15話 ホウモン
深雪side
結局クルージングは途中で中止になり、私は自室のベッドで休んでいる。どうもさっきから董夜さんのことが頭から離れない。
先程の襲撃で、彼の的確な判断と高等魔法を目の当たりにした時の衝撃は今も忘れられない。
前々から董夜さんのことは【出来る人】とは思っていた。上流階級の大人に引けを取らない政治力、どんな相手にも好感を持たせる社交性、そして整ったルックス。さらに、有事の際の的確な判断、超越した魔法センス。もう、董夜さんが私と同い年とは思えなくなってきた。
「はぁ、また私は董夜さんのことを」
あの人のことが頭から離れない、胸が締め付けられる、会うと直接顔を見れない。
こんな初めての感情に私は戸惑いっぱなし。そんなことを考えていると扉がノックされて穂波さんの声が聞こえてきた。
『お休みのところ申し訳ありません、。国防軍の方がお話を伺いたいとのことですが………。』
「え、私にですか?」
穂波さんの戸惑いがちな声に、私はドアを開けながら問い返した。だって、お母様や董夜さんならともかく、私に用だなんて想像もつかない。
「ええ、私と達也君で訊きたいことには答えると言ったのですが………その………。」
「な、何かあったんですか?」
いつもの穂波さんとは違い、なんと言っていいのか分からないような表情で苦笑いを浮かべている。
「董夜君が出てきて、その………少し、雰囲気がピリついてしまって」
「と、董夜さんが?」
いつも飄々としている董夜さんが出てきて、なぜ雰囲気がピリピリするのだろう?
いよいよわからなくなった私は、穂波さんに連れられてリビングに降りた。
「ですから士官殿、僕が聞きたいのは謝罪じゃないんですよ」
「え、ええ。その件に関してはーーー」
なにやらいつもより怒気を含んだ雰囲気を浮かべながらも社交的な笑みを崩さない董夜さんと、冷や汗を浮かべて弁解している軍人らしき人がいた。
「あ、あぁ!いらっしゃったようですな」
軍人さん達は私を見つけると董夜さんから逃げるように自己紹介してきた、どうやら風間大尉と言うらしい。私が座ると早速本題に入った。
ちなみに董夜さんは先程から目が一切笑っていない。
「では………潜水艦を発見したのは偶然だったのですね?」
「はい、僕が船首で海を眺めていたらたまたま大きな影を見つけて、船長に知らせたらレーダーに映ってたんですよ」
風間さんの問いに、董夜さんは淡々と中学生とは思えない雰囲気で答えている。
私が来るまでに何があったかは何となく聞かないことにしよう。
「何か船籍の特定につながるような特徴はありませんでしたか?」
「潜航中でしたからね、それに僕達は素人ですからたとえ浮上していても無理でしょう」
「魚雷で攻撃されたそうですね、何か心当たりは?」
「あるわけないじゃないですか!!」
穂波さんはかなりイライラしていた。元々穂波さんは国防軍の対応にかなり不満があるようだ。
今の『何か余計なことでもしたんだろう』と言わんばかりの質問には私もムカッときたから、穂波さんが怒っても無理はないだろう。
まぁ実際に、董夜さんが潜水艦を消滅させて余計な事をしたのだけれど。
「ーーー君は何か気付かなかったか?」
穂波さんに睨まれた大尉さんはお兄様に質問の矛先を変えた。
それは特に深い意味はなく、刺々しい雰囲気を和らげようと目先を変えただけに過ぎないだろう。
「目撃者を残さないために我々を拉致しようとしたのではないでしょうか」
「ほぅ、拉致」
「クルーザーに発射された魚雷は発泡魚雷でしたので」
「発泡魚雷か………。」
発泡魚雷に関しては海岸に戻る船内でお兄様と董夜さんに説明してもらった。
確か『化学反応で泡を作り出し、船を停止させる魚雷』だったはず。
「クルーザーの通信が妨害されていましたから。事故を偽装するためには通信妨害の併用は必須だからね」
董夜さんのフォローに、お兄様が小さく頷く。
「兵装を断定する根拠としてはいささか弱い気もしますが」
お兄様には使わなかった敬語を董夜さんには使っている、風間さんは完全に董夜さんを怖がっているみたいだ。本当に私が来るまでに何をしたんだろう。
「他にも根拠があります」
「ほう、それは?」
「回答を拒否します」
お兄様の言葉に興味を示した風間さんをお兄様はバッサリと切り捨てた。
風間さんも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「大尉さん、そろそろいいんじゃないかしら?私たちに答えられることなんてもうありませんよ」
「そうですね、、それでは失礼します、ご協力ありがとうございました」
「チッ………。」
「ッ………。」
お母様の落ち着いた、かつ明確な拒絶の意思を含んだ一声で聴取は終わった。
去り際に董夜さんが本当に小さく舌打ちをした時に風間さんの肩がビクッと震えていた。
「深雪さん、玄関まで送って差し上げなさい」
「はい、わかりました」
私とお兄様で玄関まで風間さんを送り届けると、風間さんを待っていたのか先日、私たちに絡んできた軍人がいた。
「なるほど、司波達也くん。ジョーを倒したのは君だったか。絵垣上等兵!!」
そのあとは風間さんと絵垣さんがお兄様に謝罪をして和解していた。すると風間さんは別れ際に。
