人間という生き物は、想定外の出来事に巻き込まれると思考が停止するらしい。
今年に高校受験を控えた
こんなことに覚えがないだろうか?
映画、小説、ゲーム。なんでもいい。フィクションの世界を頭に広げてくれるサブカルチャーの内容で、トラックが突っ込んでくる展開だ。哀れ、被害者キャラは己に迫ってくる鉄塊に呆然としながら――ドゴンッ。
サブカルチャーに深い理解のある人間ならば、絵や文字を追わずとも、このありきたりな展開を予想できたことだろう。当然主要キャラならともかく、モブキャラであれば十中八九退場することもだ。
そこで考える。
なぜ、このキャラはすぐさま避けなかったのかと。
――もしも轢き殺されたキャラが自分なら、きっと回避できたはずなのに、と。
……そう一度でも考えたことがありはしないだろうか?
趣味は特撮鑑賞。特にバイクを駆ってキックするライダー系が好みだ。
トラックとは違うものの、特撮のなかでは常日頃から怪人が
幼き頃、虎丸もまた上から目線、あるいは神の視点から「自分だったら……」と思ったことも一度や二度ではない。
だがしかし実際に突発的な出来事にぶちかましをされて、そんな甘い考えがどれだけ脆いかを思い知った。
おそらくモブキャラを批評してきた人間のほとんどは、突発的な危機に瀕したことなどありはしないのだろう。
現在進行形で腰が抜けかけている。
ちょっとでも気が抜ければ膀胱が緩む。
事実というものから目を逸らしたいあまり思考と現実がごちゃごちゃで、みっともない呼吸が口から洩れた。
ヤバい。ヤバい。ヤバい。
トラックに轢かれるわけでも、怪人に襲われているわけでもない。それでも頭が具体的な解決案をはじき出してくれないのも、ありえない出来事による衝撃が大きかったのかもしれない。
「と、虎丸っ」
自分の名を、切羽詰まった声で呼ばれた。
「………………は?」
虎丸は阿呆のように口を半開きにする。
親友……否、大親友だと恥ずかしげもなく肩を組める織斑一夏から、なぜベッドに押し倒されているのだろう。
「俺……俺……ずっと、お前のことが……ッ!」
悪ふざけの
荒れた息と、大きく鋭くなった双眸。
どっきり大成功するための演技力に欠ける一夏では、本気でしか出せない表情をしていた。
なぜか一夏が女性にしか使えないはずのISを起動させたのが少し前。それから特例とは名ばかりに強制でIS学園への編入手続きをさせられて、騒動に巻き込まれて疲れたであろう一夏を慰めにきたのが一時間前。
きっかけはなんだったか。
一夏がもう一般人として暮らせないため、気軽に会えるのが今日が最後だと言ったときか。
それともIS学園は女の園だから、下世話気味に彼女でも作れと言ったときか。
気づいたら押し倒されていたからもはや思い出せない。
「もう、今しかないんだ! この気持ちをお前に打ち明けるのは!!」
「……ファッ!?」
そこでようやく虎丸が我に返る。
トラックが迫ってきていたら、モブキャラのごとく死体を野に晒していた。
「ふざ……ふざっ、けんなテメェ!! おい一夏ァ! マジで冗談だろ!? オレたち親友じゃねえか!」
「虎丸、俺はこの気持ちを冗談だってことにしたくないんだ……」
「だろうな! こんなの冗談にもならねえわ! 今なら忘れてやるからとっとと離れ……ベルト取ろうとすんなボケ!」
自由になった左腕のフックが一夏のボディに突き刺さる。
それにはたまらず一夏も
「おい。おいおいオイオイ! ふざけんのも大概にしろよ一夏!」
「ふざけてねえよ、俺は本気なんだ! 見ろよこのテントを!」
「下半身突き出すな! ……い、いつからだ? いつからオレの尻を?」
「……小学生のときからは、もう」
「怖えわ、アホか!」
叫びながら、虎丸はじりじりと一夏の部屋の扉まで移動する。
このまま生存本能に従って逃げようとするが、しかし――。
「開かねえ!?」
「そこは俺の持ってる鍵でしか内側から開けられないぜ」
チャリ、とポケットから鍵を取り出す一夏。
鍵を奪うという手段はあまり良い手だとは思えない。いかに虎丸が喧嘩慣れした少年だろうと、一夏は土壇場に真価を発揮するタイプだ。
