四葉家の死神   作:The sleeper

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24話 九校戦三日目

24話 九校戦三日目

 

 

 

 

 

 

 

 

九校戦3日目。今日はピラーズブレイクとバトルボードが行われる。たしか摩利さんがバトルボードに出る予定のはずだ。

 

(おぉ、噂をすればなんとやら)

 

摩利さんの競技を観戦する前に一度第一高校の天幕に顔を出そうと思って向かっていると控え室に入っていく摩利さんが見えた。そしてなんとなく声をかける。

 

「おつかれさまです」

 

「あぁ四葉か、『おつかれさま』って私はこれから競技なんだぞ?」

 

「ははっ、それもそうですね」

 

「はぁ、まったく」

 

「それにしても摩利さんは緊張してないんですか?いつも通りに見えますけど」

 

虚言だ。摩利さんが緊張しているのはなんとなくわかっていたがそれを払拭してあげたくて俺は雑談を始めようとする。

 

「そんなことはないさ、やはり九校戦は3回目といっても緊張するものだな」

 

その後も何分か摩利さんと雑談をした。話が終わった頃には摩利さんの緊張もいくらか和らいだようだった。そして俺が部屋を出て行こうとすると後ろから摩利さんが。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

どうやら雑談の意味に気付いていたみたいだ……………………………なんで真由美さんと摩利さん同い年なのにここまで大人っぽさに差が出たのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴール近くの席がいい!」

 

「コーナー近くの席がいいに決まってるわ!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬ」」

 

摩利さんとの話を終えて競技を観戦するために会場の中に入ろうとすると入り口のところの座席表を見ている女の子2人が言い争いをしていた。ていうかあの2人って。

 

「何やってんの?泉美、香澄」

 

「「と、董夜お兄様(兄ぃ)!?」

 

やはり予想通りだった。この2人は七草泉美と七草香澄、真由美さんの妹の双子である。

それにしても香澄……その『兄ぃ』って………俺別に君のお兄さんじゃないしお義兄さんでもないよ?それに泉美もなんか深雪を思い出してしまう。

 

(まぁ以前これを言って速攻で本人たちに却下されたんだけどね)

 

「それで?今回は何が理由で喧嘩になったんだ?周りの人たちが皆見てたぞ」

 

「「泉美(香澄)がコーナー(ゴール)近くの席がいいって言うから!」」

 

(おぉすげぇ。やっぱ双子だとこんなことがあるんだな。めちゃくちゃハモってんじゃん)

 

「そんじゃあじゃんけんで決めればいいだろ?はいじゃーんけーん」

 

ポン!

結局泉美が勝ってコーナー近くの席で競技を見ることになった。………………………………あれ?いつの間に俺泉美達と観戦することになってんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『知り合いと観戦するからそっちに行けない、後で連絡する』っと」

 

「あの……………もしかして約束があったんですか?」

 

俺達がコーナー近くの最前列の席に座りこの会場のどこかにいるであろう深雪に合流できない旨をメールで伝えると隣の泉美が申し訳なさそうに俺の顔を伺ってきた。ちなみに泉美とは俺を挟んで反対側に座っている香澄はそんなこと気にした様子もなく飲み物を飲んでいる(会場に入る前にお腹が空いたと言うから2人に飲み物と簡単な食べ物を買ってあげた)

 

「お前はそんなこと気にしなくてもいいんだよ」

 

そう言って俺が泉美の頭を撫でてやると泉美は気持ちよさそうに目を閉じた。

さっき飲み物や食べ物を買うために店で並んでいた時に聞いた話だが香澄と泉美は明日用事があるらしく今日の夕方には帰らなくてはならないらしい。深雪達とは明日以降も観戦できるからやはり優先度では泉美達の方が上だった。

 

(深雪もだけど頭を撫でられるのってそんなに気持ちいいのだろうか…………………今度誰かにやってもらお)

 

そんなくだらないことを考えていると急にどこからか殺気を含んだ強い視線を感じた。【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】の存在をすっかり頭から外していた俺は瞬時に警戒心を高める。

 

(っ!?まさか無頭龍か!?くそっ油断した!どこだ!?)

 

そう言って俺が【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を展開して周囲を探るとそれはいた。

まるで虚ろのような、全てを飲み込んでしまいそうな程ドス黒い瞳をし、顔から一切の感情が消えたと思ってしまう程、というより実際に感情が消え去った顔をした……………深雪が。

 

(おーーーーーーい!!なんであいつ怒ってんだよ!しかもどうやって俺の事見つけたんだよ!!…………………………はっ!)