「司波達也くん、私は現在恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非基地を訪ねてみてくれ」
「はい、都合がつきましたら」
これでようやく風間さん達は帰るのかと思いきや、もう一度振り向いてバツの悪そうな顔で言いました。
「あ、ああ。もう1人の男の子も誘っておいてくれ。今回の件で彼にも迷惑をかけたからね」
もう1人の男の子とはおそらく董夜さんのことだろう。本当にこの人と董夜さんに何があったのだろうか。
「董夜と何かあったのですか?」
私の心中を察してかお兄様が代わりに聞いてくださいました。それにしてもお兄様なら知っていると思ったのですが。
「いやーあはは、彼にはこってり絞られてしまってね」
それだけ言い終えると風間さんは足早に車に乗って帰って行った。
その後、夕飯の場で私がお母様や董夜さんに。
「ーーーーーーーということがあったんです」
「…………別に基地なんて興味ないんだけど」
「それにしても董夜さん、あそこまで彼を追い詰めるなんて、深入りされたらどうするんですか?」
「別に母様からは素性を隠せなんて言われていませんからね。達也たちが公表されるのはNGでしょうけど、俺の名前と顔は十師族や一部の師補十八家や軍の上層部には知られてますし、母様もそろそろ公表するつもりでしょうから」
さして問題ありませんよ。と笑う董夜さんに、お母様は何か言いたげな顔をしていたけれど、その話はそこで終わった。
◇ ◇ ◇
バカンスの3日目は雨模様だった。
どこのニュース番組でも今日はマリンスポーツは避けたほうがいいと言っているけれど、こんな日に海に行く人なんかがいるはずがない。
「今日のご予定はどう致しますか?」
「こんな日にショッピングもちょっとねぇ」
穂波さんから受け取ったパンをちぎりながら、お母様が首をチョコンとかしげる。実年齢よりもだいぶ若く見えるお母様はこんな仕草をすると、少女みたいでやはり可愛らしく映る。
「何かあるかしら?」
「そうですね………琉球舞踊なんていかがですか?あっ!衣装を着けて体験も出来るそうですよ!」
手元のコントローラーをちょこちょこ動かして琉球舞踊の案内を見る穂波さん。
「面白そうね……深雪さんはどう思う?」
「そうですね!とても面白そうだと思います」
「では、お車の手配をしておきます………しかし1つ問題が」
私とお母様が頷きあうと、穂波さんが顔を曇らせました。どうしたのだろう?
「この公演は女性限定なんです………達也くんと董夜くんは如何致しましょう」
確かに案内画面の端っこには【尚この公演は女性限定になります。】の文字が。
その事にお母様はパンをかじりながら考えています、そこに、董夜さんが。
「それじゃあ達也、折角だから誘われてた基地に行こう………」
今まで眠そうにスープを口に運んでいた董夜さんが相変わらず眠そうな口調で提案した。
「あ、あの!私も行ってよろしいですか?」
私は考えるよりも前に言葉が出てしまっていた。
董夜さんのことがもっと知りたい。何となく離れたくない。そんな気持ちが心の中で渦巻いている。
「まぁそうね、達也さんと董夜さんがいるなら大丈夫でしょう。深雪も行ってらっしゃい」
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃあご飯食べたら準備して出発しようか」
私がついて行く事に董夜さんは嫌な顔1つせずに、むしろ少し嬉しそうだった。そんな小さな事に私は心の中でホッとしたのだった。
◇ ◇ ◇
恩納基地
私たち3人はバカンスとはいえ、国の機関を訪れるのだからある程度失礼のない格好で基地を訪ねた。
「国防陸軍兵器開発部の真田です」
出迎えてくれた軍人さんはそう名乗った。階級は中尉だそう、それを聞いたお兄様が驚いた顔をしていました。
「如何かしましたか?」
「いえ、まさか士官の方にご案内していただけるとは思っていませんでしたので。それにここは空軍基地と聞いていましたから」
真田さんはお兄様の言葉にすこし頰をほころばせた。どうやらお兄様の態度に親密感を抱いたみたいだ。
「軍のことに詳しいんですね。君は」
「格闘技の先生が元陸軍なんです」
「あぁなるほど。さっきの質問ですが、本官の専門が少々特殊でして。人材が足りていないんです」
そう言って笑う真田さんの笑みは爽やかで、ハンサムではないものの人に警戒感を抱かせないような人好みの顔をしていた。
ちなみに董夜さんはずっと外面用のスマイルです。
「風間大尉、司波達也くんたちが来てくれましたよ」
「おおそうか。昨日の今日で来てくれたということは、軍に興味を持ってくれたということかな?」
「い、いえ私は兄達の付き添いです」
「興味はあります、ただ軍人になるかどうかは決めていません」
「深雪に同じく」
説明するまでもありませんが上から私、お兄様、董夜さんです。董夜さんは昨日とは違い、爽やかな口調ではあるものの、目はしっかりと風間さんを見つめていた。
「そ、そうか。興味を持ってくれて何よりだ」
ふと訓練中の軍人さん方の方を見ると昨日の不良軍人がいました。絵垣さん………でしたっけ?
