33話 クルージング2
「フレミング推進機関か………………エアダクトが見当たらない、電源はガスタービンじゃないな。光触媒水素プラントと燃料電池か?」
「……………………なにやってんの
母さんが出してくれた車に乗り、家から1時間弱揺られていると集合場所である港に着いた。
車から降りて先ず目に入ったのはおそらく雫の家が所有しているであろう船、そしてそのエンジンを観察しながら何やらブツブツ呟いている達也の姿だった。
「あ、董夜さんきた」
「董夜さん!」
声のした方を見ると雫と深雪を先頭に達也以外の全員がこちらに歩いてきていた。どうやら俺が最後のようだ。ちなみに達也はまだエンジン部分を見ている。
とりあえず適当に挨拶を済ませると後ろから車の運転手の声がした。
「それでは董夜様、私はここで失礼します」
「おつかれさま。帰りも気をつけて」
「恐縮です。では」
去って行く車を目線で送り雫たちの方を振り返ると雫たちが何やらオォーと息を漏らしていた。
「?、どした?」
「いや、ああいうやりとりを見るとやっぱり董夜さんって凄いところの人なんだなと思って」
「あぁ………………そうかな」
雫の後ろでほのかやエリカたちがうんうんと首を振っている。確かに友人の前で様付けで呼ばれたのは初めてかもしれない。
というか十師族や師補十八家、百名家以外の友人が出来たのも初めてかもしれない。
そしてふとエンジン部分を観察していた達也が男性と話をしていた。そしてその男性は俺たちの方へ歩いてくる。
あぁそういえばあの人…………
「初めまして四葉董夜君。私は北山潮、雫の父親だ」
「初めまして。ご高名はかねがね承っております」
「いやいや。【沖縄の英雄】ほどじゃあないよ」
久々に聞いたな、そのアニメとかに出てくる二つ名みたいなやつ。
そして俺は差し出された右手に反応して握手をする。失礼のないように浅く握るつもりが相手にがっしりと握られてしまった。
「ふむ、この仕事をしていると初見でも大体どんな人間かわかるものだが。なかなかどうして、君は全くわからん」
「ははは、それは褒められてると取っても宜しいですか?」
「もちろんだとも」
ジロジロと見られるが、それを不快に思わせない技術がこの人にはある。
それにしてもこの人があの【北方 潮】か……………思ってたイメージとだいぶ違うな。
「それでは失礼して……………おお!君達も娘の新しい友達だね!私は一緒に行けないが楽しんでくれたまえ!」
ひとしきりエリカたちに絡んだ後、潮さんはもう一度俺に会釈をしてから車に乗り込んで去っていった。
どうやら仕事が山積みだったというのは本当らしい。
「少しでも船旅の気分を味わいたかったみたい」
雫がポツリとこぼした言葉に俺たち一同が苦笑を浮かべる。
ギリシャ帽にパイプまで咥えて船長の雰囲気を醸し出したのはそういう事情なのだろう。
仕事に追われる潮さんを見て、俺はふと帰ったら母さんの仕事を手伝うか。と思った。
「それじゃあ、そろそろ出発しよう。黒沢さん、お願い」
雫がそう言うと、クルーザーの操舵手でもあり、別荘で世話などをしてくれる黒沢女史が深々と頭を下げた。
ハウスキーパーというよりももっと適切な言葉がありそうな見た目だが、格好はスーツとキッチリしているのでその表現もあまりハズレではなさそうだ。
「はぁぁぁぁ〜!やっぱりこれが船旅の醍醐味よねぇ」
「オメェはホント女っぽくねぇな」
「あによ!アンタだって思ってるくせに!」
「俺は別に男だから良いだろ!」
「男女差別はよくないわよー」
「テ、テメェ」
「はいはい、せっかくの旅行なんだから、喧嘩しない」
いつものように口喧嘩を始めたレオとエリカの仲裁に董夜が入りとりあえず落ち着かせた。
そんな三人余所に達也は少しのんびりとデッキに佇んでいた。
「ご気分が優れないのですか?」
「いえ、昨日ちょっと遅くまで起きてまして、その疲れが出ただけです」
「中で休まれますか?」
「いえ、平気です。ご心配かけてしまって申し訳ありません」
普段から大人の中で揉まれている達也は、並の高校生では出来ない対応をあっさりとやってのける。その対応に黒沢女史は関心を抱いた。
「では、もし休みたくなりましたらお声をかけてください」
「分かりました。それじゃああっちで気持ち悪そうにしている美月と幹比古の世話をお願いしても?」