 

ふと気がついた俺は自分の左手に目を移す。その手は未だに泉美の頭を撫で続けており泉美も先程と変わらず目を閉じてそれを受け入れていた。

 

(…………………………いかがわしいことをしてると勘違いしてんのか?)

 

とりあえず泉美の頭から手を離して深雪を誤魔化すためにメールで『摩利さんの試合楽しみだな!』と送った………………俺誤魔化し下手じゃね?

俺が頭から手を離すと泉美は名残惜しそうな顔をしていたがそんなことに構っている場合ではない。

 

「泉美はホントに董夜兄ぃのこと好きだな」

 

「ち、ちょっと香澄!何言ってるの!?」

 

「アッハッハ、オレモ イズミガ ダイスキダゾー」

 

「フェッ!?」

 

このとき自分の深雪に対する誤魔化しの下手さに呆れて何も考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

少し時間は戻り深雪一行。深雪は今達也を含むいつものメンバーで【バトルボード】の会場の席に座っていた。深雪の右隣には達也が座って降り左隣の席はこれから来るであろう董夜のために空けてある。

 

「それにしても董夜くん遅いね」

 

「何かあったんでしょうか」

 

「大丈夫です!董夜さんは絶対に来ますから」

 

心配そうな声で話すエリカとほのかに深雪は自信たっぷりで答えた心の中は「あの董夜さんが私との約束を破るはずがない」という心境でいっぱいだった。

この時点で達也は何か嫌な予感を感じ取っていたのだがその原因がわかるのに時間はかからなかった

深雪の携帯端末からメールの着信を知らせる音が鳴り、深雪が内容を確認した瞬間空気が凍りついた。

 

「『知り合いと観戦するからそっちに行けない、後で連絡する』………………董夜さん…………来ないそうです」

 

喋りながらどんどん声のトーンとテンションが落ちていく深雪に他の人たちは何とか慰めようと必死になる。

 

「ま、まぁそういう時もあるって!」

 

「だ、大丈夫ですよ!」

 

「元気出して深雪!」

 

「女……………………だったりして」

 

女子勢が深雪を必死で慰める中空気を読めないレオがポツリとこぼした言葉に深雪の顔から一切の表情が消える。

 

「ちょっとレオ何言ってんのよ!深雪あんな奴の言葉なんて聞かなくていいのよ………………深雪?」

 

エリカがレオを睨みつけたあと深雪の励ましを再開するが深雪の目は一方向に固定されていた。

 

「お兄様、あそこにいるの……………………董夜さんですよね」

 

「?……………………………!確かに董夜だな」

 

深雪の言葉に達也が同じ方向を見ると何やら中学生ぐらいの女子2人と楽しそうに話している董夜がいた。

そして次の瞬間董夜の手が1人の女子の頭を撫で始めた。

 

「ヒッ……………深雪」

 

エリカ達が深雪から放たれる殺気に軽い恐怖を抱く中深雪の目はずっと董夜と董夜に頭を撫でられている女子に固定されている。そして董夜が深雪の視線か殺気に気付いたのか深雪と目が合い顔が驚愕に染まっていく。

 

「フフフ、何で私と目があってそんなに驚くんですか?何かやましいことでも『ピリリリリリ』……………?」

 

携帯からまたメールを知らせる音が鳴り画面を確認すると差出人は董夜だった。

 

『摩利さんの試合楽しみだな!』

 

(((誤魔化すの下手くそかっ!!!) ) )

 

(はぁあいつは昔から深雪のことになると誤魔化しが雑になるな)

 

全員が心の中で董夜にツッコミを入れ達也は呆れている中深雪周りの雰囲気が柔らかくなることはなかった。

 

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

董夜side

 

 

「と、董夜お兄様!?どうして泣いているんですか!?」

 

「いや、なんでもない。この後ホテルに帰ったら殺されるなぁと思って」

 

トホホと項垂れる董夜の横で心配そうに董夜を見ている泉美と董夜達の会話には全く興味がなく試合開始を今か今かと待っている香澄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、そろそろ始まるみたいだな」

 

バトルボードのスタートラインに選手達が並び終えた。

そしてレディの意味を示すブザーが鳴った。観客席が静まり返る。そして二回目のブザーが鳴り、スタートが告げられた。

 