逆に虎丸のヴァージンが散らされる未来しか見えなかった。
「なんでだよ、一夏……」
「俺だって無理やり迫るのは嫌だったよ。だけどこのまま離れ離れになって、どこの馬の骨かも知らない女と虎丸が結ばれるのを黙って見てるよりは……」
「し、親友のままでいいじゃんかよ」
「なに言ってんだ。恋人のほうがいいだろ」
「テメエがなに言ってんだよ」
あくまで抵抗の姿勢を崩さない虎丸に、一夏が叫ぶ。
「なら虎丸、お前は女のどこがいいんだよ!? あんなのゴリラみたいに面倒臭くて、気に入らなければ暴力ゴリラになる連中じゃねえか! 最近じゃISが台頭して態度までゴリラみたいになって……もうゴリラじゃんかよ!」
ゴリラ何回言うねん。
虎丸は内心突っ込んだが、口にすることはなかった。
「そんなゴリラより……優しいお前に惚れるのが、そんなにおかしいことなのか?」
「おかしい」
「!?」
「そこで『信じられねえ!』って顔するのもおかしいわな」
だが、虎丸は親友のそんな苦悩にここまで気が付かなかったことに後悔の念を抱いた。
一夏が女嫌いであるのを虎丸は以前から知っていた。モテる反面、なぜか誰にも
虎丸はそれを知り、一夏の姉やチャイナ娘の態度を改善させることに奔走し……頬を染められた。
「(そこで惚れられてんじゃねえかよ!!)」
悔恨、圧倒的……悔恨!!
虎丸は今日この時までこじらせていた一夏に気づかなかったことを悔やんだ。
それが隙だった。
縮地のごとく間合いを詰めた一夏に、虎丸は床に組み倒される。
「虎丸、俺はもうここまで来ちまったんだ。収まりなんて着かねえよ……!」
「馬鹿おまえ、アホおまえ、考え直せよボケ。オレにメリットなんもねえじゃん」
「虎丸にやるぜ――俺のファーストキス」
「やめっ、ヤメロォォォォオオオオオオオオ!!」
かくして叫びは天に届く。
映画、小説、ゲーム。そんなサブカルチャーの中でなかろうと、奇跡というのは起きるものだ。
突如としてあれほど強固だった扉が盛大に蹴破られた。
「無事か、虎丸!? いや無事じゃないのか!? 嫌な予感がして始発で来たんだ!」
「千冬さんっ! あんた
平行で飛んできた扉が一夏をぶっ飛ばしたのである。
ぎりぎり唇を交わさなかったことで虎丸のファーストキスは守られたのだ。
「邪魔しないでくれよ千冬姉ッ!」
「馬鹿者! せめて同意を取ってから事に運ぶようにとあれほど……!」
「なに千冬さん!? 同意取れば弟がホモセしてもよかったの!?」
「すまん虎丸。まさか弟が無理強いするとは……。いまは逃げろ、ただ逃げろ! ここは私が止めておく。――追って連絡する」
「そこをどいてくれ千冬姉! いくらアンタでも今日だけは負けねえぞ!!」
虎丸は逃げだした。本棚がひしゃげ、壁紙に穴が空くような音が聴こえると、耳を押さえて走り出す。
ほどよく馴染んだ織斑家が魔物の胃袋にしか見えなかった。
踵を潰したままの靴で外に出ると、行き先もロクに考えぬまま、ただ一夏から逃げようと織斑家から離れていく。
ようやく止まったのは、隣町の寂れた公園だった。
「は、はは……。マジかよ。親友に襲われるなんて、世界で見てみても十人も、いない、んじゃ……」
友愛の裏切りによる絶望。
無理やり迫ってきた失望。
なによりもあれだけ楽しい思い出が、いつも尻を狙われていたことによる恐怖の日々でしかなかったことに、まだ中学生でしかない少年は耐えられなかった。
親友のホモに、襲われた。
「ぁ、あぁ……ぁあ、ああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
虎丸はニット帽を深く被り、どこまでも悲壮な慟哭を響かせた。
◆
見回りをしていた勤勉な男性警官が、身も裂けんばかりに嘆いている虎丸の肩に手を置いた。
「君、大丈夫かい? もしかして高校受験のストレスで……」
「ひ、ヒィッ! 来ルナァ、ホモ野郎ォォオオ!!」
「!?」
中学生にして、男性恐怖症を患う。
ここの一夏は行動派のホモ。
涙ぐましいですね、泣いたのはオリ主でしたが(笑顔)