「君も参加して見るかい?」
「いえ、自分はあまり魔法が得意ではありませんから」
「あのっ!!どうして兄が魔法師だと分かったのですか?」
お兄様は魔法が苦手で、いままでも初見で兄が魔法師だと見抜いた人はいなかった。それでふと、考えるより先に言葉が出てしまう。
「ふむ…………勘、ですかな。沢山の魔法師を見ているとそれが魔法師か否か。強いか否かがわかるものです」
「な、なるほど」
風間さんは『強いか否か』の辺りで明らかに董夜さんを意識していた。その董夜さんは何故か私の方を見て、小さくため息をつきながら困った顔をしていました。
「ところで、何故そのような疑問を?」
風間さんの質問に私の心臓は飛び出そうになった。ここで私はようやく董夜さんのため息の意味を、私が墓穴を掘ったことに気付きいた。
余計な詮索をしたせいで風間さんに変に思われてしまった。
「あの、その………。」
何か言わなければと思うほど焦って来て、心臓の動きは速くなり始めました。頭が真っ白になる。
そこへ董夜さんが私の肩に手を置いて。
「深雪は魔法が不得意な達也を気にかけてるんだよね。風間大尉、深雪はあまり大人の男性との会話に慣れていないんです、考慮していただけるとありがたいのですが」
「ああ、これは失礼しました。なるほどいい妹さんですな」
「はい、自慢の妹です」
董夜さんのおかげで何とかこの場を凌ぐことができた。
私は董夜さんの言葉に頼もしさと同時に、少し白々しさも抱いてしまった。
◇ ◇ ◇
「どうかね、君も参加してみては」
それは私たちが軍人さんの柔道のような訓練を見学している時に、私が退屈しているのをみた風間さんの言葉でした。
「そうですね、よろしければ」
そういってお兄様は軍人さん達の集まりに混ざって行った。
その後はまさに【お兄様無双】
昨日の不良軍人も他の国体出場経験のある方もお兄様の敵ではなかった。
「ほう………ここまでとは」
風間さんは驚いたような、何か興味深いような口調で呟きました。
当のお兄様は軍人さん達に囲まれて「やるじゃねえーか」と、人気者になってる。
お兄様の技術が正当に評価されている現実に、自然と笑みがこぼれる。
「それで、君はやらないのかな?」
「いえ、僕は体術がからっきしでして。魔法でなら」
「ほう、それならあの訓練がいい」
そう言った風間さんは私と董夜さんとお兄様を連れてテニスコートくらいの大きさの演習場に行きました。
そこには軍人さん達8人が魔法で戦っていました。
「この訓練に味方はいない、自分以外は全員敵だ。どうだい?」
「面白そうですね、参加させていただいてもよろしいですか?」
「ッ!?」
「勿論だとも」
そう言った董夜さんは演習場に入って行き、他の方々に挨拶をしていました。
入る直前。董夜さんがいつもとは別人のように貪欲な笑みを浮かべていたことに気づいたのは私だけのようだ。
「それでは………始め!!」
審判の真田さんが合図をすると全ての軍人さんが董夜さんに向かって魔法を放つ………筈だった。
「な、なんだこれは!?」
「ま、魔法が発動しない」
「キャストジャミング?いや、なんだ」
誰もが魔法を発動できずに動揺している。外から見ている私や風間大尉、他の軍人さんも何が起こったのかわからずに唖然としている中。董夜さんだけが笑みを浮かべていた。
そして次の瞬間、糸切れ人形ように軍人さん達が崩れ落ちた。
「そ、そこまで」
動揺している真田さんを後に、董夜さんは演習室から出て来た。
「な、何をなさったのですか?」
全員を代表して私が質問すると、董夜さんは何でもないように。
「領域干渉だよ。開始と同時に演習室全体に展開したんだ」
「な!?これだけの範囲に!?」
董夜さんの言葉に風間さんを含む軍人さん達が驚愕していました。領域干渉はかなりレアなスキル、それもこの規模を補完できるほどとなるとかなりすごいのだろう。
「その後は皆さんの体の中に微弱な電気を入れ、軽い感電を起こして神経を麻痺させました、以上です」
「ほう………魔法力だけでなく制御までも、規格外とはまさにこのことだな」
「失礼ですが、名前を伺ってもよろしいですか?」
風間さんの感嘆の声の後に真田さんが董夜さんに名前を聞いた。そういえばまだ董夜さんは名乗っていませんでした。
「四葉………四葉董夜です。風間大尉殿、以後お見知り置きを」
董夜さんは、ただ静かに微笑んでいた。
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