いた。

 

 

「今夜……………………一緒に寝てください」

 

 

「……………………ハァ?」

 

 

深雪の好意に気づいていないの…………………………夜が始まる!!

 

 

 

 

 

 

 


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