達也が視線を向けた先で、美月と幹比古が気持ち悪そうにしゃがみこんでいた。それほど揺れは大きくないが、如何やら船酔いしたらしいのだ。
「畏まりました」
「手伝いますよ」
自分で言った手前、達也は幹比古を船内に連れて行くのを手伝う事にした。さすがに美月の身体に触れるのは憚られたのだろう。
「お兄様、どちらへ?」
「ん、幹比古と美月どうした?」
幹比古と美月を運んでいる所に董夜たちがやってきた、董夜は何となく察していて他の人はいまいち状況が分かっていないようだ。
「美月と幹比古が気持ち悪そうにしてるからな。黒沢さんとで二人を船内の横になれる場所に運ぶだけだ」
「吉田君と美月は、船苦手だったんですね」
「でもそんなに揺れてないよ?」
「それだけ弱いんだろうさ。あの二人はどこか似てるからな」
人込みでも似たように気持ち悪そうにしていたので、達也はそんな事を言った。その発言が思春期女子にとって盛り上がるネタになるとは、達也自身思って無かったのだが……
「確かにお似合いだよね、あの二人」
「美月も吉田君も互いを意識してるっぽいもんね」
「でも吉田君はエリカと幼馴染なのよね? もしかしてエリカも?」
深雪がある程度確信して言った事に、ほのかと雫は更に盛り上がる。達也はそんな深雪を呆れ顔で見て、董夜はテンションについて行けないと判断したのかその場を離脱してどこかに歩いて行った。そして達也は幹比古がそろそろ限界に達しそうだったので早急に船内に運び込んだ。
「ゴメン達也……」
「気にするな。苦手は誰にだってあるものだ」
「ゴメン……」
気持ち悪そうにしている幹比古の背中を摩り、達也は船室まで幹比古に肩を貸していた。その前では黒沢女史が同じように美月の背中を摩りながら肩を貸している。
「司波様、こちらです」
「分かりました。それから、自分の事は達也で構いません。妹と区別がつかないでしょうし」
「分かりました。では達也様、吉田様は此方の部屋に運んで下さい。柴田様は此方の部屋で横になってもらいますので」
これが真由美とかなら、面白がって同じ部屋に寝かすのだろうが、さすがに心得ているようだと、達也は黒沢女史の対応に感心していた。
「幹比古、もう少し我慢しろよ」
「うん……」
顔が真っ青になっている幹比古に声を掛け、達也はベッドまで幹比古を運んだ。漸く横になれてスッキリしたのか、幹比古はそのまま大人しくなってしまった。
下手に動かして吐かれるのも困ると思ったかは兎も角、達也はそのまま部屋から出た。
「美月は?」
「柴田様はお休みになられました」
「やっぱり……こっちもすぐに寝てしまいました」
二人で苦笑いを浮かべながら、達也はデッキへと戻る。そろそろ島に着く頃なので、自動操縦から手動へと切り替える為に、黒沢女史は操舵室へと向かうのだった。
「……………………………いい天気だ」
操縦室の屋根の上、このクルーザーで1番高い所に董夜は仰向けになって横になっていた。
下では深雪やエリカたちが未だに幹比古と美月の関係で盛り上がっているのか声が聞こえる。
(そういえば、少し意地悪しすぎたかな?)
この旅行に来る前、董夜が母親である真夜に旅行に行く許可を取った際、最初はこの旅行に行く許可は出ないと董夜は思っていた。
しかし結果としてあっさりと許可は取れ、それに驚いた董夜はついうっかり自分が手伝うはずだった仕事を擦りつけてしまい、葉山が悪ノリした結果我が御当主様の今夏の仕事量が倍増してしまったのだ。
(はぁ。まさか友達と旅行に来るなんて……………………いや、それより達也と深雪以外に友達ができるなんてな)
小中学校には行かず、四葉家の本邸で教育を受けていた董夜は【友達】という物がおらず。あの頃は達也にも深雪にも分家の人達にもどこか壁を作っていた。そして裏の仕事を手伝い、仕事になれば人を殺すのにも何も感じなくなっていた。
(そんな冷たい人間が、まさか友達と旅行に……ね)
……………………………だからと言って今は人を殺せないというわけではない。董夜はこれでも【四葉】の人間だ、自分でもどこかネジが外れている事ぐらいは分かっている。
(それでも…………………………今は)
人殺し、戦略級魔法師、次期当主候補、高校生、様々な四葉董夜が混ざり合う。