摩利さんが先頭に躍り出る。しかし今までと違うのは摩利さんのすぐ後ろに二番目の選手がついていることだ。

 

「お、七校がしぶといね」

 

「さすがは海の七校ですね」

 

「去年の決勝カードだよね、これ」

 

二人が魔法を打ち合い水面が激しく揺れる。差は開かぬまま、ついに鋭角コーナーへと差し掛かる。

 

「あ!?」

 

鋭角コーナーに差し掛かる直前七校の選手が大きくバランスを崩した。

 

「オーバースピード!?」

 

誰かが叫ぶ。事実、確かにそう見える。七校選手のボードは水を掴んでいない。止まることができない七校選手はフェンスに突っ込むしかないように見える。――――前に摩利さんがいなければ、だが。

自分に突っ込んでくる七校選手に気が付いた摩利さんの対処は素晴らしいものだった。前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切り替える。水路壁から反射してくる波も利用して魔法と体さばきを上手く使いボートを反転させる。さらにマルチ・キャストを使い、突っ込んでくるボードを弾き飛ばす為の移動魔法と、自分が相手を受け止めた衝撃を緩和する為に加重系・習慣性中和魔法の二つの魔法を行使する。

これで助かる。誰もがそう考えた瞬間、水面が不自然に沈み込んだことがエイドスに記録されるのを俺の眼が捉えた。

小さな変化ではあったが、ただでさえ百八十度ターンという高等技術を駆使した後だ。摩利が無理に行った体勢変更は、浮力が失われたことにより大きく崩れた。それにより魔法の発動にズレが生じる。

七校選手のボードを吹き飛ばすことには成功した。しかし慣性中和魔法を発動するよりも早く、七校選手が摩利に衝突した。そのまま二人はフェンスに向かって吹き飛ばされる。観客席から大きな悲鳴が上がる。

 

「チッ!」

 

ここでやっと柄にもなく呆気にとられていた俺の体と頭が冷静さを取り戻した、なんの不幸中の幸いか摩利さんと七校の選手は俺たちの席のちょうど正面にあるフェンスに向かって飛んできていた。

 

「クソッ!間に合えぇ!!」

 

自己加速術式を展開して素早くフェンスの前に移動する、そして【重力操作】をして受け止める。しかし最初に呆気にとられていたのが仇になり2人の威力を十分に殺し終わる前に2人は董夜に到達してしまった。

 

「クソッタレが!」

 

結局受け止めることには成功したものの受け止めた際に七校の選手は右手を、摩利さんは左足をフェンスに強打してしまった。見た目の腫れ具合などからみて恐らくは粉砕や複雑とまでは行かないまでも骨折はしていた。

自分の方向に飛んできた摩利さん達を、無傷で助けられたはずの摩利さん達に怪我をさせてしまったという事実は俺の心の中を罪悪感や虚無感で満たすには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちがいる部屋にノックの音が響く。深雪が応じてドアを開くと、そこには五十里と花音が立っていた。深雪の案内に促されて部屋に入った二人は、この部屋に自身を呼んだ達也の前で立ち止まる。

 

「わざわざすみません」

 

そう言って頭を下げる達也に五十里は問題ないと気安げに手を振る。そんな五十里に達也はもう一度頭を下げた。

 

「董夜くんは?」

 

「今は渡辺先輩に付き添っています。もうそろそろ眼を覚ますと思うのですが」

 

心配そうに訪ねてくる五十里に達也も全面的には顔に出さないものの心配そうに返す。

救急班や達也が董夜達の元に着いた時には董夜が摩利と七校の選手を【重力操作】で浮かせてそのまま搬送する所だった。女子生徒2人が空中に浮いて搬送されていく光景は異様を極めたものだったが董夜の放つ鋭い気配で誰も異論を唱えようとはしなかった。

 

「それで、何か分かったの?」

 

早速本題に入る五十里に達也も応じて情報端末に身体ごと向く。

 

「一通り検証してみました。やはり、第三者の介入があったと見るべきですね。五十里先輩、確認していただけますか」

 

「了解。……さすがに司波君は仕事が早いね」

 

「董夜にも手伝ってもらいましたから」

 

「董夜くんが?」

 

「ええ、まぁ検証が終わるとすぐに渡辺先輩の元に行ってしまいましたけど」

 

五十里は達也と董夜に感心を表現しながら椅子に座る。そして慣れた手つきで脳波アシスト付モノクル型視線ポインタを装着するとキーボードに手を持っていき、親指をクリックボタンに置く。五十里の操作によって卓上の小型ディスプレイに映る、実写映像とシミレーション映像が同時に動き出す。そして事故の場面に差し掛かったところでタイムゲージによって映像がスローダウンする。シミュレーション画面の上部に水面の変化に影響を与える数字が表された。そして問題の水面が陥没した瞬間、項目に《unknown》が表示され、水面に何かしらの干渉があったことを明確に示していた。

画面を止めた五十里が振り返る。

 

「……予想以上に難しいね、これは」

 

「啓、どういうことなの?」

 

「花音も知っている通り、九校戦では外部からの魔法干渉を防ぐ為に厳重な監視網を引いている。でも司波くんの解析によれば水面を陥没させた力は水中に生じている。外部から水路に魔法式を転写すれば間違いなく監視装置に引っかかるからあり得ない。可能性としては水中に工作員が潜んでいた、ってことくらいだけど……それこそあり得ないしね……」

 

「司波君の解析が間違っているんじゃないの?」

 

「それはない」

 

一瞬、花音の言葉に深雪の顔色が変わるが五十里がそれを否定したことで元に戻った。

 

「司波君の解析は完璧だ。少なくとも僕のスキルでは、これ以上のことはできないし間違いも見つけられない」

 

「実は水面に干渉した方法には心当たりがあるんです」

 

達也の急な言葉に俯いて考え込んでいた五十里と花音は弾かれたように顔を上げた。

 

「ちょっとそれ本当!」

 

「落ち着いて、花音。それで、どういうことだい達也君」

 

「それを話す為に友人を呼んでいるのですが……そろそろか?」

 

俺が呟いた直後、狙ったようなタイミングで再びドアがノックされた。深雪が来訪者の対応に向かい、そしてすぐに戻ってくる。戻ってきた深雪の後ろには美月と幹比古の二人が付いて来ていた。

 

「ご紹介します。俺のクラスメイトの吉田と柴田です。二人とも知っているとは思うが、二年の五十里先輩と千代田先輩だ。二人にはさっき俺が言った通り、水中工作員の謎を解く為に来てもらったんですよ」

 

当然、これだけでは言葉が足りない為に分かるはずもないので説明を続ける。

 

「俺たちは今、渡辺先輩が第三者による魔法的妨害を受けた可能性について検証してる」

 

幹比古たちへの説明に幹比古と美月は顔を不快そうにしかめた。幹比古達にとっても自分たちの先輩である摩利の競技が誰かによって妨害されたのだとしたらそれは許しがたいことだった。

 

「渡辺先輩が体勢を崩す直前、水面が不自然に陥没した。この水面陥没はほぼ確実に水中からの干渉によるものだ。コース外から気付かれることなく水路内に魔法を仕掛けることは不可能だ。だとすれば、魔法は水中に潜んでいた何者かによって仕掛けられたと考えるべきだ、というのが俺の見解だ」

 

達也がそこまで説明したところで幹比古の目に鋭い光が帯びる。

 

「しかし生身の魔法師が水中に潜んでいたと考えるのは荒唐無稽だ。ならば、魔法を行使する人間以外の何かが水路内に潜んでいたと考えるのが合理的でしょう」

 

五十里と花音は顔を見合せ、お互いに戸惑いの表情を浮かべる。二人が問いを返してくるのには少しの時間を要した。

 

「司波君たちは精霊魔法の可能性を考えているのかい?」

 

五十里の言葉に達也は同時に頷く。

現代魔法を行使する魔法師は通常、サイオンの波動によって魔法を知覚している。だが、霊子は活性化しているものでなければ現代魔法師には知覚が難しいものだった。つまり、現代魔法の魔法師にとって、潜伏状態のSBを見つけ出すのは困難なのだ。つまり、活性化させてないSBを水路に潜り込ませたとしても現代魔法を使う魔法師にはばれない為、発動する時だけ活性化させてしまえば水中を陥没させたとしても摩利は気づけない。

 

「吉田は精霊魔法を得意としている魔法師です。また、柴田は霊子光に対して鋭敏な感受性を有しています」

 

「だから二人に来てもらったんだね」

 

達也は五十里の確認に対してもう一度頷くと視線を幹比古へと向けた。

 

「幹比古、専門家としての意見を聞きたい。数時間単位で特定の条件に従って水面を陥没させる遅延発動魔法は、精霊魔法によって可能か?」

 

「可能だよ」

 

「それはお前にも可能か?」

 

「準備期間による。今すぐやれと言われても無理だけど、半月くらい準備期間をもらって会場に何度か忍び込む手筈を整えてもらえれば、多分可能だ」

 

こうして達也と幹比古の質問と応答は打てば響くように続けられた。幹比古に聞きたいことが聞き終わった達也は次に美月の方へと向き直る。

 

「美月、渡辺先輩の事故のとき、SBの活動は見なかったか?」

 

「えっと、突然のことだからよく見えなかったんですけど、渡辺先輩が体勢を崩したときに水中で何かが光ったように見えました」

 

残念ながら事故が起きたとき、七校選手のCADは見ていなかったようだが美月は十分な成果は見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「摩利さん……………………」

 

董夜は会場から重力操作を使い七校の選手と摩利を搬送し途中で達也や五十里がいる部屋に行き大まかな検証と自分の意見を述べて早々に処置を終え未だに目が覚めない摩利が寝ている部屋に戻ってきていた。つい数分前に真由美も来て今は董夜と真由美の2人で摩利の様子を見ていた。

 

「董夜くんのせいじゃないわ。それに董夜くんがいなかったら2人ともフェンスにぶつかってもっと大怪我になってしまったかもしれないのよ?」

 

「それでも俺はちょうど摩利さんが飛んで来た所にいました」

 

「それでも………よ。摩利も董夜くんに感謝こそすれ責めることなんて絶対にしないと思うわ」

 

(何が【四葉】だ。何が【戦略級魔法師】だ。そんな肩書きがあったって結局身近な人1人守れてないじゃないか!!)

 

董夜は昔から自分ではなく自分の事を心から気に入ってくれている人が傷つくのが大嫌いだった。それに自分の思想を勝手に他人に押し付けて傷を負わせる人も大嫌いだった。

だから董夜は今回の首謀者であろう【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】と摩利を無傷で助けられなかった自分に同じぐらいの怒りを感じていた。

 

「あ!そうそう今日泉美ちゃん達のお世話もしてくれてたんでしょ?それになんか飲み物もご馳走になっちゃったみたいでありがとね!」

 

「あぁそういえばあの2人に何も言わずに来ちゃいましたね。メールの一本でも入れておきます」

 

董夜はいつもでは考えられないほど暗い声を出しながら携帯端末を取り出して何か操作を始めた真由美が画面を覗き込むとそこには泉美と香澄に送るメール画面が出ていた。

 

(い、いつのまに泉美ちゃん達のプライベートナンバーを…………)

 

姉妹の中で董夜のプライベートナンバーを持っているのが自分だけだと思っていた真由美は自身の妹達がいつの間にか董夜と連絡先を交換していたことに顔を引きつらせた。

 

「げ、元気出して董夜くん!明日から新人戦なんだから!ね?」

 

「ハハッ、国を守る戦略級魔法師が身近な人1人守れないんですよ?いい笑い者です」

 

「何を言ってるんだ」

 

未だに自嘲的な事しか言わない董夜の頭にそれなりの強さのチョップが飛んでくる。それは今まで寝ていた摩利のものだった。

 

「摩利(さん)…………」

 

「お前のおかげで今私は足の一本が折れただけで済んでいるんだ。それに見たところ粉砕骨折ではなく軽いものなんだろう?九校戦に出れなくなったのは辛いが生きてるだけでめっけものさ」

 

「それでも………………俺は……………………」

 

「いつまでそんなにメソメソしているんだ!明日から君には活躍してもらわなくちゃならんからな!そんな調子では困るぞ」

 

黙って真由美が部屋から出て行った事に摩利と董夜は気付かずそのまま話を続けた。

 

「それになにか私に償いをしたいのならば新人戦でいい成績を残して優勝に貢献しろ」

 

「………………………はい!」

 

幾分か気が楽になった董夜はその後も償いと称して摩利の夕飯の世話などをし董夜自身もその部屋で夕飯を済ませた。

その夜は董夜が摩利に「明日競技があるのだから早めに寝ろ!!」と喝を入れられるまで楽しそうな笑い声が部屋から響いていた。

 

 

 


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